岡田純良帝國小倉日記

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雑誌記者、池島信平(壱)。
1月14日
雑誌記者、池島信平(壱)。
 「文学よもやま話(上・下)」[池島信平著, 文藝春秋]
 1974年(昭和49年)、池島信平(1909-73年)が亡くなった翌年になって、追悼対談集2冊揃いで「文学よもやま話(上・下)」[池島信平著, 文藝春秋]が出版された。「新刊展望」[日本出版販売]に「池島信平連載対談」(1969年1月〜73年3月)と題して連載されたものを速記原稿から再構成したもので、元の連載とは違った追悼編集版である。
 今、上巻を読んでいるところなのだが、池島信平は現役社長のまま、64歳で亡くなったことを併せ考えてみると、この対談での池島自身の企みが浮かんでくるような気がする。対談期間は1968年(昭和43年)暮から死亡直前までだから「諸君!」創刊の頃になる。
 「雪の原に人一人あり田を鋤きてあり」として、井上靖(1907-91年)との対談では、日本の大学紛争の世相を慨嘆している姿が強く脳裏に甦った。
 2人はゲバ棒を振り回す学生とそれを許す教授陣を慨嘆しているのだが、一方で、戦争が始まる時には、自分も共犯者だという意識がどこかにあったと共に告白する。明治の末に生まれた彼らは、開戦当時は30代の新聞記者と雑誌記者であった。

1942年2月16日 山下奉文とArthur Percivalの会談翌日の記者会見(掲載).jpg
   上記のシャシンは本篇と関係は無い。1942年2月16日 大日本帝国陸軍の山下奉文
   大将と英国の将軍Arthur Percivalの会談翌日の記者会見の様子である。英軍は
   敗戦を受け容れ、永く苦しい捕虜生活が始まった。この時、山下は敗戦の将軍に
   敗戦の弁を語らせる軍人の礼儀を守っている。緒戦で勝って、打ち切れば、まだ
   滅亡しなくて済んだのに、どこにもバカが溢れていて今に到るわけだ。しかし、
   報道の現場なんて、今も昔も変わりは無いでしょ?

 2人のモラリストは戦後日本社会の浅薄さを嘆く。対談した1969年(昭和44年)の乱れた世相の幾分かは自分にも責任がある気がする、とも言っている。正直な人たちだ。
 だが、対談で想い起させられたのは大学生の方でなく、思い上がった中学生や高校生の姿だった。都立高校の卒業式で、卒業証書を破っている姿をメディアが報道し、しかも連中は大学に進学するわけである。うつけ者のやりそうな話である。
 この調子で、相手に合わせて世相を嘆きつつも、学生には知性が無い、二言目には「若い者は」と若い者の言葉だけ引用して自分の考えを言わない教師もいれば、学生側の吊るし上げに屈せず団交をやり抜いた教師もいる、だが、そもそも真剣に教師が点数を付けたなら今の学生の8割は落第する――殆ど、戦後世代には罵倒の連続であった。
 この中で、芹沢光治良(1896-1993年)の戦後小説論が面白かった。
 芹沢「くだって、戦後出てきた人たちとなると……。たくさん好きなように書いていて絢爛としてはいるけれども、何か虚しくて」
 池島「同感です」
 芹沢「たとえば、戦後の人で、三、四人、国際的な評判になっていますね。こちらから読んでみると“芯”が薄弱で訴えるものが少ないんです。気がぬけたようで、もどかしくなりましたよ」
 池島「それでいながら、レッテルはきれいでしょう」
 芹沢「豪華ですよ。この調子では、六十歳や七十歳まで創作をつづけられるのだろうかと心配になりますね。みずから虚しくなって、筆を折るのではないでしょうか。だから、散文芸術の運命、小説の運命は、もうそろそろおしまいではないか。不安を感じましたね」
 池島「それは世界的な傾向といえるのではありませんか」
 芹沢は「人間の運命」を書いた人だから、歴史は文学である、という視座の人だったろう。
 喰えない人物は「同感です」なんて相槌を打つ聞き手だ。当時、文藝春秋社の社長だった池島信平は戦後出て来た書き手には、もっと書けとけしかけるし、どちらが本音なのか分からないようなところがあった。池島信平、編集者魂の面目躍如。

追記
諸兄姐に質問です。
昨日観た「My Generation」(邦題の副題は「ロンドンをぶっ飛ばせ」は過去への案内人は撮影当時84歳だったMichael Caine(1933年-)なんです。
映画の冒頭からずーっと誰かに似ているなあと思っていたんです。それが、日本人作家のあの男だと気付いてからは、もう、そっちの話で頭が一杯で、誰かに言いたくてたまらなくなりました
ご覧になれば、深い教養と広大な知識をお持ちの諸兄姐でありますから、恐らくあのカーディガンを着たあの男だとは直ぐにお分かりになろうか思います。
ところが、どうにもこうにも違うところは伴侶のことで、イギリス労働者階級出身のの彼の奥さんは二度目とは言え半世紀近くも連れ添ってきた、同業の、小柄でエキゾチックな島の女です。
しかし、カーディガン紳士の方と言えば、先日、功労賞を受賞しておられた立派な方とは言ってもそれ以上の言葉が出てこない。
ともあれ、案内人の冷酷なスパイだったMI6のあの男は、背丈こそ違いますが、ヒョロリとした姿格好は、晩年のあの男にクリソツになりました。お楽しみに。
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