岡田純良帝國小倉日記

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戦後民主主義少年の後悔(番外)。
小倉日記’18(第二十一弾)
7月10日
戦後民主主義少年の後悔(番外)。
 日経で3月に「半歩遅れの読書術」を連載した岩○○人(1947年-)の続編である。
 これまた、強烈な印象のある一文であった、含んでいた口中の酒を吹きそうになった。しかし、その後、○大○羽烏と呼ばれ、経済学部長を務めていたことにも想いが到って、粛然となり、その後、ご本人の決意も伺われて、背筋を伸ばすことになった。
 恐らく1970年代と想われるが、ヨーロッパに赴任することになった時のこと。
 「現地で読むようにと友人から勧められたのが『美術の物語』(ファイドン)である。著者のゴンブリッチはウィーン生まれ。ナチズムを逃れて英国に移った美術史家である」
 学究は、現地でではなく、せっかちに機内で推薦図書を読み始めてしまった。
 「それまで私は古代エジプトの人物画を幼稚だと思っていた。横顔の中に正面を見据える片目が描かれ、前を向いた上半身に横を向いた手足がついている。その姿は不自然でぎこちない」
 「だが、古代エジプト美術は現代とは異なる『目的』をもっていたとゴンブリッチはいう。それは事物の『本質』をできるだけ完全に示すことにある。人物の場合、顔は横の輪郭、目と上半身は正面、手足は側面に本質がもっとも現れる。部分部分の本質を組み合わせることによってはじめて、完全なる人物が示せると考えていたのだという」

「BRUTUS バガボンド緊急特集」表紙一部。.jpg

 「私は興奮しながら飛行機を降りた」
 「『歴史』を学ぶことをも学んだからである」
 読書体験の中でも、これは僥倖と呼ぶべき幸せな出会いで、そこで彼はこう記す。
 「それは現代の視点から目を離し、その時代の人々がどのような『目的』をもって行動したかを内側から理解することに他ならない。そして、歴史は単線的には発展しないということも」
 吉川英治(1892-1962年)の「宮本武蔵」から傑作小説の普遍性を学んだことと同じように、美術史からも、同じように歴史の見方を学んでいる。経済学者で歴史がオンチというのは、決定的なものがあるように感じるのだが、どうか。
 あるいは、過去を振り返って、それまでのモノの見方を決定的に変えた読書体験を我々に追体験させている。古希を過ぎてもなお、半歩遅れどころか何十年も前の読書を振り返り、それを我々に提示してみせている。
 従来脳幹に擦り込まれた唯物史観に凝り固まっていたが、この「美術の物語」を通じて、エジプト絵画の見方が矯正された。その時の新鮮な驚きを想い出し、書き留めて読者と共有しようとしているように想える。これは態度としては立派である。
 畢竟するところ、自分の価値観が、どれほど狭隘で、どれほど他者への想像力に欠けていたか、という事実を敢えて開陳していることになるからだ。
 どのみち。
 友達に勧められた本は直ぐに機内で読んだのに、女房殿の勧める日本人作家の小説は、戦前の物というだけでダメ出ししていた。情状酌量というわけにはいかんわねえ。呵呵。


追記
話に聞いていたことがそうならない場合には人間の反応は色々あるのだけれど、ここを先途に踏ん張るか、諦めるか、性格が出ますわね。色々勉強になるところだ。臥薪嘗胆奮励努力。
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