岡田純良帝國小倉日記

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孫悟空や海女ちゃん。
3月14日
孫悟空や海女ちゃんと。
 当地有数の歴史と格式を誇る某仏教寺院にて撮影しました。驚くなかれ、孫悟空(上仙)こと斉天大聖。道教の寺に祀られているなら分かるが、ここは仏教寺院なのだ。今も崇拝される孫行者。 キュートですらぁ。
 最後の数日までは少数民族自治区だとか地方都市に行っていたため、日本人には殆ど会わなかった。行く先々では白っぽいジンガイばかりですら――と想っていたところ。

20180308 (掲載・孫悟空)

 後半、河内まで戻ってきたら、まぁ、至るところに駐在員夫人みたいな妙齢の女子が乳幼児を連れて買い物三昧。イヤなものを観たわねぇ。
 日本人は駐在員なんかでも小金を持たせると、直ぐに投資をするなんて目の色を変えたり、小金持ちのオバハンは高級店に駐在員妻同士で連れ立って出没したりする。手を携えて物欲ばかり発揮して、何だか観ていて惨めだ。
 買い物に行くなら独りで行けと叫びたくなる。
 孫悟空がキントン雲に乗って飛び回る姿を想像しながら汗を流す方が性に合っている人間にとっては、ホントにニッポン人の同胞なのに迷惑かけられちゃうわけだよ。まぁ、レッセ・フェールですけえ、勝手にしんさい。ワシも勝手にやりまっせ。オホホホホホホ。

20180308 (掲載・ニンビンの海女ちゃん)

 某所ではこうして海女ちゃん人形が俺をお迎えして呉れる。何がどうあってこうして俺をお出迎えしてくれるのかこのポーズだけは理解し難いところもあるが、何となく気持ちは伝わってくるワイ。オホホホホホホホ。
 街角は朝から晩まで、ソバ屋があり、料理屋があり、甘味屋があり、バイクの4人乗りは時折やっぱり見かけるし、ナポリのようでもあり、バンコクのようでもあった。
 54歳にもなってつくづく思うのは、俺は開高健(1930-89年)や阿川弘之(1920-2015年)とは置かれた世代が違って、外国人との関係性において全く条件が違っていたことだ。彼らが、どれほど外国や外国人を語ったところで、彼らは外国人とはパートナーでも競合相手でもなかったから、関係性は薄い。
 作家協会で活動したとしても、冷戦真っ只中では何も観られない。分からない。金持ちの作家先生などはどんな国であれ、どこでもどの街でも、所詮は「お客様」に過ぎないのだ。
 俺の世代はそういうわけにはいかなかった。取引がある。取引をすることで自分の存在意義がある。何らかの利害得失を間にしての付き合いになり、だからこそ、旨いや安い、高いや不味いだけでは語れない、ガイコクジンとその社会を常に観る癖が付いてしまっていた。
 だが、そろそろその目線も卒業の時期が近付いているのだろう。俺たちが作ろうとして足掻いた関係性をこれからさらに深めていくのは俺たちの仕事ではなく、次代の人たちの仕事だ。
 まとめてみると、そろそろ東南アジアでも、俺の世代の時代が、少しずつでも終わりが見えてきたようだ。ゴメンあそあせ、さ。俺のアジアは、アセチレンのガス灯と練炭のアジアだものさ、すっかり遠くなってしまったようだ。
 これからは、孫悟空や海女ちゃんを見つけて、心から楽しめるようにならないとおかしいわけなんだろう――そうできるかどうかは別として――懸命に言い聞かせているところ。 本日は祖父・純良の祥月命日。明日はどっちだ。
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