岡田純良帝國小倉日記

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手元にある本――誰のための死刑廃止論か(上)。
3月7日
手元にある本――誰のための死刑廃止論か(上)。
 「反骨のコツ」[團藤重光・伊東乾著, 朝日新書]
 93歳当時の團藤重光に東大の准教授だった伊東乾が数度にわたるインタビューをしたという形式を取った本で、2007年に出版された時には話題になった。
 本書出版の経緯は複雑な背景が憶測できた。あとがきの代わりに、「編集のあらまし」というタイトルで巻末に伊東の名で一文が上げられている。
 2007年5〜6月に3回に分けて学士会館の理事長室で行われたインタビューが元になる。伊東乾だけがインタビューアーであるかのように朝日新聞社新書編集部の判断で記録は改められているそうだが、実際には同席者がいたこと、また、團藤夫人も同席していた。

         「反骨のコツ」表紙。.jpg

 それでも本書が出版されたのは、伊東には明確な目的があったからだ。オウムの地下鉄サリン事件で逮捕された学友に対する死刑執行を回避するため、死刑廃止論者で有名な團藤重光に伊東が近付いて生まれたと俺はある人から直接聞いている。
 「豊田(亨)君は、オウムにマインドコントロールされる前は、非常に優秀な学生でした。物理の中でも特に秀才の集まる素粒子論専攻の大学院に合格しています。彼がとったノートは実にきれいで、そのまま教科書にしてもいいくらい整理されています」
 1990年の総選挙では全員落選しているが、総選挙前は、夏から何度も何度も彼らの姿に出会った。だから何度か俺は豊田亨と遭遇しているはず。週末になると中古レコード屋のエサ箱にソウルの名盤を漁りに通っていた時代だった。御茶ノ水駅前でガナーシャのかぶり物を着けた真理党の党員にビラを押し付けられた。踊りながら俺にビラを渡したあの男が豊田亨でないと誰が言い切れるだろうか。オウム真理教は、都心では圧倒的に学生の多い御茶ノ水によく出没した。ビラを配って布教をしている同世代にも関わらず、会話を拒絶した内向集団という印象が俺には強烈に残っている。

         平沼麒一郎。.jpg
  本書では平沼麒一郎が「大逆事件」で被差別民を処刑した話などが開陳されるが、
  「そういうこともあったのですか…」と答える團藤重光センセイ。

 伊東乾は豊田亨と近く、マインドコントロールから離れた豊田のことを何とか救おうとして立ち上がったわけだ。本書出版の頃には八面六臂の活躍をしていたが、その頃から母校にジワジワ干されていたそうで同世代として気の毒でならない。法曹界に最大級の発言力のある團藤重光の名を借りて、死刑廃止論を国民的な議論に仕掛けようと考えたわけだろう。それは決して悪いことではない。正攻法のロビイングだ。
 では團藤重光とは何者なのか。團藤重光は、最高裁判事時代に「波崎事件」に陪審として加わっており、被告に死刑判決が言い渡された。この時、傍聴席から「人殺し!」という声が裁判官側に飛んだことをきっかけにして死刑廃止論者になったと言われる。
 ところが、死刑制度廃止論を言い出したのは最高裁判事を退いた後で、やはり現役時代、それなりに判事としての立場を「弁えて」自己を抑制してはいたわけだ。
 「死刑宣告をする立場になって初めて主体的に考えることができた。自分は愚かだった、浅はかだった」
 最晩年、毎日新聞のインタビューに答えているが、法律屋なんてのも、そんなものだ。


追記
つい先日、ある人と密談をしていて、法匪の話になった。彼は法律の専門家で、戦後長くある一方の世界では多くの知己を法曹界に持っていた人だった。彼曰く、闘わないのはダメと。その意味は、法廷弁護士が良く、事務弁護士がダメということではない。法廷闘争しかり、法廷外闘争しかり。やられたらやり返す――この大ハムラビ法典以来の法律の真意を理解して体現している人は少ないという話になる。
彼曰く、法匪とは、敗戦後、永年、静かに何事も無くやることが第一になったように見える日本の社会で、ある時は善人を脅すようなことを言い、ある時には悪人に金をちらつかせるような輩を指すのだと言う訳だ。
「だから鉄槌が下りただろ」
驚くような話が裏側にあったわけだ。
俺のような法律の専門家ではない多くの人間は、彼らの内ゲバのような闘争を知らないで過ごしてしまうだろうぜ。しかしハッキリしていたのは、東京大学の駒場と本郷の闘いで、そうでない者は全くの埒外にあったというオチさ。参ったねぇ。
この辺り、多方面で触りになるので書けないことばかりだけれど、一方で、味わいのある話だわね。
俺などは、まぁ、どんなに高く見積もってもあの真田家家臣の田舎の猿侍がいいところだろう。どちらの陣営であれ、結局のところ走狗だもの。
それでも、走狗上等だよ。その惨めな走狗様が世界を変えてきたのも事実だもの。走狗が死んだことを、犬死だったと嗤う人自身、結局は外野席にいて何もなしていない。現世の損得勘定で生きることは惨めなことでもある。別に言えば社会の歯車だとか捨て駒にはなるなだとかいう見立てもその裏返しでもある。好きなことには素直に飛び込んで行けば良いのだ。何物か得るものがあるよ。そこが畢竟生きる秘訣。アッハッハ。
さて、これから某所へ小さな旅。昨日はこんな街で、ばりクソのアールデコ建築を見学した。共産党に貢いだ金持ちの家だったわけで、知らず、有島武郎を思い浮かべた。さて、本日は。
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