岡田純良帝國小倉日記

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神戸にて(1)――不都合な真実。
2月26日
神戸にて(1)――不都合な真実。
 正月の神戸では、地元出身でフリージャーナリストの秋山謙一郎(1971年-)が2016年に「ダイヤモンド」に載せた記事(http://diamond.jp/articles/-/108103?page=3)で盛り上がった。
 秋山は神戸では、昭和30年代後半から40年代前半の高校生は教師から次のような進路指導を受けたと紹介する。
 「お笑いができるなら吉本興業へ。勉強が出来るなら三菱か川重、神鋼もいい。ソロバンが上手なら神戸銀行へ。腕っぷしが強いなら上組に。腕っぷしに自信があって頭も良くて、ソロバンが弾けるかお笑いができるのなら“山口組”や」
 秋山の筆は、この後阪神淡路大震災の時には、炊き出しをやって生理用品まで山口組が無料で配付したという実話に繋がって行く。これがネットで山口組擁護ではないかとして問題になった。こういう話が一部の神戸っ子にとっては恰好の酒の肴になるわけである。
 「証言しとる70代の女性いうのんは、秋山はんのお母ちゃんやな」
 「せやな。ピンと来るやろ、誰にもな。炊き出しも助かったなぁ」
 「ホンマの話やで。事実やのに、何で事実が問題になるのかがワシら分からへんわ」
 「沖縄の基地問題と一緒や」

  小林旭と梅宮辰夫.jpg

 「せやから不都合な真実なんや。『山口組=暴力団=悪』かて一方的に全部悪やねん」
 「『米軍=戦争=悪』やもんな」
 「戦争はアカンで。ワシはイヤやなあ」
 「アホ。沖縄に米軍おらんかったら今頃やられとるやないけえ」
 「誰にや。大陸のあれか」
 「あかん。大きな声では言われへんやないけ」
 敗戦後の神戸は中国人と台湾人だけでなく、元々商売をしていた香港人・広東人系列の不良在日外国人の巣窟となり、神戸カスバと呼ばれていた時代がある。新東宝で1960年に制作された「黄線地帯(イエロー・ライン)」は神戸新開地の私娼窟を舞台にしている。

「黄線地帯」ポスター。.jpg

 もっとも、敗戦前には東洋一の大都会だった大阪でさえ、柳川次郎こと梁元錫の率いる柳川組が昭和30年代までは手の付けられない愚連隊として暗躍していた。お隣の神戸でも新開地は、戦後長い間、治外法権だった空間があったそうだ。
 「せやな」
 「上組だって神戸の港の港湾労働者をまとめたアレやねん」
 「親の世代にとっても立派な就職先だったんや」
 「何で知らん他所の人間があれこれ言うねんなぁ。腹立つなぁ」
 「秋山はん、筋通してはるでえ」
 「そうやねえ」
 神戸を地元とする企業は、多かれ少なかれ港湾の荷役には関係していた。
 田岡一雄邸は、六甲方面に移転する前は、神戸地方裁判所目の前の生田区橘通2丁目にあったことでそれが知れる。

追記
羽田に到着しました。雨で気が重くなっちゃうなあ。チーズでずっしり重くなったトランクを引きずって帰宅します。
一旦は。
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