岡田純良帝國小倉日記

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気になる本――信州人と江戸っ子と(上)。
2月12日
気になる本――信州人と江戸っ子と(上)。
「唐木順三 あめつちとともに」[澤村修治著, ミネルヴァ書房]
 俺には唐木順三(1904-80年)と聞けば古田晁(1906-73年)の名が浮かぶ。旧制の松本中学・松本高校の先輩後輩でもあり、筑摩書房の創立仲間であり、信州人の良心という感じがあるわけだ。今の松本深志高校の前身は旧制・松本中学。信州の逸材を輩出した。
 70年安保に向けて世の中が揺れた頃の防衛庁の長官だった増田甲子七(1898-1985年)。あの佇まいが思い出される。騒乱の時も、増田は、暴力学生は断固許すべからずという強硬姿勢を変えなかった。明治男らしい一言居士。この人も松本中学である。

       「火の車板前帖」[文化出版社]表紙。.jpg

 信州人は○○がつくほど真面目だ。冗談が通じない。ちゃらちゃら軽口を言っているとその内軽蔑されてしまう。昭和時代には教員養成県なんて言われていた。戦後育ちなら映画監督の熊井啓(1930-2007年)のような人物。この人も、旧制・松本高校だが、作品は、「帝銀事件」にせよ、「忍ぶ川」にせよ、「からゆきさん」にせよ、「海と毒薬」にせよ、堅い。
 増田甲子七は病弱で官僚も勤め通せるか危ぶまれた。だが、共産党の細胞の入り込んだ炭鉱夫相手の闘争でも一歩も引かず名を上げたテッパンの保守だ。
 一方、敗戦時は旧制中学生だった熊井啓。冤罪、部落、在日、被爆、売春、生体実験、人肉食。社会問題を扱って「最後の社会派」と呼ばれた。対照的に見えるが、お互いに、政治や映画の世界ではこれまたテッパンの堅物ぶりで、俺には典型的な信州人に思える。

      「海と毒薬」撮影現場で遠藤周作と(1986年)。.jpg

 増田甲子七は親に旧制高校に進ませて貰えず、検定を取って京都帝大に入学した苦労人。内務官僚となり、長年病で床に伏す生活を送ったが、焼夷弾を避けて逃げ出して病気を治したという伝説がある。吉田茂に運輸相に指名されて党の要職を務めた。酒も煙草も呑まず、しかもクリスチャンである。老いて焼死する痛ましい最期を遂げるが、老妻を火の中に探して火に巻かれた。そういうところが信州人らしい。
 そして熊井啓も。冤罪と部落、在日問題の描き方は“社会派の大家”松本清張の視座に近く、60年代はガチの謀略史観。そして74年の「サンダカン八番娼館 望郷」もそうだ。山崎朋子(1932年-)の「サンダカン八番娼館-底辺女性史序章」に忠実に撮られた作品。山崎はからゆきさんを貧しさゆえに売られていく少女と信じ込んでいた。明治期に天草からボルネオのサンダカンに娼婦として渡った女性への聞き取り調査に基づいている。
 だが、数年後には、熊井と同業の今村昌平(1926-2006年)が「藝能東西」に連載した「棄民たち」という取材ノートで、マレー半島のからゆきさんの今が綴られる。現地は廃娼令の施行後、自由廃業をして土地の有力者の妻となり裕福に暮らしていた例もある。年期が明けて娼館の経営者となり一時代を築いた女もあることが分かる。

「サンダカン八番娼館」スチール。.jpg

 今の貨幣価値で1億円程度の金をポンペイの横濱正金銀行から送金したからゆきさんの記録が残っているそうだ。そうなると見え方は違ってくる。交易で湧く場所なら、遠く南アフリカまで勇躍船に乗った女達もいた。
 さらに突き進めば、天草の女衒と娼館の女性経営者の先行事業モデルに行きつくだろう。少年少女をかどわかして外国行きの船に乗せた江戸期のポルトガル商人の人身売買まで遡らなければならない。明治末にマダガスカルで商売を行っていた赤崎伝三郎。ロシア軍のバルチック艦隊がマダガスカル島に寄港した時、ボンベイの領事館に艦隊の到着を打電した。当時、夫婦で世界をまたにかけて商売をした日本人は少なくない。社会派の作品には短史眼で焦点距離の浅い作品も多い。何れ、淘汰されて行くことだろう。
 話を戻す。熊井啓は81年の「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」の後86年に「海と毒薬」を撮るまで沈黙した。そして89年になると、「千利休 本覚坊遺文」で武人の世界を描く。千利休・三船敏郎と織田有楽斎・萬屋錦之介、豊臣秀吉・芦田伸介の助演で、本覚坊を奥田瑛二が演じている。茶の湯の世界を描くのに、熊井は故郷・松本城を選んでいる。頑固一徹、松本城天守閣を利休の世界に紛れ込ませた。(本社特別編集委員・橋本五郎評、讀賣新聞)


追記
昨日は某大学院生のサポートで横浜各所を探索。石川町の駅から崖を登り、洋館を中心に丁寧に見歩いて、外人墓地の脇の横浜気象台を抜けて元町に降り、水源地から中華街を通り抜け、最後は文明開化の「塀」まで。結構な時間帯になったので「菜香」で久々に旨いもんを喰って帰着。ベンキョーになりました。横浜と神戸は文化遺産の分析や整理で日本でも双璧の街だというけれど、それをどう出すか、ということでは、その筋で30年喰ってきた身としてはさらにそこからが大切、という感じがある。これから寒風の中を出立。泣けるぅ。
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