岡田純良帝國小倉日記

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懐かしい共用便所。
9月14日
懐かしい共用便所。
 このシャシンはEdinburgh城で撮影したもので、だから左側のケツは蝋人形でScotishの看守だ。第2次大戦最中まで古くは中世から捕らえられた囚人の待遇が少しずつ改善されていくことを示す展示になっていたところは巧みだ。

          Edinburg 20170908 (掲載).jpg

 Gentlemen向けのKilt姿は市内の到る所で観られて、一様に伝統的な民族衣装にバグパイプを吹き鳴らしていた。100£も出せば土産物屋でフルセットのバグパイプが買えるから、明日からでも店開きができるというわけだ。
 1996年のSex Pistolsの再結成ツアーでは、Steve JonesがこのSkirtsを身に着けていたのが記憶に残る。自伝では彼はどうやって自分自身をビジュアルで印象付けるか様々苦労したことが振り返られている。1970年代には、元々が巻き毛なので、流行のスパイキー・ヘアにもできず、国旗を頭に巻いたりするが全て失敗だったと振り返っている。

            Steve Jones in Scottish Gents Kilt at 1996 Reunion Tour.jpg

 (そうだったなぁ)
 この水洗便所を眺めている内に、彼らのDenmark Streetにあったアジトの内庭の共用便所を反射的に思い浮かべた次第。シャシンが撮られたのは1977年の初夏のはず。 
 ここは今ではギターショップに変わっていて、その通用口を抜けると、こうして小さな裏庭があり、便所は今でもある。便器は同じかどうか判らないが、少なくとも上部の水槽とパイプは交換されているようだ。
 1992年にこの辺りを初めて歩いた時には、Denmark Streetが60年代にTin Pan Alleyと呼ばれていた痕跡は殆ど感じられないほど音楽関係の店も無く、寂れていた。
 1994年11月にユーロトンネルが開通し、徐々に大陸間の旅が珍しくなくなり始めていくが、まだまだLondon市内にはあちこちに荒れていた場所が残っていて、排他的な雰囲気が蔓延していた。
 Sex Pistolsの再結成で1996年に再びLondonに赴いた時には、何となく雰囲気はよくなり始めていた記憶があった。俺は3歳半のアクビ娘を連れていて、そういう精神状態も手伝っていただろう。

Courtyard of 7th of Denmark Street (Rehearsal Room) in 1877.jpg

 しかしそれから20年が経って、また、イギリスが「やらかしてくれた」と俺は想う。去年の国民投票の最終的な決算は出ていないわけだが、多分、最低3年は物事の進展が遅れ、国勢に遅滞が起きる。各国で、大方の予想を覆すような一連の選挙が続いたのには、水面下での「R」勢力の暗躍が根強く噂されてきた。
 当地を去って帰国したら、お次は「C」をも潜在的な脅威に感じつつ、日々を暮さなければならなくなる。
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