岡田純良帝國小倉日記

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Edinburghで敗戦前のニッポン不良少女伝を。
9月14日
Edinburghで敗戦前のニッポン不良少女伝を。
 先に書いたように吉田健一のEdinburghは、かなりの手抜きだと直ぐに分かった。
 「町から湾は見えない」
 決してそんなことはない。
 急峻な起伏の続く街だから、Princess Streetの先のQueens Streetまでちょっと坂を2ブロック登れば湾は遠くに見える。
 大きな河口域にあるから、湾だけでなく、Edinburghの繁栄の源にもなった貿易港が見たければ、Edinburgh城などの高台に登れば港が見える。
 つまり、Edinburghは地形が彼の書き遺したものと違っている。
 但し、確かに吉田健一の書き残したように、Englandとは違っている。石の取れないEnglandでは建物は木造とレンガの組み合わせが多い。だが、Edinburghは石が取れ、くすんだ鼠色の重厚な石造りの建物が並び、教会やモニュメントの背の高い尖塔は悉く黒く苔むしている。
 近年では石を洗浄する技術が世界的に流通しているので、永田町の国会議事堂さえもきれいに洗われているのだが、Edinburghは確かに20世紀中頃のヨーロッパの都会を見るようでもあった。
 それでも吉田健一の言うように単にFrench風とは思えない。窓は大きく天井は高い。しかし、やっぱり建物は質実剛健で、緯度の高い場所にある建物という感じを受ける。窓が高いのはオープンでLondonとは違って素敵だが、どうしてもごつい。
 パブの客は常連の“Regular”がどの人気店でも確実にいる。中流、労働者階級など階級には無関係。年齢も無関係。顔馴染み同士が利害に関係なくオープンに話している。Londonの都心には見られない光景だろう。

     「明治大正昭和不良少女伝」表紙。.jpg

 Londonでも周縁部は違う。Communityで有志が資金を負担し合って所有権を持つ、文字通りのPublic Houseが少しずつ多くなっている。Communityでの住人同士の結び付きを強くしたいと願う人たちが少しずつ増えているのだろう。
 EdinburghではPub本来の常連客同士の憂さ晴らしと酔っ払いの機能が生きている感じを強く受けた。Pubの光景でなくとも、店が跳ねた後も早朝まで街角で立ち呑みをしているのは、金曜の夜としても、Londonの都心部では考えられない。
 Alan Sillitoeが「土曜の夜と日曜の朝」(1958年)を発表したのがRock ‘n’ Roll登場とも時期的に重なっている。自転車工場に勤務する労働者階級の主人公は、仕事が終わると必ずPubに行く。Londonには何もその残滓は感じられなかったが、Edinburghの街で俺はあの懐かしいような濃厚な臭いを嗅ぎ取った。
 イギリスにはPubをハシゴする場合、Pub Crawlという言葉が使われる。文字通り、Pubの間を這い回る、という意味だと吉田健一は書いている。こちらは実感できた。
 帰国したら金沢にも行こうと思うが、健坊の金沢と、現実の金沢では、随分と開きがあるかも知れぬ。
 「読んでみてよ、面白かったよ、この本」
 「明治 大正 昭和 不良少女伝――莫連女と少女ギャング団」[河出書房新社]
 こんな本を押し付けられてロンドンに戻る電車に飛び乗った。9月の日本経済新聞の「私の履歴書」は湯川れい子だが、海軍大佐の娘の彼女も往年の高等女学校の匂いがする。色々ありますが、人生十人十色。ありますなあ。


追記
今日は某地定点観測。ネクタイもシャツもナイフも買わず。そいで某君とシーメ。Londonとニッポン某所を結ぶ話。謀議密談談論風発。
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