岡田純良帝國小倉日記

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イギリス人の「高慢と偏見」(下)。
9月11日
イギリス人の「高慢と偏見」(下)。
 日本人には馴染みが薄いところだが、David Bowieは2000年に大英帝国勲章二等、2003年には騎士号をそれぞれ辞退したと記した。David Bowieは英王室からの叙勲で、女王陛下の前で跪くことそのものがイヤだったとしか想えない。
 この辺りの勲章や称号の相場観をもう少し付け加えたい。
 大英帝国勲章はMusicianでは二等を授けられたElton John(1947年-)を筆頭にして、三等になるとRay Davies(1944年-)、Roger Daltrey(1944年-)、Eric Clapton(1945年-)、そしてSting(1951年-)などがいる。
 これが騎士号の称号を保有している者となると大英帝国勲章二等を持っているElton Johnよりも先にCliff Richard(1940年-)、Tom Jones(1940年-)、Paul McCartney(1942年-)といった大物が挙げられる。また、Mick Jagger(1943年-)、Rod Stuwart(1945年-)なども騎士号の叙勲を受けている。

Elton John.jpg

 この中で、Paul McCartneyの叙勲歴が参考になるだろう。この人は1965年、弱冠22歳にして大英帝国勲章の五等の叙勲をBeatlesのメンバーとして受けた。1998年にElton Johnたちと一緒に“まとめて”騎士号を授けられている。
 この30年の間に、五等よりも上等の勲章を彼の後続のバンドマンたちが受けたわけだ。英王室が世間に開かれていくという言い方もできるが、勲章という飴をばら撒いて往年の「大英帝国」王室ブランドを維持したという批判も絶えずあった。
 また、Elton JohnもPaulと同様で、1998年に大英帝国勲章の二等を、さらに同年に騎士号を他のCliff RichardやTom Jonesと共に矢継ぎ早に受けた。考え方としては、勲章と称号は並ぶものなのだが、何となく、アップグレードされたようにも見える。
 しかし、実際には1998年という年はビミョーな年である。前年秋にDiana元王妃がParisで事故死しており、英王室に対する批判が高まっていた時期だったことに注意をしなければならないだろう。Dianaの葬儀で友人代表としてElton Johnは歌った。

Awarded Beatles in 1965.jpg

 これまで、英王室は何度か危機に立たされてきた。その度、折々、叙勲を武器にして、ある種の人気取りを続けてきた。Elton Johnに騎士号を与えて、Dianaに関する王室の「未必の故意」などの非難をかわしたとも言われた時期があったのだ。
 事実はどうあれ、これまでこのような批判が続いてきたのは事実だ。David Bowieは2000年に大英帝国勲章二等、2003年には騎士号をそれぞれ辞退した背景に、そういう英王室と世間の呼吸というものがあることは踏まえておいてもいいのではないかと想う。
 だから、これは、日本の話になるわけだが、前にも引いた內田百里箸盻鼎覆襦
 「なぜと云えば、いやだから。なぜいやか、と云えば気が進まないから。なぜ気が進ま ないからと云えば、いやだから」
 David Bowie自身は叙勲辞退の弁を残していないが、答えたとしたら、內田百療にむにゃむにゃとなったのだろうか。この辺りは、その筋からの使者を迎えた本人にしか分からない胸の内というものだろうけれど。
 「君の心の庭に忍耐を植えよ、その草は苦くともその実は甘い」
 Jane Austen嬢の残した箴言をどう解釈するか。
 「アナタ方の言う『忍耐』って、『愉しむための努力の放棄』と同義語じゃないの?」
 イギリス人に問いたいのは、努力もせず、最初から与えられた情況に耐え忍ぶだけで楽しいのかということ。与えられるだけで満足していてアンタはいいのか。
 Punkのような階級闘争、Scotland独立運動などは、根源的にはここに根っこがあると俺は感じている。イギリスの社会は根本的に健全ではなく、極めて不健康だと想う。

David Bowie.jpg

 そのくせ彼らと話すと、イギリス人以外の人々が大英帝国勲章欲しさに寄って来ると思い込んでいる。その思い込みがはなはだ「高慢」に感じられる。
 近頃のイギリス人は、あの暗い「英国病」と呼ばれた時代を忘れているように想える。David Cameron(1966年-)は離脱を決める国民投票の実施を決めた戦犯中の戦犯だが、未来が見えなかった、あの1970年代の暗いLondonを知っているのかと想う。
 Punkの第1世代のTeresa May(1956年-)は、間違いなくあの暗い時代を覚えている。だから日本にも尻尾を振って来る。必死なのだ。Paul Cook(1956年-)と見立ては同じ。
 Londonへの不動産投資は半数以上が外国人の投資。世界中の都市で外国人の投資が突出して多い。
 (味も分からないくせに)
 自分に都合の良いように島の外を眺めているように見える。「高慢と偏見」は嫌われる。また「英国病」が到来するかも知れない。


追記
エジンバラから帰宅途上の深夜の電車におりまする。サッカーチームにも入れ込めない人間には息苦しくて暮らせないのがこの土地かもしれませんなぁ。晩御飯と朝御飯を某家で頂きましたが、なんとも言いようがないところだった。
先ほどは海岸に大きくて綺麗な虹が出ていた。お隣は賭けポーカーで盛り上がっているところ。大正の莫蓮女の御話をなぜか読んでいる私なのよ。
この御国ともお別れするのは俺には丁度良い頃合いだったのかも知れない。帰ってから御国のためにもうひと頑張り。ウッフッフ。その御国とはどちらのことで?
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