岡田純良帝國小倉日記

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1964年――The Goldhawk Social Club(2)
8月10日
1964年――The Goldhawk Social Club(2)
 Londonで暮らして1年半が過ぎ、ようやく言葉が形になって出てきた。The Whoの存在は、Beatlesとも違うけれど、イギリスの労働者階級の歴史の中では極めて大きな意味があると感じる。労働者階級を社会に対して背負った初めてのバンドという感じか。
 1950年代にはEddie CochranだとかGene Vincentを真似た黒ずくめのRockersはLondonにもいたけれど、このRockersは、所詮アメリカのRockabillyの真似だった。戦後のアメリカのYouth Cultureのデッド・コピー。
 Sex PistolsのSteve Jones(1955年-)のオヤジはこのRockersだったそうだ。Rockabillyが好きで、オートバイも好き。丁度時代の流れだったわけだろう。
 60年代に入り、BeatlesはMersey Beatsの流れで出てきたが、彼らは売れ過ぎて、イギリスという国も超え、アメリカ市場で凄まじい人気を勝ち取った。あっという間に現象はUniversalなものになり、ある種、無国籍の存在になってしまった。
 ところが、その少し後に出てきたThe Whoは、強烈に色濃く、イギリス階級社会を背負っている。笑わない、ギラギラした目付き。服も、顔も、風体も。
Whoは、強烈に色濃く、イギリス階級社会を背負っている。笑わない、ギラギラした目付き。服も、顔も、風体も。
 Modsというグループができて、社会現象になったのは彼らの歌詞を聞けば分かる。
 「黙って俺に付いて来い」
 「俺のファッションを真似ないと時代遅れだぜ」
 と高らかに宣言した男たちなのだ。
 Modsのコートは、NATOを通じてヨーロッパ各地に駐屯した米軍の放出品だった。編み上げブーツもそう。安く、ハードで、喧嘩にもってこいだったからだ。
 前身だったHigh NumbersのシングルB面の「Zoot Suit」を一部引いてみよう。

The Who Plays at the Goldhawk Social Club in 1965 (2).jpg

    I'm the hippiest number in town and I'll tell you why
    I'm the snappiest dresser right down to my inch wide tie
    And to get you wise I'll explain it to you
    A few of the things that a face is supposed to do
    I wear zoot suit jacket with side vents five inches long
    I have two-tone XXXX yeah you know this is wrong
    But the main thing is unless you're a fool
    Ah you know you gotta know, yeah you know, yeah you gotta be cool
    So all you tickets I just want you to dig me
    With my striped zoot jacket that the sods can plainly see
    So the action lies with all of you guys
    Is how you look in the other, the other, yeah, the other cat's eye
    Well don't you see, well don't you see, well don't you see now
    Well don't you see now, come on baby, 'cause don't you see now, oh baby


        The Who at The Gold Hawk Social Club  (1).jpg

 イギリスでは男は装うことには時に命を懸けるというのが19世紀初頭のWilliam Archerの頃からのDandyの伝統。当時、Peter Townshend(1945年-)は19歳。
 「インチ幅の細身のタイ」
 「サイドベンツの長さは5インチ」
 21世紀の今もFred PerryはMods御用達だったポロシャツだけでなくMods Coatを作っている。Mods必須のアイテムだし、やっぱりイギリスの労働者階級の少年流で、お金を掛けない精一杯のオシャレのわけだろう。
 「The Whoの再来――Guitarは下手だけど」
 1976年の春先、Sex Pistolsはこんな書き立てられ方をした。1976年当時、Pistolsのライヴを体験したライターは、The Whoの初期の雰囲気も知っている世代だったから、これにはある種の真実がある。
 実際、彼らは初期にSmall Facesの「What Cha Gonna Do About It」をCoverしたが、76年の夏前には捨て、代わりにThe Whoの「Substitute」は捨てずにCoverを続けて、Liveでは必須の作品だった。

Sex Pistols 1976.jpg

 Paul Cookは各方面からドラマーで声が掛かるから忙しい。その一方で地元出身のThe Whoのコンサートには、若い頃と変わらずに律儀に足を運んでいる。それだけでもThe Whoの存在の重さが伝わってくる。
 Paul CookはHammersmith育ちとされているが、Shepherd Bushの裏手にあるPhoenix High SchoolでSteve Jonesと出会っている。Goldhawk Social Clubのあった205 Goldhawk Roadまでは学校から800mほど。Paul Cool少年には帰り道に当たっていたはずだ。
 Glen MatlockはGoldhawk Social ClubからShepherd Bushの坂道をHolland Park Avenue沿いに登って1kmちょっとくらいのところに今でも暮らしている。街場を行く彼らは、誰も気付かないが、何時もちょっとシャレて歩いている。
 大金は無い。だが精一杯に装い、精一杯に突っ張る。The WhoからSex Pistolsへ。階級特有の暗喩――Sex PistolsもThe Who以来の伝統を深く受け継いだのだ。


追記
Paul CookセンセイはHammersmith育ちで、家族と今も住んでいるってのよ。Sharksで同じメンバーだったToshi Ogawaさんの話だそうだから間違いない。ともかく、結構、歩いてるわね彼は。2kmくらいは平気で歩くんじゃないのかな。俺のいる間にまた街場で会えるか知らん。
諸兄姐、というわけで、さ・よ・な・ら、って、クドイほど言っている通りですけえね。さよなら三角また来て四角というわけですら。俺の体にも、ちょっとだけ、イギリスが入った。それでヨシだ。
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