岡田純良帝國小倉日記

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備忘録――「ベトナム報道」(7)
8月8日
備忘録――「ベトナム報道」(7)
「ベトナム報道」[日野啓三著, 講談社文芸文庫]
 暫く現場からの報道を検証して、特派員記者の孤独な戦いと苦しみを追想してみた。共感するところが殆どとはいえ、アメリカ政府や社会の当時の様々なことが公文書を通じて明るみに出るようになった今では、全面的に賛成とはいかない部分もある。
 「フランス革命は血を流さなかったか。アメリカは流血なしに独立したか。明治維新は銃声はひびかなかったか」
 「したがって全面核戦争に至らない限りの国内革命戦は、論理的には承認しえないとしても、現代でも現実的にはやむをえないのではないかというのが私の偽らぬ気持ちだった。問題は国内戦の次元では明白に勝負のあった戦いを、強引に逆転させようとする無理にあるのではないか」

     National Liberal Club (1).JPG
  こちらは大英帝国の由緒正しき「NLC」の入会パンフレットよ。国会議事堂至近であり
  会員制の「クラブ」は年間活動イベントもあって、由緒と格式ではトップクラスだ。
  近付こうと考えたけど、ま、敬して遠ざかるのがアジア人のたしなみってところか。

 「その無理が戦いをいたずらに長びかせ、民主の犠牲をふやし、国土を焦土にする。要するに民族自決を認め、外国の干渉は排除すべきであって、たとえその民族がどのような政体を選ぼうと、それはその民族の責任であり、他国はそれによって国際政治上のマイナスになるとしても武力介入すべきではないという考えである」
 これは今やファンタジーにも見える。当時は“鉄のカーテン”の“冷戦時代”だから、共産主義国は内側に閉じて何をしているのか分からないという恐怖があったにせよ、表面上では自由主義陣営とは没交渉だった。だからベトナムが赤化しても直ぐ周辺も赤化するとは言えなかった、そういう時代である。
 今日では、アメリカ合衆国は反共の恐怖のため、国を挙げて20世紀の前半にナチス・ドイツ支援のために大量の資金を注ぎ込み第3帝国を育てた事実が明らかになった。当時からそのような国際的な政商はあったが、今は分かり易い仮想敵がいなくなった。
 表向きにはグローバリズムが進み、旧共産主義陣営の大国でも国際通商上のルールの中で主要なプレーヤーとして活動するようになった。
 しかし、民主化が実現されたと考えるのは間違いだ。選挙で票数の操作疑惑は拭えず、選挙権も認められない国もある。過去と訣別したと謳っているが、今度は金と利権でからめ手にして次々に発展途上国を影響下におく、見え難いオセロゲームに変わった。
 ゲームのルールが変わり、政治体制だけでは違いが見え難い。ところが、「女性の権利」、子供の「権利」、「人身売買」、「労働」、さらに「少数民族」、「LGBT」まで含め、権利が保護され、人権が認められている国は実は少ないこともまた事実。そうして、彼らにとってクリティカルな場面になると、国連安保理で拒否権をいとも簡単に発動する。

「ベトナム報道」(3).JPG

 日野啓三はそれでも安易な理想主義には陥らない。
 「難民の群やバラックの難民部落をみるたびに、リュックひとつで貨車につめこまれ、釜山の埠頭の石畳の上で震えて夜を明かし、博多の倉庫でムシロにくるまって寝た引揚げの屈辱の記憶が、つねに眼の裏に甦ってきた」
 「アメリカに負けた恨みが、自分の中に残っているとは思わない。むしろ私自身は日本が負けてよかったと思っている。われわれはフランスと同じように、負けたことによって逆に多くのことを学んだが、アメリカは勝ったことによって、ノーマン・メイラーが『裸者と死者』の中で鋭く指摘したように、何か貴重なものを失ったのではないか。その巨大な物質的実力と世界の“自由”警護の使命感の重みで動きがとれなくなっているように思われるのだ」
 これはアメリカ合衆国だけではない。覇権を競う大国に古今共通するものだ。
 日本のような国は、原子力爆弾を喰らった唯一の被爆国として、あるいは技術立国として、大国と発展途上国の間にあり、独自の方向を模索する意義はある。

     National Liberal Club (4).JPG
 日本は、神戸、横浜、東京、という順番に書いてあるんだけれど、俺は高倉健が東京の
 クラブに出入りしていたと前から承知しているのだけれど、どうなんだろうねえ。

 「工作員の公開処刑を、数メートルの近さで終始目撃したことは、非常な体験だった」
 「まだ少年のような工作員を銃殺する政府軍憲兵隊の、ことさら勿体ぶったうやうやしい儀式調に、私は血のにおい以上の吐き気を催したが、ちょうどこの銃殺が歩道の一角で行われたサイゴン中央広場の中央花壇には、ゴ政権打倒デモのとき殺された女子学生の銅像がたっていて、もし解放戦線が勝利を得る日には、この歩道の一角にいま野良犬のように射ち殺されたこの少年工作員の銅像が立つのではないかと考えた」
 「どのような勝利も栄光も償うことのできない血の重さ、そのような犠牲の血なしには進まない歴史そのものの、根源的な不条理が心にこたえた」
 21世紀も世界中で続くテロ。世の中、簡単に変わるものか。
 大英帝国さえ。ロシア、中東、中国から、大金が流れ込み、様々な勢力が入り込み、社会はギシギシ歪んだ音を立てている。開かれたはずの王室も変わらない。ふた昔も前の王女の死について息子たちが重い口を開き始めたが、古いお歴々は古傷を暴かれ、顔をしかめる始末。古今東西、王室なんてどこもそんなもの。
 主要プレーヤーは増えた。そして国連が機能不全に陥り、EUの理想さえ大英帝国の離脱で揺らいでいる。宗教と文化の対立という見え方。それで誰が漁夫の利を得るか。相対的に欧米の影響力が低下して、誰が喜ぶかを考えた時に、日野ら日本の特派員がその目で見た光景と同じく、今でも続く惨劇の向こう側にある構図は変わっていないことを考えたい。どの陣営が勝利しても、結局、「根源的な不条理」は残ることを。


追記
これから休みます。そいで、もう、オ・シ・マ・イ。さようなら。
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