岡田純良帝國小倉日記

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Siciliaのこぼれ話――Bisacquino市警の先導で教会Mafia参詣。
6月16日
Siciliaのこぼれ話――Bisacquino市警の先導で教会Mafia参詣。
 SiciliaではPeugeot308を借りてかなり険しい山中を走り抜けた。大よそ次の街だ。
 Catania、Siracusa、Noto、Modica、Ragusa、Caltagirone、Agrigento、Mussomeli、Villalba、Vallelunga Pratameno、Bisacquino、Corleone、Palermo。
 海辺の町から海辺の町へと移動するルートが多かった。高速はまだしも、州道は時に狭く、行き交う時に道路脇で伸び放題の雑草がドアに触れた。
 また、山間の山頂に造られたRagusa、Caltagirone辺りは、2m半ほどしか幅のない敷石の通りが多く、しかも九十九折で切り替えしに苦労した。
 面白かった話としては、Bisacquinoでは19世紀末にMafiaの温床にもなった教会、il Santuario della Madonna del Balzo(聖マドンナ教会)を訪ねた時のことだろう。
 村外れにある教会は、街のど真ん中にある広場の地図でも分からない。
 「出てねえなあ」
 ここの神父は、社会主義は、キリスト教と矛盾しないと説いたこともあって、教会を中心に生まれた社会主義を指向する組織がMafiaの温床になった。

              Vito Cascio Ferro.jpg

 この小さな街が、最初のBoss of the Bossesで、Don Vitoと呼ばれたVito Cascio Ferro(1862-1943年)の育った街である。生まれたのはPalermoだが、父は農地監視人で母は小学校教師。だから当時は珍しくDon Vitoは読み書きができた。美能幸三も母親は学校の教頭だった。
 このDon Vitoはイタリア政府による社会主義グループの弾圧で国外に逃げたことがMafiaへの道に入るきっかけになった。鉱山とか港湾とか、Mafiaの成り立ちには色々地域特有の産業が温床になったりするが、間接的にせよ教会が関わったのも面白い。
 広場を警邏中の制服警官がやって来て、
 「おい、君たちは聖マドンナ教会を捜しているんだろう」
 「ええ、そうです」
 「やっぱりなあ」
 警官はせっかちに頷いて早口でまくし立てた。
「ここをずーっと真っ直ぐに行って、3本目を右に周り、2つ目のラウンドアバウトを3つ目の出口で右に折れ、4つ目の出口で降りるんだ。あとはずっと道なりで」
 とか言ったかどうか。少なくとも絶対に辿り着けそうにないのは確かだ。
 「オカピート?」
 「ううん」
 「オカピート?」
 前日までMafia Familyの村で一杯やって愉しんでいたのに。制服警官に早口で道を教えて貰っても調子が出ない。知らない街でそんなややこしい道順を懇切丁寧にだけど説明されて分かるもんか。

Marlon Brando & Frank Sinatra.jpg
 さて、右は若き日のFrank Sinatraだけど、左は誰だ。ウッフッフッフ、アッハッハ。
 Marlon Brandoその人だわいねえ。Don Corleoneだわなあ。Don Vitoともかぶるわけ。
 まだ若くて、安っぽくて、チンピラっぽくて。いいなあ、このシャシンは。

 「オカピート。私に着いて来なさい」
 そして、我が家はBisacquino市警のパトカーに先導されてMafia教会詣出をした。
 「ここから先は自分たちで行け!」
 村外れの角のところで山道を指し示すと、パトカーは坂を下りて行った。
 「有難う!」
 俺たちを敬虔なキリスト教徒だと思ったのかどうか。
 名高い白亜の教会は堅く門を閉ざしており、俺は小便をしたかったが我慢した。結局、警官に先導してもらったのに、教会内部は入れず仕舞いで、山を降りて、白亜の建物を遠望しながら草むらで立小便をした。
 「見たぞ、見たぞ、小便野郎!」
 そういえば、Agrigentoで立小便をしていたら背後から罵声を浴びた。これがSicilian Styleということなんだろう。親切心もイタズラ心も剥き出しの素のまま。
 Bisacquinoで後から思い出したのは、アカデミー賞を獲った名作、「或る夜の出来事(It Happened One Night)」を監督したFrank Capra(1897-1991年)はこの街で生まれ、20世紀のはじめにCaliforniaに家族と共に渡ったことだった。
 Frank Capraの映画は好きで、「素晴らしき哉、人生!」も素敵だと想う。世の塵芥にまみれて歳を取ると、夢を見たくなるし、夢を語る人が好きになる。Frank Capraなどその典型だ。

    Clark Gable with Oscar in 1934.jpg
 気乗りしなかったClark Gableが、若い無名の監督の映画に出たらオスカー。この頃の
 Clark Gableは最高だ。強烈に色っぽい。ヤバイ感じだよ、色悪ってのかな。

 第2次大戦の惨禍を目の当たりにして、夢のある映画を作ろうとして「素晴らしき哉、人生!」を製作した。この作品が興行的に失敗すると、大きなショックを受けて引退してしまう。何というのか、Italiaの気質というか、Sicilianというのか。
 ところが、この映画は今では史上最高の名画の一つとされるようになった。日本では師走の年忘れ時代劇映画の定番が「忠臣蔵」であるように、毎年、クリスマスの時期にはアメリカでは必ず放映される。ガキの頃にはベタだなぁと想ったけれど、泥水を呑んだ後で観ると泣かされる。

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