岡田純良帝國小倉日記

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ローマ宣言の後で(下)。
4月14日
ローマ宣言の後で(下)。
 日本では実名の報道による犯罪報道被害についてはどう議論されているのだろうか。メディアは、普段から教えてやるという目線だから、都合が悪いことが自分の身に降りかかると、途端に姿勢が頑なに卑屈になるから、おおよそ想像はつく。
 性犯罪等に象徴されるように、実名とか写真のようなものを出して被害に遭った人は、もしその後、冤罪として着せられた汚名を晴らされることがあっても多分にトラウマとして残るだろう。
 封建の昔なら、武士は私心の無いことを示すために腹を切ったわけだろう。
 今なら、報道被害者が出た時は、三島由紀夫ではないが「他人の不幸は密の味」として素知らぬ顔をするのが日本人だ。それが礼儀とさえ想っている。
 つらつら想うに国会の不毛な議論と密室の自白強要が続くその根本は、日本人全員に帰着する日本の暗部だと想う。
 日本人は人任せにする。臭いものにフタする無責任さに由来する。国会や検察、また新聞などの「権威」に弱い。数々のでっち上げで一度は国を滅亡させた朝日新聞の有難いお言葉さえ疑わない。事実はどうか、それこそ「立体的に考えよう」としない。
 誰もメスを入れない、不思議なことを考えないから、こういうことが続くわけだなぁ。 戦前の日本がまるでアホみたいに言う人もアホだが、たった今、起きていることの中で、良し悪しを見分けようとしなければ明日はまた繰り返し。メディアの犠牲者が出続ける。
 ナウなヤングに伝えたいのは我々はそれでも現在まで続いてきた。かなり、筋の良い民族という事実は歴史が証明している。だから、引いた記事ではないけれども、教えてやるみたいなメディアの態度を有り難がることなんぞは即刻止めたいところ。

The Guardian 20170324 (1).JPG

 田中清玄(1906-93年)が非合法の共産党に入党し、逮捕・獄中転向し、これまた一貫して死の直前まで政治活動を続けていたのは、彼が入党した当時の社会は、山縣有朋に代表されるような、明治の元勲・巨魁による言論弾圧に反撥してのものだろう。田中は最後にはEUの理想に近い超国家主義に至っていた。
 今回のBrexitをどう感じたかろうとどうしても感じてしまう。俺はカタギだけれど、もし若い時に田中の過ごした頃と同じような弾圧を経験していたら、もしかすると左の方に進んだかも知れない。
 ただ左も2種類ある。2.26事件の陸軍将校では多数を占めた悲痛・憤激・社会改革派と、超エリートの内務官僚や大本営参謀等の国家主義者と極論すれば二極に分かれる。 俺は、しかし、そのどちらかでもない。多分、物言わず死んでいく路傍の石なんだろう。人類の歴史はそういうもの。路傍の石は黙ってじっと考えている。そういう人間がこの大きな歴史の中の大多数だ。
 イギリスではどうなんだろう。黙っていた路傍の石が、中央に牙を向いて、ついにBrexitという機会を捉えて、「NO!」に投票したということなのではないか知らん。
 この国の最も触れられたくない最暗部は階級制度だろう。日本の暗部の「空気」と較べどっこいどっこい。人道に対する罪だと想う。これが今の世の中まで続いてきたことについては、貴族階級も中産階級も労働者階級も疑い無く共犯者だろう。とりわけ、中産階級の狡猾さは、戦後の日本人の一億総中流志向と似ていて、とてもセコイ。
 自分がイギリス人ではないし、イギリス人と結婚した身内はいてもこんな突っ込んだ話をするわけでもないから、あまりよくグリップできているとは想えない。しかし日々の暮らしの中で、階級によって分断された社会には不健康で不穏な雰囲気が感じられる。
 話し方、話す内容、単語一つとっても、違う。分断されてきたから、同じ社会で使う言葉は違っている。地下鉄やバスの中でも、少年や少女の中に、他人への態度が極めて冷淡な者がある。それは、日本で言う「上から目線」の冷酷さそのものだ。
 思春期であんな冷たい表情をするということは、両親や祖父母の家庭教育以外に他の誰にも帰せられない。家が悪い。階級・民族・人種差別教育は幼い子供の態度に表れる。
 「彼女たちからすれば、(日本人捕虜を含む)植民地人や有色人はあきらかに人間では
 無かったのである。それは家畜に等しいものだから、それに対し人間に対するような
 感覚を持つ必要は無いのだ、そうとしか思えない」
 京都大学で長らく教鞭を執った中世史の学究・会田雄次が遺した「アーロン収容所」。印象的な場面が多数ある。捕虜の会田が、英軍の女性兵士の宿舎を清掃に行った時に、素っ裸で髪をすいている女がいた。ベッドで煙草をのみながら雑誌に読みふけっている他の女も含め、黄色人兵士の会田の姿に反応しなかったことをこう書き遺している。
 彼のような西洋を専門とする碩学には収容所体験が無ければどんなに良かったことか。不幸なことだがミケランジェロ研究の大家はイギリス人を呪い嫌った。体験したことは、生涯消えないトラウマであったから彼の中でバランスを欠いているところもあるだろう。
 平時の今は、接する人の大半は善良な人たちだ。だが、集まるとそれが「政治」になる。
 だからこそ、Brexitでは会田雄次の目線も思い出させられた。
 「アイツら、ヨーロッパ人じゃないから」
 大陸で聞く決まり文句。これにイギリス人は耳を貸さずに来た。
 この島国だけ、メシは不味く、職人のモラルが低い。建物は歪んでいて、便所は汚い。階級制の裏面が表面に露出している。そこまで嗤われても、この頑固さ、独善。嗚呼。


David Bowie with Nagisa Ohshima in 1983.jpg

追記
David Bowieの展覧会の「David Bowie is」では、大島渚の「戦場のメリークリスマス」のコーナーで大きな来場者の滞留する渦ができていた。会田雄次が生きていたら何と言ったかな。京都帝大の先輩として、早稲田の野坂昭如が奥方の小山明子の前で大島渚をぶん殴ったみたいにぶっ飛ばしたかな。大島渚は思想が邪魔をして忘れられていくだろう。哀しいことだけれど、大きな思想の影が、映画監督として、あるいは表現者としての大島渚を小さくしてしまった。そうとも言えるだろう。思想ってのは流行だからね。流行ってのは、時が来れば廃れるわけだよな。オッチャンも、頑固で、独善的だったって、俺もそうか。オホホホホホホホ。
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