岡田純良帝國小倉日記

<< お得な日本盤と役得な2人。 | main | Punk40周年を過ぎて。 >>
気になる本――日本のアンネ・フランク、ちばてつや。
4月10日
気になる本――日本のアンネ・フランク、ちばてつや。
 「ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき」[ちばてつや著, 新日本出版社]
 ちばてつやが「のたりまつたろう」連載終了後に手術をすることになって、編プロを解散していたことは知らなかった。ちばてつやの本名は千葉徹弥(1939年-)だそうだ。
 俺が中国で官製の反日デモなどで苦心惨憺している頃、ちばてつやら戦後のマンガ界を支えた漫画家(赤塚不二夫、古谷三敏)に、皆奉天で近くに住んでいた引揚者が多かったという話を知った。
 親の仕事はバラバラで、赤塚は警察官、古谷は料理人、ちばは印刷会社のサラリーマン。奉天では知り合いではなかったが、隣の町くらいの至近に住んでいたそうだ。俺の居住していた頃には南京で日本の漫画家が原画の展覧会などを開催していた。そんな経緯で知ったのではなかったか。無論、この企画の実施のために色々な人たちが動いていた。
 ちなみに、本書の版元は共産党系の出版社。
 中国で苦労していた頃は、意識して旧満州地区を訪れた。清岡卓行の「アカシヤの大連」、梶山季之、古山高麗雄のエッセイ、さらに馬賊系なら壇一雄の「夕陽と拳銃」、その他、杉森久英の「夕陽将軍」辺りも随分読んで強烈な印象があった。
 しかし俺の少年時代にはとても渡航して実地に見ることなど叶わない冷戦時代だから、夢のまた夢だった。何度も拒否して送られた凍土であるがゆえに、紅旗が翩翻と翻った中央の党直轄都市などはいるのもイヤだった。だから、旧満州地区にはなるたけ用事を作って訪問・調査することに決めていた。
 奉天(現:瀋陽)、哈爾濱(同ハルピン)、新京(同長春)、大連等で日本人によって、鉄道、道路、銀行、警察、ホテル、役所等の社会インフラが整備されたことを実地に確認した。これは、実際に行って見て本当に良かったと想っている。

       「ちばてつや自伝」表紙。.jpg

 特に駅舎は日本国内にある鉄道駅舎を模したものが多く、各地で上野駅(大連)、東京駅(瀋陽)に酷似した建築構造と意匠を持っていることも確認した。さらに昔の大連ヤマトホテル(現:大連賓館)、奉天ヤマトホテル(同遼寧賓館)にも投宿、これらのホテル建築と建造物内の意匠も実地に確認した。
 これらの土地で、日本語の通訳としてついて某方面から紹介された人たちがいて、各々別の機会にあのまま満州だったら今頃は香港くらいにはなっていたのにという恨み言のようなことを言われたこともある。地元の旅行代理店から紹介されたらまず聞くことはできない話だが、色々な人がいることを学んだ。

大連ヤマトホテル.jpg

 今、東京でとても人気のある中華料理店の店主は、元々現在の黒龍江省、当時の哈爾濱(ハルピン)の出身で、俺とはもう10年来の仲。大変な親日家で、この10年間で店舗は何軒増えただろう。商売熱心だが、日本人の助言を素直に容れるからどんどん発展する。それが彼の徳だろう。
 さて、脱線した。東京で生まれて、2歳で家族と共に奉天に渡り、引き揚げを経験しているちばてつやの話であった。
 ちばは奉天で終戦を迎えたが、一家は引き揚げに遅れ、極寒の冬場を前に途方にくれる。この時、印刷会社で父親の部下だった中国人・徐集川の家の屋根裏に翌春まで匿われた。この時に奉天で生まれた幼い実弟(ちばあきお等)に読み聞かせをした経験がちばの原点。
 ちばの育った家は厳しく家で漫画を読むことさえ禁じられていた。後に天台宗の僧侶になった木内堯央(1939-2002年)が帰国後に通った小学校の幼馴染だった。牛島太子堂で知られる寺は創建は8世紀中旬と言われている古寺。その木内の手引きによって「漫画クラブ」に入って熱心に漫画を描くようになった。
 「国が何かを隠そうとし始めたり、自由に物が言い難くなったなと感じたら、おかしいと声をあげてください」
 そう語るのも、まぁ、敗戦時の記憶が言わせるということで俺は理解する。終戦時に6歳の未就学児童だった。中国人に匿われた体験があるだけにその思考は陰謀史観に寄りがちになることも理解する。

奉天ヤマトホテル.jpg

 アンネ・フランクの「アンネの日記」については日記そのものの捏造説が根強く語られる。だが、ちばてつやは自分自身で描いているのは確か。
 78歳になった今は長編は書かず、自宅2階の小さな屋根裏部屋で執筆をするそうだ。
 「屋根裏がぼくの原点。こういうところが今も一番落ち着く」
 「役に立たない人間などいないことを伝えられたら」
 これもよく分かる。
 俺は21世紀の獄中ではめられ、背中に何箇所も傷を負って送り返された。無論今でも凍土で生まれた人間で付き合いのある友人・知人はいる。その殆どが国を棄てた。俺の傷の深さを見て日本人は皆逃げた。傷だらけの同胞を棄て。それから俺は他人の言葉は鵜呑みにしなくなった。
 ちばが親中ということと同じ伝で、俺は疑り深くなったから、俺はちばの言葉を信じる。
 「Don't Let the Same Dog Bite You Twice」(同じ犬に二度噛まれるな)
 Chuck Berryの格言。(『あとがきのあと』、日本経済新聞)


追記
共謀罪反対の集会に出ていたちばてつやは、「愛国的な子供ばかり増えれば世の中は面白くなくなる」と語ってましたなあ。それも考え方ひとつだけれど、愛国教育をしてもそこからはみ出してしまう子供はいる。大杉栄なんて、軍国教育の申し子だったけれど、すっかり軍国教育に付いていけずに落ちこぼれてアナキストになっちまったしねえ。

追記の追記
アンネフランクの病死したアウシュビッツはBelsenで、Johnny Rottenはそれを「Belsen was a Gas」で書いたわけだ。この系統の話は相変わらずで、一昨年か名?、Christopher Plummerの主演した「Remember」のような映画が今もられているわけなんだよねえ。やっぱり人類の人道上の罪って許されないのかね。原爆や焼夷弾を無抵抗の日本中に落としまくったアメリカ軍は批判されず。ま、日本はやっぱり日本人らしく静かにしてるってことか。

追記の追記の追記
本日は25℃を上回る夏日になった当地。暑くて部屋を開け放して洗濯していたわけだよ。明日は夜には5℃まで下がる予報。こういうのは、長旅の直後はちょいと身体に堪えるわねぇ。
| 9本・記録集 | 06:02 | comments(0) | trackbacks(0)
スポンサーサイト
| - | 06:02 | - | -
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://punkhermit.jugem.cc/trackback/6161
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE