岡田純良帝國小倉日記

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今日のLondon――Gaz MayallとMick Jones。
3月12日
今日のLondon――Gaz MayallとMick Jones。
 実際には3月11日(土)のことだった。用事があって、市内某所周辺をウロウロした揚句、昼飯を喰いに某所まで行くところだった。
 「ここはCooky臭いね。臭いが漂ってる」
 「あすこのカフェに入ってったんだな」
 「そうだっけ」
 「そうだっけて、アンタ、Cookyが、アンタとすれ違うのに道を譲ってたじゃんか」
 「全然気付かなかったよ」
 別にキョロキョロする必要は無いけれど、顔を観れば一瞬で気付くから、あれがSex PistolsのPaul Cook御大だと分かってすれ違いざまに声を掛けたことがあった。
 今年に入って1度入った某店に入ると、先回と同じように、外まで人が溢れて呑んでいる。俺たちはランチを喰らう積もりでカウンター脇に立つと、
 (うっ)
 そののWide Brimmed Fedoraの帽子で、男はGaz Mayall(1960年-)であり、2人のトレードマークの毛皮のコートを着ていたことから、連れはかみさんだと知れた。

         Gaz Mayall & His Wife in Tokyo

 おっさん、今年は57歳になるから、そろそろ老人の雰囲気が漂い始めている。俺もアンタとは変わらないのだから分かっちゃいるけど、お互い歳を喰ったなあ――チラチラと観察しながら想う。Joe StrummerのBlue Plaqueの除幕式以来のお姿拝観。
 珍しく“我が偉大なる女房”はGaz Mayallに気付いた。トレードマークのWide Brimmed Fedoraを被っていたからか知らんが、彼女は、大抵、streetお歩く男には気付かない人だ。
 行き付けの店なんだろう。午後2時半に入ると、盛大にカウンターで呑んでいる。そして4時前に出る時にもさらに友達が加わって盛大に呑んでいた。アンタと俺は、行き付けの店が同じなのか、Gaz Mayallよ。ま、喰いもんだけは悪い趣味じゃねえな。
 (オホホホホホホホ)
 ブラブラと店を出る。辺りは古着と骨董と雑貨品の屋台だらけ。 
 それにしても今日はもう誰かにすれ違うこともあるまいさと想いつつ、何となく前方を眺めながら歩いていると、市内全域でも最大級の週末のマーケットが出る某所のど真ん中に差し掛かった辺りで、また“我が偉大なる女房”は先にズンズン歩速を上げ始めた。

       Joe Strummer Blue Plaque

 2人で並んでは歩けないほどの混雑なのだが、そういう時は、“出やすい宵闇”で、Punkの亡霊が出ることが多い。大体、俺の場合、そういう星回りになってんだよななんて考えていたら、
 (うっ!)
 “我が偉大なる女房”がガンガン歩いて来たので、痩せた老人が身体をかわして“我が偉大なる女房”の進む空間を造って呉れた。
 (あれっ?)
 そう、その老人の顔。
 (ヤヤヤ!)
 Mick Jones(1955年-)その人である。しかしすっかり身なり風体は老人のそれである。

        Tony James and Mick Jones in 2007

 (うーん)
 金縛りのようになって声が出なかった。声を掛けるにもあまりの雑踏だから、掛けると目立ってしまうだろうから掛け難い。
 (あああ)
 遠くを怪訝そうな表情で見つめながら老人の背中は再び雑踏に消えて行く。ウールの濃紺のコートを羽織って無帽であり、すっかりロンドンの21世紀の老人世界に馴染んで雑踏では全く目立たない。
 上に上げた写真は10年前で、さらに10年後の現在は62歳。髪は白くなり、すっかり老人になったが、間違い無い、あれはMick Jonesであった。雑踏ですれ違っても相変わらず、“小倉の料理番長”は大物で、全く気付かなかった。
 2016年12月のJoe Strummerのプレートの除幕式には、Gaz Mayall一人がやってきたが、あるいは近くに住んでいるご近所の誼で、Mick Jonesから代理出席を頼まれたのか知らん。Cookyにしても、Mickyにしても、番長が先に気付いてくれれば立ち話くらいはできなくもなかったが、気合負けだ。
 Londonのコミュニティーは小さい。しかし、あんな場所ですれ違うなんて、変なところで感心するようだけれど、Punk Rockってのは、Street Musicなんだなと想った。


追記
本日は少しゆっくりするかとも思う次第。来週がまたまた忙しくなる見込みなのでかなり疲れそうだ。話が重く大きくなれば憔悴するのも早いから。それにしても、巨悪と闘う準備をしようとする矢先に、また未来の見通せない人たちが気勢を上げて面倒なことにならなければいいと思う。歴史的に見て、未来の見通せない人たちにお任せすると、必ず、天変地異が起きてきた。二度あることは三度あるのだ。
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