岡田純良帝國小倉日記

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「Give'em Enough Rope」?
3月13日
「Give'em Enough Rope」?
 昨年暮れから年明けにかけてClash Boomが来て、再び、ありったけの音源を聴いた。我が家にあるのは「London Calling」までの70年代の音源だけだ。「Sandinista」になるともう興味は湧かず、買いもしなかった。
 事務所の行き帰りに聴き込んでみると、昔、好きだった「White Man in Hammersmith Palais」等は何故かスルーしてしまう。
 海賊盤まで含めて出ている70年代の彼らの作品の中では、あれこれ悩んで考えた末に一番好きな曲を選んでみたら「Safe European Home」だった。
 これがA面1曲目に収められているのが「Give'em Enough Rope」(邦題:『動乱(獣を野に放て)』)だった。メロディー、結構、スプラッシュするDrumもいいわけだが、何より、Joe Strummerの歌い方がいい。

   Well, I just got back an' I wish I never Leave now (Where'd you go?)
   Who dat Martian arrival at the airport?      (Where'd you go?)
   How many local dollars for a local anesthetic?   (Where'd you go?)
   The Johnny on the corner was a very sympathetic  (Where'd you go?)
   I went to the place where every white face is an invitation to robbery
   An' sitting here in my safe European home
   I don't want to go back there again

 1978年の彼らは、まるでKing of Kingsだった。まぁ、上から目線ですわね、今で言う。歌い回しが吼えまくっていて傲慢この上無いわけですわな。それがこの曲にはまってるというのか。
 1978年はClashは光り輝いていて、Joe Strummerの言葉の一つひとつが格言となり、金言だった。

「Giveem Enough Rope」ジャケット。.jpg


   帰って来たぜ。もう絶対に出かけない  (どこに行ってたんだい?)
   誰が空港に来たかだって        (どこに行ってたんだい?)
   ヤクにどれほどかかるかだって     (どこに行ってたんだい?)
   あそこにいるヤツはよく知ってるはずさ (どこに行ってたんだい?)
   俺が行った場所は 白人は全員カモられてた
   平和なヨーロッパの家に戻って来たんだ
   絶対にあんな場所に戻る気はないぜ

 ま、Topper Headonのスネア一発が何と言っても最高だけど。
 しかしLiveの音はショボイ。Guitarが薄っぺらでBassがまだまだ下手糞だったから。だけど、「Rough Trade Records」に行くと、レジの上に「Sort It Out Tour」の前後のClashのポスターが貼ってあって、胸が抉られるような気持ちになる。あれから40年。まさに、朝には紅顔ありてである。
 1981年頃、「White Man in Hammersmith Palais」は佐藤シンイチロウと演ったりしたんだった。1978年の曲だったから、3年後ではちょっと前の感じがしていたもんだけど、今になってみると早かったかな。
 「岡田さん、どこで楽譜を買うんですか」
 何時だったか高校の後輩の女の子に聞かれたことがあったけど、楽譜なんか買うもんか。どうして自分の耳で聞いてコピーする方にオツムがいかないのか不思議だったな。
 ともあれ、「Give'em Enough Rope」のジャケットは、当時、「起こりえない絵柄」だった。テンガロンハットを被ったガンマンらしい男の死体にハゲタカが群れている。その死体を、少し離れた場所から中国服を着て人民帽をかぶった中国人らしい男が馬上から見下ろしている。つまり、中国がアメリカをやっつける暗喩を示した図だった。
 Joe Strummerのチョイスなのかどうか。「The End of the Trail」と題された絵葉書に、馬に乗った中国人の写真を組み合わせたものだった。当時は冷戦だったから、あの凍土で何が起きているのか、外側からは窺い知ることはできなかった。

Clash at their Reharsal Reharsals (2).jpg

 それから40年が経った。前半の30年近くは判らなかったのだろう。しかし直近10年ほどでどこかの誰かの化けの皮が剥がれてきた。やはり2期8年どこかの別の誰かがその誰かを甘やかせ、増長した分、国際社会の見方は大きく変わった。
 結果、今、○○間が揺れている。前政権の8年間で、某国国務省のスタンスは180度といっていい方向転換をした。ようやくインテリジェンスが働いてきたか、誰かがどんなに巧妙にロビイングをしようとも、その進もうとしている方向が見えてきたわけだ。
 我が家の近所の香港人や台湾人は、じっとこの推移を見守っている。憂慮する人もある。だが、彼らの親族が蹂躙された記憶は消し難いものもあるだろう。大統領候補の1人でもあったMarco Rubioは制裁法案を提案した。身内にギャングがいるキューバ移民の息子が大統領候補として存在感を発揮できることがアメリカの本当の強みだ。

Clash at their Reharsal Reharsals (0).jpg

 「米中もし戦わば」はアメリカ人のPeter Navarroが書いたし、日本人は最近「米中戦争」[渡部悦和著, 講談社原題新書]や「米中開戦 躍進する日本」[渡邉哲也著, 徳間書店]のような本を書いている。
 一方、在日のアメリカ人も「アメリカ人が語る アメリカが隠しておきたい日本の歴史」[Max von Schuler著, ハート出版]のような本を書いて出版する時代になっている。ついに日本の諸兄姐も変わっていく時代になったのか。
 アジアの某所で、タクシーの運転手から「某国と喧嘩を始める前に、○○○○に水爆をぶち込んで呉れ」と真顔で言われた話は何時か書いた。さて、どうなる。
 「Give'em Enough Rope」?


追記
追記って、ナニを追記するんかねえ――言いたいことも言えず……魔、そろそろってことけえ。
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