岡田純良帝國小倉日記

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ゲイたちの、ゲイたちによる、ゲイたちのための映画――「憂国」。
6月24日
ついに体験――三島由紀夫の「憂国」。
 5月から6月にかけ、雨中を集中的に三島由紀夫映画祭に出かけて出演映画を観たためか、再びミシマに興味が移っているところ。思春期に親しんだ作家であるためか、現在の自分よりも若い作家の姿を観るのは、大変にスリリングであった――時間軸として41年も前に死んだ作家のフィルムに残る姿は、自分より若い――理屈を超えた心の揺らぎがあった。
 その上、40年の隔たりという時間軸の前提があって、さらに、この人物は、どんな顔で演技をしていても、やがては1970年(昭和45年)11月25日の昼には切腹して、部下に首を刎ねさせているという最期が繰り返し脳裏を過るのである。
 映画は自分には映画でなく、つまり死者の生前の姿の確認であった。劇中劇を観ているような。映画として観るより、ドキュメンタリーのような実感を持って観てしまった。
 スクリーンで姿を観ても、“その後”が浮かぶゆえ、映画は映画としてよりも、ある種の“確認”であり、“体験”になるという、極めて倒錯した感覚である。だから、三島の姿をスクリーンで観ると、こちらの胸が動悸を打つ。

         「憂国」スチール。
 本構図は40年近くも観慣れていた。今回初めて分かった衝撃。よく目を見開いて観よ!

 五社英雄の「人斬り」は先日触れた通り。娯楽映画の中で大物としての出演であったから、右の二の腕の立派な筋肉とマンガの様な大きな黒い目が印象に残った。勝新太郎が出演を懇願した理由も分かった。それは三島に大衆的な人気があったからだということも。
 しかし28分ほどしかない「憂国」(1966年製作)は、無声で、会話が無い代わりに、全篇がミシマのオンパレードである。クレジットは一字一句本人自筆の墨書である。各々の文字は丁寧な楷書体なのだが、この人の字は大きさがアンバランスで、特に舞台となる部屋の壁にある「至誠」の文字は、「誠」がヤケに大きい。歪なその辺りも含めて、ミシマのエゴが万篇に散りばめられてある。
 しかも三島の肉体は映るが、特徴ある目も顔も殆ど画面に映らない。性格は消し去られ、しかし肉体だけはこれでもかというほど写される仕組みになっている。
 (なるほど)
 本作の演出は考えてみれば堂本正樹なのである。
 敗戦後の銀座のゲイバーで三島由紀夫に見初められた15歳の堂本正樹少年は、その後も、三島の稚児のような関係が続いていたそうだから、さもありなん。
 中尉殿は何時も陸軍の制帽を目深にしている。わざわざ白褌姿から制服になるところも、また、切腹をする折に制服の金ボタンを外すところも、白褌以外の下着は一切身に着けていない。胸から下腹にかけての体毛が黒々とあり、映画が始まるとそればかり記憶に残る。
 相方の鶴岡淑子はオーディションで選ばれたそうだから経験も無く、こんなゲイ集団の実験映画に出演させたのは気の毒ではあった。だから死を目前にしたセックスの場面でも情熱が感じられず、「接吻」は固く閉ざした唇を相手の唇に押し付けているだけだ。
 それにしても、軍の中で身動きが取れなくなるから死ぬというマゾヒスティックな死は外国人には到底理解されないところだろうけれども、だからこそ、それは衝撃的でもある。腹からドッと血は吹き出し、はらわたは飛びだし、唇から泡が湧く。反射的に映画を観た横尾忠則の画を想い出した。
 映画は能の舞台を模しているから、西洋風の約束事は取り払われている。良人の自決後、彼女の白無垢は黒々とした夫の血を吸い凄愴な姿になる。幽冥の合間を漂う夢遊の心境。だから死化粧をする鏡台のある自室に入るところは襖を開けるのだが、出る方向は違い、舞台に直接戻るので扉はもう無い。
 やはり映画は観るものだ。こちらは痛そうな映画は苦手なので、「人斬り」も本作ももう観たくないが、能の舞台を切腹の舞台に使うアイディアはシャープで、唸らされるところではあった。打ち合わせの合間に抜け出して観に行ったのだが、結果的に観て良かった。
 本作は、こちらが獄中に拘置されていた2006年には、大森であった三島由紀夫映画祭で上映されたことはある由。そもそも自決後、未亡人の平岡遙子が本作の回収を唱えたため、相当数のフィルムが回収され焼かれたが、大森の高台の邸宅の中から、彼女の死後に「発見」されたことがきっかけで再び上映されることになった。
 父親に酷似した娘は一時演出家になったのだが、今、どこでどうしているだろう。
 映画の尺は28分。クレジットは先にふれた通り巻紙に墨書された三島由紀夫本人の筆によるもの。監督・制作・原作・脚色・美術「三島由紀夫」とある。そして次に置かれたのは演出の堂本正樹。プロデューサーの藤井浩明の名はその次である。
 ゲイのゲイによるゲイのための実験映画。だからかどうか、映画館の暗がりには、ゲイらしき客は多かったように想える。


追記
“小倉の料理番長”つながりで、青山にそのイーゲのカフェをオープンした方がいらっしゃるでらウェア。
| 1ミシマ | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0)
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