岡田純良帝國小倉日記

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再掲◆宗柔鏖个離凜Д肇淵爐謀呂辰親本人僧たち。
P仙も、海パン履いて寺参り。 ブンタウの仏院130段の階段を上る。 寺からはブンタウ市街が一望。

 2001年暮にヴェトナムを旅した折のシャシンが出てきた――南部貿易港・ブンタウにある日本寺で撮影したもの。
 この寺は、サイゴン市内の「永厳寺」に平和の鐘を寄贈するために多大な貢献をした福島氏の曹洞宗・圓通寺住職の吉岡棟一師が1966年から75年にかけて開いた。そして同じ期間、長い間ここに寄寓して実際に寺を作ったのが、北海道・美唄市議でもあった曹洞宗僧侶の吉田岩信さんである。
 吉田さんは当時現役の美唄市議であったが、その職を投げ打って、戦火の激しくなりつつあったベトナムに、平和祈願のために渡った。吉田さんは「永厳禅寺」の建立のため、布教のためにベトナム国籍を取得する。
 ところが南側の政府系の国教寺派に属していたため、終戦後、“南政府軍諜報員”という罪状で、サイゴン市内で逮捕される。そしてこの後、13年間に渡って、ベトナム中の矯正施設を転々とする。解放された89年には衰弱が激しく、92年、札幌市内でベトナム人として死亡している。
 山腹の階段を昇りきると、綺麗に塗り直されたちょっとしたお堂があり、そこに白地に金で塗られた穏やかな仏様が鎮座していた。お顔を見ると、何となく、日本人のようにもベトナム人のようにも見える。手を合わせ、そして写真を一枚。
 このお寺は、吉田さんが逮捕されて以降、長い間廃寺で荒れ果てていたが、吉田さんが亡くなられた92年、やっとお寺に返還されたのだそうだ。境内に犬が何匹も遊んでいる。何匹かが吠え掛かり、ベトナム人らしい住職が建物の向こう側から犬を制して、俺たちに会釈した。俺たちも会釈を返す。足元には、ここにも吉岡棟一師の弟子の会、「徹山会」の碑があった。
 記すまでもないが、古臭い怪しげな自慢話をする全共闘よりも、こうして行動する人たちが好きだ。とはいえ、俺の血税をテメエの身代金に使わせて平気なアホやら「日本のマザーテレサ」や「XXの船」でマリファナを回し喫む、どこかのセンセイ方ではなし。アハハハハハハ。
| 6旅・行動の記録 | 09:29 | comments(1) | -
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コメント
ブンタウ永巖寺訪問の記を拝見し懐かしく思いました。1973年からブンタウを訪問、当寺の建立者、釈 吉田巖信師と親交が有りました。1974年12月には曹洞宗本山総持寺の貫主の落慶法要の添乗を致しました。吉岡棟一師の事も記して頂き嬉しくなりメールをさせて頂きました。
| TOMITA | 2017/08/29 8:28 PM |
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