岡田純良帝國小倉日記

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中島歯科医院のこと。
5月14日
中島らもの揺籃――中島歯科医院。
 先日読了した「らも 中島らもとの三十五年」[長谷部美代子著, 集英社]は面白かった。
 JR西日本某駅前の中島歯科医院。高層の駅前ビルの間に、ポツンと建っている。らものあらゆるものの根っこは、まず中島歯科医院の内側にあると見ていたので、本書を読んで、こちらは大いに我が意を得たところだ。
 (ウッフッフッフ)
 今年の正月、こちらは中島歯科医院を密かに訪れた。100坪あったという敷地も、ビルを建ててしまって、今では、ビルに押し潰されそうな佇まいで静かにある。当地は大阪への通勤圏に当たるので、駅前は高層のビルが駅舎に覆いかぶさるように立ち並んで、駅前の空は、パチンコ屋、スーパー、マンションでパンパンになっている。
 中島歯科医院は、そんな土地にある2階建ての住宅建築の開業医である。
 他の類書が本書に及ばないのは、嫁となったインサイダーによる中島家の描写だろう。あるいは、嫁にだけ見せる、らもが内面に抱え続けた育ちにまつわる劣等感をしっかりと見詰め、受け止めていた点であろう。
 だから、中島歯科医院というある開業医の家庭で育った次男坊が後年の中島らもであることは、本書を読むと、非常に強い説得力を持って迫ってくる。それは前半だけでなく、中盤の「バンド・オブ・ザ・ナイト」以降、晩年に至るまで。
 らもは、外見はどうあれ、晩年まで、あらゆることに気真面目に当たった。幼時に身に着いたガリ勉気質が抜けなかった。これはよく分かる。
 さらに、美代子は、19歳の短大1年生で知り合った高校3年生の灘高生の家を、じっと観察してきた。歯科医院の息子の月々の小遣いの額もきちんと記せるのは、彼女とらもが結婚後も家を空けるようになるまでのかなり長い間、交換日記を交わしていたからだ。
 著名な建築家として一代で財を成した祖父に守られ、森の中で野性的に育った美代子の目から見ると、中島一族はドえらいシブチンだった。美代子は金持ちである劣等感を抱え、しかしまた、中島一族の倹約ぶりは異常でもある。
 また、勉強ができるとなると、小学校を転校させたのも母親なら、隣の子供より点数が悪いと煽り立てるのも母親だった。全国で模試が2番になると、
 「まだ上がいるのか」
 幼い中島裕之君は呟いたという。
       灘高本館。
 歯科の開業医であるにも関わらず、家庭の中の質素さは、異様だ。
 躁鬱病を患っていたらもの父親は、躁状態の時期、母親に向かって、
 「お前は残飯を食っていればいい」
 と言った。
 それを真に受けた元モガは、息子たちには食べきれないくらいのご馳走を与えたのに、戦後の窮乏期の経験もあり、自分自身では、生涯、キャベツの切れ端や食べ残ししか口にしなかったという。父親も躁状態の時には、自分で庭に子供用のプールを造営してしまうほど過剰であったが、母親もある種の異常な自己犠牲を貫いている。嫁の美代子はそんな話を淡々と記している。
 らもは、与えられるものを摂って、幼い頃は過食であったことや、思春期以降は母親が差し出す料理に手を付けなくなったという話もよく分かる。さらに高校時代のジーパンも母親が近所のスーパーで買ってくる1本きり。それを、毎晩、らもが帰宅すると洗濯する。だから、息子が帰宅しないと母親は床に着かなかった。
 ジーパンの下に履くパンツも、黄ばんできても、ゴムは替えても、よれよれになるまで履かせた。美代子がらものパンツを中学の修学旅行で履いたものだと分かったのは、その黄ばんだパンツに、消えかかってはいたが、マジックで「中島」と書いてあったからだ。
 母親の行動には、強迫観念症的な感じがある。
 家を建てたのは自分たちだが、土地は次男の開業を見越して親が準備していたもので、設計は親戚に図面を引いてもらっている。失業した時に、中島家はポンと残金分の現金を出した。
 「おでんの残り汁を取っておいて貯めた金や」
 らもは呻くように言った。
 また、結婚した時に、
 「俺は食べないから」
 美代子に宣言したのは、それまで、食べきれない食事を出されて辟易していたからだ。
 本書では、美代子が育った家の話も面白い。関西では建築家として一家を成した長谷部一族の豪快な斜陽ぶりは楽しい。また、夫妻の乱れた性生活やスワッピングみたいな話も話題になっているが、大したことではない。リリパットアーミーやわかぎゑふの話も同じこと。むしろ、作家・中島らものために、劇団の経営は致命的な命取りになったと残念に感じた。劇団から人は育ったが、本人はよくぞ15年も無駄なことをしたものだと想う。
 “中島君”が駅前の書店で何時間も立ち読みをしていた姿や、灘高の図書館から大量に本を盗んだ話など、巷間伝えられる逸話は、元より家庭の質素と表裏を成しているだろう。名を成せば逸話のニュアンスも逆転するが、折々の“中島君”の懐具合を想う。ともあれ、中島らもという人物を知る鍵は、やはり物心のついた中島歯科医院にこそあるのだろう。
                       美代子との家を出て劇団を始める前のらも。

追記
美代子さんは祖父伝来のキリスト者であります。佛門の人間には理解できない部分があるとするとその辺りでありますが、キリスト者だと考えると、とても分かりやすかったな。西日本のキリスト者は、人物多く、中々ですらぁ。

追記の追記
谷川健一が平凡社に入社したですらぁ。日本経済新聞、今月もちょいと楽しいなぁ。
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