岡田純良帝國小倉日記

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お盆も間近。「夏の終わり」も近い。
8月10日
夏到来――されば、「夏の終わり」は、すぐそこに。
 人と話もできず、酒も不味いのでカラオケに行くのは嫌いだ。それでも当地で暮らしていると、あるタイプの人たちが来京する時に、カラオケに連れて行かなければ、アイツは気の利かないヤツだということになる。
 だからどうしても歌を歌う機会が増える。それでも、普段は曲探しもせず、ほぼ何時も決まった5曲に満たない歌を繰り返し歌うだけ。だからカラオケ本をめくることもしない。精々楽しみがあるとすると、人の歌う、自分の知らない曲の詞を追うくらいのものだ。
 ところが先日の夜、偶然、Carolの「夏の終わり」がカラオケ本に出ているのに気が付いた。「涙のテディー・ボーイ」と共に季節を歌い込んだCarolの懐かしい歌だ。Carolは1975年(昭和50年)4月に日比谷の野外音楽堂で解散コンサートをしているから、彼らの絶頂期は昭和40年代の終わりだった。
 当時の日本の世相はオヤジ全盛だったから、Carolは所詮、泡沫扱いで、本流の歌謡曲の世界は渋い作品が顔を並べている。昭和47年の日本レコード大賞はちあきなおみの「喝采」。続く48年が五木ひろしの「夜空」、そして49年が森進一の「襟裳岬」。
 だが、「襟裳岬」になると吉田拓郎の作品だ。例えば玉置宏辺りが「タクローが作った」という紹介の仕方をしたので、子供心にも保守的な歌謡界も若い人の文化が乗り込んできたなぁという感じがあった。
 普段、自分がカラオケで歌う歌謡曲は、これらの昭和40年代後半の数年間のヒット曲であったから、同じ年代の「夏の終わり」があるのは嬉しかった。レパートリーが拡がるからというより、あの時代を追憶する楽しみにより幅が出るからだ。
 この時代には、森進一の「おふくろさん」がある。そして山口洋子と蜜月時代だった五木ひろしは「夜汽車の女」、「みれん」があった。尾崎紀世彦の「また逢う日まで」は昭和46年のレコード大賞だ。スパイダースの残党もまだまだ健在で、井上順の「涙」もあれば堺正章の「さらば恋人」、「街の灯り」もあった。
 この一方、振り付けも懐かしい金井克子の「他人の関係」をはじめ、由紀さおりの「恋文」、朝丘雪路の「雨がやんだら」の詞の世界には憧れた。平山三紀の「真夏の出来事」にさえ、だ。何しろ、子供だったから、大人の2人の世界というヤツに興味津々だった。
 今にして想えば、だから当方にとってのRonnetsは、畢竟、あの頃の山口百恵であった。つまりは、「ひと夏の経験」である。横須賀のデパートの屋上で歌っていた少女。十代には、よろめいてしまいそうな夏は誰にでもある。昭和49年――あれは悩ましい夏だった。
                  ひと夏の経験。
                  昭和49年には危うい15歳だったのに。
 ところが、後年、そんな女の子が、絶頂期で引退して以降、人前に出ないという古風な節度を見せる。昭和40年代後半の日本社会は、そんな女の子が健気に生きていた。様々な想いが胸を過ぎるが、お盆が過ぎれば、また、寂しい「夏の終わり」が忍び寄ってくる。
                  16歳のテーマ。
                  翌年にはすっかり大人びてしまった。

追記
今朝の北京は雨。しっぽりと、夏の雨であります。湿度が高く、湿気っております。世界中のどの街も異常気象ですなぁ。諸兄姐、お身体大事に。
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