岡田純良帝國小倉日記

イヤな雰囲気になってきた――街の音。
6月14日
イヤな雰囲気になってきた――街の音。
 今、当地時間は午前2時半――Canonbury駅での武装警官による威嚇逮捕劇は10時間前。だが、今晩はそれだけでは終わらなかったようだ――上空も地上もおかしい。
 夕方、東南部のCharltonのWoolwich Roadでナイフによる刺殺事件があったと報じているが、今度はついに市内西側までテロが展開されて拡大されてきたのか。
 ずっとヘリが東西上空をホバリングして、地上では聞いたことの無いサイレンを鳴らして緊急車両が南北双方へ。言うなれば、空も地も、緊急の警備隊が右往左往、我が家の前を走り去ってどこかに消えていく。

Burning Grenfell Tower from Saint James Churchi  (2).JPG
 我が家から1kmほどの駅前のSaint James Churchiから遠望したビル。Churchi右奥
 黒煙が上がっているのがそれ。下から見ると濛々とした煙が噴き出している。
 当地時間で9時10分。
 
 中々眠れるものではないわなあ。考え込んでしまう、こういう気分とか状況は何に喩えればいいのかとかねえ。 丁度、先日来、機内や都内の電車の中で日野啓三のベトナム日記と開高健のベトナム戦記を平行して読んでいて、自分が日本語原文で読めることを不思議なような、だが、有り難いこととして感じていたところだった。
 内戦みたいじゃないか――正直、そう感じる。
 しかも、外国人は当事者ではないのか――道行く人間は誰しも巻き込まれる可能性があるという点で、誰もがその当事者になる可能性はある。
 記者でもないのに、何で好き好んで危険の中に行こうかねえ。どの街でも安全と言うわけではないけれども、人が電車で疑心暗鬼になっているような雰囲気では、息が詰まる。イヤな雰囲気になってきた。

20170614 London 深夜.JPG

追記
我が家から1.5kmほど北の高層住宅を含む複合住宅のブロック。BBCのブレーキングニュースでやっているが、今日は電車もこの事件の影響を受けている。ちょっとニュースで情報収集してから家を出ることにしよう。
27階建てのビルは竣工が1974年。住人は約500人。4階付近から出火の見方。30名は病院。少なくとも200人以上は安全に非難していると報じられている。だが火災警報は鳴ったのが遅く、45台出動した消防車の初動が遅れたとのこと。

20170614 BBC Breaking News.JPG

テロとの関連性には言及されていないけれど、ビルが丸々丸焼けだぜ。こんなに高層ビルがオレンジ色に燃え上がる光景はこれまで観たことがない。1974年竣工だから、翌年がタワーリング・インフェルノだったんじゃないかなあ。
ノッティングヒルゲートにもほど近く、歴史的には古くはカリブ移民を中心として世界各地からの移民も多く、市内西部の静かな住宅街、というところだろう。とんでもない事件だ。一夜明けて真っ黒け。まだ燃えているんだから。市内西方では建物から数キロ以内なら四方のどこからでも黒々としたこの廃墟が見えちまうだろうぜ。
| 6旅・行動の記録 | 11:52 | comments(0) | trackbacks(0)
引越し完了――ちょいと歩くと見えるもの。
6月12日
引越し完了――ちょいと歩くと見えるもの。
 我が家は郵便番号で言うとW14になるから、Shepherd BushとHammer Smithの間位の場所になるか。日本では巧い例えが浮かばないが、移民の多い葛西や赤羽辺りと中目黒から自由ヶ丘辺りを足して二で割った感じになるだろうか。
 引っ越して直ぐに、前から目を付けていた魚屋に行った。それと、土曜日に開かれる小学校の校庭の週末の食品中心のマーケット、さらにタパス屋。
 魚屋は働いている男たちが3人いて、その何れも、シェフの経験があるようだった。某所で通った魚屋の某さんとは以前同じ魚屋で働いていた。そういう店だから、事前に予約をしておけば、「刺身」も、「寿司」もOKとのこと。
 「コイツは刺身の調理が巧いんだ」
しかも和食以外のシーフード系のシェフ経験があるから、カレーも南インド系とか、タイ系とか、持ち帰りできるメニューも幅が広い。
 「あら、これはどうやって頂けばいいのか知らーん」
 口を尖らせているフランス系のおばちゃんに、
 「マダム、これは薄い塩をしてローストするのがステキです」
 「ダンナは白身が好きなの」
 「このスズキは理想的です」
 そんな会話を繰り広げているのだった。客の食に関する知見のレベルが高いが、売り手が負けていない。

   引越し20170528 Back Yards (2).JPG

 小学校の校庭で週末土曜に開かれているマーケットにはオリーブの総菜屋があった。“小倉の料理番長”は「ポルトガルの小オリーブとコリアンダー漬け」、俺は「ニンニクの唐辛子漬け」に。白いニンニクがタップリと唐辛子に漬かっている。
 フランス・ワインの輸入業者がワインを量り売りしている。フランスのチーズ売りも出ていた。香港系のイギリス人の八百屋が出ていた。「小松菜」、「如月菜」(ターツァイ)、「花付きのズッキーニ」を買った。
 そしてタパス屋。ドライなハウスワイン1本、魚介と鶏のパエリア、タコ、焼いた鰯。これで36ポンドだった。ランチは全て2割引だそうだけれど、土曜日なのに2割引。
 「ウチはテイク・アウェイも2割引だよ」
これまでクソったれPubに注ぎ込んだ無駄な金を想って絶叫しそうになった。うーん、庶民と金持ち移民が混在しているナイスな地域だ。コイツはいい。

Los Molinos 20170527 (4).JPG

 葛西はインド系、赤羽は中国系の移民が多いと言われるが、この際、ちょっと意味が違うのは、Shepherd Bushはフランス系の移民が多い。Hammer Smithも移民とは、スペイン政府の文化施設のようなEU域内の施設があってポルトガル系の店も多いか。
 これまでの地域と住民の文化が微妙に違っているのが楽しい。暴走族もいるけれど、乗っているのは普通の乗用車だ。Aston MartinとかFerrariとかいう超高級車ではない。俺が愛用したBMW2002を極太のマフラーとエアロ・パーツで固めた猛者もいる。
 そしてかかっている音楽はReggaeとか、ややFunkyな移民の人たちが多いようだ。
 ちょっと付け足しになるが、書いておく。
 「移民」と言っても様々な社会層を指すことになるから、イギリスでもそのまま単純には中々伝わらない。厳密には「難民」という言葉を受け取る人自身の見識が試されている。
   (1) 「移民」を言葉通り「難民」と取る人。
   (2) 「移民」をEU域内の他地域から移り住んだ人たちも含めると取る人。
   (3) 「移民」をEU域内外の他地域から移り住んだ人たちも含めると取る人。
 (1)と受け取る人と(2)と受け取る人が混在して、UKIPのような政党が大きく躍進した。だが、こちらで暮らしていると気付くのは、例えば、(3)に相当するアジア系移民はこのUKIPらが主張した議論に、自分は無関係と感じている点だ。
 (甘いんじゃね?)
 自分だけが例外ってことにはならないはずだ。日本人の永住系の人たちと話していて、何時も感じるのはそこだったりする――アンタも俺も、「移民」だぜ。何言ってんだ。

Papaya Tree (3).JPG

 要するに、UKIPを支持する層は自分たちと違う外国人は「ウザい」と感じているのに、アジア人は例外とか、日本人は例外なんて、そんな都合のいいことは無いわけ。けれど、日本人は都合ツンボで、イギリス社会の激しい議論は自分と無縁に感じている。
 (だからカモられるんじゃねえか)
 それにしても、今まで喰ったSunday RoastとかFish & Chipsは何だったんだ。
 「引っ越して来たんだ」
 そう言うと、魚屋は名刺を直ぐに押し付けるようにしてきた。
 「この辺じゃウチが一番だと想うよ」
 タパス屋は胸を張った。さて、後半戦、張り切って参りますか。


追記
喧嘩の仕方は色々だけど、俺はかつてニッポン人の諸先輩方の一度もやったことのない戦争をやろうと想ってます。負け方が色々あるように勝ち方こいろいろある。電撃機甲師団の某国の作戦も大したものですが、所詮負け戦だけの国の勝ち方に学ぶべきことは無いくらいなのだけれどねえ。ネットから入ってきて、盗むモンはないよ。アンタには詰まらんことですが、ここに言うておきます。
| 6旅・行動の記録 | 07:55 | comments(0) | trackbacks(0)
1勝2敗3分――ってところ。
5月27日
1勝2敗3分――ってところ。
 引っ越してきた一昨日はタイメシ屋でパッタイ喰って、昨日の昼飯はパニーニを喰った。咳が酷くてつらいのだが咳止め超濃厚ブロン呑んで頑張るのみ。だが中々止まらない。ブロン×ブロンでブロブロよ。オホホホホホホ。

Busaba (1).JPG

 パニーニ屋は肝心のパニーニは、「ま、そんなもんか」で、付け合せのサラダに檸檬の皮が入っていたかも知れないってのが記憶に残ったけれど、特に書いておくべきものも無しだった。
 後ろのヤードで黒っぽい2人がウィークデイの昼間から長話。大方、良からぬ話をしているのだろう。そんな手合いにもこれまでは余り巡り会わなかったかな。

Panini House.JPG

 今回、書籍の入ったダンボールを引っくり返したから、衣奈多喜男の「最後の特派員」とか「あの日、鬼平先生は何を食べたか―池波正太郎フランス旅日記」が出てきたのは幸いだった。
 俺のフランス地図とイタリア地図がこれで塗り変わるからねえ。オホホホホホホホ。こいつはまた別途。
    
   船の絵 (2).jpg

 こちらの漁船の絵はギリシャ屋の壁にかかっていた。
 以前このギリシャ屋に行った時には旨いなと想ったのだけれども、今回裏を返してみたら、実際に、大したことは無かった。体調と相対的な感覚にも大きく左右される。喰いとは、そういう感覚的なものでもある。
 店の皿よりギリシャ屋で訴えてきたのは俺には「漁船の絵」だった。コイツがしっかりと記憶に残って訴えてきた。Alan Sillitoe(1928-2010年)の「漁船の絵」だ。初めて読んだのが40年近く前で、最も気に入った短編だった。
 そういう短編に入れ込んで、ジンセイの方向を誤ったところがあるから、俺はバカだというわけだ。半パイントのビールで満足して家で本を静かに読んでいる暮らしに向いた男だと自分を錯覚した。オホホホホホホホ。
 あの小説の主人公は、多分、イギリスの労働者階級の最良の上澄みという感じがあって好きだ。俺自身はそういうオトコには出会ったことはまだないのだけれど、Royal Mailの赤いおっちゃんを街角で見るとつい観察してしまう。
 とまれ、ひとまず引越し先の初場所は、俺のスタートは1勝2敗3分。
 
| 6旅・行動の記録 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0)
引越しそばは蟹玉で。
5月25日
引越しそばは蟹玉で。
 2時間前から業者が旧居内で引越し作業中也。新居にはまだ移動するのは先になる。昼飯を、その間に喰ってきた。もうこの香港スタイルの蟹玉麺ともお別れとなると寂しいもんだねえ。
 今頃になって日本ではどこかの一党独裁国家の諜報戦に驚いているけれど、そんなことも全く分からないで3千年も分かった積もりできたのだからオメデタイわなあ。

引越しそばは蟹玉で

 鴨のローストと豚のカリカリ揚げをこいつと合わせて喰いました。
 Frederick Forsyth先生のように最高の海鮮五目焼きそばに喜ぶようなヘマはしない。香港ルートのネットワークを作ったわけなのよ。オホホホホホ。
| 6旅・行動の記録 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0)
1980年代、Parelmoのガキ共。
5月9日
1980年代、Parelmoのガキ共。
 1995年まで続いたマフィアの殺人事件で、19名のマフィアのボスに終身刑を言い渡す史上最大の裁判を起こしたファルコーネ判事が、自宅に帰る途上、高速の橋に仕掛けられたリモコン爆弾で夫人もろとも吹っ飛ばされたのが1992年だった。
 今、Parelmoの空港には彼の名前と盟友のボルセッリーニ判事の名前が付けられている。つまり、「ファルコーネ・ボルセッリーニ・インターナショナル空港」というのが正式な名称になっているわけだ。
 それから四半世紀が経った。Parelmo市内目抜きの市庁舎バルコニーに「反マフィア宣言都市」の横断幕が掲げられており、市内の飲食店では「暴力団にはみかじめ料を払いません」というシールが貼られている。
 何時か来た道である――昭和時代の後半、昭和40年代から、日本各地で澎湃として起きた暴力団追放運動のような既視感がある。

      判事の爆死地点の記念碑。.jpg

 それにしても、こういう写真を観ると、当時の子供たちはどこへ行ったのか、という感じもするわけで、彼らこそ地下に潜っただけで、相変わらず、ビジネスは続いていることも聞いている。
 やはり、島全体は、他国・他地域の時代時代の権力によって、圧制に喘ぎ、搾取され続けてきた記憶から、権威を鵜呑みにせず、権威を欺くことが美徳とされてきた時代の名残があったからだろう。
 某所で朝ごはんのテーブルを囲んだ女性は、島の観光業振興のためのコンサルタントをやっていた。無論、島っ子なのだが、どうやって創り上げられたマフィアのイメージを払拭できるか。太陽と、北アフリカ沿岸から吹き上げる南風・シロッコと、新鮮なシーフード、とりわけ、ウニ、赤海老、そしてカジキと、味の濃いトマトとピスタチオとをどうやって世界に売り込んでいけるか、アタマを悩ませていた。
 1970年代までは、間違い無く世界を歩くのは男の世界だった。国をまたにかけて飛び回るのはまず男の夢だった。ところが、冷戦が終わり、少しずつ安全に行き来ができるようになった1990年代以降は、世界をまたにかける仕事は女性の時代になったのだと俺は感じている。
 女が世界を変えるのだ。今の文化的な対立については、俺は一つの確信を持っているのだが、女性が女性を変え、女たちが立ち上がれば、世界はもう少し住みやすくなるだろう。
 男はナニをやればいいのかな――黙って、黙々と荷車を引き、砂漠に灌漑用水を引くか。こんな時代に大きな声を上げ、男らしさを競うほど、アホらしいことは無い。女や子供たちの勇気のために、力になることだろう。
 厳しい環境に育ったガキが、大人になって、同じ間違いを繰り返すことは止めさせたい。憎しみと暴力とは、結局のところ、何も産まない。

      子供たちの“ごっこ”.JPG
| 6旅・行動の記録 | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0)
月月火水木金金――マーケット。
5月8日
月月火水木金金――マーケット。
 週七日三百六十五日――ということで、シーフードも野菜や果物も含めて、マーケットはパレルモの場合には市内中心部に3箇所あって、週7日フルフルに開かれて稼動している。
 海軍さんのモーレツぶりと違って、こちらは自然発生的に週七日というわけで、つまり、供給業者がフル稼働だ。漁業も農業もキリスト教の安息日なんて屁の屁のカッパで稼動している。面白いもんだわねえ。
 
マーケット (1).jpg

 漁船の船首に目の書き込んであるのは豪州から極東まで続く海の伝統なのだ。台湾、香港、福州辺りまでは漁船の船首両舷に目の玉が描き込まれている。沖縄本島糸満の漁師は気合が入ってれど、本土では、赤い真丸の御印みたいな文様化されてしまっていて、目の玉だが何だかよう分からんような風になってきてしまっているのは情け無い。

マーケット別 (1).jpg

 そいでから、かじき鮪については、岩手から大分、さらに鹿児島まで、海の男は特殊なカジキ漁船を仕立て、海の表面を全て見渡せるようマストの上から舵手に指示する係りと舳先から銛で突く射手の係りとの連携プレイなのだ。
 これはシチリアの漁業も全く同じやり方をする。テレビで観て俺は引っくり返るほど驚いたのは、もう20年も昔のことかな。漁民も海の上では行き交うから、例えば岩手のカジキ漁の漁師の家から大分の漁師の家に嫁に来たりするのだ。
 シチリアでは、今回、カジキ鮪だけでなく、強烈な濃い赤色の赤海老、ご存知ウニ、そして野菜、なかでもまずはトマト、ピスタチオ、そして揚げ茄子の使い方には驚いた。最終日にはカジキのカルパッチョを喰って参ったなぁ。
 往時茫々と想うことも多数あった。そのひとつがタコ食だったわけ。
 30年前は、タコを喰うのは日本人だけだと言われていたし、実際、世間的にもそう思い込んでいたわけだよ、日本でもねえ。今にして考えればおかしな話だけれど、日本人は、南欧をきちんと直視していなかった。如何に自分たちのことだけに追われて汲々としていたか。大体、まぁ、この1年で、それでもその間抜けさ加減には反省八分で随分骨身に沁みて分かったわい、
 それでも、鮪の謎は解けなかったぜ。このマーケットにも、200kg級の最高級種が入ってくるわけよ。参ったねえ。日本じゃ考えられないよ。カジキの超大物がそこいら中の路上で商いされてんだからなあ。

      マーケット別 (2).jpg
| 6旅・行動の記録 | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0)
ナポリにて――「気を付けろよ。街に来たらな」(by 郷治)
1月8日
ナポリにて――「気を付けろよ。街に来たらな」(by 郷治)
 今回の旅で面白かったことを荒っぽくなろうけれど、備忘録として書いておきたい。

 (1)ローマ時代の自由闊達な社会
  都市計画、選挙、議会制、軍事、宗教、哲学、絵画、建築、彫刻、数学、スポーツ、
  医学だけでなく、公衆浴場や公営売買春まで殆ど全ての水準で現在の人類の暮らしに
  近いものに到達している。大きく足りないのは、印刷、電気、内燃機関の発明か。
  これらによる通信と移動交通手段くらいではないか。

      20170106 (デカチン自慢).jpg

 (2)キリスト教の政治との結託
  ローマの社会は周辺国を征服しての奴隷制に基づいていた。但し、解放奴隷という
  ブルジョワジーの元祖のような人たちも許容している。制度が例外を前提にしている。
  一方、キリスト教は、政治が宗教を利用し、組織的拡大が爆発した。他宗教を異教で
  排除、世界各地の権力との二重の構造に発展した。ここに腐敗の最大要因がある。

      20170106 (ローマの男根崇拝).jpg

 (3)科学文化の発展を阻害
  キリスト教、とりわけカソリックは、地動説、魔女論争、処女性の過度の強調で、
  科学文化の発展を阻害した。ルネッサンス以前の中世のヨーロッパ各国の文化を、
  エジプト、ギリシャ、ローマの各文明と比較すれば、表現の画一性、重苦しさ、
  暗さ等から如何に阻害したか一目瞭然。

      20170106 (Mastiffs 1).jpg  

 (4)ローマと江戸の文明の共通点
  水道、ゴミの取り扱い、八百万の神様。江戸期までの日本文明と表現の明るさ、
  自由闊達さにおいて、極めて類似性がある。公衆浴場や政府公認の売買春まで、
  政治が制度において人間の矛盾を許容して必要悪を認めている。春画について、
  ヨーロッパ人がどう観るか、評価するか――興味深いものがある。  

      20170106 (Camorra 1).jpg

 (5)模倣・咀嚼文化の正統性
  ローマはギリシャ文明の模倣部分が相当数ある。またエジプトから持ち帰った柱、
  彫像、絵画等々に至るまで、その数限りない証拠が見て取れる。2千年前、すでに
  イオニア式、コリント式等々、混在、混交、模倣の集体が一大文明である。博物館、
  美術館、各地の風物を観た後、三島由紀夫はここまで観て大森にあの家を建てたか、
  田中秀光はここから何を引き出したか、といったことも考えた。

 以上、今回はかなり深い部分で自分の中にあるポジショニングができた。ローマ人が模倣したり持ち帰った文化のあったエジプトに行き、ピラミッドを観たり、その後、そのピラミッドから盗掘したものを持ち帰ったイギリス人の大英博物館を観るより、高度に洗練されたローマ文明を目の当たりにする方がずっと得るものがあった。
 ところが――その文化文明と今とが、必ずしも繋がっていないところがある。
 下記のシャシンは、「カモッラ、クソったれ!」と罵っている落書きだ。21世紀でもなお、かような組織があって、政界、宗教界、法曹界、官界、医薬業界のありとあらゆるところにまで目に見えない権力の二重構造が存在しているわけだ。

      20170108 (Ultras Napoli).jpg


「気を付けろよ。街に来たらな」(by 郷治)


 2千年前にあれほど高度な文化文明を実現していた人類も、キリスト教は、ルネッサンスまで、19世紀末から20世紀に人類に及ぼした社会主義や共産思想のネガティブな影響と同等以上の猛威を振ったことを感じる。
 文明の盛衰というよりも、あっという間に没落してしまうはかなさを強く感じた。戦争に負けると、敗戦後暫くは敗戦国は危険視され、徹底的に骨抜きにされるから、キャッチアップに時間が掛かると歴史家は言う。しかしむしろ文明の興亡において、一度、絶頂を極めた文明が、再び盛り返して頂点に立った例は無いのかも知れない。
 ともあれ――こんな落書きを書いている連中もヤバイけれど、撮影をしている俺もヤバかったかも。
| 6旅・行動の記録 | 15:50 | comments(0) | trackbacks(0)
リモンチェッロの里の神様。
1月6日
リモンチェッロの里の神様。
 各方面から問い合わせがあったので、一応、上げておきます。おばあちゃんから頂いた檸檬ですわいなリー。
 諸兄姐とも色々やり取りができて嬉しい。San Franciscoの某の誕生日。元気そうで何よりだ。
 今日は2千年前から信仰の対象だったチンポ旦那の実物を見て参りました。
 プリアプス――チンポ旦那の実物は神様だったと言うわけやねん。

            20170104 (Lemone).jpg

 その前に、チンポ旦那の話はおいておいて、ギャングの話やねんな。
 数日前に某所まで行った時の話や。その街で一番古く、由緒あり、それなりに財布にも重い店やねん。
 トラットリアとか書いてあんねんけど、本格的なリストランテやねん。こういう店が、昼間はヤバイな。
 (おっ?)
 3人組が入ってきよった。女1人に男2人や。
 (せやけど)
 男の若い方は50代。年上は60代の半ばか。女は40前後だろうと想う。派手ではないが。
 (だからこそ気になるやんなぁ) 
 若い方は案内役やけど、もう1人の年上はちゃうねん。ずんぐりしとんねんな。白髪をオールバックにして、黒いジャージ、黒いトレーナー、黒いスニーカー。
 ピンと来た――こいつ、訛りはどこかな。

  La Camorra (1)

 ニューヨークのダウンタウン、ヴィレッジのイタリアン・デリは、1990年代以降は、どんどんインディアン・デリに成り代わっている。
 デ・ニーロがジョー・ペシやらスコセッシと組んだ「ワンス・アポン・ナ・タイム・イン・アメリカ」とか「グッド・フェローズ」とか「カジノ」とかいったギャング映画は、もう、遠い昔の話になりましたわいなリー。
 どこも同じ話――呉のヤクザがどうのとか、ヒロシマのヤクザはどうとか、もう、そんなん、おわへんわい。もう古手のヤクザを訪ねてとか、公権力陰謀説みたいなんで寄って来られるの、ボク、かなわんなあ。
 ともかく、この還暦過ぎたおっちゃんは、ややわざとらしく作っていると想うけれど、ニューヨークのイタリア系移民のデ・ニーロ風の喋り方を真似ていて、前菜の野菜とチーズの「テンプラ」を頼もうとすると、
 「俺はそんなメニューは要らねえよ」
 と、低い掠れた声で案内役に言いましたたね。

           20170105  Priapus (3).jpg

 だが、ウェイターが間違って席にその「テンプラ」を置くと怒り出した。
 「俺は要らねえって言っただろ」
 案内役に言った。
 「間違っただけですよ」
 「俺は、チーズは苦手でな。あの臭いをかぐとクラクラ(Dizzling)しちまうんだ」
 「いい匂いじゃない」
 「あれはクソったれな(Fuckin' Stinky)臭いなんだ。クソだ、俺には」
 と言いました。アメリカ育ちなら、ピザもパスタもマンマの手料理は喰うわね。だけど、ナチュラル・チーズなどまず喰えないもんだ。この世代の貧しいイタリア移民なら、プロセス・チーズしか喰ったことがないもんなのよ。
 「糞臭うだろうよ」
 そう言った。わざと訛った英語で。それが「Dizzling」で「Fuckin' Stinky」だったわけ。
 (どうして気付いたかって?)
 入ってくる時に、案内役と目が合っちゃったんだな。俺の後ろに案内役が座った。見える方におっちゃんだわね。決まりでしょ、それ。ちょっとビビったわなあ、そのフォーメーションには。
 これ以上は、もう、書かないよ。俺だって悪気は無いんだからそんなことで殺されるなら自分の命は惜しいわね。
 ニューヨークのギャングは公然とイタリアに入ってきたわけだ。イタリアの敗戦後、ラッキー・ルチアーノがCIAの庇護の下で、シチリアの武装解除や新政府の建設だとかに手を貸したのは歴史的な事実だ。だけど、もうここでは、そんな話には触れないよ。

            20170105  Priapus (2).jpg

 ナポリに戻ってきて、都会の風に触れ、ちょっとホッとした。
 しかしナポリでも、数日前から寒気団が降りてきているので、ナポリで零下まで下がるという予報だったけれど、日中はそもそも雨がちで寒かった。
 そんな中で、○○○○降ろしの吹く中を、怪僧チンポ(by 水木しげる)殿、もとい、劣情の神様、もとい、ギリシア辺りの豊穣の海、もとい、豊穣の神のチンポ像を拝みに参りました。
 もう、ギャング団もマフィアも結構。土と海の恵みがええわい。
 昔の人は、チンポ見て死ねと言いましたが、もといナポリ見て死ねと言いましたが、豊穣の神も中々ですわなあ。結局、最初の一歩、原点に人間は戻っていくことになるわけやなあ。プリアプスの話なんかして、笑って呑んでいる内が幸せですわな。
| 6旅・行動の記録 | 16:33 | comments(0) | trackbacks(0)
ジェットとシャークは永遠のライバル。
1月5日
ジェットとシャークは永遠のライバル。
 Napoliでは、旧市街の街角で、区画だか地区毎に何かしらの地元の不良少年団の縄張りについての隠語が剥落した壁などに落書きで示されているのに気付く人は気付くだろう。
 こちらはMastiffs軍団。結成は1991年とこの手のグループとしては老舗。街の大聖堂裏手の街区だが、ちょっと、ノリとしては、大阪で言えば信心深い商売人の多い法善寺横丁の辺りを縄張りにしている。

Napolitan No.3.JPG

 ということで、こちらはMastiffs軍団の愛玩犬のフランス原産のボルドー・マスティフ。大型犬で闘犬用に作られたかなりヤバイ犬だが、実際にはとても温厚。俺が近付くとつい右手を上げてお手をしてしまう。
 しかし自分の縄張りに入ってきた犬がいたので、目線は外せない。そこで、右手は近付いてきた犬好きの人間へ、挨拶のためにお手を上げつつも、顔は左側に向いているというのがこのシャシンなのだ。

     Mastiffsの愛玩犬。

 こちらは、フランチェスコ派の修道士や修道女の修道院がある街区のある、これまた古い街のど真ん中に描かれていた新手の不良グループのマークだ。
 マスティフ軍団の獰猛な顔つきと違って、もっと垢抜けているようだが、何をしでかすか分からないような感じもあるわけだ。こちらはまたマスティフ軍団の縄張りとは違う。旧市街でも、マステイフ軍団の縄張りは、一歩裏通りに入ると、ジーザスや法皇、地域の聖人を祭った「祠」だとか、自分の一族の物故した人々の写真を掲げてある祭壇がある。そういう信心深い土地なのだ。
 鉄の扉にガラスが嵌め込まれていて、ショーウィンドウのように見えるのだが、中を見ると全員物故した人たちの写真である。恐山のお堂に飾られている物故者の写真と同じ。地中海の太陽に焼かれ、青く、黄色く、どれもこれも変色している。
 しかしどちらかといえば新市街のグループはそんな「祠」のある街区と違っている。色々な移民も受け入れてきた。アフリカ系や中国系までいる。そういう中で、グループを統一して維持するのは生半ではないわけだ。

Napolitan No4.JPG

 こちらも別な街区で見掛けた縄張りを示す落書きらしい。ヴェトナム系とか中国系はあまり街角では見掛けない。だが、そろそろアジア系も大きな勢力を持ち始めているのだという噂が出ているらしい。
 そんな中での各方面、各街区でのシノギである。
 「ウエストサイド物語」はイタリア系の不良少年団と、新興移民勢力のプエルトリコ系移民の不良少年団との抗争をロミオとジュリエットを換骨奪胎させた恋物語を主軸に据えて成功したわけだ。

      Napolitan No.1.JPG
 
 この街でもそういう道ならぬ恋はご法度のはずだったのが、幾つも恋愛沙汰が起きてしまい、大喧嘩の後で恋するものが強いので、結局は血は混じり、血縁はやがて地縁となり、つまるところ、皆んなが身内となっていくのだ。
 この街がどれほど踏ん張るか分からないが、そんなに踏ん張る必要もないだろう。アジアの街と、ヨーロッパとの接点のような都市だ。
 ピザやパスタが好きなので、お好み焼きやうどんの名物の大阪にも接点があるが、鹿児島とも街と火山との対比がそっくり。噴煙が上がっていればもっと似ている。
 是非、同じ街に暮らす同士、仲良くやって欲しいと思うけれど、さて、どうなっていくのだろうか――興味は尽きないところだ。

追記
電車の中で隣り合った老夫婦。市場からの帰りで、ビニール袋には野菜の果物が満載。おばあさんは日本から来たのだというと唐突に旦那に命じてレモンを取り出し、押し付けるようにして俺に持っていけとくれるのだった。伝家の宝刀ネオリアリズム映画か、日本のプロレタリア作品みたいで、クサい芝居を見るようだと感じた俺が恥ずかしい。袖摺り合う仲も何かのご縁。遠来の客には心尽くしのことをしたい、それだけの話。畢竟、旅は自分の心を写す鏡だわねえ。
| 6旅・行動の記録 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0)
今日の1台――HONDA CB400 Four。
12月29日
今日の1台――HONDA CB400 Four。
 普段はLondonの街を歩いていて、やれマセラティーだ、アストンマーチンだ、ランボルギーニだ、フェラーリだ、ダイムラーだと、高級車は食傷気味というか、ゲップが出るほど見ているから、興味は湧かないわねえ、もう。
 そこで、外地に出て、こういう車が走っていると、つい、1枚撮りたくなってしまう。オーナーは金持ちではないと想いますね。金持ちなら、こんな40年も前の日本の大衆車なんか持ち続けることはないからね。

HONDA Super Sports CB400 Four 1975 (1) .jpg

 この車は例外的に手を加えていないけれど、バーエンドミラーとか、トマゼリの生ゴムのグリップカバーだとか、この街のバイクの基本の基本の美意識は、まぁ50年前から全く何も変わっていないんだわね。無論このオートバイのオーナーはそういう改造と無縁に大切に乗ってきたのだろう。
 多分、オーナーはHONDAの「Super Sports」、という名を冠していたトッポイ荒くれ集団の最後の気合で作った伝統のマルチ4気筒と、最初から美しい集合管の組み込まれた設計思想とを今でも愛している。当時、カフェレーサー仕様と言われたタンクも、シートも、まるで別売りのパーツを組み込んだような、独特の個別のパーツを寄せ集めたっぽい美しいデザインが今も好きなんだろう。

HONDA Super Sports CB400 Four 1975 (2) .jpg

 残念ながらオーナーとは会話はできなかったけれど、ちょっと、嬉しかったねえ。40年も前のこんな大衆車を今も大切にしてくれているイタリア人がいるなんて、俺は、目の当たりにするとやっぱり熱くなりますねえ。
 日本で言えば昭和49年から50年頃のオートバイなのに、こんなに丁寧に乗っていて、しかも街角にフツーに停めてあるのだ。日本では考えられないことだと想う。
 一時は、150万円とか200万円なんて値札が付けられて、世界各国から日本市場へこのような中古車が逆輸入されていた時期があった。
 そんな時代を日本ではバブル時代と呼ぶ。情け無いねえ。
 俺が80年代の中頃に少し乗っていたのは赤い398CCのタイプだった。あれからも何と30年以上の年月が経っているのだった。
 オーナーの心意気が伝わってくる車がいいんでしょうなあ。結局、愛があるかどうか。心意気が見えるかどうか。ローマでこんな渋い頑固一徹な乗り方をしているオーナーがいるなんて、中々どうして、捨てたもんじゃないよ。
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