岡田純良帝國小倉日記

赤いパスポートの威力。
10月3日
赤いパスポートの威力。
 帰国便は、ホテルから22kg(90L)、18kg(65L)、8.5kg(i-Mac)をガラガラと引っ張って行って預けて、これと別送品で、引越し業者に依頼した「日本通運」手配のダンボールが2小口(22kg×2=)44kg。これだけで140kgあった。
 さらに機内持ち込み用に小さなスーツケース11kg(35L)、10kg程のTUMI、手回り品他で15kgほど。40kg弱といったところ。
 大よそ180kgでも夜逃げはできる。昔なら、一式大八車に載せて歩いたのだろう。
 「えっ?、免税品、たったこれだけっすか?」
 免税品の点数の少なさとボリュームの少なさで、日通の担当者は誰も皆一様に驚いた顔をした。鍋窯も、車も、オートバイも、自転車も、持ち帰らない。
 「ま、最近では空港の免税手続きは便利になりました」
 気を取り直して、という風に業者の皆さんは改めて言った。
 「『こんにちは』と話し掛けて即座に反応したら扱いが違うんです」
 彼らに囁かれた通り。空港の免税品カウンターの並ぶラインでもパスポートを見せ、事前に記入済みの免税用の書類のチェックを受けるが、日本人の場合は、大抵、さっと見て。「Perfect」と直ぐに返されて終わってしまう。
 「他国のパスポートだと実物見せろとうるさいですよ。日本人の扱いは違いますね」
 言われた通り。
 免税事務所のカウンターの女性はパスポートと返金を受けるクレジット・カードとを確認しただけだった。
 その間、日通手配の別送品業者から電話があり、日航のチェックインカウンター脇で約束通り待っていて呉れた。大きな段ボール箱を2箱。我が家以外にももう1軒か2軒、少なくとも日通に引越しを依頼した帰国する駐在員のご家庭があったようだ。
 「今年は9月に集中していて、9月までが予定がパンパンなんですよ」
 いわゆる決算年度後半の始まる10月以降はガラガラだと業者諸兄。Brexitの影響はいよいよ出てきた。

20170927 (引越しの時の最終手回り品)

 面白かったのはもう1つ。
 「こんなシャツを見たのは初めてです」
 そういえば、Seditionariesの「Destroy」シャツには、さすがに、日本人の諸兄からも反応があった。普通、カタギの家に、あんなボロボロのシャツは額装して置いていないからなんだろう。これからのご時勢は、美術品扱いになるものだろうけれど。

    額装なる20160919 (掲載)
    このオーダーした額は、高さ1m、幅0.75m。さすがに目立ちますわねえ。
    コイツは、2016年9月末、丁度、今から1年前のお写真ですワイナリー。

 San Franciscoではこういう別送品サービスの扱いは無かったのだから、運送業者もどんどん進化している。日通手配のダンボール44kgには、普段着る服だのシャツだの調理系の器具、消耗品だのを詰め込んだ。
 エアラインのチェックインでは別送品などのタグを付けたりする手続きに少々時間がかかったが、チェックインでもルーチンとしてスムーズに手配が進んだ。
 (時代は変わるもんだ)
 911直前だった2001年のアメリカからの帰国時には、空いているマンションに日本の倉庫で保管していた品々を送り込んだ。今回はアクビの待つ自宅に帰るだけ。
 旅には普通持って行けないものも別送品に詰め込んだ。こうして40kgも別に送れば、当座、数週間の暮らしの立ち上げに困らない。旅の延長のようだが、もう日本の日常は始まってしまった。


追記
ラスベガスの件、うーむ。よく知るホテル近辺だから、まぁ、銃が野放しにされている以上、この手の事件は今後もあの社会では根絶されることはないだろうと想いますな、残念だけれど、
| 6旅・行動の記録 | 06:42 | comments(0) | trackbacks(0)
生きているSillitoe (改)。
9月13日
生きているSillitoe (改)。
 今月、民進党の国会議員が離党届を出したそうだなあ。子供が気の毒でしょうがない。6歳というと、もう大抵、分かるから、そんなクソみたいなモラルの低い母親を持って、ココロから可哀想。逃げるシェルターが無い。
 他人のクソをあげつらえるだけの聖人君子ではないけれど、テレビで、子育て世代の働く女子の代表面で、聖人君子みたいなご宣託を語る本人が裏でこんなことをするその心理ってのがたまらない。
 大嘘つきってことだからな。それが検事上がりだってのたまらんよ。嘘はいやだねえ。嘘つくくらいなら悪ぶってふてくされている偽悪者の方がずっと可愛い。
 そういう事件が起きている最中に、9月6日から林真理子のクソみたいなエロ小説が日本経済新聞朝刊に連載が始まった。「愉楽にて」だって。これまた銀座の大先生だった渡辺淳一センセイの後釜を狙っているのかねえ。
 そんなことを考えながら、Edinburghには昼前に街中に入った。
 歩き回って、高低差は30階を超え、ムール貝とハマグリと牡蠣を喰って、アンガス牛まで喰い散らかし、疲れたなあと思ったらあっという間に寝ていた。
 (なぬ?)
 午前2時半。眼が覚めると、部屋の下から酔客の蛮声嬌声傍若無人高歌放吟乱暴狼藉延々続く。まんじりともせずに数時間。
 「おはよう!」
 「おはよう!」
 おはようの乾杯まで聞かされた。しらじらとEdinburgh城の崖の向こうに朝が来た。

古城

 この合間に蛍の光や聖者が街にやってくるの大合唱が続く。老若男女混成の立ち呑み。Londonではこれほどにストレートなやり方はないだろう。
 翌日分かったのが、夜半は雨が降っていたので酔客は足場を組んだところに雨宿りをしながら呑んでいたのだ。Alan Sillitoe(1928-2010年)は生きていると実感させられた。
 こちらの方が、よほどストレートでいい。表面的なウソを繕うより、よほど。日本はあまりにも本音と建前が乖離してしまっているのかそのクソなセンセイ方たちも世間に居場所を見つけられずに息苦しいゆえの「御発展」なのだろうか。
 こちらも――大陸に似ていると言われるパブをクロールした。一軒目は天井の高い、市内で最も人気のある典型的な路地裏パブ「CAFE ROYAL CIRCLE BAR」。シーフードのメニューのあるラウンジ・レストランが併設されているのだ。中流階級はレストランで、労働者階級はパブで、という近代のパブの造作がまだ残ったまま。
二軒目は大きな1つのホール丸ごと店になっている巨大なパブ「The Standing Order」。天井は高いが、広大な体育館のようで、勢いファミレスのようにテーブル席が端のほうに並んでいる。俺が頼みに行った時には前に3組ほどいたのだが、飲みものと喰い物を注文し終わったのは30分後だった。
 (ワオーン)
 日本の銭湯のように、声がホール内に反響して大きな雑音の一塊になっている。どちらも面白かったのだが、帰国するニッポンのあれこれも心の隅に引っ掛っている。
 (そういや先に離党したHセンセイもチュー事件やってたっけなぁ)
 オオ、シルブプレ。メルシー・マダム・ボンソワー。


追記
セイ・サヨーナラー。
| 6旅・行動の記録 | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0)
フジタさん。
8月27日
フジタさん。
 半日かけてフジタさんの終の棲家に行ってきた。文字通りで月並みな感想だけれど、素晴らしい体験だった。
実際に現地に足を運んで行った甲斐があった。昨年にも近くまで行っていたのにこの家の位置など気にもせず、訪問してはいなかった。
 スペインで購入したという木彫りの扉を触ってお別れしてきた。
 その後、レアールで牡蠣殻系のカトラリーを調達してから、某所に。オーナーシェフ御本人が出迎えてくれて、自ら注文を取ってくれて驚いた。
 前菜は白身魚の刺身とあったが、スイカと合わせた、いわば、カルパッチョだつた。メインにはまとう鯛とジロール茸のソテーを喰った。

20170825 (Maison-Atelier Foujita)(4).jpg

 アメリカ人、フランス人と並んで俺たちだけが日本人客だった。一昨日の店も昨日の店も、KC & Sunshine Band、そして我が同胞のJは見たのだけれど。
 フジタさんはあんな場所で宗教画に打ち込んでいたことと、洗礼名の由来と、生前の肉声を聴けたことは、得難い収穫だった。
往路、別の小さな駅でタクシーを探してくれた係のおばさんも親切で有り難かったし、バス停で待っていた老婆たちがフジタの家を探しているのに話があったことも良かった。
 彼女たちにとって藤田嗣治はピカソと同じフランス人の画家という認識なのだろう。小脇に画家の家を訪ねるガイドブックを携えて、そんな彼女たちと畑の間の道をパスで行ったのも良かった。
何もかも夢のような体験はあるものだ。フランス万歳だ。
 これからとっととパリにひとまず別れを告げて、カーニバルで盛り上がるロンドンに戻ります。


追記
詳細は何時の日かあげるか予定。諸兄姐、果報は寝てまて。
| 6旅・行動の記録 | 14:43 | comments(0) | trackbacks(0)
難民侵入防止柵。
7月1日
難民侵入防止柵。
 先日、ユーロトンネルの前で撮った1枚。気分は出て行く者の引かれ者の小唄だったわねえ。この壮大な工事だって元々はイギリスの経済の活性化の契機になったものだが、それをイギリス人は忘れている。
 周囲は昨年の投票を「失敗した!」と言うものばかりだが、もう一度投票をやり直すために総選挙だと息巻く人さえ出るけれど、実際、そこまでやろうとする政治家は出ない。




 こちらは夕べの飲み散らかしたブツだ。気持ち良く呑んだのだが、日本の先行き未来を考えると、つい憂国の情に駆られるのは歳を取ったせいだわねえ。
 何れ、日本人も今のイギリス人の直面する問題と同じ課題に行き当たる。それまでに外国人に対する基本法は整備しておくべきなんだろうけれど、外国人党首みたいなのがデカイ顔をしている国だからねえ。まずは国籍を取って、モノを言うべきことは古今東西基本の基本なんだけれど。
 安倍晋三の命脈はどうかというイケンも出てきたわけだが、さて、対するロンドンだって、明日には政局だろうと囁かれている。さて、こちらで踏ん張って見届けよう。今月が正念場。

20170630 密談謀議 (掲載).jpg

追記
6月のご愛顧=帝國:小倉:米國=17,713(22,091←18,967←19,498←17,503←18,980←27,773←15,087←15,435←16,504←17,148←16,538←18,202←18,597←23,362←19,300):3,098(3,905←3,187←3,095←3,310←3,638←5,839←3,696←3,122←4,360←3,409←3,992←13,022←7,903←4,917←4,425):1,140(1,001←841←717←1,054←1,234←471←463←438←813←460←743←361←926←747←789)=80%:79%:114%=21,951(26,997(22,995←23,310←21,867←23,852←34,083←19,246←18,995←21,677←21,017←21,723←31,585←27,426←29,062←24,514)81%
急減速。何でしょうか。オホホホホホ。
| 6旅・行動の記録 | 18:42 | comments(0) | trackbacks(0)
イヤな雰囲気になってきた――街の音。
6月14日
イヤな雰囲気になってきた――街の音。
 今、当地時間は午前2時半――Canonbury駅での武装警官による威嚇逮捕劇は10時間前。だが、今晩はそれだけでは終わらなかったようだ――上空も地上もおかしい。
 夕方、東南部のCharltonのWoolwich Roadでナイフによる刺殺事件があったと報じているが、今度はついに市内西側までテロが展開されて拡大されてきたのか。
 ずっとヘリが東西上空をホバリングして、地上では聞いたことの無いサイレンを鳴らして緊急車両が南北双方へ。言うなれば、空も地も、緊急の警備隊が右往左往、我が家の前を走り去ってどこかに消えていく。

Burning Grenfell Tower from Saint James Churchi  (2).JPG
 我が家から1kmほどの駅前のSaint James Churchiから遠望したビル。Churchi右奥
 黒煙が上がっているのがそれ。下から見ると濛々とした煙が噴き出している。
 当地時間で9時10分。
 
 中々眠れるものではないわなあ。考え込んでしまう、こういう気分とか状況は何に喩えればいいのかとかねえ。 丁度、先日来、機内や都内の電車の中で日野啓三のベトナム日記と開高健のベトナム戦記を平行して読んでいて、自分が日本語原文で読めることを不思議なような、だが、有り難いこととして感じていたところだった。
 内戦みたいじゃないか――正直、そう感じる。
 しかも、外国人は当事者ではないのか――道行く人間は誰しも巻き込まれる可能性があるという点で、誰もがその当事者になる可能性はある。
 記者でもないのに、何で好き好んで危険の中に行こうかねえ。どの街でも安全と言うわけではないけれども、人が電車で疑心暗鬼になっているような雰囲気では、息が詰まる。イヤな雰囲気になってきた。

20170614 London 深夜.JPG

追記
我が家から1.5kmほど北の高層住宅を含む複合住宅のブロック。BBCのブレーキングニュースでやっているが、今日は電車もこの事件の影響を受けている。ちょっとニュースで情報収集してから家を出ることにしよう。
27階建てのビルは竣工が1974年。住人は約500人。4階付近から出火の見方。30名は病院。少なくとも200人以上は安全に非難していると報じられている。だが火災警報は鳴ったのが遅く、45台出動した消防車の初動が遅れたとのこと。

20170614 BBC Breaking News.JPG

テロとの関連性には言及されていないけれど、ビルが丸々丸焼けだぜ。こんなに高層ビルがオレンジ色に燃え上がる光景はこれまで観たことがない。1974年竣工だから、翌年がタワーリング・インフェルノだったんじゃないかなあ。
ノッティングヒルゲートにもほど近く、歴史的には古くはカリブ移民を中心として世界各地からの移民も多く、市内西部の静かな住宅街、というところだろう。とんでもない事件だ。一夜明けて真っ黒け。まだ燃えているんだから。市内西方では建物から数キロ以内なら四方のどこからでも黒々としたこの廃墟が見えちまうだろうぜ。
| 6旅・行動の記録 | 11:52 | comments(0) | trackbacks(0)
引越し完了――ちょいと歩くと見えるもの。
6月12日
引越し完了――ちょいと歩くと見えるもの。
 我が家は郵便番号で言うとW14になるから、Shepherd BushとHammer Smithの間位の場所になるか。日本では巧い例えが浮かばないが、移民の多い葛西や赤羽辺りと中目黒から自由ヶ丘辺りを足して二で割った感じになるだろうか。
 引っ越して直ぐに、前から目を付けていた魚屋に行った。それと、土曜日に開かれる小学校の校庭の週末の食品中心のマーケット、さらにタパス屋。
 魚屋は働いている男たちが3人いて、その何れも、シェフの経験があるようだった。某所で通った魚屋の某さんとは以前同じ魚屋で働いていた。そういう店だから、事前に予約をしておけば、「刺身」も、「寿司」もOKとのこと。
 「コイツは刺身の調理が巧いんだ」
しかも和食以外のシーフード系のシェフ経験があるから、カレーも南インド系とか、タイ系とか、持ち帰りできるメニューも幅が広い。
 「あら、これはどうやって頂けばいいのか知らーん」
 口を尖らせているフランス系のおばちゃんに、
 「マダム、これは薄い塩をしてローストするのがステキです」
 「ダンナは白身が好きなの」
 「このスズキは理想的です」
 そんな会話を繰り広げているのだった。客の食に関する知見のレベルが高いが、売り手が負けていない。

   引越し20170528 Back Yards (2).JPG

 小学校の校庭で週末土曜に開かれているマーケットにはオリーブの総菜屋があった。“小倉の料理番長”は「ポルトガルの小オリーブとコリアンダー漬け」、俺は「ニンニクの唐辛子漬け」に。白いニンニクがタップリと唐辛子に漬かっている。
 フランス・ワインの輸入業者がワインを量り売りしている。フランスのチーズ売りも出ていた。香港系のイギリス人の八百屋が出ていた。「小松菜」、「如月菜」(ターツァイ)、「花付きのズッキーニ」を買った。
 そしてタパス屋。ドライなハウスワイン1本、魚介と鶏のパエリア、タコ、焼いた鰯。これで36ポンドだった。ランチは全て2割引だそうだけれど、土曜日なのに2割引。
 「ウチはテイク・アウェイも2割引だよ」
これまでクソったれPubに注ぎ込んだ無駄な金を想って絶叫しそうになった。うーん、庶民と金持ち移民が混在しているナイスな地域だ。コイツはいい。

Los Molinos 20170527 (4).JPG

 葛西はインド系、赤羽は中国系の移民が多いと言われるが、この際、ちょっと意味が違うのは、Shepherd Bushはフランス系の移民が多い。Hammer Smithも移民とは、スペイン政府の文化施設のようなEU域内の施設があってポルトガル系の店も多いか。
 これまでの地域と住民の文化が微妙に違っているのが楽しい。暴走族もいるけれど、乗っているのは普通の乗用車だ。Aston MartinとかFerrariとかいう超高級車ではない。俺が愛用したBMW2002を極太のマフラーとエアロ・パーツで固めた猛者もいる。
 そしてかかっている音楽はReggaeとか、ややFunkyな移民の人たちが多いようだ。
 ちょっと付け足しになるが、書いておく。
 「移民」と言っても様々な社会層を指すことになるから、イギリスでもそのまま単純には中々伝わらない。厳密には「難民」という言葉を受け取る人自身の見識が試されている。
   (1) 「移民」を言葉通り「難民」と取る人。
   (2) 「移民」をEU域内の他地域から移り住んだ人たちも含めると取る人。
   (3) 「移民」をEU域内外の他地域から移り住んだ人たちも含めると取る人。
 (1)と受け取る人と(2)と受け取る人が混在して、UKIPのような政党が大きく躍進した。だが、こちらで暮らしていると気付くのは、例えば、(3)に相当するアジア系移民はこのUKIPらが主張した議論に、自分は無関係と感じている点だ。
 (甘いんじゃね?)
 自分だけが例外ってことにはならないはずだ。日本人の永住系の人たちと話していて、何時も感じるのはそこだったりする――アンタも俺も、「移民」だぜ。何言ってんだ。

Papaya Tree (3).JPG

 要するに、UKIPを支持する層は自分たちと違う外国人は「ウザい」と感じているのに、アジア人は例外とか、日本人は例外なんて、そんな都合のいいことは無いわけ。けれど、日本人は都合ツンボで、イギリス社会の激しい議論は自分と無縁に感じている。
 (だからカモられるんじゃねえか)
 それにしても、今まで喰ったSunday RoastとかFish & Chipsは何だったんだ。
 「引っ越して来たんだ」
 そう言うと、魚屋は名刺を直ぐに押し付けるようにしてきた。
 「この辺じゃウチが一番だと想うよ」
 タパス屋は胸を張った。さて、後半戦、張り切って参りますか。


追記
喧嘩の仕方は色々だけど、俺はかつてニッポン人の諸先輩方の一度もやったことのない戦争をやろうと想ってます。負け方が色々あるように勝ち方こいろいろある。電撃機甲師団の某国の作戦も大したものですが、所詮負け戦だけの国の勝ち方に学ぶべきことは無いくらいなのだけれどねえ。ネットから入ってきて、盗むモンはないよ。アンタには詰まらんことですが、ここに言うておきます。
| 6旅・行動の記録 | 07:55 | comments(0) | trackbacks(0)
1勝2敗3分――ってところ。
5月27日
1勝2敗3分――ってところ。
 引っ越してきた一昨日はタイメシ屋でパッタイ喰って、昨日の昼飯はパニーニを喰った。咳が酷くてつらいのだが咳止め超濃厚ブロン呑んで頑張るのみ。だが中々止まらない。ブロン×ブロンでブロブロよ。オホホホホホホ。

Busaba (1).JPG

 パニーニ屋は肝心のパニーニは、「ま、そんなもんか」で、付け合せのサラダに檸檬の皮が入っていたかも知れないってのが記憶に残ったけれど、特に書いておくべきものも無しだった。
 後ろのヤードで黒っぽい2人がウィークデイの昼間から長話。大方、良からぬ話をしているのだろう。そんな手合いにもこれまでは余り巡り会わなかったかな。

Panini House.JPG

 今回、書籍の入ったダンボールを引っくり返したから、衣奈多喜男の「最後の特派員」とか「あの日、鬼平先生は何を食べたか―池波正太郎フランス旅日記」が出てきたのは幸いだった。
 俺のフランス地図とイタリア地図がこれで塗り変わるからねえ。オホホホホホホホ。こいつはまた別途。
    
   船の絵 (2).jpg

 こちらの漁船の絵はギリシャ屋の壁にかかっていた。
 以前このギリシャ屋に行った時には旨いなと想ったのだけれども、今回裏を返してみたら、実際に、大したことは無かった。体調と相対的な感覚にも大きく左右される。喰いとは、そういう感覚的なものでもある。
 店の皿よりギリシャ屋で訴えてきたのは俺には「漁船の絵」だった。コイツがしっかりと記憶に残って訴えてきた。Alan Sillitoe(1928-2010年)の「漁船の絵」だ。初めて読んだのが40年近く前で、最も気に入った短編だった。
 そういう短編に入れ込んで、ジンセイの方向を誤ったところがあるから、俺はバカだというわけだ。半パイントのビールで満足して家で本を静かに読んでいる暮らしに向いた男だと自分を錯覚した。オホホホホホホホ。
 あの小説の主人公は、多分、イギリスの労働者階級の最良の上澄みという感じがあって好きだ。俺自身はそういうオトコには出会ったことはまだないのだけれど、Royal Mailの赤いおっちゃんを街角で見るとつい観察してしまう。
 とまれ、ひとまず引越し先の初場所は、俺のスタートは1勝2敗3分。
 
| 6旅・行動の記録 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0)
引越しそばは蟹玉で。
5月25日
引越しそばは蟹玉で。
 2時間前から業者が旧居内で引越し作業中也。新居にはまだ移動するのは先になる。昼飯を、その間に喰ってきた。もうこの香港スタイルの蟹玉麺ともお別れとなると寂しいもんだねえ。
 今頃になって日本ではどこかの一党独裁国家の諜報戦に驚いているけれど、そんなことも全く分からないで3千年も分かった積もりできたのだからオメデタイわなあ。

引越しそばは蟹玉で

 鴨のローストと豚のカリカリ揚げをこいつと合わせて喰いました。
 Frederick Forsyth先生のように最高の海鮮五目焼きそばに喜ぶようなヘマはしない。香港ルートのネットワークを作ったわけなのよ。オホホホホホ。
| 6旅・行動の記録 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0)
1980年代、Parelmoのガキ共。
5月9日
1980年代、Parelmoのガキ共。
 1995年まで続いたマフィアの殺人事件で、19名のマフィアのボスに終身刑を言い渡す史上最大の裁判を起こしたファルコーネ判事が、自宅に帰る途上、高速の橋に仕掛けられたリモコン爆弾で夫人もろとも吹っ飛ばされたのが1992年だった。
 今、Parelmoの空港には彼の名前と盟友のボルセッリーニ判事の名前が付けられている。つまり、「ファルコーネ・ボルセッリーニ・インターナショナル空港」というのが正式な名称になっているわけだ。
 それから四半世紀が経った。Parelmo市内目抜きの市庁舎バルコニーに「反マフィア宣言都市」の横断幕が掲げられており、市内の飲食店では「暴力団にはみかじめ料を払いません」というシールが貼られている。
 何時か来た道である――昭和時代の後半、昭和40年代から、日本各地で澎湃として起きた暴力団追放運動のような既視感がある。

      判事の爆死地点の記念碑。.jpg

 それにしても、こういう写真を観ると、当時の子供たちはどこへ行ったのか、という感じもするわけで、彼らこそ地下に潜っただけで、相変わらず、ビジネスは続いていることも聞いている。
 やはり、島全体は、他国・他地域の時代時代の権力によって、圧制に喘ぎ、搾取され続けてきた記憶から、権威を鵜呑みにせず、権威を欺くことが美徳とされてきた時代の名残があったからだろう。
 某所で朝ごはんのテーブルを囲んだ女性は、島の観光業振興のためのコンサルタントをやっていた。無論、島っ子なのだが、どうやって創り上げられたマフィアのイメージを払拭できるか。太陽と、北アフリカ沿岸から吹き上げる南風・シロッコと、新鮮なシーフード、とりわけ、ウニ、赤海老、そしてカジキと、味の濃いトマトとピスタチオとをどうやって世界に売り込んでいけるか、アタマを悩ませていた。
 1970年代までは、間違い無く世界を歩くのは男の世界だった。国をまたにかけて飛び回るのはまず男の夢だった。ところが、冷戦が終わり、少しずつ安全に行き来ができるようになった1990年代以降は、世界をまたにかける仕事は女性の時代になったのだと俺は感じている。
 女が世界を変えるのだ。今の文化的な対立については、俺は一つの確信を持っているのだが、女性が女性を変え、女たちが立ち上がれば、世界はもう少し住みやすくなるだろう。
 男はナニをやればいいのかな――黙って、黙々と荷車を引き、砂漠に灌漑用水を引くか。こんな時代に大きな声を上げ、男らしさを競うほど、アホらしいことは無い。女や子供たちの勇気のために、力になることだろう。
 厳しい環境に育ったガキが、大人になって、同じ間違いを繰り返すことは止めさせたい。憎しみと暴力とは、結局のところ、何も産まない。

      子供たちの“ごっこ”.JPG
| 6旅・行動の記録 | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0)
月月火水木金金――マーケット。
5月8日
月月火水木金金――マーケット。
 週七日三百六十五日――ということで、シーフードも野菜や果物も含めて、マーケットはパレルモの場合には市内中心部に3箇所あって、週7日フルフルに開かれて稼動している。
 海軍さんのモーレツぶりと違って、こちらは自然発生的に週七日というわけで、つまり、供給業者がフル稼働だ。漁業も農業もキリスト教の安息日なんて屁の屁のカッパで稼動している。面白いもんだわねえ。
 
マーケット (1).jpg

 漁船の船首に目の書き込んであるのは豪州から極東まで続く海の伝統なのだ。台湾、香港、福州辺りまでは漁船の船首両舷に目の玉が描き込まれている。沖縄本島糸満の漁師は気合が入ってれど、本土では、赤い真丸の御印みたいな文様化されてしまっていて、目の玉だが何だかよう分からんような風になってきてしまっているのは情け無い。

マーケット別 (1).jpg

 そいでから、かじき鮪については、岩手から大分、さらに鹿児島まで、海の男は特殊なカジキ漁船を仕立て、海の表面を全て見渡せるようマストの上から舵手に指示する係りと舳先から銛で突く射手の係りとの連携プレイなのだ。
 これはシチリアの漁業も全く同じやり方をする。テレビで観て俺は引っくり返るほど驚いたのは、もう20年も昔のことかな。漁民も海の上では行き交うから、例えば岩手のカジキ漁の漁師の家から大分の漁師の家に嫁に来たりするのだ。
 シチリアでは、今回、カジキ鮪だけでなく、強烈な濃い赤色の赤海老、ご存知ウニ、そして野菜、なかでもまずはトマト、ピスタチオ、そして揚げ茄子の使い方には驚いた。最終日にはカジキのカルパッチョを喰って参ったなぁ。
 往時茫々と想うことも多数あった。そのひとつがタコ食だったわけ。
 30年前は、タコを喰うのは日本人だけだと言われていたし、実際、世間的にもそう思い込んでいたわけだよ、日本でもねえ。今にして考えればおかしな話だけれど、日本人は、南欧をきちんと直視していなかった。如何に自分たちのことだけに追われて汲々としていたか。大体、まぁ、この1年で、それでもその間抜けさ加減には反省八分で随分骨身に沁みて分かったわい、
 それでも、鮪の謎は解けなかったぜ。このマーケットにも、200kg級の最高級種が入ってくるわけよ。参ったねえ。日本じゃ考えられないよ。カジキの超大物がそこいら中の路上で商いされてんだからなあ。

      マーケット別 (2).jpg
| 6旅・行動の記録 | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0)
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