岡田純良帝國小倉日記

寿司職人の話。
5月1日
寿司職人の話。
 最近、毎回、帰国の度に寄るお店が築地で大体決まっている。楽しみにしているのは今日はどんなネタに会えるか。これはその日の運。昨日とも明日とも違う、今日という1日だけの楽しみだ。
 「だから何巻とは言えるけど、お店の決まった料理写真は無いです」
 その日によって築地市場で取引されるいいネタは変わるわけだ。だから例えば幾らのコースは握りが十巻と同じでも、中身は日替わりになるからメニュー写真は用意しない。
 「こういうのはガイジンに言っても分からないねえ」
 それはそうだろう、その日に揚がった一番のネタを使うなんて言ったって、日本以外、そういう選択肢のある社会は殆ど無いからだ。

20170404 (バフンウニ).JPG

 「ウチはあとサーモン扱ってないからねえ」
 江戸前寿司は旬の天然モノしか出さないという話の流れの上に鮭の話が出てくる。
 「サーモンは養殖で年がら年中あるからね」
 近頃の養殖の鮭なら管理も行き届いて胃痛を引き起こすアニサキスのような寄生虫もいないから生食ができるという逆説を語っているわけだ。
 アニサキスは鯖や鯵にも寄生するが、鯖は酢で〆るし、鯵は腹骨を外すから白い虫は取り除かれる。鰹にもテンタクラリアという鰹糸状虫がいる。叩きにするのは寄生虫を殺すための手間だと市場の仲買に聞いたこともある。

20170404 (ホタテ).JPG

 また、お店に職人さんは何人かいるのだけれど、扱うネタは同じでも、お店からどう出すかは裁量を任されている。だから職人との邂逅も楽しみになる。
 「職人によって出すネタは同じでも出し方が違いますから」
 だから、バフンウニでも、軍艦巻きにして出す職人さんもいれば、
 「ウニは海苔を喰って育ったんだから共食いさせてもしょうがない」
 と言って海苔を巻かない人もいる。
 今月は、〆鯖、鰹、鰆の刺身を前菜にして、途中で白身を仕込んだ茶碗蒸しを挟み、コハダ(コノシロ)、白イカ(剣先イカ)、ホタテ、赤身、中トロ、ウニ、焼穴子、金目鯛の握りを頂いた。
 ガスのバーナーで炙ったりするものもある。ネタによってはレモンだったり、カボスを絞ったり、その日のネタの身の味と香りで変える。ここでは塩だけはDr. Feelgoodの故郷に近いMaldonのSea Saltを使っている。
 季節によってはニシンも出るし、ホウボウも。秋刀魚の握りが出る日があるそうだ。春なら鯛。初夏は鱧。
 各地から蛸、鰈、鱸、イサキ、鰤等は言うに及ばず、太刀魚、赤エビ、ボタンエビ、シャコ、石鯛。さらにカジキ、赤貝、ホッキ、ホタテ、白エビ、白魚。サヨリ、イボ鯛は新鮮なら最高。貝類で赤貝、トリ貝、タイラギ、アオヤギ、アワビ。冬場は蟹味噌を巻く日もあれば毛ガニの日もある。平目や鰈のエンガワも別ネタになる。

20170404 (金目鯛).JPG

 これが関西以西なら、カワハギ、アマダイ、マナガツオ、タイラギ等がある。関西の寿司屋は白っぽい。使うネタが白身が多いからだ。さらに、「鯖の棒寿司」、「バッテラ」のような押し寿司も旨い。西と東は使う海苔も違うが、寿司飯の炊き方から違っている。関西は昆布出汁で炊くから甘い。また、握りの酢飯の大きさも平均的に大きい。関西は煮炊きモノでもタレを付けずに出す店もあるし、蛸足をネタに使ったちょいとひねった店もある。ピンからキリまであって幅広い。
 「関西と江戸前は違います。良し悪しはないっすよ」
 そうは言うが築地は江戸前の本場。江戸前が最高だと思っているだろう。

20170329 (日本の割烹のネタケース).JPG

 瀬戸内の人たちが秋刀魚を喰い、東北の人々がハマチを喰うようになったのは、遠い昔のことではない。四半世紀前、瀬戸内の両親は秋の秋刀魚を喰ったことがなかった。水戸産の納豆が手に入るようになったのだってここ20年くらいのものだ。俺がガキの頃は口にするネタが西と東とで違っていた。いい時代になった。
 毎回、帰国が楽しみだなんて、日本人に生まれたことを天に感謝したい。

追記
今日は昨日からの続きでドライブ2日目だった。鼻血が出そうなくらい飛ばす姐ちゃんもいるけれど、普通はもっとまともな人たちばかり。
今日は昼飯がシシリアーナのピッツア。プチトマトとボッコンチーニのカプレーゼ。夕飯は地元の食材の前菜の盛り合わせと季節はずれだけれどポルチーノきのこのリゾット、さらにトリッパを喰ったシシリアーナは日本の場合にはアンチョビとケッパーなんかを使ったのが大半だけど、トマトとフェンネルとオニオンを使って強烈な甘みのあるソースだった。そこに当然揚げナスとペッパー、サルシッジャ・ソーセージが盛り込まれて、
何が凄いって、野菜の力とサルシッジャだけで凄いリッチな味ができていたことだった。
初日からそうだけど、野菜が凄い。野菜の力がこれだけ強いと、トマトソースの意味が違う。驚きだ。礼儀正しくて優しい人が多いですなあ。暮らしの余裕が人の余裕になっているんだねえ。羨ましい。
| 7喰う | 06:06 | comments(0) | trackbacks(0)
一杯、やるべえか。
4月26日
一杯、やるべえか。
 近頃、当地では天候が不安定で、先週末は近所の公園で、さらに一昨日辺りはスコットランドで、労働党の組合の党大会が開かれている。一昨日はスコットランドは吹雪になった。
 ロンドンも同じで、寒気団が降りてきた。昨日は2度くらいまで下がって、今日はこの通り、ひょうが降ったわね。帰宅するまでに、晴天、にわか雨、曇天、そしてひょう、と、4回めまぐるしく天候が変わって今はまた曇天に。

      ひょうが降った20170426 (1).JPG

 そいでまたまた吟醸酒を引っ張り出して一杯やりたくなるわけ。〆張鶴もこれで終わりになっちゃった。日本酒は恋しいかと言われると、まぁ、恋しいけれど、無くとも構わない。
 「私の酒」[浦西和彦編, 中公文庫]を買ってきて読んでいるから、飲みたくなるかというと、そうでもないわけ。帰国して飲む方がよっぽどうまい。そしてそれを楽しみにすることが楽しみだからだ。不自由を愉しむなんてのは、いよいよ俺も自虐的になってきたところがあるわねえ。

      純米吟醸「純」 (3).JPG


 こちらは昨日、Chicken Pot-Au-Feuに紫ニンジンを入れてみたら、こうして鮮やかな色に変わりました。こういう野菜は日本には殆ど無い訳でしょう。珍しい野菜も想い出になるからねえ。京野菜なんてのは夢にまでみるけれど、無いものを夢見るってのもまたこれはいいんだよな。

chicken pot-au-feu (4).JPG
| 7喰う | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0)
食卓にも春が。
4月20日
食卓にも春が。
 白アスパラガスが並んでいて、とうとうこちらも食卓には春が訪れた。白アスパラはグリーンアスパラよりもより繊維質が強い感じがするのは、グリーンのような芯が無いからだろう。
 外側にうろこだか皮のように繊維質の強い部分があるのだけれど、内側は柔らかい。そのギャップでそう想われるところがあるのかも知れない。これも旨いですな。
 白アスパラガスを軽く炙りにして山葵醤油でやったらどうかな。旨いかなあと想う。

      20170416 白アスパラ (4).JPG


 筍も持参したので、こちらはジャパン酒と合わせて一杯。ジャパン酒は西宮の「白鷹」酒造伊勢神宮御科酒だわい。先日のザギンの密談交換会にて頂いたブツ。筍の香りにノックアウトされた。

筍20170415.jpg

 国連の安保理も最早終わりだわなあ。EUもどうかという論とはまた違っているように感じられる。EUは英国離脱によって風邪の症状になったけれど、きっと、一皮向けるのだろう。
 しかし安保理は相変わらず常任理事国の不和で常に議論の議論で終わってしまう。しかしこれが無意味だと言えばそれもそれで終わってしまう。理想を言うのは簡単だけど、言い続けるのは難しいということかなあ。
 アスパラガスと筍を喰いつつ、考えているのはそんなことだけど。
| 7喰う | 15:03 | comments(0) | trackbacks(0)
腹が減った。
4月14日
腹が減った。
 先日喰った和食を考えていたら、今日は一日中腹がグーグー鳴り続けておりました。
 我が家の近所の某所で喰った鯛のアッサリ煮。これは旨かった。俺は鯛のオカシラ等は殆ど骨以外は全部しゃぶり尽くしてしまう。何も残らなかったんじゃないかな。

鯛のあっさり煮。

 こちらは“小倉の料理番長”の頼んだ焼きおにぎり。こういうのも、ちゃんとダシで炊いてあるから、一口貰ったけれど、旨かったな。
 鯛のアッサリ煮の流れに戻るけれど、昔は関東の醤油と砂糖で甘辛く炊くのも悪くはなかった。鯛とか金目鯛とか大振りの魚では合う感じがあったわね。ドライなポン酒でクーっとやるのも良かった。
 けれど、その甘辛がちょっとしつこいように感じられてキツくなってきた。加齢による味覚の変化ってやつだろ。今では、ダシを使った関西風のアッサリ煮の方が断然好きになってきた。
 こうしても、考えているだけで腹が減ってくるねえ。生きている内は死ぬその瞬間までこうだろうな、俺は。

    焼きおにぎり。


追記
“我が偉大なる女房”が久々にニッポンからご帰還。
「帰ってきちゃったよー」
第一声がこれである。そうなのだな、それが、嘘偽らざる本音だな。
当地では店の調味が不味いってのもあるが新鮮でいい食材が街では殆ど手に入らないという状況は改善する見込みはまずない。だから自宅で防衛のしようが無い。とはいえ当地在住の諸兄姐から、密かにご教示頂いた店などを攻めるにはいい時期だ。イースターの週末だけど、こっちはそれでも地べたを這い回って右に行ったり左に行ったりか。
世間はお休みのようだけれど、意外にも、世界は動いているから止められないこともあるのだわねえ。
| 7喰う | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0)
練馬の味は川崎の味。
4月5日
練馬の味は川崎の味。
 壇一雄の「壇流クッキング」は昭和の終わり頃に中公文庫で手に入れて、隅から隅まで読み、大量の付箋紙を付けて母親に手渡したことがある。
 「これを読んでベンキョーしてよ」
 ところが、見事に母親はこれを黙殺してくれた――あれから30年以上の月日が流れている。

      壇流クッキング

 ナウなヤング時代、壇家の嫁、晴子の「壇流クッキング入門日記」と「私の壇流クッキング」を読み、さらにその後、壇夫妻の「壇流エスニック料理」を仕込んだのは20代も後半だったろうか。
 「壇流エスニック料理」はボロボロになったが、今も健在だ。”小倉の料理番長”がLondonに持参している。
 92年に結婚した時はバブル末期。昭和中期に建てられた倒れそうなボロアパートの新婚生活。エスニックも寿司もまるで無縁のような暮らしだった。
 魚醤をこうすれば我が家でも作れるのかと驚いたことを覚えている。ニョクマム・ナンプラーも、今ほどは簡単に買えなかった。そういう時代だった。無論、シャンツァイ・パクチーも同じ伝だ。
 壇家はそういう手間のかかる、時間の掛かることを夫婦でやっていて、手馴れたものに見えた。1943年の同い年のご夫婦だから、当時まだ40代の末だったはずだ。
 バブルは全ての尺度を金に換えたと言われるが、な〜に、そんなことなんかあるもんかい。俺に言わせれば、何もかも、俺が欲しいものは不如意な時代だった。食材は貧困で、ついでにいえば、着たい服も簡単には見つけられなかった。今の方がよほど多様になっている。国際化したからね。洒落てらぁ。
 30年も壇家のレシピを繰り返し喰い、少し改良を加えたりして、今もずっと喰っているわけだ。壇家の味は我が家の味でもあるのだと想う。

20170404 掲載).jpg

 いい素材、さっくり、大皿、香菜。キーワードはこの4つ。我が家は壇流を完全に地で行っている。昭和の末期にはまだ東京にもあった、居酒屋のカウンターで、御晩菜を盛った大皿のようなものだな。
 これを男の料理と言うなかれ――俺が映画監督なら、壇一雄少年の「母恋い」で調理場に立つ姿を描くんだがなぁ。壇一雄の原点は、学生と出奔した母親の不在を埋めるため、長男として、幼い妹や弟たちへの朝食の準備や弁当詰めをせざろう得なかった。彼の原点には禅の修業のような紛れも無い小さな小さな祈りがある。
 壇流クッキングを読むと、昭和の不良少年には味わえなかった壇一雄の哀しみが胸に迫ってくる。
 壇太郎・晴子夫妻は還暦に練馬の家をたたんで、博多湾の能古島へ移住してしまったそうだ。
 ご夫妻には迷惑なことだろうけれど、30年間も壇家のレシピを喰ったり読んだりして、写真でも実物でも見慣れてしまうと、ご夫妻には叔父叔母のような感覚がある。能古島に引越ししたんだなあとちょっと羨ましくなったり。
 昨日はアクビの誕生日。吉祥寺は取りやめて寺田倉庫。本日はアクビの入学式。これから北鎌倉で密談。幸三さんその他、テーマは諸件あり。 
| 7喰う | 15:48 | comments(0) | trackbacks(0)
今回のなんちゃって西の味…
4月2日
今回のなんちゃって西の味…
 立川駅構内で喰って帰りました。帰途、吉祥寺の某所定点観測。ガレージ・パンク本、その他、数冊を買い足したぜ。我が家至近の桜は六分咲きかな。
 西というにはなんちゃってだけど、ぼっかけモダン、ちょっとだけ嬉しかった。小さくなっちゃったけどね。

ぼっかけモダン@立川
| 7喰う | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0)
やっぱり好きなカニクリームコロッケ。
3月31日
やっぱり好きなカニクリームコロッケ。
 某所にて頼んだのがこのカニクリームコロッケ。ちゃんと手作りで、冷凍食品なんかじゃないよ。アオサの味噌汁と銀シャリ。最高だな。
 昨日手に取った「山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人」[佐藤寛著, 光文社新書]は巻を措く能わずの勢いで猛烈な集中力で読了した。
 しかしそういう読書が思春期に悪さをして俺の裸眼はひどい乱視。補正すると頭痛がするほど酷かった。
 本日は、四半世紀来の白山眼鏡にて黒眼鏡を作った。今回は、バリバリのクロメガネらしいクロメガネじゃのう。フランスのいにしえのギャングがかけていそうなクラシックなヤツだ。

カニクリームコロッケ定食

 山岡鉄太郎、好きだなあ。俺もああなりたいけど、ダメそうだ。気が弱くって。オホホホホホホホ。


追記
武田真二と阿部渉と松尾剛は同年でほぼ1ヶ月違いだという話になって盛り上がり。そうだったのけ、NHKもなかなかさらし者にするわいねえ、中年3人組を日々出ずっぱりにしてレースさせるんけえ。際どいことするのう。
| 7喰う | 18:53 | comments(0) | trackbacks(0)
浪費モードに。
3月22日
浪費モードに。
 カナガシラを買ってきて清蒸にしたのだが、コイツは今まで見たどんなカナガシラよりもデカかった。ニッポンでさえもこんな大魚は見たことはない。
 頭は大きな握り飯位もあるわけで、頭骨は太くとても噛み砕いたりすることはできない。
 つまり、味は大味で、やっぱり、大したことはないわけなんだよ。

      カナガシラ清蒸 (2).JPG

 そいでもって、ガタイが大きいからか、水分を多く含んでいて、通常の調味料だと水気で薄まってしまう。だから李錦記の香味醤油の「蒸魚鼓油」をテーブルに持って来て足しながら喰らうということになった。
 魚も人を舐めるのかどうか、これなら、通常サイズのカナガシラを買ってきて頭を丸ごと喰っちまう方が楽しい。
イギリス人ってのは、ダメだなあ。喰いモノを粗末にして、ナニが文化なんだろう。どうも、魚喰っても不味いってかなりダメだわなあ。絶対民度指数、俺的にはかなり低い。
 翌朝は残った魚の油をこうして玉子掛けご飯にした。これまでは色々あって、イギリスの卵は危ないので、避けてきたところがあるからね。

Clarence Court Burford Brown Free Range Eggs.jpg

 こちら在住のニッポン人の諸兄姐から「Clarence Court Burford Brown Free Range Eggs」はいいからと薦められて「チャレンジ」してみた。だけど…全体に濃いのだが、味は薄いんだなぁ。
 あんまり文句を言うとバチが当たるのでじっと堪えることにするワイナリー。こうして日本に帰る前に消費モードというのか浪費モードに入って参りました。
 そうそう、日本に引っ越すということでは、今のところは、ないからね。

かながしらの清蒸の残り汁を掛け回した玉子かけご飯 (1).JPG
| 7喰う | 16:10 | comments(0) | trackbacks(0)
今日のひと皿(3)――Marseille某店にてOysterの喰い倒れ
3月21日
今日のひと皿(3)――Marseille某店にてOysterの喰い倒れ
 前々から噂には聞いていたMarseille某店。ここも、昨日紹介したスープやリゾットを出す店とはとても近い。
 もっというとMarseilleの旧市街は歩き回れるくらいの規模で、通りも入り組んでいる。だからみっちり8階建てくらいの建物が市街にひしめき合って、所々に広場があるくらい。その広場には、魚や野菜の市場があって、昨日紹介した朝市と同じように地中海の新鮮な魚介が安価で手に入る。
 だから市街には新しい公共の建物は殆ど見られず、我々の投宿したおフランス系企業の経営するホテル・チェーンも新しい建物ではない。70年代のコンプレックスの中にあった。
 新しい美術館や博物館は、港の先を埋め立てた新しい土地に乗っている。その何れもが、かなり斬新な建物で、如何にもフランスらしい。
 「今はSpainが世界一だけどね」
 建築科の学生に言わせると、そうは言っても建築の世界ではまだまだフランスには相当ぶっ飛んだ建物が建設されているそうで、その辺りの奇抜さは、成金の獄中辺りが今後は受け継ぐのだろう。
 というわけで、我々の入った店は、その魚市場からも程近い場所にあり、魚屋の直営のレストランだ。レストランと言っても、そうだな、紀州白浜の「とれとれ市場」とか北海道函館の「はこだて自由市場」の場外食堂と同じセルフ方式だ。
 ParisでもBrusselでもトライした甲殻類のプラター。無論、自分で1個ずつ発注してその場で打って貰う。フランス中から牡蠣も集まっているし、雲丹も2月が旬だからまだ近在のCarry le Rouet産の最高のブツがあった。

20170305 (牡蠣地獄1)

 こちらは、まず日本には殆ど無いゆえに日本でも有名なブロン(Belon)産のヒラ牡蠣だ。名前は文字通り地名と同じ「ブロン」。海水と淡水の交じり合う汽水地域に大きな養殖用の塩田があるという。濃厚で味はまことに深い。

20170305 (Belon)

 こちらはブルターニュ地方カンカル(Cancale)産の牡蠣。「Mont Saint-Michel」から直ぐ脇の塩田で養殖されている「カンカル」。例の修道院への道は干満の差が世界一だそうで、その干満の差がこの牡蠣の強い塩気に出ていると言われる。
 確かにMarseilleの港も干満の差が激しく、かなり満潮時には海面がせり上がってきて、ちょっとドキドキするくらいだ。牡蠣の味は養殖された土地土地の海水によっても変わる。この「カンカル」は潮気が強いように感じられた。

     20170305 (Cancale)

 ノルマンディーのイズニー(Isigny)産の牡蠣。無塩バターでも知られる街で、海産物はノルマンディーの良港として有名だ。この辺りはヨードたっぷりで身も大きいのが売りで、実際、とても身がふくよかだった。
 ギャング映画では、この辺りの男は特別とされている。
 「ブルターニュの男だから」
 暗黒街でそう言った時の暗喩は寡黙で約束を守る「義理堅い」ということで、つまりは、ブルターニュこそ、ギャングの産地というわけだ。この辺りは、海賊の末裔のケルト系が定住したと言われている。むべなるかな。

     20170305 (Isigny)

 そして西フランスのオレロン(Oléron)島の牡蠣、ジラルドー(Gillardeau)がコチラである。 マレンヌ=オレロン(Marenne-Oleron)産の中でも有名なジラルドーは、英語名はGreen Oyster。
 ここの塩田は海藻類を練りこんだ泥が敷き詰めてあり、そのようなマットの上で牡蠣を養殖するから牡蠣の口が緑色になり、やがて身も緑色に変わる。フランス人に言わせると、「官能的な引き締まった肉厚の身」ということになるわけだ。
 我が広島県の大崎神島でもここの牡蠣を持って来て養殖しているというのだが、何れは帰国したら喰ってみたい。

     20170305 (Gillardeau)

 フランス人はともかく牡蠣が好きだ。それも徹底的にその場で牡蠣殻を打つから旨い。海水は塩分が濃く、ミネラル分が多い。ヨードが多い感じが確かにある。俺はこれほどの強い塩味だから、あまりレモンを絞らなかった。店のオリジナルのワインも安くて旨く、何も言うことは無かったぜ。

Le Deuxième Souffle (11).jpg

 Gustave Mindaも愛するManoucheとコイツを喰っていたんだろう。この役者たちは男女何れもとっくに亡くなっている。もう、俺の年も彼らの年齢を超えてしまったわけだ。映画は、それでもなお、俺に訴えてくるものがある。


追記
今日は雨ちゃんだった。美能幸三の件で、ちょっと問い合わせもあったりしたけれど、ま、おいおい書いてくけえ、焦らんで待っとってつかいや。オホホホホホホホ。ホンモノの呉の人はあげな喋り方はせんですよ。あれは笠原弁。脚本の方言指導者も東広島とか庄原の人だったというけんね。
| 7喰う | 08:09 | comments(0) | trackbacks(0)
今日のひと皿(2)――Marseille某店のFruits de Mer Risotto
3月20日
今日のひと皿(2)――Marseille某店のFruits de Mer Risotto
 Marseilleでは21世紀の今日もって、まだ漁師家族たちによる朝市が開かれているのだ。この朝市は有名だが、実際に見ると、中々胸に迫るものがある。旧港は岸壁が深くU字型に切り込んだ形になっていて、市場はそのボトムで開かれる。
 常日頃はヨットハーバーとして使われているから、U字型の入り江には大型のヨットが櫛のように係留されているから、ボトムに立って地中海を見ると決して見通しは良くない。
 「来た、来た、お父さん、来たわよ!」
 マストの林の向こうから、しなびたような漁船の姿が見えると常連客の夫婦は声を掛け合って岸壁に集まっていく。
 ヤンマー製のディーゼル・エンジンが猛り狂ったような唸り声を上げ、漁船がゆっくり横付けされるのを待って、人の群れがどっと移動する。見ていると、2艘1組のようだ。水揚げされた獲物はすでに船上で直径1m程の黒い大きなポリバケツに入れられていて、若い息子(兄)がドサッと地上に放ると、別の息子(弟)がこれを引きずって行く。
 「今日はイキのいいアンコウがあるかい?」
 「そう焦るなって」
 知り合いの年寄り客をなだめるのも息子の役目らしい。

20170304 (掲載1).jpg

 家族経営の漁師の市は各々少しずつ個性があって、甲殻類、とりわけ牡蠣などの貝類を中心とした店はアジア系の客が群れている。生牡蠣を打ってその場で喰わせてくれるのはMandarin語圏の人々に知られているようだった。
 フランスの美食文化は知られるところだが、こと牡蠣の生食については日本は足元には及びもしない。牡蠣打ち職人のÉcailleでも知られる通り、牡蠣はその場で打って喰う。俺はParisでも某地区に還暦過ぎのマダムの経営するいい店を見付けたけれど、ここでも牡蠣はその場で打つ。
 マダムは俺が酒好きなことを覚えていて何も言いもしないのにグラスに並々とダブルで白を注いで呉れる。歳を取って俺の好みになったEllen Barkin(1954年-)に似ているので多分彼女自身も意識しているんだろうな。
 この外、魚類は豊富で、タコの足、モンゴウ、アオリ等のイカ類、スズキ、ホウボウ、アンコウ、オコゼ、ヒラメ、鯛、ハタ、鯵、鰹まで、日本で手に入る魚介類は大抵売っていて賑やかだ。鰹も日本の市場から比べると小型のモノが主流だが、丸々と太ったイキの良さそうなのを見ている内にワクワクしてツバキが湧いてくる。
 そんな俺の話はどうでも良い。古くから知られる朝市は今も変わらぬ賑わいなのだが、すっかり消えていた風俗もある。旧港広場もそうで、昔、この辺りの老人は地元で生まれた球技、Pétanqueを広場で楽しんでいたものだ。金属製のBoulesを木製のJackに投げるゲームで、老人がグループになって競い合い、終わるとワインを呑みにCaféに入る。

20170304 (掲載2).jpg

 今の人は知らないかもしれないが、残り少ない人生を予感しつつ人々の間から老人らが打ち興じるゲームを観戦しているのが、変装して口髭を蓄えた“おやじのギュ”こと、Gustave Minda(Lino Ventura)なのである。
 おっといけねえ、メシの話だったっけ。広場から、たった一ブロック裏に入った場所にある某店。有名な店なのだが、店構えがショボくってワリを喰っている。世界中から客が来る。しかし皆さん、あまりに店がカジュアルなので拍子抜けしているようだ。
 俺たちはフライの盛り合わせを頼み、「Fruits de Mer Risotto」と「Soupe de Poissons」をさらに頼んだ。
 昔のMarseilleなら、紅白のチェックのテーブルクロスを掛けたRestaurantがあったのだろう。実は、旧港のこの店も、1階は天井の低い厨房で、客は、狭い階段を昇って2階に通される。この1階と2階の不思議な構造を見て、
 「ゴールデン街だよね」
 アクビ娘が言った。言うことにヒネリが効いてらぁ。建築専攻の学生だけあるわね。
 アクビの言う通りで、チョンの間の構造はまだこの旧港裏の辺りには残っているのだ。入江に面した古いホテル群も同じで、往時、7つの海をまたにかけて往来した船員たちの夢の跡が楽しめる。
 つい5年ほど前までは、秋葉原から神田の高架下にはチョンの間の跡を改造したようなバーが残っていたが、今はどうなのだろう。
 ともあれ、「Fruits de Mer Risotto」と「Soupe de Poissons」。生臭さは全く消されていて、とりわけリゾットは練り混んだチーズがソースと渾然一体に絡み合って、最初の一口からクライマックスが来た。
 (うっ!)
 またまた図らずも両目からどっと熱いものが。


追記
雨模様が続くロンドン。ちょっとツライなあ。晴れては来ても、また雨になる。ウイットつてのは皮肉のことだから、雨の続く町で育った人間は辛抱強い皮肉屋になるってことなんだろうかねー。
| 7喰う | 06:20 | comments(0) | trackbacks(0)
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