岡田純良帝國小倉日記

長崎飯店にて。
4月14日
長崎飯店にて。
 久々に長崎ちゃんぽんの専門店に。バシン時代にはこの店は入ったことはなかったけれど、「枡本」の直ぐ近くで、何時も道すがら見ていたから懐かしかったね。皿ウドンを頼みました。
 今日は某所と某所に下見。ゲップ出続けで苦しい、ホントに苦しいわい。
 明日は我が家のダンボール詰め作業がいよいよ始まるワイナリー。

長崎飯店20180414 (掲載).jpg
| 7喰う | 19:21 | comments(0) | trackbacks(0)
どうなの?、その辺り。
4月11日
どうなの?、その辺り。
 ユッケジャン鍋、旨いのか不味いのか。何というのか、旨いっていうより、喰わせられている実感があるわねえ。喰っている間から頭頂から汗が噴き出してくるわけよ。

ユッケジャン鍋 20180404 (2).jpg


 某所で名物のカレーパン。アクビ娘の中高時代には時々買って来たんだけど、久し振りに喰ったわけなんだけど。これも旨いというものなのかどうか、よく分からん。

カルバのカレーパン.JPG

 どうなのよ、旨いってのか。こんなもんだっていう料理ばかり喰っていると、舌が衰えてしまいそうだなぁ。
| 7喰う | 19:16 | comments(0) | trackbacks(0)
「金亀印」Nasi Goreng Mix。
4月8日
「金亀印」Nasi Goreng Mix。
 俺が永年淫しているのがこのNasi Goreng Mixなのだが、ニッポンでは入手不能。「金亀印」がポイントなのだよ。ウッフッフッフ。

20170401 ナシゴレン.JPG

 左上にある「金亀」ね。これをゲットしなければキミはNasi Gorengの深間を体験したとはいえないのだ!、何ちゃって、ワシらは何にもアイ・ドン・ノー。

Nasi Goreng Mix.JPG
| 7喰う | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0)
今年の初鰹は美味い。
4月7日
今年の初鰹は美味い。
機会あれば喰うべし。臭み薄く格別也。春を味わい初夏を味わう。春鯛も喰いたいが今年チャンスはなさそう。残念だ。

   初鰹 20180406 (2).jpg

 そうしてボヤッとしてたら、「BRUTUS、お前もか!」って感じ。鯛は鯛でも明石海峡の春鯛。オーマイガー、春鯛。

   「BRUTUS」(867号)表紙。.jpg
| 7喰う | 16:12 | comments(0) | trackbacks(0)
リキパレスと人形町と。
4月3日
リキパレスと人形町と。
 先日、某所で飲み喰いしていたら、支払いの時にキャッシャーの後ろに力道山の写真とサインが入っている小さな額が掲げてあった。
 「これ力道でしょ」
 「さようです」
 「どうしてこんなサインが?」
 「ウチのが道場に通っておりまして」
 「ええ?」
 「ウフフフ」
 「リキパレスの渋谷ですか」
 「いえ、その頃は人形町に道場があったの」
 平成30年にこんな話をすることがあろうとは想わなかった。

渋谷駅からマークシティー方面を望む(右手円形ビルがリキ・スポーツパレス)。.jpg

 それ以上は聞かなかったのだが、人形町の力道山の道場はリキパレスができる前だから、新田新作の若い衆だった可能性もあるわけだ。
 某所では秋田のいぶりがっこと新潟・栃尾の油揚げを肴に新潟銘酒を呑んでいたわけだけれど、年恰好から考えてみれば、新田が筋者だった時代には子供だったはずだ。
 戦後、博徒から足を洗て、堅気になろうとして、某筋の後押しで土建・新田組を旗揚げした後に絡んだのだろう。国粋会なんてのは、某筋の息が最初から掛かっているわけだから、戦後復興も中々ですわいなあ。

某所の栃尾の油揚げといぶりがっことチーズ。.jpg

 その翌日、小林克也さんが「プロレスを10倍楽しく見る方法/今も豊登を愛していま〜す」をやる前に、豊登とリキの話が出た。
 某所の親方は豊登の弟弟子にもなるわけで、何というタイミングだろうと想った。こういうことは、何かあると、暫くの間、断続的にでも続くことがあって面白い。プロレスには縁がないのだが、縁が出てきたりしてなぁ。
  
          20180328 弥山.JPG

 六本木から帰宅したら、某所で調達したのが安芸宮島「弥山」の名を頂いた廿日市市の酒。身内には宮島の前の町長さんがおるらしいですが、まぁ、これは蛇足であります。そんなことでゆるゆると広島の酒を頂いて楽しみました。
 小林克也さんは広島でも公演されるそうですが、福山でもやるわけよ。後援が地元の病院だとか運送会社だとか。小林さんの同級生なんかがおって、小林さんは福山の観光大使を手弁当でやっておるんだそうだ。それもまぁ、このご時勢ではよく分かる話。
 広島の人ですなぁ。80年前後、俺の身内がマツダ車を売り込みに自宅まで行って、確かカペラをお買い上げ頂いたのだったかな。力道山方面か、広島方面か、どっちに縁が続いても面白いや。
| 7喰う | 14:01 | comments(0) | trackbacks(0)
勝烈庵馬車道総本店。
3月31日
勝烈庵馬車道総本店。
 何時寄っても、地元のガイコクジンが必ず客の中にいる。シンガポールから来た華僑を見たこともあるし、先日はヨーハイの卒業生の男の子が2人でカウンターにしがみついていた。
 こういう店は強いですわね。店の揚げ物の寸胴鍋には、一斗缶の油が目の前で一気に足し注がれたけれど、油面は少し上昇しただけだった。カラッと揚がっていて、やっぱり総本店がイチバン旨い。

勝烈庵
| 7喰う | 14:24 | comments(0) | trackbacks(0)
命懸けの刺身。
3月30日
命懸けの刺身。
 某所で喰った刺身だが、ナニがナニして何とやら。以前に福州で喰った冷製のカニで俺は当たったことがあった。朦朧、意識が途切れる一歩手前。点滴こそ受けなかったが、2日ほど記憶が途切れている。その病院で誤診で死んだのが◯国大使である。一瞬、2国間に極度に緊張が高まった。

   命懸けの某所の刺身。

 日本ではこういうブツが、例えば江戸では難しくとも、どこかのデパートの催事などでは手に入るわけですらぁ。
 先日、Harry Dean Stanton(1925-2017年)の「Lucky」をその日の最終回で観たぜ。
 主演役者のために作られた映画でもあったのは驚きだけれど、一方で、通奏低音に日本人へのオマージュもあるようだ。
 特攻隊とバンザイ・クリフ、さらに7歳のウチナーンチュの女の子の笑顔が無く子も黙る海兵隊員と海軍の炊事兵を71年後に泣かした。
 笑顔ってのがいいねえ。命懸けの刺身で生還したが、しのぎはしのぎで厳しいが、笑って死ぬってのも大変だわねえ。

  旭屋鯖すしと平目浜すし。.jpg
| 7喰う | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0)
フラフラ、フラフラ。
3月22日
フラフラ、フラフラ。
 大陸某所にいる。久々の訪問で街がすっかり変わっていることに驚いた。

   孔乙己酒店.jpg

 先日、某所で調達した缶ビール。別の某所で調達してきたパブ御用達のブツに初めて注いで、一杯。ビールというカンジでもなく、何だろう。ムーン、この味は、旨いと呼ぶべきか?、どうなんだろう。
 それにしても、12度もあるから、ワインと変わらないわけだ。これだけでフラフラ、フラフラ。

20180317 Lander Brau12% (2).JPG

 日本の鮨。いいのか悪いのかよく分からんなあ。江戸前でも築地辺りならいいんだけれど、どうもこの辺りのは、随分とネタが落ちるように想うわねえ。バリエーションの少なさなのかな。

20180321 某鮨特上握り (掲載).jpg
| 7喰う | 14:41 | comments(0) | trackbacks(0)
P仙、東京で不味いハンバーグを喰わされる。
3月18日
P仙、東京で不味いハンバーグを喰わされる。
 木曜日は早朝から忙しかった。水を飲む時間も無いくらいだ。それでもランチ前にはどうにかヤマを超えた。そうなると途端に感じるのが、空腹。
 (腹、減ったなぁ)
 ノドまで乾いている。
 そこで思い浮かんだのは焼肉屋のビーフカレー。唯一と言って良い、この界隈では何とか味わえるメニューだ。
 (あすこしかねえな)
 喜び勇んで飛び込むと、ビーフカレーはもう売り切れ。
 「今日は日替わりはハンバーグよ」
 渋紙バーさんが紫煙を吐き出しながら言う。

   某店の劇不味ハンバーグランチ(1).jpg

 箸で刺したらするっと切れ目が入る。昔の冷凍食品みたいに細かくて均質な身はとても柔らかい。
 (ヤヤヤ)
 旨いか不味いかどちらかだろう、思い切って口に含むと、玉ねぎの汁も肉の汁も感じられない。
 (やっぱり!)
 喰わなければ良かった。

某店の劇不味ハンバーグランチ(2).jpg

 ハンバーグを不味いと感じられるほど不味く作るのは至難の業だ。せっかくの一食がこれで台無しである。
 晩年、アル中ハイマー風太郎とうそぶいた山田風太郎(1922-2001年)と同じ。一食に拘りたい。こんなに不味い皿を出すような店には二度と行くまいと腹で悪態をついたら、
 「アニキ、あすこで打ち上げやりましょう」
 近頃、仔分気取りになったYが近寄ってきて俺が幹事をやるからと偉そうに言う。
 (俺の明日は、どっちだ!)
 シノギでやっていくことは、中々、ツライことでありんす。
| 7喰う | 12:14 | comments(0) | trackbacks(0)
たにし屋という存在。
3月11日
たにし屋という存在。
 チェック・アウトして流浪の民に。ランチはバインミーを喰った。夜半、空港に到着、日付が変わると出発である。アジアは中々帰国便のフライトが厳しい。
 河内ことHanoiには、たにし屋が街角の至るところにある。Saigonとは違うところ。大阪なら天かすうどんみたいな感じで。そのどれも中々のものだ。
 このたにしは、タニシもどきというのと、たにしとあるそうで、喰われているのは大小2種類ある。妊婦の身体にも良いところから女性ににんきがある。かたつむりのようなたにしと、細くてもう少し小さなたにしとがある。

20180305 (掲載・小たにし別)

 残念なことだ。日本では敗戦後の衛生教育もあって、古くから日本住血吸虫を媒介すると言われて、淡水に生息する貝類は食用にも敬遠されて来た。本当は美味いんだろうにな。
 
20180306 (掲載・たにし屋全景)

 こちらのたにし屋は、どんどん拡大して、店舗が右の甘味屋から並んで2店舗あるのが分かるか。俺たちは、右側の懲罰房のような間口の狭い店舗内でがっついた。
 Hanoiのたにしは、ちやんと火を通して湯がいてある。田んぼといえば、たにしだけでなく、田蟹、田んぼとうなぎといったあたりも広く食されている。これは別稿で紹介したい。

20180306 (掲載・たにしPho屋の女将と女性客たち)

 たにし屋は幾つかバリエーションがある。ズバリ山のように盛った湯がいたたにしを喰わせる店と、こちらの写真のように、グツグツと寸胴鍋でたにしを煮出したスープでPhoを喰わせる店と大きく2つある。
 日本住血吸虫はパンク全盛の頃に出た患者を最後に国内では終息宣言が出たそうだけど、インドシナではまだまだ。これら寄生虫はそう簡単には死滅しない。だから、何だよ、とも思う。

20180306 (掲載・たにしPho屋の女将と女性客たち)
 
 ニツポンでも山間部では貴重なタンパク源であったものだが、こういうものが東南アジアでは、今も堂々とガンガン食されているのを知ると、負けたわいと思う。エネルギーに満ち溢れた彼らが眩しく映るのだ。
 さて、長旅前のマッサーで全身弛緩しているのだが、クアンコムフオーは不味くなっていた。奢れる者は久しからずである。こうして慌しく旅の時間が過ぎていくわけだ。胃腸にじっとりよどんだ疲労感が感じられる。全身が重い。
| 7喰う | 21:58 | comments(0) | trackbacks(0)
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