岡田純良帝國小倉日記

美味かった星港の南イタリア飯。
6月14日
美味かった星港の南イタリア飯。
某所で喰ったイタ飯は美味かった。ヌーンである。美味いんである。最高だつたなあ。ぬ

AURA.のブッラータとパルマハムのサラダ

カラスミのパスタとかブッラータとか、懐かしく、かつ、楽しい皿が出てきたよーん。しかし、メインは外れるはずのないものなのに、外しましたなあ。

AURAのサルディーニャのカラスミとレモンのスパゲッティ美味い
| 7喰う | 18:52 | comments(0) | trackbacks(0)
懐かしの上海炒麺。
6月13日
懐かしの上海炒麺。
星港に到着した。
こちらは昨日の昼に某所で喰った上海炒麺。本当にこいつは美味かった。夜は周恩来の話。面白かったけど、いまひとつ、深いところにはいかなかった。残念だ。

上海炒麺。
| 7喰う | 15:33 | comments(0) | trackbacks(0)
本場のグリッツクソ不味い。
6月2日
本場のグリッツクソ不味い。
 こんな本場の本場までやって来て、こんなに不味い飯を喰わされるなんて。あんまりだにゃー。
 革ジャン欲しいの歌でも口ずさんじゃおうかな。

グリッツ!

 食の砂漠を はるばると
 旅のP仙 行きました
 コーンと油の グリッツ頼み
 一口 喰って 泣きました 

 胸の底には ゲロの甕
 甕の底には 涙のしずく
 そんな臭いの 渦巻く街を
 東京砂漠を 行きました
 
 P仙 タローは 男じゃないか
 男の男は 革ジャン着てる
 そんなP仙 革ジャン欲しい
 P仙タローは 革ジャン欲しい

   栓の無いバスタブ

 風呂の砂漠を はるばると
 旅のP仙 行きました
 お風呂の 底には栓が無い
 一目 見た時 泣けました


追記
これからパンツ詰め込んで出発します。暫くは後の切れたタコやねんけど、悪く思わんといてえな。

追記の追記
Atlanta MARTAの鉄路の軋む音か、四六時中、鉄道の音が聞こえるのは、地下に鉄路が走っているからだ。
先程、午前3時頃、長距離貨物列車らしい連結車両が超多数の長い長い編成の列車が通過した。ボー、ボー、という船の霧笛のような音だが、鉄道の警笛だ。行き過ぎるまでに5分ほどかかったのではないだろうか。
姿は見えないのだが、音で感じられるブルースだぜ。20世紀の初め、この辺りから、綿花摘みの職を失った黒人たちは長い連結の貨物列車に飛び乗って、北部シカゴへと旅立って行った――そういうことを想い出させる列車の音だった。
| 7喰う | 16:16 | comments(0) | trackbacks(0)
備忘録――非常時の食卓。
5月29日
備忘録――非常時の食卓。
 寝られんねえ。
 俺がコッチにいる間に引渡しは済んでしまうので、荷物はまだ整理できていないにしても、ダイニングテーブルやテレビなどは復旧することになるだろう。だからこれまでの狭小生活も、俺の帰国する頃には随分緩和されていると想う。
 連休からこの方、ずっと狭い場所に肩を寄せ合って飲み喰いしてきたので、足はもつれるわ肩が凝るわ。何時ぞや酒によって足をテーブルに引っ掛けてひっくり返ったくらいだわい。アハハハハハ。

20180506 非常時の夕食 (2).JPG

 こちらは白くハレーションを起して何が何だか分からない。鹿島立ちの出掛けに喰った朝ごはん。ビシソワースは俺の大好物だ。
 玉子掛けご飯には、金目鯛のオーブン焼きで、底に残ったオリーブ・オイルと魚介のソースの溶け込んだ残り汁を掛け回したもの。悶絶するほどの旨みだった。
 ビシソワースとオリーブ・オイルと魚介の旨み。極めつけの一食でしたな。酒が欲しくて思わず右手が盃を持った形になって、我ながら笑ってしまった。
 白日夢、というヤツか知らん。

20180528 朝食(ビシソワースと金目鯛のオーブン焼きの残り汁を掛け回した玉子掛けご飯).jpg
| 7喰う | 16:37 | comments(0) | trackbacks(0)
思わぬ拾い物――満洲咖喱飯。
5月28日
思わぬ拾い物――満洲咖喱飯。
 帰国して、美味かったものは数多くある。店の工夫も嬉しいけれど、ちょっとこじんまりしてしまうのは敗戦後の日本人の悪癖だ。
 そういう伝では、これまで喰ったことのなかったレシピでは、この、某所で喰った満州咖喱飯は拾い物だったぜ。こんな美味いものがまだあったのか、と、驚く美味さだった。
 インドでもない、タイでもない、日本でもない。これは、中華の咖喱飯で、しかも、あの満洲の咖喱飯であった。俺は、長春とか瀋陽とか大連で、残った満洲人たちが残留日本人と共に作り上げた味なのではないかと想っている。
 もう、スパイスも、インドと違っていて、八角だとか、白胡椒だとか、花椒とか、中華料理のスパイスがたんまり使ってあるんだよな。
 脱帽しました。そいでまた、調理人たちが、いい顔をしている。美味いものを喰った時、調理場を観ると、大抵、調理人たちはいい面構えをしていて、やっぱりなという感じになる。こいつぁ、美味い。本当に美味かった。

20180513 老酒舗 (6).jpg

追記
イタリアの政局がヨーロッパ全体に暗い影を落とし始めて、そこにトランプの保護主義の衝撃。昔のブロック経済という言葉が甦って来ましたぜ。そうなると、一気にヨーロッパは暗黒大陸に見えてくるわけよ、ショーバイ人には。どうこれを切り抜けるでしょうか。イギリスの女番長もよく持ってるなぁとある意味感心して観ていますが、実際にヨーロッパの政治は停滞している。東の方が蠢動しているだけで。

追記の追記
これから十数時間の旅。はるばる東の海岸の方へ。やれんわいのう、自分の時間が作れないぜ。ま、幾つになっても雑巾掛けの心掛け。もうあと半年近くはじっと雌伏して頑張りまっす。
| 7喰う | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0)
青ハタ(黄ハタ)の清蒸。
5月26日
青ハタ(黄ハタ)の清蒸。
 3月末のこと。小倉の陋屋から長崎産の黄ハタのいいものがあったと連絡が入ったので、楽しみにしていた。
 「むっちりして脂が乗ってそうだよ」
 うーん、冬の北九州のハタである。何が無くとも喰わねばならぬ。

20180316 黄ハタ清蒸 (掲載).jpg

 この俺も、春から“サイコロ振って人生ゲーム”の「上がり」になっちまった。「上がり」である。まぁ、これから先は「それる」はあっても、青天井は見えない。視界不良ではなく、クモが巣を張った天井がよく見える。
 「日本酒も買ったよ」 
 “小倉の料理番長”がささやかでもお祝いをしてくれるというわけだ。
 「そうかい、有難うよ」
 すっかり耄碌して、もう俺もダメなことよ。オホホホホホホホ。
 ハタの清蒸は怒涛の旨さ。脂身の豪華な味わいと清蒸のソースの旨み、そして大型魚のハタ自身の固体全てから出る旨みが皿の底に沈んでいるから、香菜と一緒に丁寧に上から掛け回しながら喰う。
 話は飛ぶ。
 俺がLondonで2軒目に引っ越したのがPaul Cook(1956年-)のご近所のShepard Bush。ここは、ご近所にRowley Leigh(1950年-)も長く住んでいるそうだ。著名なシェフであり、ライターでもあり、イギリスの料理業界では大きな影響力を持つ人物である。

Rowley Leighs Recipe(Steamed Snapper).jpg

 先般某所のラウンジでピックアップしてきた「FT Weekend」。毎週末の連載、「Rowley Leigh's Recipes」には、イギリス人の嫌う魚介のレシピ、しかもフエダイが取り上げられていた。フエダイをローリエとハーブで蒸し上げる「Steamed Snapper」である。
 ゴロンボウではないが、丸太になっているのが分かるだろうか。背びれも、胸びれも、尾ひれさえ、予めすっかり取り外してある。フエダイほどのクラスの大型の魚介になると、背びれも尾ひれも旨いダシが出るのだが、魚から出たダシ汁は棄て去っている。
 我々アジアの箸族とはこの点では大いに違っていて、食文化の根本が違っている。良い悪いではないが、あの旨みの固まりの目の玉さえ抜け落ちている。イギリスの魚介料理はこの写真1枚だけでも、残念だが、浅いとだけは言えるわけなのよ。
 そこで、フランス人と顔を見合わせて、乾杯となるわけなんだが、イギリス人はそんな話を振ると、真っ赤な顔をして怒り出す。だから、ますます酒席の肴で切って棄てるには楽しい民族なわけだが。ウハハハハハハ。それにしても不味そうだ。

「招徳 純米無濾過生原酒・旭四号」(2018年春).jpg

 この夜、“小倉の料理番長”の合わせた酒が伏見の「招徳」の「純米無濾過生原酒・旭四号」だった。
 (19度!)
 腰の抜けそうな酒だが、この一本は春に似合うフルボディー。一口含むと「春爛漫や」と叫びたくなる、もし言うなら、コメの香りが立つ、豪華な、とでも呼びたくなる味だった。
 この蔵元さんの杜氏が、斯道で有名な大塚真帆女史である。2人のお子さんを持つ立派なおっかさんでもあるそうだ。
 京都駅で“小倉の料理番長”とアクビ娘がお酒を頂いた時、
 「なんで大塚はんがいてはるんやと」
 「よう似てはるわぁ」
 どうやら、蔵本の人も驚くほどの真帆女史とアクビ娘とは「ウリ」だそうだ。伏見に行く時の楽しみが増えた。


追記
昨日は某所にて小さなオペを受けました。午後は別の場所でチェックアップ。思わぬ方向に話が進みましたが、結果、体のいろんな所に器具が入り、まだどうやら少し出血してますわね。昨日は偶然にも伏見の銘酒を調達してくれた奇特な方がおられて、本日は季節を先取って鱧で一杯やる予定。ドップリと日本漬けであります。
| 7喰う | 07:30 | comments(0) | trackbacks(0)
どっち派?――肉饅論争。
5月12日
どっち派?――肉饅論争。
 数ヶ月前から密かに小倉の陋屋で肉饅(豚饅)論争が勃発。俺の中では静かに長びいている。 きっかけは調達した「目黒五十番」の「特製肉まん」の評価であった。
 2月半ばの目黒通りである。向かい風の強い日で、寒いだけではなくて、雨交じりという午後であった。
権太坂を降りて家具屋を冷やかしながらずんずん歩いて行くと、右手に「目黒五十番」。体の芯まで冷え切っていて、肉饅の看板は目に沁みた。やっぱりこの店はカシューナッツが目印の「特製肉まん」で決まりだ。
 ところが、である。
 「えーっ、この皮はないでしょ」
 「ダメだよ、皮がベチャベチャ」
 翌日、朝飯に蒸して喰ってみると、合い方が口々に「特製肉まん」をけなした。

目黒五十番 (4).JPG

 (俺はこの餡が好きなのに)
 「東京の夜泣きソバみたいなもんだよ」
 「何、それ?」
 「これ、皮が残念過ぎる」
 闘志満々の相手は、恐るべき四川省の現ゲリ(現地ゲリラ)に鍛えられた精鋭部隊の2人、人呼んで、“小倉の料理番長”とアクビ娘である。闘う前から劣勢は明らかだ。
 女性陣が第1位に挙げるのが「菜香新館」(横浜・中華街)。サイズも良く、中の餡と皮とのバランスが最も良いと口を揃える。そして第2位が「翠香園」(同)の肉饅だ。こちらの肉饅は小さく、皮は甘くて香りがいい。
 「皮がモッチリしてないと」
 「こんなフワフワじゃダメ」
 (そうだろうか)
 「目黒五十番」の皮はフワフワで、強く握ると潰れて中の餡が手触りで分かるほどのもの。それはそれで懐かしい。昔の肉饅はフワフワだった。今の肉饅が大きくなって皮が立派になり過ぎたのだ。

目黒五十番 (5).JPG

 俺にとって肉饅は、京都で子供の頃に喰ったのが初体験だったと想う。その頃の肉饅は今よりずっと小振りだった。その後、日本初の豚饅頭を発売したとされる「老祥記」なども並んで喰ったが、横浜中華街の肉饅よりも小さく、小腹の空いた時のおやつだったと想う。
 神戸は今でも豚饅は小粒。「四興樓」とか「一貫楼」のような有名店でも100〜200円程度。横浜中華街の肉饅をはじめ、関東の肉饅と並ぶと違いはハッキリしている。
 そもそも、横浜・中華街の肉饅が大きくなったのは「神楽坂五十番」の巨大肉饅以来だと俺は睨んでいるのだがどうだろうか。それでも同じ中華街では「重慶茶館」の肉饅などは、大きくとも皮はフワフワ。
 大阪でさえ、「551蓬莱」も「蓬莱本館」も「菜香新館」や「翠香園」ほどモッチリしていない。まとめてみると、関東の肉饅は地位が上がった。俺の記憶にある関西の「豚饅」ではない。単価も上がり、「目黒五十番」の「特製肉まん」は515円(税込み)である。
 ラーメンと同じ道だ。だからアクビ娘は「夜泣きそば」を知らない。肉饅それ自体、もう立派な料理だと想っている世代だから、饅頭がフワフワだと許せない。俺の「肉饅」の存在余地は、小倉の陋屋には無いのだった。ちょっと悲哀。

追記
これ書いてたのはまだ寒い頃かな。今では目黒通りのいく先々の家具屋の諸兄とは顔見知りになった。話は飛ぶけど、昨日からエアバイクの開発動向が気になってて、俺の目の黒いうちに大量生産でどれだけ安価になるかと胸がなるぜ。高校時代、アキラでいちばん良かったのは乗り物で、個人で運転で着るものが将来にわたって地上だけでしか動かないのならかったるいもんな。40年ぶりくらいに童心に返ってスゲー期待してるのよ。

追記の追記
岡崎方面から深夜バスに乗って上京するおじさんあり。ヌーン、御慰労しないとあかんか。頑張れドジユン。

追記の追記
台湾からコメントあり。嬉しいねえ。台湾の人たちは俺の心の友よ。心のオヤビン。ハー、ぽっくん、ぽっくん。
| 7喰う | 06:13 | comments(0) | trackbacks(0)
翡翠麺の行方――永楽から永福へ。
小倉日記’18(第十三弾)
5月2日
翡翠麺の行方――永楽から永福へ。
 「永楽製麺」が経営不振で突然止めてしまったのが2013年。その後、俺自身が中華街からすっかり足が遠のいたこともあって、中華街のその後の製麺事情にも疎くなっていた。
 「永楽製麺」が潰れてしまった直後の2013年、俺は泣いてます。
 「アクビ娘が生まれた頃、我が家はまだ麺をどこで買うのか決めていなかった。クルマがあったから、中華街に行く時には、永楽か東成のどちらかの製麺所で買ったのではないかな。(中略)20年前とは違い、その後、永楽が事業を拡大して、カワサキ・シチーでも、ハマの駅前のデパートでも簡単に手に入るようになって久しかったから、永楽が潰れて消えてしまうと想っていなかった。永楽が潰れてしまい、足元をすくわれた気分なのだ」
 「永楽製麺」の創業者・楯紳一が弘明寺の街道沿いに「永福拉麺」という製麺所を再び立ち上げて、製麺を始めたということは誰に聞いたのか。
 「永楽製麺」時代、その小売品を長らく扱っていた「横浜高島屋」の地下1階にある「味百選コーナー」に昔からいる顔見知りのオバサンからだったろうか。

     永福翡翠麺 (2).JPG
 
 先日、そんな紆余曲折があり“小倉の料理番長”が「横浜高島屋」の「味百選コーナー」に並んだ商品を調達。「永福拉麺」ではなくて、「小麦のかほり永福」とあった。
 現在、「小麦のかほり永福」は「永福ラーメン」、「ちぢれ麺」、「超ちぢれ麺」、「タンメン」、「ヒスイ麺」というラインナップ。
 昔は「永楽製麺」の「タンメン」と「塩スープ」のコンビネーションが好きだった。東成軒の「タンメン」も旨かった。モチモチしたやや縮れタイプ。これに神奈川自慢の「富士食品」の「塩ラーメン・スープ」を合わせたもの。

永福翡翠麺 (4).JPG
  あんまり美味しそうに見えないかもね。ラーメン用のチャーシューの美味い店が
  横浜には無いから市販のチャーシューに手を出すとこうなる。出来合いでも加減
  と組み合わせには相性があるから神経を遣う。

 ところが「永福拉麺」の「ヒスイ麺」もモチモチとしたコシのあるしっかりした麺だった。スープは「永楽製麺」の時代は「富士食品」のスープだったのが、今は皆さんが自前で作っている。少しずつ試したい。これも、楽しみ。2010年頃の我が家ではこんな感じ。
 「昨日の昼間は、横浜中華街最強タッグの東成軒の「縮れ麺」と永楽製麺の「醤油NO.1スープ」の組み合わせでした。確か「縮れ麺」は通常は¥95で、「醤油NO.1」は¥110。一食¥205の組み合わせ。旨いぞ!」
 2軒の製麺所が隆盛だった当時、ライバル同士の麺とスープを組み合わせて喰ったりして愉しんでいたわけだ。
 まず永楽創業者のご一家が、中華街の大混乱を見るに見かねて「永福拉麺」を立ち上げ、しかも直ぐ後に「横浜高島屋」の「味百選」がこれを店頭に置いた連携プレイにはカワサキ・シチーの民としては感謝。
 ラーメンとかタンメンさえも、近頃は喰って味わうことよりも、こういう様々な人々による様々な味の変遷を味わうことの方が楽しくなってきた。
 昭和の時代で言う「達人」や。「達人」の別名は、「老人」やねん。呵呵。

追記
これからPCデスクが引き取られて今日の処分は終わり。城東方面へランチ出頭せよの呼び出しがあり出掛けて、その後一転して世田谷某所にて久々に某さんと密談予定。

        「マカロニほうれん荘」(2).jpg 「マカロニほうれん荘」(2).jpg
   きんどうちやん、ちょっと来てる。思春期直球ど真ん中でした。不良学生は
   リーゼントだし、喫茶店で花の咲く文化は確かにありました。
   鴨川つばめさんは、出身地と世代的にはモロめんたいロック方面に通じる人
   だったわけで20歳位で完全に才能が開花した。早かった!

追記の追記
昨夜は新宿駅にIggy Popのドキュメンタリーを観に行った。世界堂立ち寄っていよいよお宝系の壁面展示の準備開始。そうしたら片付けの合間に、GSTQと、Ronnie BigsのSeditionerriesのシャツが恨めしそうに転がり出てきた。藤本義一の浪速芸人系短編小説集読了。時間が飛んで行きます。
| 7喰う | 07:48 | comments(0) | trackbacks(0)
南イタリアのパスタ――魚卵とか卵巣とか。
5月1日
南イタリアのパスタ――魚卵とか卵巣とか。
 暑さで厳しくなってきた。東京も28度くらいになるんじゃないかな。
 さて、夏を乗り切るために我が家でやるのはタラコノスパゲティー。これは、あっさりしているけれど、美味い。
 昨年の夏にはサルディーニャで日本のレシピが本場に流入したのではないかというような経験をした。日本のこのレシピそのまんまの一皿が出て来たからだ。

20180428 タラコのスパゲティー (掲載).jpg

 こちらは某所で喰った生ウニのスパゲティー。美味しかったんだけど、ちょっと、パンチが足りなかったかなあ。期待が大き過ぎただけに、その期待を超えてくれないと、南イタリアってこんなモンか?、という不満が沸き起こるのはどうしようもない。

20180430 生ウニのスパゲティー (掲載).jpg

 こちらが以前喰った礼文島の「マルカ加藤清美商店」謹製の「宝うに」を惜しげも無く使ったウニのクリームパスタ。ダメ押しとしてノリまで散らしてある。怒涛の旨みのがぶり寄り。こういうのは、男飯的にオッケーなわけだよね。
 どちらかというと、南イタリアから離島の料理は、気取りの無い、素朴なこんな感じの皿になるわけだ。前菜からちんまりした小皿に人数分、とかいうと、そいつあ、お考え違いじゃござんせんか、なんて言いたくなっちまうが、グッと飲み込んだらゲップが出るよ。何よ、アタシは逆食よ。ごめんあそあせ。オホホホホホホホ。

20180204 ウニのクリームパスタ (1).jpg

追記
本日は25年使ったElectaの小さい方を処分した。Electaは今ではずっと使いやすいタイプになっているんだわねえ。だから我が家のブツではガッチリし過ぎていて使えないわね。Los Angelsで言うならさすがに「青銅器時代」ではないけれどまだ80年代の「レポマン時代」に匹敵するようなブツだもんねえ。ヌホホホホホホホ。

     「マカロニほうれん荘」(2).jpg 「マカロニほうれん荘」(2).jpg

また、大小二架の本棚を業者に引き取って貰って処分した。たった今、テレビ台を粗大ゴミに出した。PCデスクも、明朝、引渡しに。どんどんブツが出て行きます。お部屋がすっかり軽くなってきたのだった。本日これから世界堂。その後、幾つか買い物をして野暮用を済ませ、夜、お楽しみの夜1回限上映の映画を観る予定。
| 7喰う | 15:50 | comments(0) | trackbacks(0)
近頃の小倉のメシ。
4月29日
近頃の小倉のメシ。
 ますます飲み屋風になって参りました。新タマネギは美味いねえ。Londonで楽しんだポロネギを想い出すけれど、日本ではポロネギは少ない。
 この写真でサラダの真ん中にあるのはブッラータだ。我が家では西洋豆腐みたいにそのまんまで喰っているのだ。Londonでは安かったけれど、帰国するとこういうブツが高くなるから参っちゃうね。
 チーズなんかは代表例だけれど、ジワジワと暮らし難さてきにしみじみとボディー・ブローで効いてくるわけで。

20180428 夕食 (掲載).jpg

 つい先日までは富山産のホタルイカを楽しんでいたし、今はカマスなどが出てきて塩焼きにすると旨くて楽しい。
タコとじゃがいもの塩したのは旨いよ。酒にピッタリだ。白でも日本酒でもいいんだな。
 さっき昼飯に出て広島風のお好み焼き屋に入った。“小倉の料理番長”は旨いというのだけど、俺は俺の中の広島風お好み焼きではなかったんだけれど…食い物に興味が無くなったら、俺もそれでオシマイだわね。

20180408 夕食 (掲載).jpg

追記
全日本柔道選手権観てました。中学時代に無茶苦茶にいじめられた先輩が出て以降、何〜となく観なくなったんだけど、ジイサンが孫を連れて大相撲を観に行くようなもんで、また先祖還りしてきた。素直に楽しんでいる。
オヤジの柔道も嫌いだったけれど、息子の柔道も大味で好きになれない小○。これからの選手というのに何だか露骨でイヤな試合をする。多分これから伸び悩むだろう。
天理高校の中野寛太、いいわねえ。国士舘の飯田というのも良かったねえ。関係者席にNYPDのシャツを着たアメリカ人がいたぞ。ありゃ、誰だい?
| 7喰う | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0)
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