岡田純良帝國小倉日記

気になる本――言霊と政治。
9月23日
気になる本――言霊と政治。
 「さまよう民主主義」[Steve Richards著 / 高崎拓哉訳, ハーパーコリンズ・ジャパン]
 数日前のDonald Trump(1946年-)とアメリカ国民との関係にも絡む話でもあるわけだが、こちらはヨーロッパ。評者は言う。
 「欧米におけるアウトサイダーの躍進は、2016年の英国における欧州連合(EU)離脱の国民投票と米大統領選におけるトランプ氏当選でクライマックスを迎えた。はじめ、多くの識者はその躍進を反エリート主義の台頭としてしか説明できず、途方に暮れるばかりだったが、次第に、どこにアウトサイダーの台頭を可能にする要素があったのかを突き止めようとする試みがでてきた。本書はその試みの系譜に位置付けられる」

       「さまよう民主主義」表紙。.jpg

 著者のSteve Richards(1960年-)はイギリスでも有名な政治評論家だが、なぜ人気があるかというと、正論を平易な言葉で語ることができるからだ。評者も語る。
 「権力に懐疑的なメディアが政治家を萎縮させ、既存政党は支持層に気兼ねしてしまう。その結果、エリートの政治家は問題を正面から語ることを避け、曖昧な言葉に終始する。かと思えば、人びとの気持ちに寄り添っていない言葉を軽々に発してしまう。政策の観点からも、コミュニケーションの観点からも、既存政党が責められるべき点は多い」
 「そこで本書は重要な教訓を提起する。メインストリームが萎縮したからこそ、アウトサイダーが入り込んできたのだと。人びとはなぜ、自分たちが選んだ政治家に不寛容で、すぐに引きずりおろそうとするのか。困難な課題が待ち受ける中で、万能な指導者など存在しない。政治家はいま一度、自らの政策とイデオロギーを見つめ直し、人びとに届く説明をすることが求められているのだと」
 近年の日本では幸い、安倍政権では、防衛面やエネルギー面での安全保障、憲法改正についてオープンな議論のスタンスがあった。野党はこの議論にまだついていけていない。そこに保守政党の強みがあるのも極東の政情が極めて不安的になっているから。変化の時代に野党は身の丈を合わせる実力が無い。そこに安倍晋三の入り込んだ背景がある。
 中学生の頃に気付いたことだが、与党だけでなく、野党でも、日本の政治家は、政官の間だけで通用する政界用語と節回しを多用して、一般人に理解できるような言葉遣いをしていない。バカか目くらましで言っているかのどちらかだ。
 世間でしのぐようになってからは、役所の資料も、企業の内部資料も、同じく、読者に結論を先に言わず、簡単に理解し難い理屈からベタベタに入るような論理構成になっている。責任を避けようとする根性が難解な文章を書かせることは、体験的に知った。

         Steve Richards Rock and Roll Politics.jpg

 アメリカには堕ちた者にチャンスをもう一度やれ、という美徳がある。過ちを犯しても、罪を償ったら、もう一度挑戦する機会を与えようというものだ。敗者復活ありの前提だから言葉は強い意図を持って明瞭に発せられる。それがアメリカ流の民主主義であった。
 2016年の大統領選挙の争点はあまりにも幼稚な課題に焦点が絞られてしまい、有権者の大多数は戸惑いの中で投票日を迎えてしまったわけだ。常々、何がアメリカの課題か、共和党や民主党の政治家たちは、サイレント・マジョリティーの耳に届くような言葉を発していなかった。そこをTrumpは衝き、有権者の間に怒りになって拡がって行った。
 しかし、有権者の側にも、もっと我慢があっても良かった。俺などは政治とは「妥協」と同意と想う方だが、要は、利害の調整は最も難しい駆け引きと理解されるべきだろう。
 政治に言霊が復活しなければ、王道は廃れる。英語ならStatesmanshipの復権だろう。世界的に保革共に言霊を喪って政治に庶民は背を向けるようになった。入り込んできたものは誰か。この20年の国際政治で誰が王朝を築いてきたか。空々しい言葉はもう沢山、そう感じた大衆心理に誰が付け込んだのか。今、気の毒なほど陽気なアメリカ人たちは自己嫌悪に陥っている。注意すべきなのはあの男。その怪物化を助長し加速させたのはこちらの気の緩みであったはず。(国際政治学者・東京大講師・三浦瑠麗評、讀賣新聞)


追記
我が家ではこの数日のアメリカのRod Rosenstein(1965年-)司法副長官絡みのスキャンダルで持ちきりだ。
コイツは21世紀の怪事件だぜ。NYTとPostの威信を賭けた調査競争が始まるのか、それとも、2013年にNYTは陳光標に買収されかかったし、同じ年、PostはJeff Bezos(1964年-)に買収されちまっている。日経がこれに慌ててFinancial Timesを買収した訳だが、この一件で、骨抜きのチンピラの集まりになったことを天下に晒すのかどうか。さて、この件は、渦中の人物のそのリスクを取った真意がまだまだ分からない。White Horseなのか、はたまた誰かの回し者か。映画になったなら最高に面白い一作が撮れそうだ。

追記の追記
Keith Richards(1943年-)とSteve Jones(1955年-)を足して二で割ったようなお名前の著者ですらい。
その伝では、小松左京(1931-2011年)は、荒俣宏と宮崎駿と吉本隆明を足した存在だという例えがあるそうだわいね。小松は、晩年、阪神淡路大震災の後、鬱病で苦しんだ。昭和の同級生であった開高健(1930-89年)が、惨事を知らずに消えたことを考えると、中々複雑な感じがある。
| 9本・記録集 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0)
死ぬまで役人――どうしてそこまでやるのか(上)。
9月21日
死ぬまで役人――どうしてそこまでやるのか(上)。
 50代まで日本社会でしのいで来て、何となく分かったことがある。男女老若を問わずに人材の流動性を上げないと、日本の国勢は回復しないということで、これは確信に近い。ずっと言い続けているんだけど、日本ではどうなんだろうなと想っていたら。

        不倶戴天の敵、吉田茂vs芦田均.jpg
 同じ外務省だって政界に出るとこうして不倶戴天の敵になる。上に行けば行く程に競争は
 熾烈になるわけですわなあ。傍目にはお互いに蛇蝎のように嫌い合うのはガキの喧嘩だ。

 ところが、先日、財務省幹部がどうしてあれほど「忖度」したかということを書いたら、ヤング・フレンズ(新出 by ヤング・フレンズ from 香港)から、財務省の幹部が知事にまで「首相案件です」とまで言って圧力をかけた理由が分からないと問い合わせを受けた。
 「そんなに省庁間の競争が激しいのが分からないんですけど」
 行き付くところ、それが分からないから、高級役人が他省との権勢争いや競争のために、あたら役人生命をかけて消えていくのか、そこまでやる必然性が分からないというわけ。
 ということは、ヤング・フレンズの間では生涯雇用の感覚が薄れているということかと安堵したりもするが、必ずしもそうでもないらしい。

昭電疑獄 (2).jpg
 昭電疑獄でパクられた人へ同業の要路の人々からの差し入れの数々はどうよ。今こんな
 差し入れをしたら芋蔓式に叩かれる。昨日も某所で話になったのは、メディアが余りに
 トロくなって正論を吐けるほど社会の仕組みを分かっているヤツがいない慨嘆だった。

 例えば赤門を卒業して某省の役人になり、国費で留学して一通り役所の業務を経験して、近頃ではグローバル・ネットワークを持つコンサル会社に転職し、コンサルタントになるコースが一つの生き方になっている。俺にもそんなヤング・フレンズもいたりするわけよ。
 彼らは今では役人じゃないのに、出身の役所には義理を通し、世話になった先輩には、今でも頭が上がらない。可愛らしいけど、その先輩と仲がいいと知ると、相手が俺でさえ態度が豹変するのはヌーンであったりするわけだ。「ヌーン=役人根性?」と取って頂いて結構よ。オホホホホホ。
 そこで想い出すのは「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」だ。俺がNew Yorkで身を削って地を這い回っている頃の事件で、だから俺は関係ない。ここでまず言っとくけどよ。呵呵。

        昭電疑獄 (1).jpg
  主計局長でパクられて、副総理とこういう態度で話ができるわけだから、さすがに
  九号俸を毎月受けておるだけあるわいねえ。大物だよね。

 これは実際、ノーパンしゃぶしゃぶで饗応に預かっていた大蔵省の役人が逮捕された。世に言う「大蔵省接待汚職事件」である。3人自殺者が出て、大蔵大臣と大蔵事務次官が辞職、OB含む大蔵省の役人が5名、日銀からも1名逮捕者が出た。
 この時、東京地検特捜部は、都銀、長銀、証券3社から業務日誌や接待伝票を押収してさらに追加で逮捕者が出る噂話もあった。接待伝票に「ノーパンしゃぶしゃぶ」屋があって、面白おかしく報道されて言葉は一人歩きした。
 当時、証券・銀行には「MOF(Ministry of Finance)担当=通称MOF担」が専門の部署がある、という解説報道があり、その「MOF担」という言葉まで話題になった。大蔵省専門の渉外担当で、役人にどう喰い込んで情報を取るか、同業者の間で競い合っていた、というものだ。
 事件は道路公団の外債発行で幹事会社の選定に絡む営業合戦で、野村証券の過剰接待が事件の核心にある。それほど大蔵省の影響力は大きく、野村証券の営業は押しが強かった。報道された時、東京で誘われたことがあったことを想い出してNew Yorkで震えたものだ。俺に喰い込もうとしていたヤツは、今、○○で○○○○の専務をやっている。

追記
雨で煙る関東の朝。グッと気温は下がってきましたなあ。これからまたまた小さな旅。
外にばかり目が向いていた二十余年。ところが、今度は関東各地がボロボロに寂れていることを、各駅停車の旅で否応無く目の前に突きつけられる。兵糧が尽きて振り向いた時には、懐かしい山河が変わり果てていたという感じがある。

追記の追記
安っぽいヒューマニズムと歯の浮くようなおべんちゃらで総裁選が終わり、月末の首脳会談。有権者に蜜月だと訴えるべき相方を、官邸は読み間違っているようにも感じる。喧嘩しても何もいいことは無いけど、すり寄って行って効果のある相手とそうでない相手を考えないと、時間まで無駄にしかねない。
| 9本・記録集 | 05:43 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――「世俗的」も世につれて。
9月19日
気になる本――「世俗的」も世につれて。
 「ライシテから読む現代フランス」[伊達聖伸著, 岩波新書]
 朝日新聞でも取り上げていたので目に付いた。
 「現在も学校など公共空間でのムスリム女性のベール着用をめぐり、フェミニズムや移民差別、植民地主義などと関わる多様な論争が続いている」
 この数年で、フランスの海岸では、毎年夏になると、この観点から、現地の制服警官がベールを外すように指導している写真入りの記事が必ず掲載されるようになった。大抵、指導に従ったかどうか、望遠レンズで引いて撮った連続写真入りの記事になっている。いわば、夏の風物詩のような記事なっている。
 この理由は一理ある。本書には「政治と宗教のいま」という副題が掲げられているのだが、フランスの共和政の成立の歴史を改めて知るいい教材のような気がする。本書の紹介文からしてそういう立て付けになっていることが分かる。
 「数々のテロ事件を受け、フランスはいま、政治と宗教、共生と分断のはざまで揺れている。国内第二の宗教であるイスラームとの関係をめぐり、二〇一七年大統領選挙の主要争点ともなったライシテとは何か。憲法一条が謳う『ライックな(教育などが宗教から独立している、非宗教的な、世俗の)共和国』は何を擁護しうるのか」

          「シャルリとは誰か?人種差別と没落する西欧」[文藝春秋新書]。.jpg
    こちらの本も必読だわね。フランスの今を理解すると欧州全体がかなり理解が
    できるけれど、あくまでもフランスはこれでも他国よりも寛容であると前提を
    おいての話だ。

 讀賣新聞の宮下志朗の評を引く。
 「ライシテ(laicite)とは、『世俗的(非宗教的)であること』、すなわち『政教分離』を意味するフランス語で、共和国を支える理念である。革命でカトリックを国教から外したフランスは、三色旗(共和国)と十字架(キリスト教)がせめぎあう十九世紀を経て、一九○五年に政教分離法を制定した」 
 歴史的にも深く建国の理念と結びついているだけに、時代と共に解釈が変わっていく。
 「もともとライシテは、共和派対カトリックの『二つのフランスの争い』の歴史のなかで発展を遂げ、その争いに調停をもたらす成果をあげたものである。政治的には左派の原理であった」
 1989年のスカーフ事件で、フランスではライシテは移民と結び付けて論じられるようになった。多様性の共存ではなく、現在のようにフランスの共和制の統合に向けた理念として援用されるようになったのである。かつて共和派とカトリックは対立したが、今や「ライシテ」の名の下に糾合され、移民・異文化との統合では彼らはしっかり手を握る。
 昨年の3月に前大統領のFrançois Hollande(1954年-)はFreemasonの300周年式典に出席して、フランスのlaiciteの中核として活動してきた彼らの活動を称えた。
 しかしイスラムの信者が病院に運ばれてきた時に輸血を拒まれたら医者はどうするか。彼らは他の神を認めない。政教分離の議論はない。西欧のロジックでは片付けられない。「ライシテ」も時代につれて意味が変容するのも避けられない。しかも他山の石ではない。(仏文学者・放送大客員教授・宮下志朗評, 讀賣新聞、朝日新聞他、多数)


追記
先日からフレームを探しているのだけれど、中々いいモノがないですなあ。さて、そろそろ。
| 9本・記録集 | 06:10 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――五○年代は「代理戦争の時代」。
9月18日
気になる本――五○年代は「代理戦争の時代」。
 「一九五〇年代、批評の政治学」[佐藤泉著, 中公叢書]
 敗戦後の言論状況を批判的に見直す時期が到来しているのではないかと予見していたら、批判的にかどうかは別にして、1950年代の批評家とその言論の動向についての興味深い本が出た。
 元々中国文学研究家で、当時はアジア問題に関心を寄せて深く関わったナショナリスト竹内好(1910-77年)、貧乏詩人でありながら毛利の血統を受け継ぐコミュニスト花田清輝(1909-74年)、同じく共産党員で九州炭鉱の恐るべきオルガナイザーであった谷川雁(1923-95年)の3名だ。

       「脈 谷川雁特集」表紙。.jpg

 俺には竹内好は馴染があるが、花田清輝と谷川雁はちょっと肌が合わない。花田清輝は戦前に右翼の黒幕・三浦義一(1898-1971年)の食客の時期があったが、戦後は画然として共産党に入党、アプレ・ゲールの作家群を世に出す役割を結果的に負った。
 谷川雁は西日本新聞をクビになってから北九州の各地のヤマで組合活動を進め、「工作者宣言」で名を挙げた。「大衆に向かっては断乎たる知識人であり、知識人に対しては鋭い大衆である」と書き、詩で「連帯を求めて孤立を恐れず」と叫んで、後の全学連や全共闘に深く影響を与えた天才的なアジテーターでもあった。運動の鎮火と共に後年は反動化し、黒姫山にひっそり暮らしていたが、傍らにっは矢川澄子(1930-2002年)がいたのは生臭い。兄の谷川健一(1921-2013年)に通じる血の濃さを感じる。詩人は嘘吐きで女にモテる。

「昭和2万日の記録 第14巻」108P東大紛争 (掲載1).jpg

 全共闘の挫折の根に「運動はインターナショナルに酔って、ナショナリズムが欠けていたから」という説があるそうだ。今頃気付いてどうする。武者修行の経験の無い坊やたちは死ぬまで坊やなのだろう。金子光晴(1895-1975年)ではないが、誰しもが海を越えたら、依って立つ属性は日本人以外の何物も無い。自ら正統性を拒否しては他者に働きかける活動もヘチマも無い。左腕を突き上げた人たちがそういう人種で日本は助かったわけだ。
 その点、谷川は島原の育ちだけあってか、兄貴と共通するアジア的な土俗の観点で鋭いナショナリズム論を展開した。不逞ヤツである。

        「谷川雁 革命伝説」[松本健一著].jpg

 著者は前書きでこう書いている。
 「六〇年代は『高度成長』の時代と呼ばれ、八〇年代といえば『バブル経済』『ポストモダン』といったキーワードが良くも悪くも付いて回る。だが、五〇年代についてはこの時代を端的に形容する明確なイメージがあるわけではない。イメージ化されざる時代、それが五〇年代だといえようが、だからといって重要な事件が起こらなかったわけではもちろんない。逆に、朝鮮戦争、サンフランシスコ講和条約に始まり、六〇年安保の大規模抗議行動まで、戦後史を語るうえで言い落すわけにはいかない事件、時代を画する事件が引き続いた時代である。むしろそのことが五〇年代を特徴付けていたのではなかっただろうか。五〇年代とは、有り余る出来事のために、一つのイメージを与えることに失敗するほかない時代だったのだ」

「昭和2万日の記録 第14巻」108P東大紛争 (掲載2).jpg

 では、なぜ大きな事件が立て続けに起きたのだろう。
 1950年代は60年安保に向けていろいろな動きがあった。書き出せば1950年の敗戦前の特高警察官の復職・警察予備隊の創設からA級戦犯の釈放、海上警備隊の創設、破防法制定、予備隊の自衛隊への改編、憲法調査会の設置、保守合同・自由民主党の誕生まで。いわゆる人呼んで「逆コース」と言われた保守復権が活発化したのも故無しとしない。
 当時は樺美智子(1937-60年)の死の裏にKGBの影が明滅し、共産革命を夢見る人たちに勢いがあった。保守党と自由党が合同するほど危機感は高まり、誕生した自民党に当初から米政府がCIAの支援を約束していた。アメリカとの安全保障条約発効を巡ってソ連側の妨害工作は激しかった。2つの陣営が激しくぶつかり合う「代理戦争の時代」だった。
 翁長雄志(1950年-)は以前に増して頭髪がカッコよくなってきたが、沖縄県の未来はまだ見えない。南国の不穏な情勢を想い浮かべて彼ら三者三様の遺した文章を読み較べると、なるほど、これは随分面白くなってくるかも知れない。


追記
こういう政府不信とか大企業不信とかいうもので疑心暗鬼にガンジガラメになって、自分が政府に入ったり、自分が大企業に入って、それで何十年も経って、例えば1985年の日航ジャンボ機墜落事故では「撃墜説」に慄いて、あるいはそうかも知れんとか、考えてしまう。現場のリアリティに目もくれず、オメデタクなってしまったのが日本の戦後。そんなオメデタサで若い世代から信用を喪い、つまり、自分自身の幻影に結局は裏切られた――ヌーンという感じがありますわねえ。経済産業省の角の交差点は裁判所からダメだからって言われ、正門真正面に陣取っていた人たちがおりましたけど、そういう人。あるいはそういう人のフォロワー。あるいはそういう人の声に耳を傾ける人。

追記の追記
そろそろこれから涼しくなってきたので行脚の時期ですかいと想うわけ。秘策ありや?ウッフッフッフ。
| 9本・記録集 | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0)
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(吾)。
9月17日
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(吾)。
 「日本の内幕 ノンフィクション選集」[梶山季之著, 徳間文庫]
 面白いのは赤坂のクラブについても筆は及んでいる。東京オリンピック前には相次いで外国人客を見越して赤坂や溜池周辺に「ミカド」や「コパカバーナ」などの巨大なクラブがオープンしたが、オリンピック後の不況で、経営者が代わった話なども楽しい。
 また、ホテルは密会場所として新たに使われることになったが、廊下はプライバシーが管理できないので、密会場所として選ばれるのは、階段やエレベーターの脇の部屋だという話も書いてある。芸者から筒抜けになった疑獄が発覚したこともあり、情報管理の面ではホテルのボーイも危ないと読み手に警告までしているのが憎いところ。

         alexandre Duma.jpg

 梶山は銀座で豪快に呑んでいたが、“逃(ふ)けの梶山”とも呼ばれた。呑んでいる内に、フッと消えてしまう。師団員の緊急電話で店から消えるのではないかという人もあった。
 梶山の筆はルポでも小説でも荒れに荒れている。だが、話の面白さと天秤にかけるなら気にはならない。取材対象には偏らずにバランスの取れた視座で観察している。政治もイデオロギーに寄らないので読みのスジもいい。それだけは遺された仕事から伺える。冷え切って醒めていなければこういうルポはものにできない。梶山には酔っ払っている暇などなかったのではないか。梶山師団にかかってはどんなギョーカイでも情報管理の底が抜けた。
 その梶山師団が75年5月に師団長と共に消えた後、日本ではどんなことが起きただろう。

     光州虐殺で金大中内乱陰謀事件という名目で出廷させられた金大中(1980年)。.jpg

 76年2月、米国上院外交委員会でLockheed社副社長Archibold Kotchian(1914-2008年)は「製品の売り込みのために丸紅・伊藤宏専務に渡した裏金が日本政府高官に渡った」と証言し、ロッキード事件が発覚するのである。
 日本では、事件のきっかけは前年に「田中角栄研究――その金脈と人脈」を書いた立花隆(1940年-)の仕事と言われるが、果たしてそうか。当時の調査報道はあくまで日本国内の金脈追究に留まっている。当時の日本人の書いたルポは田中の金権政治の暴露であって、日本小学校のいい子の金賞作といったところ。
 もっと言うと、天下人の田中角栄(1918-93年)ほどの人物が、政治生命が尽きるリスクを冒してまで自らたかだかロッキード社の売込みのために口銭を受け取る理由が全く俺は理解できない。
 書き手の視野が狭くて、書くべき対象のスコープが捉えきれていない。事件は残念だが典型的なCIAの謀略だろう。本来は日本人が自ら傷口を拡げないと全容は見えてこない。そうでなければ田中角栄もあの時代の政治も理解できない。
 日本の警察・公安は今と違っている。73年8月には飯田橋のグランドパレスから韓国の中央情報局(KCIA)の工作員によって金大中(1925-09年)が白昼拉致された。銀座・東声会の町井久之(1923-2002年)と大阪の柳川次郎(1923-91年)が東海道・阪神道までKCIAと連携した事件も、実は事前に当局は把握していた可能性が高い。

        「パリの王様たち」.jpg

 しかし海上保安庁にヘリを出動させて、神戸港から密航船で逃げるKCIAらが金大中を海中に投げ込んで殺さないよう威嚇して追わせるだけにとどめた。国際的な謀略事件は、察知しても常に傍観した張本人は後藤田正晴(1914-2005年)だと以前より疑っている。
 ロッキード事件の公判が始まって、田中の年若い仔分の石井一(1934年-)は、アメリカの辣腕弁護士を呼んだ。私設のボディーガードを伴った弁護士は品川プリンスの最上階を占有した。側近は拳銃を持っていたが、石井はそれを黙認したと書いている。
 梶山の頓死も、ロッキード事件も、そういう時代相の中で起きた。
 元に戻るが、「小説GHQ」は、政商の小佐野賢治(1917-86年)や斜陽族の鳥尾子爵夫人でGHQに深く喰い込んだ鳥尾鶴代(1912-91年)らが世の裏側で暗躍する部分が読み物だ。日本だけでなく、アメリカの要路の者にとっても決して喜ばしくはなかったろう。
 梶山が生きていれば、日米をまたにかけてロッキード事件の全容を暴いたかも知れない。それが惜しい。梶山の異国での頓死を謀殺と言い切るのは難しいだろう。しかしながら、遺されたルポルタージュはそんな憶測を呼び起こすほど抜かれた側には不気味な記録になっている。


追記
昨日は関東某所に呼び出し。泣く泣くはせ参じたものの、行ってみると大した話でもないわけだ。それで大笑いになって呑みに行った。呑んでるぐい呑みが形が良くて楽しく飲んでいたら蕎麦猪口ではなく、向付けなんだそうだ。いいなぁと騒いでいたら大将から頂けることになった。ぼちぼち帰宅へ。何だかねえ。
| 9本・記録集 | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0)
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(肆)。
小倉日記’18(第二十九弾)
9月16日
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(肆)。
 「日本の内幕 ノンフィクション選集」[梶山季之著, 徳間文庫]
 本書の中で「国有財産をいただいた人々」というルポの一部について触れたい。これは、高級官僚が、国有地・公有財産を払い下げの形で入手していたことを暴くだけでなく、国有財産の払い下げの歴史について考察したものだ。
 まず、梶山はサラリーマンの欲望の最大公約数についてかつてサラリーマンに調査した結果、ほぼ全てのサラリーマンがこう語ったと書いている。
 「『妻や子供のために、せめて六十坪ぐらいの土地と、二十坪ほどの文化住宅を、残しておいてやりたい……』」
 そこで梶山はひと息つく。

梶山季之 (6).jpg

 「私は、男性というものの、責任感の偉大さに、感動したのである」
 巧いねえ。この呼吸に梶山季之(1930-75年)のサービス精神の真骨頂がある。
 高級官僚への国有地の払い下げ問題は氷山の一角で、古くから、日本の各地で、国民の血税で作り上げられた国営企業のようなものも、払い下げに関しては、独占的な売買が横行してきたということを暴く。当たり前といえば当たり前の話だ。それでも、こんな話は、知らない人は知らないし、知ってはいても、どうなるわけでもないかも知れない。そんな類の話が本書はテンコ盛りだ。
 「政財界人“夜の赤坂”絵図」では、佐藤栄作(1901-75年)の夜の日程を追いながら赤坂の「中川」をはじめとした料亭に集う人間模様を描いていく。与党・自民党が野党側の買収工作をやった現場だけではない。
 赤坂周辺の料亭・待合は当時は財界が7割、政界が3割程度であったという話だから、財界でも自動車、鉄道、観光、メディア、鉱工業、電気の大企業経営者たちが、「○○会」などの定例会を持ち、その顔触れについて社名と実名で書き抜かれてあるのだ。

梶山季之 (3).jpg

 そもそも、待合政治がどういう段取りで開かれて、どんなタイミングで芸者が呼ばれ、どうお開きになるのか、ということが書かれてある。
 「げに恐ろしきは、待合における“謀略”であるが、こうした謀略は、はじめ茶菓子程度で、人払いして行われるのが通例である。そのあと芸者を入れ、酒宴となり、ひとしきり騒いで解散する」
 だが、話が揉める場合には、幹事役はじっと腕組みをしてお茶とお茶受けしか出さず、夕方から3時間も4時間もやれば参会者は腹が減ってくる。
 「そこを見はからって、
 『これ以上、議論しても仕方ない。また、明日に持ち越しても同じ結果だろうから、このへんで妥協してほしい』
 と、ある程度だけ条件を折れて、結論を出すわけなのだそうだ」
 読者として最も知りたい手口まで書いてあるのに驚かされる。そんなものと想うけれど、週刊誌の読み手の興味を「忖度」して、その知りたいという興味にこたえる奉仕精神には驚かされる。
 周囲の友人・知人の誰しもが梶山は働き過ぎで亡くなったと考えたのもおかしくはない。全盛期、1ケ月間に書き飛ばした原稿量は千枚だったという。分量は「致命的」だ。梶山は寿命を削って書いていたというのもあながち大げさな表現にはなるまい。


追記
梶山軍団のルポ全集みたいなのが出ないのかな。岩川隆、恩田貢と梶山季之の3人だけでもいいのだけれど。軍団長の好きだった酒は黒糖焼酎で、しかも西村酒造の「加那」だと最近聞いた。奄美で飲む機会があったっけ。
さて、これから出立かどうかなんかいねえ。困ったワイ。
| 9本・記録集 | 05:49 | comments(0) | trackbacks(0)
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(賛)。
9月15日
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(賛)。
 「日本の内幕 ノンフィクション選集」[梶山季之著, 徳間文庫]
 昨日の続きで、「小説GHQ」の話である。本書は「心友」の山口瞳(1926-95年)が解説を寄せており、10年も単行本化されなかったのは作者が手直しをしていたからだと今は亡き友達のために言い訳を書いてやっている。しかし、それは事実ではないと想う。
 そもそも梶山には過去の作品を手直しなどする時間も無かった。本作を手直しするなら、ワシントンに行き、GHQの関係資料に当たり、当時の高官に会う必要があった。しかし連載を十数本抱える売れっ子にそんな時間は残されていなかった。そういう人である。
 手元にある「日本の内幕」は「週刊宝石」に昭和40年代の幕開けの1965年9月から66年まで連載されたルポの「内幕」モノを集めた一冊になるそうだ。

        梶山季之 (4).jpg
    表紙は梶山季之の自画像。晩年は息抜きに絵を描いたそうな。享年45歳とはね。

 「S・ドラゴン作戦」、「“日韓”を強行させた黒幕たち」、「政財界人“夜の赤坂”絵図」、「五大医学閥の白い縄張り」、「七大新興宗教の経済力」、「“黒幕”が走らせる競馬・競輪」、「無駄と濫費の“官僚王国”」、「国有財産をいただいた人々」、「これでいいのか社会党」。
 「創刊号の企画には、数ヶ月前から、大物政治家たちの私有財産を取材していた。取材をするのは、いわゆる“梶山師団”の面々である。おそらく、当時の月刊誌で、これほど金と時間をかけた取材はなかったにちがいない。田中角栄幹事長(当時)の財産を調べたら、副産物として、某女性の存在が浮かび上がってきたりした」
 「S・ドラゴン作戦」は在日米軍と防衛庁の合同実戦演習計画書そのものが筒抜けになった。「“日韓”を強行させた黒幕たち」では65年5月締結の「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」を成立させるために暗躍した日韓の人々を暴いた。
 「五大医学閥の白い縄張り」では、東大、京大、東北大、阪大、九大、という旧五帝大の医学部が如何に日本の医学界を牛耳っているかをえぐっている。

      梶山季之 (5).jpg

 「七大新興宗教の経済力」では、創価学会、PL教団、天理教、立正佼成会、霊友会、天照皇大神宮教、生長の家の財力を洗い、さらに各々の教団の出版社の活動を描いている。この辺りは「野良犬会」の事務長らしいともいえるか。呵呵。
 ともあれ、半島から新興宗教まで。日本のタブーネタがダダ漏れになっているのである。
 考えてもみて欲しい。当局が秘策を練って作り出した秘密の計画が、いとも簡単に梶山師団に抜けていく状況を。政官財の当局者にとって、梶山季之の存在は不気味なものに映ったはずだ。
 一説にはひどいエロ小説を書きまくったのは、その売上金でルポルタージュをモノするための取材費を捻出するためだったとされる。自転車操業もいいところだが梶山師団は一連の自転車操業をグループで回し、次なる獲物に飛び掛っていたわけで、案を練っている者にとっては梶山師団は野良犬よりもタチが悪い。
 梶山師団の捻出した金が公費なら機密費である。無論、日々、夜討ち朝駆けは当たり前。今なら完全なブラック企業だろう。だから今ではこんな取材手法は許されないのだろう。ウッフッフ。だが、昔から蛇の道は蛇。買う方も売る方も、世界中、“そういうもの”。


追記
クレイジーじょん子様より。諸兄姐、観に行くだべ。

こんにちは
ご無沙汰しております。12月にプロフェッショナルズが来日公演だそうです。
じょんこ

追記の追記
そうなんだよ、大坂なおみの語りってのは、我が一族の甥っ子だの姪っ子どもの喋くりと同じなんだっつーんだよ!
他人と想えず、ちょっと、身内感あるねえ。応援しておりますわ。
| 9本・記録集 | 09:37 | comments(0) | trackbacks(0)
こちらも嬉しい「酒肴酒」2冊。
9月14日
こちらも嬉しい「酒肴酒」2冊。
 昭和49年夏から秋にかけて出版された2冊。
 昭和49年7月15日に「酒肴酒」の第一刷、そして1ヵ月後の8月15日には、な、な、なんと、六刷。
 版元の番町書房は売り上げ予想を全く誤ったのか、1ヶ月の間に六刷とは、ちょっと考えられないヒット作だったということだわねえ。

「酒肴酒」 (2).JPG

 これに気を良くしたか、9月30日に「続酒肴酒」が出ている。晩年の吉田健一(1912-77年)は、軽妙な食のエッセイで昭和の日本人に受けていたわけだ。
 昭和30年代に方々に書き散らしたものが多いのだろうけれど、残念なことに、初出が無いのだから、手がかり無しということろだ。
 2006年に光文社から出た文庫は持っていたのだが、これも定本が番町書房だから初出の掲載は無い。今では、もうどの雑誌にいつ掲載されたものか、辿るよすがは国立国会図書館でも通うしか手が無いわけだ。
 今はこれまでにない古本の楽しい時期に入った。昭和の御世には古本屋の世界はずっとハイレベルだったから、俺の欲しいこうした軽いエッセイ類はまずまだまだ出てこなかった。
 山藤画伯のイラストも楽しいこの2冊揃い。均一台で見つけた幸せ。「二百円頂きます」。チーン。

追記
開高健の嗚呼好食大論争のきだみのると檀一雄との鼎談はすごいねえ。料理と女に狂うべしとありますな。鼎談の中に人生の殺気が満ちている。生まれた時代を間違ったなぁって、それを言っちゃあおしまいよ。オホホホホホホ。
| 9本・記録集 | 12:58 | comments(0) | trackbacks(0)
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(弐)。
9月14日
手元にある本――デュマになり損ねた男の客死(弐)。
 「日本の内幕 ノンフィクション選集」[梶山季之著, 徳間文庫]
 梶山季之(1930-75年)には伊豆山中の別荘で死んだ首相秘書官に絡む「ある秘書官の死」(1967年刊)という小説がある。実際に70年代の後半には、似たような事件が現実に幾つも起きた。まるで未来を予知するかのような小説でもあった。
 梶山は、近い香港とはいえ、外地で血を吐いた時、あ、ヤラレたと想ったのではないか。スレスレのところを歩いていたから、日本の内外のどちらからやられてもおかしくない。 梶山の追悼特集の「別冊新評」では葬儀委員長が柴田錬三郎(1917-78年)で今東光(1898-1977年)は戒名を贈るだけでなく、導師を勤めている。「鎖に繋がれていない犬、首輪のない犬、つまり野良犬たちが集う会」としてシバレンが呼び掛けた「野良犬会」が中心になっている。メンバーは当時としては豪華な顔ぶれだ。

梶山季之 (3).jpg

 「野良犬会」会長=今東光、副会長=柴田錬三郎、事務長=梶山季之、黒岩重吾、吉行淳之介、陳舜臣、田中小実昌、野坂昭如、戸川昌子、長部日出雄、井上ひさし、藤本義一。この中のメンバーで、藤本義一は昨日記したように総合司会進行を務めている。蛇足で、井上ひさしと藤本義一は学生時代、お互いに意識する懸賞小説あらしで、お互いに名を知っていたそうだ。こういう顔ぶれが揃うと、特定の出版社という鎖に繋がれていない野良犬たちとうそぶいたところで、要するに偽悪的である。女房に威張っているオヤジみたいなもの。名前からしても、いささか滑稽な集団ではあったと想う。
 とりわけ導師として読経した今東光の弔辞は、梶山季之は政界のあれこれに詳しいので、梶山を何時か政治家に引っ張り出そうとも考えていたという下りがあって、この辺りに今をはじめとする「野良犬会」およびその友人諸兄のある種の「想像の限界」が見えている。古き良き時代といえばいえるが、彼らも、また、平和ボケしていたのだ。
 昨日も触れた「小説GHQ」は「週刊朝日」に連載されたが、なぜか連載終了後に単行本にはならなかった。実際に単行本になったのは、梶山の急逝後で、実はある事件と符合する。

      梶山季之 (2).jpg

 俺は梶山の死因には疑いを持っている。1975年5月7日、取材旅行先の香港のホテルで突如吐血した。容態は一時安定したが、その後急変し、4日後食道静脈瘤破裂と肝硬変で死去――ということになっている。だが、どこまでしっかり検視したのだろうか。
 昨日は触れなかったが、1980年代の半ば、梶山の死後10年を経て、徳間出版が梶山のノンフィクション選集を出した。その5冊とは、「日本の内幕」、「実力経営者伝」、「日本事件列島」、「昭和人物伝」、「ルポ戦後縦断」。この内、最後の「ルポ戦後縦断」は岩波現代文庫に再録されたので俺は読んでいる。
 「小説GHQ」そのものは小説作品としては未完であり、作品の評価は傑作とする人もあり、水準以下とする人もある。評価相半ばする作品だが、なぜ、10年以上も眠っていたか。


追記
中々北方領土問題は難航しているのだが、この難航ぶりで落胆していてはイケンですら。領土問題は外交の最重要なテーマで、これまでも、歴史上、国を滅ぼす恐れのある戦争の原因になってきたわけだから、焦ってはダメなのよ。ただ彼らが獄中と組んで極東開発に乗り出すと、我々はカヤの外に置かれることにもなるから、白紙に戻る以前に、外交問題としての枠組みが崩れていく。彼らもそれは分かっているはずだから、焦っているのはどちらかと言えば、彼らにも相当の焦りはあるわけだろう。現政権には党首選の手土産にはなりそうになくてお気の毒だが、ここでは、ひとつ、じっと推移を見守ることだろうなあという話に。ヌーン。
| 9本・記録集 | 06:30 | comments(0) | trackbacks(0)
ついに手に入れたカバー付き復刻版。
9月13日
ついに手に入れたカバー付き復刻版。
 苦節20年、とうとう、美しいカバー付きの復刻版を手に入れた。この少年倶楽部名作全集の愛蔵復刻版が出たのは昭和45年。1970年である。
 俺は小学1年生。この少年倶楽部の復刻版は、身内のいい歳をした中年のおっさんたちが、身内の宴会で飲みながらガキのように嬉しそうに騒いでいたからよく覚えている。
 少年倶楽部は半島から台湾を含めて日本中にばらまかれていたわけだが、日本中への度重なる空襲による消失と、その後の大敗戦の混乱とで、どこかにきれいさっぱり消えてしまった。
 我が家には、敗戦後間も無く、昭和20年代に粗悪なわら紙のような紙に印刷した講談社の「少年探偵団」があった。しかし引越しでどこかに消えてしまっていた。

  「怪人二十面相」ッ復刻版(昭和45年版) (2).JPG

 幼い時に自分の家の本棚にあった書籍がきれいさっぱり消えてしまい、喜んで「買い戻した」、という感覚で買った中年世代が購買層の中心だったろう。大人買いとは違うけれど、ここには昭和ヒトケタの切実なモノがあったのだ。
 本書は、昭和45年初版だが、手元は昭和50年の2刷で、帯も封入されていて全てがきれいな状態だった。新古本とは違うけれど、クルマで言うところのワン・オーナーだろう。
 まがうこと無き「怪人二十面相 愛蔵復刻版少年倶楽部名作全集」[江戸川乱歩著, 講談社](1970年初版、1975年刷)である。当時、少年倶楽部文庫でこの表紙の文庫が出ていたのは知っていたが、単行本に文庫と同じ絵を巻いて売っていたのは知らなかった。
 店頭の処分コーナーのワゴンの上に盛られた小さな山の影に怪人二十面相の雄姿を見つけた時には胸が高鳴った。
 「100円頂きます」
 店を出る時は後ろから、
 「ちょいと、もし」
 声が掛からないかと一目散に逃げたい気持ち。見事100円にて美本ゲット。チーン。
| 9本・記録集 | 14:42 | comments(0) | trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE