岡田純良帝國小倉日記

気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(下)。
2月25日
気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(下)。
「テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅」[児玉博著, 小学館]
 (ノンフィクション・ライター・稲泉連評、讀賣新聞)
「東芝の悲劇」[大鹿靖明著, 幻冬舎] 
 (国際政治学者・東京大学講師・三浦瑠麗評、讀賣新聞)
 2日間、主題に触れずにきた。この2冊は東芝の危機を描いた本だ。東芝の歴代経営者の中でも東芝の組織文化を変えたと言われた西田厚聰については東芝の危機発覚後、早くからその言動に注目が集まっていたが、昨年12月8日(旧開戦記念日)に亡くなった。

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 「今年の10月、著者は本人の自宅で3時間半に及ぶインタビューを行っている。結果的にそれは、生前の西田氏が対面での取材に応じた最後の機会だったことになる。癌の手術による入院生活から戻ったばかりの彼は、批判に対する反論を饒舌に語っている。だが、そこで著者が目にしたのは、自ら後継に指名した元社長を罵り、自身の責任には決して触れようとしない姿でもあった」
 △任賄貅覗澗里了僂砲弔い討海説かれる。
 「アメリカ仕込みで物腰が柔らかく、記者たちに評判の高かった西室泰三氏を中心に、東芝幹部らの失敗に下される著者の評価は厳しい。一文一文がまるで鉄槌のように食い込んでくる。チェック機能が形骸化し、企業倫理が失われる。幹部は出世競争や派閥争いにかまけ、メディア映えばかりを気にする。『誰のための会社か』。そんな疑問を抱く読者は多いだろう」
 どうもこれだけでは俺には不足だ。
 革命勃発までは西欧化を推進していたイランで育ち、進歩的な思想を持っていたイラン女性と結婚し、イランで生涯を過ごす決意を持って移住した人物である。イラン革命とは、民族・宗教革命ともいうべきもので、反動革命のようなものだろう。そういう人に日本的な義理人情や年功序列が通じたとは思えない。あるいは、欧米各国が牽引した、今の言葉で言うなら、コンプライアンスとかガバナンス。革命時には欧米人の縛り首の死体が見せしめに路上に吊るされているような街で暮らしていたのだ。
 あれから40年。革命後のイランは反米親ソ色を強めて、エジプトでは周辺地域に対する影響力喪失と国威の地盤沈下が起きた。大国だったエジプトは混乱の極みに今もある。圧倒的だった往年のエジプトの存在感を知る身には痛ましいことに想える。

Yasser Arafat(1980s).jpg

 また、元々ペルシャ帝国のイラン帝国では、革命の勃発まで“パーレビ国王”の父王の時代から西欧化を推し進めて、不平等条約の撤廃のために、早くから女性の権利擁護の取り組みも進められていた。
 革命後、イスラム共和制に移行して、中東地域における非西欧化への転換点になった。かくも短期間に世界に新たな対立が起きたことは感慨深い。構図の成立に多少なりとも加担した勢力は、東西の超大国、旧宗主国系の企業・政府機関だが、ここでは触れない。話がますますとっちらかってしまう。
 西田厚聡氏は中東の様々な勢力とのネットワークを持っていると聞いた。中東の様々なネットワークと言うと、右だけでなし、左にも行くし、北にも南にも繋がる。そういう人物は大事にしなければならない。本来、国家なら機密費で、中国なら弁護士事務所だ。企業ならコーポレートの雑支出・雑損出で処理すべき案件を扱う人物だろう。

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 最右翼は田中清玄(1906-93年)。昭和天皇(1901-89年)はこの人のネットワークを重視し、侍従長だった入江相政(1905-85年)を通じて度々国際動静を探っている。田中ほどの国士は別として、金目当ての有象無象は何時の時代でもいる。本来は、そんな系譜に通じる、それこそコンプライアンス的には“ヤバイ人物”だったのではないか。
 70年代初頭に東京からテヘランへ渡った時のイランの政情と、革命後の実情がどれほど変わったか。恐らく、共産革命に匹敵するような価値観の転覆が起き、日本人でも身の危険を感じるようなことがあっただろう。現場にいながらにして、この革命を体験した稀有な日本人として話を聞いてみたかった。東芝の元社長では面白く無い話しか出ない。
 一昨年から顕在化した東芝の危機と西田厚聰氏、及びこの2冊については、俺にはまだ伏せておかなければならないことがある。やや残念だが、これまで。武士の情けだ。


追記
今日は収穫があったような無いような。数時間寝た後、またなつかしくてややこしいロンドン。疲れもピーク。
| 9本・記録集 | 06:52 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(中)。
2月24日
気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(中)。
「テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅」[児玉博著, 小学館]
 (ノンフィクション・ライター・稲泉連評、讀賣新聞)
「東芝の悲劇」[大鹿靖明著, 幻冬舎]
 (国際政治学者・東京大学講師・三浦瑠麗評、讀賣新聞)
 昨日は先を急ぎ過ぎたので、中東の20世紀の歴史についてもう少し触れてみたい。俺は宗教に詳しくない。細かい点では誤解しているかも知れない。
 ただし、ユダヤ教、イスラム教、そして各国を左右する欧米列強の奉じるキリスト教、そして、そこに介入を図ろうとしたソ連の動きを追えば細かい点は別にして、大まかな流れはつかめるだろうと想っている。
 イラン革命が起きるまで、イランもイスラエルもエジプトも今のイランやイスラエルやエジプトとは全く違っていた。70年代までの中東地区は、エルサレムを奪取した第1次中東戦争以来、常にイスラエルが火種になって地域紛争が続いていた。
 欧米の各国政府にとっては、自国から移民して入植した人々が中東で暴れん坊になって頭を抱えているという印象がどこかにあったように想う。1978年秋、米国大統領、Jimmy Carter(1924年-)の仲介で、エジプト大統領、Muhammad Anwar al-Sādāt(1918-81年)とイスラエル首相、Menachem Begin(1913-92年)が交渉に立って、パレスチナの紛争を巡る妥協案の合意に至った。

イラン革命(2).jpg

 その内容とは、イスラエルは紛争を引き起こした占領地域から撤退、同時に「パレスチナ人」に自治権を与える、というもの。如何にも真っ当に聞こえる。だがイスラエルに抵抗する事実上の紛争当事者の「パレスチナ人」のPLO(パレスチナ民族解放戦線)にとって、これは呑めない話だった。Sādātに裏切られた、という想いが強かったろう。
 エジプトは、当時の国際社会ではパレスチナ難民の後ろ盾。Sādāt政権の発足前には、パレスチナ難民に最も影響力があったのは前大統領のGamal Abdel Nasser(1918-70年)だった。Abdel Nasserは反イスラエルの立場から、ユダヤに抵抗するPLOの首領、Yasser Arafat(1929-2004年)に問題の取りまとめを事実上委任していたからである。
 そういうこともあって、PLOはイスラエル政府と合意したSādāt政権を激しく非難した。戦間期とはこのCamp David Accords(キャンプ・デービッド合意)が成立した78年9月〜イラン革命の79年2月までの僅かな時期のこと。厳密にはキャンプ・デービッド前に両者歩みよりのための準備期間があったから、その前から穏やかな時期が続いていた。

Yasser Arafat(1970s).jpg

 キャンプ・デービッドまでのエジプトは中東の大国。シリアをも含めて大きな影響力を持っていた。パレスチナの名家に生まれたYasser Arafatはパレスチナのゲリラの親方で、元はエジプトに留学し、カイロ大学で工学を学んだエンジニアだった。
 Abdel Nasser時代は蜜月だった。ところが代替りしたMuhammad Anwar al-Sādātはアメリカ大統領の呼び掛けに応じ、イスラエル首相、Menachem Beginとの交渉の場に赴いてしまった。
 PLOには、不倶戴天の敵、イスラエルの首相と親米派のSādātの合意では到底呑めない。Abdel Nasserならば、絶対にアメリカ大統領に騙されてイスラエル首相との妥協の場に赴かなかったはず、という声もあった。
 この後のPLOの水面下での活動のことを俺はよく知らない。しかしイスラエルでもなく、エジプトでもなく、狼煙がイランで上がった時に、ややや、さてはYasser Arafatが裏で動いたのか?と想わされた。
 「Growing Up」の封切直前の1979年2月1日、永遠に繁栄が続きそうなユダヤ人国家に対抗するように、追放されていたRūhollāh Khomeinī(1902-89年)が周辺の大国イランに凱旋帰国する。これが契機でイラン革命が起きる。当時“パーレビ国王”と報道されたイラン皇帝、Shāh Pahlavi(1918-80年)は親米だったエジプトに亡命するのである。
 Khomeinī師の帰国翌日、元Sex PistolsのSid Vicious(1957-79年)が薬物の過剰摂取で死去した。だが、日本でこれを報じた主要紙も訃報は小さく、ほぼイラン革命の騒乱にかき消されていた。

追記
しかしそれにしても、だ。色々思い違い。心得違いをしていたもんだなあ。
パンクロックをこれからナニするかな。
| 9本・記録集 | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(上)。
2月23日
気になる本――アラブ人とユダヤ人、そして日本人(上)。
「テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅」[児玉博著, 小学館]
 (ノンフィクション・ライター・稲泉連評、讀賣新聞)
「東芝の悲劇」[大鹿靖明著, 幻冬舎]
 (国際政治学者・東京大学講師・三浦瑠麗評、讀賣新聞)
 昨年、イスラエルの大使館をテルアビブからエルサレムに移すと宣言して、アメリカの大統領、Donald Trump(1946年-)が国際世論から顰蹙を買った。歴代大統領が拒否権を発動して署名を拒否した古い法案に、ユダヤ勢力に押されてサインしたのが実態だ。

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 20世紀に建国された新興国家・イスラエルは、首都問題についてはこれまで領土拡大で周辺国と引き起こした戦争にまつわるテーマだけに、未だ国際的にどちらなのか議論があるのは確かだ。どちら側にも宗教と歴史の正統性が関わってくる。マジで議論したらまた殺し合いが起きる。
 20世紀初頭、ユダヤ人によって、それまで寒村だったテルアビブは人工的に都市建設が進んだ。ところが、シオニズムを支援してきたイギリス政府は、彼らの統治地区だったエルサレムで、ユダヤ人入植を拒否するアラブ・イスラム勢力のテロが続くようになり、初めて問題の根深さに気付いた。
 そこで誠に狡猾にもイギリス政府は、国際連合に問題の解決を委ねた。ここで出たのが悪名高い「パレスチナ分割案」。パレスチナをアラブ人の地域、ユダヤ人の地域と分けて、喫緊の課題だったエルサレムは国連統治地域とする、という分割案である。
 そもそも第2次大戦の後、建国時にはイスラエル政府はテルアビブで建国を宣言した。ところがその直後に周辺地域の一斉反発を受け、中東戦争が起きた。イスラエルは機に乗じて西エルサレムを占拠し、戦後、エルサレムをイスラエルの首都と宣言したわけだ。
 当時の国際社会は、独立戦争と主張するイスラエル政府による明らかな周辺への侵略と見なした。今でもエルサレムをイスラエルの首都と認めない理由はここにある。

Gamal Abdel Nasser with Muhammad Ali.jpg

 話は飛ぶ。
 1979年に「Growing Up」というイスラエル映画が封切られたのだが、今ではこの映画が話題になることは殆ど無い。舞台は1959年のテルアビブ。テルアビブの少年たちが当時流行したRock 'n' Rollと恋に夢中になるロマンチック・コメディーだった。
 後述するが、1979年という年を考えれば不思議は無い。あの時期、イスラエルと周辺の地域との間で、一瞬、緊張が緩和した。イスラエルでも、リーゼントの兄ちゃんたちがアメリカ文化にかぶれ、女の子を追いかける能天気な映画も製作することができた――1959年のテルアビブ。夜毎、ダンス・ホールはRock ‘n’ Roll一色だ。17歳の高校生、主人公のベンジー、色男のボビー、デブのヒューイの3人は“ガール・ハント”に眼の色を変えていた――他愛も無いが、それがなぜ中東のテルアビブなのだ?
 映画はシリーズ化されたが、封切当時、主人公と同年代の15歳だった俺は、今でも中東問題を考える時に、第1作「Growing Up」の製作された時期へ想いを巡らせることになる。タリバンやISだけではない。反米の機運は、北アフリカから中東、パキスタンまで続く。彼らから見れば、堕落したアメリカ文化にかぶれた映画は許せないはずだ。そんな映画が製作されたのは奇跡に思える。戦間期作品とでも呼ぶべき映画だ。
 1970年代初頭、イランからやって来た女性研究者と東京大学の大学院で出会い、結婚後、反米色が強くなっていくテヘランに渡った西田厚聰(1943-2017年)。早くから、その名は海外で聞こえていた。東芝で社長に上り詰めるよりもずっと前から「変人」という印象が強い。俺には、「Growing Up」と共に映画の舞台が暗転したイラン革命の記憶と重なり、東芝は風変わりな人を重用するなぁという一種の羨望があった。


追記
長い1日が終わろうとしています。疲れましたが、概ね問題なく話は進んだかな。直接話すことが大切で、結局は残りはこれからどうするかだよね。感激したのかどうか、泣かれちゃったよ。
| 9本・記録集 | 07:33 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――酒呑みの本。
2月22日
気になる本――酒呑みの本。
 昨年の7月の話で、随分古くなるが、讀賣新聞の「空想書店」店主は戌井昭人だった。
 「酒飲みの本を読むなら、酒場が最適なのかもしれない。新橋などで、焼鳥をつまんでビールを飲みながら、ひらいた文庫本を片手で持っているサラリーマンなどを見かけたりすると、『なんだか良い感じだなぁ』と思えてきて、こっちも嬉うれしくなってくるのだった。だから自分も何回か真似まねしたことがある」
 気持ちは分かる。
「箸もてば」[石田千著, 新講社]
 本書は帯が面白い。副題“のようなもの”が付いていて、「めし、おさけ。」とあるのだ。「箸もてば、めし、おさけ。」である。こちらは毎日でライターの竹田砂鉄も取り上げた。
 「観光地に出かけても平然とチェーン店で食事を済ませる自分に向かう視線は厳しく、時に人格否定を多分に含んだ失望を向けられる。「何を食べるかじゃなく、誰と食べるかだと思う」という、どこかで何度も聞いた台詞を借りてみるものの、冷たい目は一向に変わりそうにない」
 竹田はこう続ける。
 「石田千さんのエッセーをいつも手に取る。そこには食事の風景が豊かに盛り込まれていて、目の前に広がる食の活写を頭で再現する知識すらないくせに、繰り返し読む。今回のエッセー集も、オビ文に『めし、おさけ。』とだけあるように、箸を動かしながら考えた思索と対話の集積。迷い続けたり、ついに決めたり、やっぱりやめたりする。その思考の導線が、湯気に包まれるように、あやふやな状態を許容する」
 (作家・劇作家・戌井昭人評、讀賣新聞 / 竹田砂鉄評、毎日新聞)

泥酔夫婦 in Africa

「泥酔夫婦世界一周」[松本祐貴・友紀子著, オークラ出版]
 世界41か国を1年半かけて旅した日本人の御夫婦。ダンナはライターで奥様は勤め人で、300万円の蓄えをマンションの頭金に充てるか、旅行の費用にするか、という相談の後で2人は世界旅行に決めた、ということが発端になった。まだ30代だったからできる旅。体力が無いと中々この辺りは厳しい。戌井昭人は書く。
 「世界でのみまくる夫婦。ほのぼの、でも二日酔いはハードだ。飲むことは人と出会うことでもある」
 「酒を飲む人の本を読んでいると楽しくなって来る。一方で、酒に溺おぼれていく恐ろしさを書いた本もたくさんあるけれど、そっちの方は、今回、忘れることにする」
 一時、俺は吉田健一(1912-77年)の呑み方のことをあれこれ想い浮かべていたのだった。

       吉田健一with熱燗。.jpg

 「代官山の『小川軒』は元々新橋駅前にあったわけだ。吉田健一も『小川軒』に通った客の一人で、お気に入りのオックステールを喰う時には、盛られた皿と柱の間に本を挟み込み、ビールを飲みながら喰らうのは、甚だ具合が宜しいというような話を嬉しそうに書き残している。 センセイがあのフランネルのスーツに身を包み、窮屈そうなポーズで、手づかみでオックステールと格闘しながら英書に読み耽る姿を想像すると微笑ましい」
 それが新橋駅前ビルの1階に収まりレーズン・ウィッチの菓子店舗に代わってしまって、結局のところ、オックステールで一杯やりたくともできずにいる。
 1962年に制作された古典的なハリウッド映画、「酒とバラの日々」では、主演のJack Lemmon(1925-2001年)は迫真の演技と高い評価を得た。しかし、彼は真正のアルコール依存症だったのを晩年に告白したことを想い出す。
 吉田健一はクネクネしたポーズでオックステールをいじり、フォークの先からソースを盛んに飛ばし、大切な英書にシミを作っていそうだ。彼も、エンジニアの夢に敗れて、大きな蹉跌を抱えて生きた。その闇も、酒と酒友と共に彼の後半生を豊かにしたわけだ。21世紀に読まれる秘密はその辺りにもあるはず。(作家・劇作家・戌井昭人評、讀賣新聞)


追記
これからNEXに乗車。
ツライですわなあ。遠い遠い空港まで行って、何だか冴えないサービスで。機内はこれまた渋い淋しいサービスですわな。サービスというより、ガマン合戦。俺もこの年齢で、このサービスをプライベートでなく、受けるってのは、何だかねえ。惨めというより、もう、航空機は何の楽しみでもない、只の苦行でしかない。そういう時代になったというこったねえ。オリンピックが愉しみですら。頑張れニッポンの諸兄姐。
| 9本・記録集 | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――EUという病身。
2月21日
気になる本――EUという病身。
 「欧州統合は行きすぎたのか上・下」[Giandomenico Majone著・庄司克宏監訳, 岩波書店]
 原題は「Rethinking The Union of Europe Post-Crisis」である。
 日本経済新聞では本書についてこう紹介されている。
 「欧州統合のつまずきが言われて久しいが、何がどう失敗したかを体系的に整理したのが本書だ。著者はイタリア人の欧州連合(EU)研究の泰斗。『まったくの楽観主義』で曖昧さを残した通貨統合がユーロ危機を招き、超国家機関に権限を強引に集める「民主主義の不履行」がEU不信を招いたと辛辣に説く。加盟国の意思が反映できる『クラブ』のような形の統合に改めようと、冷静かつ知的に訴える」
 讀賣新聞では読書家として知られる書評家・出口治明がEUの状況を憂う。
 「なぜ、EUは躓つまずいたのか。2013年に行われた調査によれば、EUを領導するドイツでさえ58%がEU加盟を利益よりむしろ障害と考えており、主要6か国におけるインタビューでは29%しか欧州諸機関に対して肯定的な意見を持っていない。これほど否定的な見方がかくも広く共有されるようになったのはなぜか」

       「欧州統合は行きすぎたのか上・下」[Giandomenico Majone著・庄司克宏監訳, 岩波書店].jpg

 知られていないところだが、EUという組織にとっての不都合な真実は他にもある。
 EU職員はEU全域28ヶ国に対して大きな影響を持つ法案にかかわる。あるいは全域の利害を調整し、28ヶ国以外の地域・国との交易に関する法案の策定にも関わる。EUの住民にとって大きな権限を持たされている。 
 期間契約の職員を含め、EU職員は3万人規模。平均月報は約6,500EUR(約88万円)で、文官トップの局長で約16,500EUR(約223万円)と言われる。これは免税。手取りである。そしてEU本庁のあるBrussels勤務で、Belgium以外の地域から来ている職員の子弟はInternational Schoolに無償で通える。しかも、育児手当が1人400EUR(5.4万円)出る。
 単純計算すると、職員平均で1,000万円だが、子供が2人いる場合、1,130万円。しかしこれは手取りだから、各種の生活・学費手当を考慮に入れると、額面では30%増し位の年収に相当する生活がEU職員の平均というわけだろう。夫婦で職員という例もあり、世帯所得で手取り2,000万円という例も。ともかくトップが手当て抜きで2,700万円。交通費や養育費などを含めると、民間と比較すべき実収入はずっとずっと多いはずだ。
 この破格の手当ては、汚職などの誘惑から職員を保護するためとは大義名分だ。実際は、EUの職員として採用されるような人々は、お国でも弁護士や会計士で立派にオマンマを喰えるような人種であったりする。俺のある友人は某国の副大臣だったし、別の友人は弁護士だった。某国の副大臣は2年Brusselsで過ごし、大臣として母国に呼び戻された。

       「評伝 田中清玄」[大須賀瑞夫著・勉誠出版].jpg

 3年〜5年をEU職員として過ごせば、国際機関の中でネットワークが生まれ、あるいは職務を通じてEU全域の要人と知り合いになることができる。母国に戻って、独立して事務所を開いたり、国際的な弁護士事務所やコンサルタント会社に勤めたりする人々もあるだろう。
 本書はEUを解体してクラブ財理論に基づいて機能の統合を目指すべきだと主張する。クラブとは、公共財を提供するために設立された退出可能な連合体という意味になる。EU単一市場を共通項とし、政策協調可能な国だけがクラブ財を購入するという考え方だ。
 面倒な理屈は飛ばせば、つまるところ、EU設立の原初まで遡り、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の考え方に戻すべきということだろう。国際カルテルのことだ。割当・価格維持・調整・安全保障を加わった国だけが共有できる。そうでないならば、何のことはない、懐かしい言葉を持ち出すが、UNICE(欧州共同体産業連盟)であろう。他の地域経済圏に対して極めて排除的な思想を持っていた。
 田中清玄(1906-93年)を想い出す。Otto von Habsburg(1912-2011年)が取り組んだ欧州統合の理想は今や死に瀕しているのかどうか。(ライフネット生命創業者・出口治明評、讀賣新聞 / 日本経済新聞)

追記
そろそろ明日になると久々にどっちもどっちであっちもあっち方面に。国際法上の紛争地域ではないけれど、まぁ、元から無関係、オサラバーという分けにもいかないなぁ。
ウーン、さて、これからどこのお国と組んでやっていけばいいのかねえ。安くて狭く哀しいお席でなら時間がある、精々じっくり考えてみますかいのう。本日はこれから密談。
| 9本・記録集 | 06:43 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――ニッポンの行方。
小倉日記’18(第五弾)
2月20日
気になる本――ニッポンの行方。
「メディアの驕り」[廣淵升彦著, 新潮新書] 
 昨夏ロンドンに遊びに来た人が置いていった「週刊新潮」連載中の「日本ルネッサンス」で櫻井よしこが本書を取り上げていた。
 「『実現不可能な理想を口にする人々、行政能力がないのに理念だけで国家や組織を動かせると信じている』リベラル勢力に報道が席巻されてはならないということだろう」

        「メディアの驕り」[著, 新潮新書].jpg

 本書の最終章は「平和の妨げは『情緒的平和願望』」。
 「戦争が起こらないようにする具体的な策というのは、一体どういうものなのか。こちらが戦争をしたくないと心から願っても、他国が日本の工業技術を欲しがったり、より広い領海を求めて日本に攻め込んできた場合に、どうすべきかについてはまず語られない」
 常日頃、日本のメディアに対して抱く違和感。珍しく讀賣新聞でも取り上げられている。もっとも欧米メディアには別の違和感を抱く。(『日本のルネッサンス』・櫻井よしこ評、週刊新潮 / 『文庫新書』讀賣新聞)
「教えてみた『米国トップ校』」[佐藤仁著, 角川新書]
 東大からハーバードを経て研究者となった著者。東大で講義を持ち、時折プリンストン大学で教壇に立つ経験から、大学は6対4で日本が勝ち、と結論付けたもの。
 知性という点では、彼我には優劣は付け難く、社会の背景の違いを踏まえて論じないと危うい数値データの陥穽に陥ってしまう。アメリカ人は孤独で、日本人には寛容がある、という主張などは共感を抱くところだ。
 幅広い教養・知識という点では、多分、日本人の教養レベルの方が全般的にアメリカの学生よりも高い。ヨーロッパともそれほど遜色無いのではないかと感じる。ところが、日本は、その後、がいけないと常々感じている。若手の人材の登用・抜擢、さらに日本社会全体で人材流動性が低いので、人が育っていかない。
 卒業した時点はアメリカの学生より教養があったとしても、同じ組織にばかりいるから、経験知が狭い。単一組織からしか見ないので実は利害だけでモノを考え勝ちだ。しかしそれに気付けない。アメリカでは社会が人材を磨き、日本は、殺してしまう。,寮に置き換えれば、卒業後、様々な社で現場取材を経て、アメリカのジャーナリストたちの目線は大きく拡がり、社会の矛盾を肌で感じる。日本では真逆。広かったはずの目線がどんどん狭くなり、老齢の元記者がスタジオからピント外れのことを言うようになる。

20140912「朝日新聞吉田調書関係記事取り消し」.jpg

 一方、欧米メディア関係者にも違和感を抱く。例えばDavid Cameron周辺。元々はPR代理店勤務でメディアのからくりを知悉して政治家になり、頂点に立った。その下でEU残留キャンペーンを張ったCraig Oliverの転身した先はEU離脱キャンペーンを進めるコンサルタント会社(ロビイスト集団)である。
 会社は日産自動車を顧客名簿に持つ。EU残留派の最右翼だった日産だが、離脱の後でもビジネスが円滑に進むよう日産も必死。コンサルタントの方はゲームと考えているからどちらにだって付く。米英には、そういう弁護士や会計士がゴマンといる。日本人とは深いところで価値観が違うところがあるだろう。
 大陸では、米英の弁護士や会計士に相当するのがEU職員になるかも知れない。これはまた別稿で。
 話を元に戻す。
 イギリスの政界とメディアも、我々のメディアのどちらも不健康だが、裏も知っていて切り抜ける者と、何も知らないで過ごす者と比べるなら、俺は知っている人になりたい。我々の交渉相手は「裏も知っている」のだ。官民学の人材流動性を思い切り上げ、30年もやれば日本も変わる。元々、洒脱で闊達な、いわば洗練された民族だったのにと想うと、歯痒くてならない。(讀賣新聞他、各紙)


追記
昨晩は某所にて本格的な密談。先方4人、当方3名。さて、部屋に入った途端、壁にレオナール・フジタ晩年の作品と思しき少女像。関係者に元Paris娘がおり、「マンションが買える」と俺に囁いた。
丁度、ここ10日ほど、藤田嗣治(1986-1968年)のことを考えていたところだったので、軽い眩暈。ぬーん。
| 9本・記録集 | 06:48 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――中国はどこへいく。
2月19日
気になる本――中国はどこへいく。
「文化大革命 〈造反有理〉の現代的地平」[明治大学現代中国研究所((編集),‎ 石井知章(編集), 鈴木賢(編集), 白水社]
 「2016年は中国の文化大革命(文革)が始まって50年、終了して40年という節目だった。それに合わせ日中両国の研究者たちが日本で開いたシンポジウムの成果をまとめた」

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 2016年10月に明治大学で現代中国研究所の主催で行われたイベントをまとめたもの。この時の登壇者の記録は以下の通り。
   徐友漁氏 :米国New School大学客員研究員、元中国社会科学院哲学研究所研究員
   矢吹晋氏 :横浜市立大学名誉教授、21世紀中国総研ディレクター
   宋永毅氏 :UCLA教授
   土屋昌明氏:専修大学経済学部教授
   鈴木賢氏 :明治大学法学部教授、現代中国研究所所長、北海道大学名誉教授
   石井知章氏:明治大学商学部教授、現代中国研究所
 書評はこうある。
 「米カリフォルニア州立大学の宋永毅教授の報告が衝撃的だ。広西チワン族自治区では共産党政権の幹部たちが、組織的に大量虐殺をすすめ女性たちへの乱暴をはたらいた」
 実はこの日、報告されたのはそんなものではない。研究者には知られているが、当時の人肉食の実態がレポートされた。

文革(2).jpg

 自治区武宣県が有名だ。十代の紅衛兵は教師の生体から心臓、肝臓を抉り出して、性器まで切り取った。その臓腑を我先に喰ったのが「人肉宴席」として一部で有名になった。「人肉宴席」の犠牲になった者の数は3百人を超えたという話がある。
 殺す手段も、斬首、石打ち、水責め、殴打、生き埋め、釜ゆで、さらに古来「凌遅刑」と呼ばれてきた肉のそぎ落とし、ダイナマイトによる爆殺。例えば北京では80歳を超えていた周作人は水責めで絶命した。北朝鮮では、張成沢は迫撃砲で殺されたと報じられた。ダイナマイトによる爆殺は大陸では古くから広く行われている。
 「文革を全面否定したはずの共産党政権が文革に関する報道や歴史研究を封印しているのは、やはりそれほどに後ろめたいことがあるからなのだろう」
 「これに対し、中国大陸にとどまって文革の研究をつづけてきた除友漁氏は、情報統制が結果として文革を懐かしむような機運を生んでいる、と警告する」
 21世紀、北京でも、上海でも、大連でも、重慶でも、ウイグル自治区でさえ、毛沢東に対する郷愁、毛沢東時代への回顧の雰囲気はずっとあった。
 「開明的な知識人の間では近年、文革の再来を懸念する声が出ている。習近平国家主席による『1強』体制の下で、適正な手続きを欠いた処罰、言論や学術研究への締め付け強化が進んできた。本書は中国はどこへ向かうのかを考える手掛かりにもなる」
 「韓非子」には親のために子が肉を差し出す話がある。新しい話ではない。(日本経済新聞)

「13.67」[陳浩基著, 文藝春秋]表紙。.jpg

「13・67」[陳浩基著 / 天野健太郎訳, 文芸春秋]
 毎日新聞で川本三郎は本書を「今週の本棚」で取り上げた。
 「反英運動が広がった一九六七年から民主化を求める雨傘革命前夜の二〇一三年までをあらわしている。年号が逆になっているのは、物語が現在から過去へとさかのぼっているため。返還後の現在、一九九七年の返還、そしてイギリス統治時へと、逆向きに香港の揺れ動く現代史が語られてゆく」
 日本経済新聞で同業の東山彰良はこう書いている。
 「読者が目の当たりにするのは、人生の終着点をしょっぱなからまざまざと見せつけられたクワン警視のそれまでの警察官人生なのだ。ヤクザ者と渡り合い、同僚の不正に果敢に切り込む若き日の彼の血湧き肉躍る武勇伝に、胸がすく」
 川本はこう指摘するのを忘れていない。
 「香港人の作者(一九七五年生まれ)がこれほど面白いミステリ(警察小説)を書くとは正直、意外だった。イギリス統治時代、さらに返還後、現在まで続く混乱期にあって香港警察が正常に機能しているとは想像しにくかったから」
 同感だ。(『今週の本棚』川本三郎評、毎日新聞 / 作家・東山彰良評、日本経済新聞)


追記
旅の準備をしているのだけれど、もう、随分、感覚が狂っている。飛行機への搭乗は10月1日以来だから約5ヶ月か。もう物凄い時間が経っている感覚でありんす。
| 9本・記録集 | 06:39 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――帝國の落日、再び(下)。
2月18日
気になる本――帝國の落日、再び(下)。
 「ブレグジット秘録(Unleashing Demons:The Inside Story of Brexit)」[Sir Craig Stewart Oliver著 / 江口泰子訳, 光文社]
 改めて本書について触れたい。日本経済新聞で吉田徹はこう記している。
 「ブレグジット(イギリスのEU離脱)が歴史の検証に晒される時、必ず参照される本となるだろう。首相官邸の広報官だった著者は、国民投票のあったその日から遡り、イギリスがいかにして離脱への道を歩んでいったのかの内幕を克明に綴る」
 2016年1月からBrexitの国民投票までの半年間。こちらも現場で情勢分析に取り組んだ。イギリス政府関係者だけでなく、日本の官僚や政府関係者でも、EUの関係者、イギリスで勤務する有識者の奥の奥に喰い込もうと奮闘した。
 ところが時が経てば経つほど、醜い舌戦が長びき、国民は議論に飽き始めた。日本人の政府関係者も危機感を抱き始めた。
 「時間を掛け過ぎだ。イングランド北部では離脱に動き始めている」
 イギリスに来た関係者の間でそんな会話があった。投票直前、日本大使館は大使交代があった。一時、情報戦の緊張が途切れたことも鮮明に記憶に残っている。

Craig Oliver and Charles.jpg

 「残留派と離脱派は与野党にまたがり、意思疎通は円滑になされない。閣内の重鎮は、後に首相の座に収まるメイ内務相を筆頭に、貧乏くじを引かぬよう、日和見の態度を取り続ける。国民の人気の高いロンドン市長ボリス・ジョンソンは政権の足を引っ張ることしか考えていない。離脱派はなりふり構わず、嘘に近い情報ばかり発信する。頼りになるはずのBBCも、公平性の名のもとに、これを垂れ流す。タブロイド紙は、首相の失言や政権の足並みの乱れを面白おかしくはやし立てるだけ。渦中のキャメロン首相は、軽々しいほど楽観的にみえる」
 離脱すればEUに支払っている金が毎週数億ポンドも戻ってくるという離脱派の主張がSNSで広く支持された。タブロイド新聞で書き立てられる扇情的な主張が溢れ返った。
 「過労と睡眠不足に襲われ、悔しさと屈辱にまみれた著者はいう――国難が起きて国民の怒りが増す度、皆がそれをEUのせいにしてきたのだ、と。つまり自分たちのことしか考えず、民意とEUを弄んだ政治家たちがしっぺ返しを食らったのが、ブレグジットという喜劇、否、復讐劇だったのではないか」
 「ただ、本書からは市井の人々の肉声はほとんど聴こえてこず、世論調査の数字やデータとしてしか出てこない。図らずもその事実が離脱の原因のひとつを物語っているようにも思えるのだ」
 著者の肩を持つわけではないが、広報官の立場にあれば、どうしても世論調査の数字やデータが中心になる。広報はその数値をさらに分析し、有効なメッセージを組み立て、次に主要なメディアにどう働きかけるか戦略を立てることがその職務だからだ。
 日本は内閣官房長官記者会見と記者懇談会ばかり。そして会見場での耳を塞ぎたくなるような質問ばかりで辟易するが、イギリス政府の情報戦は伝統的にもっと高度なものだ。ブリーフィング(事前説明)とエンバーゴ(報道解禁時間)が紳士協定として前提にあるから、広報責任者は主要メディアと頻繁に会う。
 だから、記者は知りたいニュースの裏の背景まで知った上で報道できる。それなのに、自分の古巣だったBBCはフェイクニュースを流したと著者は嘆く。政治家も劣化したが、これに合わせてメディアも劣化したということだ。
 最後に挙げたいのは、讀賣と日経の評者は触れていないが、Craig Oliverは政権退陣の時に叙爵されていることだ。我々日本人はその背景を考えることも大切だろう。キャンペーンに敗れた政府広報官が叙爵されたその意味を。(政治史学者・京都大教授・奈良岡聰智評、讀賣新聞 / 『この一冊』北海道大学教授・吉田徹評、日本経済新聞)

追記
花の都方面からお便りあり。先日は大雪だったのに、近頃は手袋無しでもあるからとか。爺さんが80年前に登っていたエッフェル塔にも登らなかった不肖の孫ですけえ、パリと聞くと、色々考えてしまう。
開高健と阿川弘之の半世紀前の食い物対談に痺れました。金子光晴並みに、飛んでいって肩を組みたくなった。死んだオジキたちを思い出しましたなあ。アジアの街を歩き回り、見て回っただけでなく、ハマの油条談義で盛り上がって。さて、これから映画をじっくり観ようと思う。それには時間が欲しいけど、あと5年は無理かな。
| 9本・記録集 | 07:10 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――帝國の落日、再び(中)。
2月17日
気になる本――帝國の落日、再び(中)。
 「ブレグジット秘録(Unleashing Demons:The Inside Story of Brexit)」[Sir Craig Stewart Oliver著 / 江口泰子訳, 光文社]
 本書の出版は、元々、夏の休暇期間を置いて、9月に保守系新聞「The Mail on Sunday」(The Daily Mailの日曜版)へ寄稿した原稿が出版のきっかけになった。
 Craig OliverはDavid Cameronと同じくメディアの出身だ。だが、Cameronの場合は駆け出しから保守党でSpeech Writerを担当し、後にPR代理店で働いていたのに対し、著者は地方新聞から身を起こした生粋のジャーナリストだった。
 2004年、Cameronが働いていたことのあるCarlton CommunicationsがGranada TV Groupに吸収された時、ITV Newsの編集責任者だったのがCraig Oliverというわけだ。吸収時にはJames Cameronは既に国会に議席を持っていたが、早くからJames CameronはCraig Oliverの存在を知っていたはずだ。
 幾度もメディアを渡り歩き、2010年の総選挙の時にはCraig Oliver はBBCの選挙報道責任者を務めていた。この時点で頭角を表わしていたということになるだろう。翌年、ついに首相官邸に広報官として引っ張られる。
 この結果、James Cameronに引きずられ、最終的にはCameron内閣の進めるEU残留キャンペーン「Britain Stronger in Europe」の広報責任者となった。負け戦となることを知っていれば誰も受けたくない職務だが、投票キャンペーンほどダイナミックな広報の仕事は他に無い。
 この世界では、アメリカの大統領選が世界最大の戦場になる。ここで名を上げた者は、次のステップに移っていき、さらにステージを上げて行くことになる。元々日本社会であまり馴染みのない広報という仕事は、仕える人間によって、そのCareerが全く違ったモノになっていくから悲喜こもごもだ。

Craig Oliver and David Cameron.jpg

 そもそも国民投票の随分前から、Cameron政権は一枚岩ではなかった。次の首相の座を狙う閣僚の間には不穏な空気が流れていた。ポーカーのようだった。
 奈良岡聰智は嘆く。
 「ジョンソン、ゴーヴら次期首相を狙う保守党の有力政治家までもが、離脱派に転じた。著者は新聞やテレビ局への働きかけを強め、SNSも駆使して懸命に対抗するが、勢いは止められない。フェイクニュースまでもが飛び交う、政権とメディアの熾烈しれつな争いが、本書の最大の読みどころだ。イギリス政治がポピュリズムの奔流に呑のみ込まれ、かくも劣化していたとは、衝撃である」
 実際、イギリスの政治は劣化していたのだ。自分を売るため、値を吊り上げるためならどんなことでもやる――Pubの男たちは政権の顔触れを見て深い溜息をついていた。
 (やっぱりこうなったか!)
 それでも、投票当日の衝撃は大きかった。
 日本からも多数のメール。さらに、情報を得ようとするParisとBrusselsの関係者から次々に確認の電話が入った。昨日のことのように思い出す。(政治史学者・京都大教授・奈良岡聰智評、讀賣新聞 / 『この一冊』北海道大学教授・吉田徹評、日本経済新聞)


追記
昨夜は国際情勢と国連の決議とアメリカの大統領の利権と霞ヶ関の腰抜けとの間でグラングランに揺れていた。某所に呼びつけられ、幾通かのレター、それに伴う資料の作成をすることになった。こんなところまでシナイ半島とキリスト様と嘆きの壁と、そして、俺には懐かしいグローイングアップが追いかけてくるなんて。やってやろうじゃないのさ。玉ねぎ城の領主とは関係が薄くなったと思ったら、今度は、部族長連合を大向こうにするのか。俺のあだ名はかませ犬だったんだっけ。40年ぶりに思い出した。ウッフッフ。またひと暴れします。
| 9本・記録集 | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――帝國の落日、再び(上)。
2月16日
気になる本――帝國の落日、再び(上)。
 「ブレグジット秘録(Unleashing Demons:The Inside Story of Brexit)」[Sir Craig Stewart Oliver著 / 江口泰子訳, 光文社]
 現場にいても何が何だか分からなかった。悪夢のような国民投票はもう2年前の6月末のことになる。本書の出版はその悪夢の4ヵ月後の2016年10月。翻訳は昨年秋に出た。
 著者のCraig Oliver(1969年-)はDavid Cameron(1966年-)の元広報官である。
 日本では政府の広報担当者の回顧録はこれまで絶無に近い。安倍内閣の後に将来誰かが書くかどうか、か。そもそも、政治家のオーラル・ヒストリーさえ、生前には封印され、秘されるお国柄。政治家の判断・行動が政治史を振り返る時には最優先にはなるのだが、それでも、民主政治では首相官邸と国民世論を繋ぐメディアとの関係性は極めて重要だ。

        「Unleashing Demons」[[Sir Craig Stewart Oliver著  江口泰子訳, 光文社]表紙。.jpg

 広報官にあった立場の人々の回顧録がこのような形で出されて、広く読まれて、将来の日本の政治を変えていって欲しいと俺は願っている。
 讀賣新聞では奈良岡聰智はなぜこんな愚行が起こったのか、その背景から説いている。
 「今からすれば、そもそも国民投票を実施したのが混乱の原因だとも考えられる。しかし著者は、EU離脱を主張する英国独立党が台頭し、有権者の過半数も国民投票を望んでいたことから、実施はいずれ不可避だったと指摘する。二〇〇四年にポーランドなど一〇カ国がEUに新規加入して以来、EUからイギリスへの移民は増加傾向にあり、受入れの是非をめぐって、社会には深刻な亀裂が生まれていた」
 その通りだ。だが、深刻な亀裂はEU離脱で移民を制限したからといって決して埋まるものではない。21世紀の今でも、厳然たる階級社会が存在するという「不都合な真実」を抉り取らない限り、イギリスの病巣は未来永劫消え去らないだろう。
 ところが、過去何年もイギリスの政治家は左右両翼共に不都合なことはEUに押し付け、悪者に仕立て上げてきた。遡れば2004年のEUの東方拡大はイギリスのTony Blairが旗振り役の1人だった。つまり、イギリス人は天に唾を吐き続けたようなもので、その茶番を、大陸側の人々は、表面的には冷ややかに、しかし固唾を呑んで見守っていた。
 「バカバカしい」
 「自爆したようなものだ」
 投票結果が確定し始めた時、大陸側では罵声が上がり、その後、一斉に、自国で離脱のドミノ現象が起きる可能性について主要各国で分析が始まったことを想い出す。大陸の主要国でも、EU離脱を主張する勢力が存在していた。イギリスの離脱という国民投票の結果を受け、影響力の大小はあっても離脱派が勢いづくことだけは避けたかったからだ。
 本書はあくまでイギリスの保守党・EU残留派の立場で書かれているのだが、本件は何れ大陸側からの視点で書かれる時が来るだろう。その時、イギリスの政治家にとって耳に痛い話が延々と書き綴られるはずだ。
 奈良岡聰智は記す。
 「著者は、『世界に対する不安や怒りを煽あおるという、今回の離脱キャンペーンが取ったシニカルな方法』以外に、私たちは政治参加の適切な方法を見つけ出せるだろうかと問いかけている」
 EU主要国でもまだ民主主義は危機を脱していない。(政治史学者・京都大教授・奈良岡聰智評、讀賣新聞 / 『この一冊』北海道大学教授・吉田徹評、日本経済新聞)


追記
どこか遠いところの話かって?、そんなことはない。世界の趨勢は俺の足元にまでひたひたと迫っているのだよね。オリンピックも見ながら、色々考えるけど、オリンピックはニッポンのカーリング女子がいいなぁ。
| 9本・記録集 | 06:43 | comments(0) | trackbacks(0)
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