岡田純良帝國小倉日記

芸域拡げ、胃拡張に。
4月22日
芸域拡げ、胃拡張に。
 昨晩はCaetano VelosoをBarbican Centreまで。某所にて○○の後だった。
 軍事政権に抵抗して60年代末から70年代にかけてLondonに亡命して暮らしていたような人だったから、Londonにはそれなりに支持者がいるのだろう。
 半世紀近い活動の歴史がある人には持ち歌が多いから、後半は老女たちの大合唱になって、2千人のホールは老女の女(熟女も、との指摘あり)の人いきれムンムンって感じでしたなぁ。
 それにしても、日本と違って音がいいのは、どうも、220Vの電圧が基本的にあるみたいだな。随分前に、Londonで録音した後に、佐藤シンイチロウが気候のせいかもと言ってたけど、湿度は高いからね。
 俺の真後ろのおばあさんは最初から最後までカナキリ声を上げて、アンコール前には息が切れてゼイゼイしてて、しまいにはノドが枯れてむせてましたな。

20170421 Caetano Veloso Live@Barbican Center (1).jpg

 先日は45cmほどもある特大のカレイを調達してオーブンで焼いて喰ってみました。1日では喰いきれず2日に分けて喰ったわい。日本のカレイと比較すると大味だけれど、独特の風味はあるわね。
 大根を買ってきて、おろして和えてやってみたけれど、大根は風味が無くて辛味も無いわけだ。これが辛かった。
 Londonで客に相談を受けて店を紹介したら、これが大いに受けたらしく、株が上がったねえ。こういう株ってのはマーケット価格での騰落がないものだから、信用度が上がったということでもある。
 こっちのお役人を連れて行ったらビックリしていたって鼻を高くしていたから、ソイツは良かったわいねえ。ま、今、Forsythの自伝で、如何に当地の外務省・外交官・高等弁務官の実態が酷かったかってことを学んでいるわけ。
 つぶさに彼らの実態に触れ、その謦咳に接してみると恐ろしいものがある。いまだにその悪しき伝統を引きずっている連中がいるわけだよ。民間も同じだけど。俺はそういうタイプの連中と合わず、これまで2度、殺されかかった。
 俺は何もしてないのに、そういう人間は憎んで仕掛けてくるからねえ。今もヤブから竹やりが飛び出してきて足をすくわれそうになっているわけ。

Whole Brill 45cm (1).JPG
| 8音楽 | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0)
Punk40周年を過ぎて。
4月10日
Punk40周年を過ぎて。
 昨年はPunk40周年行事が目白押しだったわけだが、今年は、その点ではすっかり静かになって落ち着いてしまっている。
 先日、Royal Philharmonic OrchestraがPunkの代表的な曲をCoverしたのだけれど、Sex Pistolsからは「Pretty Vacant」が選ばれていたっての、どうよ。

https://youtu.be/Q3xWT3DXyHs

 ちっとも面白くないんだけどねえ。このアレンジは。そもそも、ちょっとPunkとOrchestrationは相性が悪いわね。無理があるような気がしますわねえ。

Adrian Boots at Proud Galleries (掲載1).jpg

 年明けまで続いていたのがこちらのAdrian Bootsの写真展だったのだけれど、高くて手が出ませんでした。今や、Rock Classicの写真は一部で投機対象になってしまっている。まぁ、買っても飾っておくスペースが無いってのが。まぁ、見えるところに置かなければ持ち腐れの死蔵品になってしまうわけだけどねえ。
 Sex Pistolsも全員還暦を超えて、これから徐々に退場していくのだろう。先日のChuck Berryの卒寿での大往生を見せ付けられて、健康年齢を引っ張り上げることが大切だと想いましたな。
 だから、ダラダラ長生きするよりも、健康であることが大切だと想うねえ。吉田健一流に行くかねえ。David BowieもChuck Berryのように死ぬ直前まで精一杯生きようとしていたわけだからねえ。

Adrian Boots at Proud Galleries (掲載3).jpg

 吉祥寺の「disk union」が定点観測地点になってんだけど、つい関口弘センセイ監修の名著、「Garage Punk」本を衝動買いしてしまった。持ってる本なんだけど、Londonで暮らしに飽きないための知恵だわい。オホホホホホホ。
 一冊は我が家の保存用で、もう一冊はフィールド・ワークでCamdenだとか各地に出没する時に携行するためのものにする。左側が2刷、右側が3刷。同じ内容だけど、結構、売れたんだろうなあ。
 我が家の近所の某レコード屋にもSTOMPIN' RIFFRAFFSのような日本のバンドのCDが置いてあって、ずっとこの線がまた気になるようになってきた。
 関口さんはFrathop Records(http://shop.frathoprecords.com/)を主催されているんだけれど、このセンセイには随分と教えて貰ったワイ。どこで仕入れるのかというほど奥深くまで入り込んでおられますわなあ。わいは深く深く感謝しとりますでぇ。
 まぁ、こちらの暮らしに飽きないための浅知恵ではあるんだけども、こういうオタクの道を邁進していくと、また新しい刺激を受けるはずだしねえ。日本に帰ったらバンドやるべえとか、イベント行くべえだとか、またまた色々と妄想が膨らむかも知れないし。
 しかしGarage Punkの世界は奥が深い。世界中に拡がっているからねえ。分け入っても分け入っても深い山だわ。まぁ、今後のお楽しみ。

「Garage Punk」2冊。.jpg


追記
これから風呂に入り、ちょっとだけ寝るか。いやいや、参ったなあ。時差ボケ、狂いまくりだわい。
| 8音楽 | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0)
お得な日本盤と役得な2人。
4月9日
お得な日本盤と役得な2人。
 起きてしまったこの時間。当地は深夜2時でありまする。
 アクビ娘に受け取りをお願いしておいたのがChuck Berryの古いアルバムで、日本編集のボーナストラックの入った数年前に出た「The London Chuck Berry Sessions」(Chess Recors)だった。
 元々8曲入りのレコードだったのだが、こちらにはさらにそこに日本で新たに別の8曲が追加されていて、合計16曲入りというお得なアルバムに仕上がっている。
 さっきPCに入れて大音量で聞いた。久々の音源もあってか、最高、最高、最高だ!

The London Chuck Berry Sessions (Japan Version).jpg


 こちらは大西洋を挟んだ両国のAlmost GrownなWhite Kidsに挟まれた御大。サックス吹きとドラマーはこの老いて小柄になってしまったスーパーマリオみたいな黒人が誰なのか、ちゃんと、分かっている。
 日本でもGracelandまで行った総理大臣がいたけれど、引退して菅直人と歩調を合わせてからその馬脚を現わした。ポピュリズムですね。見掛け倒しでしょ。偽者だわ、その横須賀のチャライじいさんは。
 ロックンロールを好きと言うなら、その根性が問われる。好きと言うなら骨を見せなければ。その点ではこちらの2人の“子供大人のような大統領と首相”は満腔の少年のような笑顔で骨を見せた。アジアはまだまだだ。

Chuck Berry (9).jpg
| 8音楽 | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0)
人類が滅亡しても残るChuck Berryの「Johnny B Goode」。
4月5日
人類が滅亡しても残るChuck Berryの「Johnny B Goode」。
 3月17日の逝去後、世界中でCarl Sagan(1934-1996年)のレターが駆け巡っている。「Cosmos」と「Contact」で世界的に名を知られる天文学者で、彼の業績に因み、火星基地はその名を冠している。
 この人はアメリカでとても人気があり、とりわけ、子供たちからは絶大な支持があった。難しい天文学を解りやすい言葉で示したことがあるだろう。
 日本では、科学の広報活動についてはようやく緒に付いたところで、相変わらず理系・文系の垣根が取れない。俺などは頭の硬い理工系のオヂサンのわがままに悩まされ続けた人生だったわけだ。
 その点、アメリカの場合には理系・文系の垣根は低く、哲学の修士号を持っている人が医者だったりすることは珍しいことではない。イギリスは意外にも垣根はある点で日本と似ているかも知れない。
 近頃、少子高齢化の中で、人材流動性を上げることを考えているわけだが、これに加え、理系・文系の垣根を取り払うように科学側からどんどん広報すべきだろう。

Chuck Berry (6).jpg

 口惜しいけれども、アメリカはCarl Saganのような科学者によって、日本の今よりも半世紀ほど先を行っている。
「自分の立てた仮説でも執着しないこと。仮説を立てることは知識を手に入れるための  
 通過点に過ぎない。なぜその論が気に入ったのか自問し、他と公平に比較してみよう」
 彼が偉かったのは、科学的な考え方を示したことで、しかも、その考え方はこれまでになく柔軟で受け入れやすいものだったことだ。
 自説を常に疑えと説き、宗教を疑い、先人科学者が宗教的視点に惑わされたと批判した。地球は点に過ぎず、大きな観点から物を考えろと説き、「あなたがそれをやらなければ、誰か他の人がやるだろう」と若い人々を煽った。
 人気者であったため、科学界・学術の世界から批判された毀誉褒貶相半ばする人だった。しかしこれはどうだろう。Chuck Berry宛てのレター。Carl Saganと共に3番目の妻のAnn Druyanの名前とサインがある。彼女は映画の「Contact」の原作者でもあり、夫婦の共著もある。

Chuck Berry Voyager.jpg

 「親愛なるChuck Berry、
 人々が貴殿の音楽は永遠に生き続けると言うと、貴殿は大げさだと感じてるようですが、『Johnny B Goode』はNASAの宇宙船、Voyager号に載せたゴールデン・レコードに収録されました。地球から20億マイル離れた宇宙に向かって旅をしています。収録をしたこれらの記録は10億年以上は存在します。
 貴殿が“この”世界にこの音楽を与えて下さったことを賞賛しつつ、還暦を迎えられたことを祝福します。
 Go Johnny, go.」
 Jimmy Carterの治世だった70年代末に計画され、実施された本計画はCarl Saganを中心に進められたもので、有人宇宙飛行ではなく、無人の飛行船に地球外の生物に向けた、人類からのメッセージと記録を載せるものだった。
 オーストリアのモーツアルト(魔笛)やベートーベン(第5番第1楽章)のクラシック音楽に混じり、Chuck BerryとBlind Willy Johnsonの「Dark Was the Night, Cold Was the Ground」が収められた。
 打ち上げ後、10年も経って書かれたレターだが、こういう気の効いたことをするから、Carl Saganは人気があった。日本の科学者でこんな気の効いたことをする人はこれまでは出なかった。これからに期待したい。
 Carl Saganは宗教に懐疑的だったが、主張には夢がある。輪廻も信じなかったが、一方、テレパシーや、幼児の前世記憶説は全く根拠が無いものとして排除することはなかった。ゴールデン・レコードには次のように記されている。
「小さな遠い世界からのプレゼントで、我々の音・科学・画像・音楽・考え・感じ方を表したものです。私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像の中に再び私たちがよみがえることができれば幸いです」
 Jimmy Carterの名前とサインが入っている。能天気でお節介焼きだった若い国家は、それから30年も経つと、世の中も変わり、彼らにも精神的な余裕が無くなったようだ。Carl Saganが亡くなって20年以上が経って、Chuck Berryもとうとう世を去った。


追記
ボブディランが遅ればせながらのノーベル賞の授賞式で何か言うかと思ったら何も言わなかった。残念だなあ。
鮎川誠さんにインタビューを取りに行って、かなり楽しい話が聞けたというので、とても嬉しくなった。鮎川さんではなければ、冨士夫くらいだろうから。このラインは中々簡単なようで難しい。チャックは大柄で運動神経と身体能力が抜群に発達していた。2人足して割るとチャックって感じかなおと思います。この人の本気を出した時の音とリズムは、結局のところ記録としてはロンドンレコーディング辺りで聴けるくらいのものしか残っていない。ミディアムテンポで、ガリガリザクザク、アンプから、直接、熱くて太い風圧が感じられた。こうして書いていて、偉大さだけで泣けてくる偉大さ。20世紀の偉人が消えましたわな。
| 8音楽 | 05:01 | comments(0) | trackbacks(0)
牛乳屋さん、元気かな――Elvis Presleyと昭和。
3月24日
牛乳屋さん、元気かな――Elvis Presleyと昭和。
 昭和58年(1983年)には、世田谷4丁目にあった祖母の家に住んでいた叔父一家の所に転がり込んで半年近く暮らしていたことがある。
 夏は「Mobil」ブランドでガソリン・スタンドをやっていた冨士鉱油でバイトをしていて、小田急の梅ヶ丘駅前の店の親方が出入りするから顔見知りになった。
 今では大看板になってしまった駅前の「美登利寿司」で鹿児島から就職したヤマちゃんが出前持ちをやっていた頃。しょっちゅうヤマちゃんはスタンドの前でウィリーを決めた。50ccのスーパーカブが可哀想だった。
 上客では、荒木一郎がいて、電話があると店長が出向いてキーを預り、車をスタンドに持ち込んだ。俺は真っ赤なコルベット・スティングレーをよく磨いた。
 その頃の梅ヶ丘駅前商店街の人はまばらだったけれど「玉田表具店」のオヂサンが元気で、「松井寝具店」も店を開けていた。

「Elvis Presley登場」(1956)ジャケット.jpg

 「モスバーガー」梅ヶ丘店は今と場所が違っていて小さな店で、イートインなどはできず、テイクアウトのみのカウンターだけだった。
 そんな中に、通称、「牛乳屋」と呼ばれていたのが山田さん。「武蔵牛乳店」という看板は出していたが、もう、昭和の終わりには、牛乳は配達する時代ではなくなりつつあった。だからかどうか、牛乳屋さんの息子は何時も店の中で暇そうにしていた。
 痩せて背が高く、どこか、若い。結婚していなかったんだろう。所帯臭さが無いのだが、それが頼り無さにもつながった。今は珍しくはないのだが、40代独身ってのは、カタギの世界では少なかったから目立ったんだろう。
 「あの人は古いレコード一杯持ってんだよ」
 ある日、スタンドに来る商店街のお客さんに聞いて、牛乳屋さんのところに顔を出した。
 「実はElvisのレコード持っているって聞いたんで」
 牛乳屋さんは嬉しそうな表情になって、2階の自分の部屋からレコードを持って降りてきた。戦前の2階屋だから自室ってのは畳敷きなんだよ。通りからその姿が見えるわけだ。

Elvis Presley (1)

 「これだけあるんだ」
 面白いことに、牛乳屋さんのコレクションはどれもElvis Presleyの初期の邦盤だった。10インチの変形アナログ盤「エルビス登場!」も「King Creole」も「50,000,000Elvis Fan Can’t Be Wrong」も含まれていたようだ。我が家には「Elvis Golden Records」はあったが、最初期の音源は聴いたことが無かった。
 「Elvisは入隊前が最高だよね」
 牛乳屋さんは力説した。色々とRCA時代のアナログ盤を持っていたわけだ。
 「俺が中学生の頃なんだけどさ」
 中学で1,500円もしたレコードを集めていたんだから、梅ヶ丘の牛乳屋は昭和30年代には羽振りが良かったというわけなんだろう。
 今なら俺が大学生にピストルズのアナログ盤を貸すようなものかな。俺は薀蓄を言ってしまいそうだ。クワバラ、クワバラ。
 Chuck Berryのことを書くことは、Guitaristの誕生を書くことでもあるから、同時期、世界を席巻したElvis PresleyとScotty Moore(1931-2016年)のことを調べていて、結局、こういうPlay Listを作っちゃった。「From Elvis in Memphis」と初期のミックスになる。
 昭和も遠くなりにけりだ。牛乳屋さんが元気なら、もう還暦は過ぎているだろうなぁ。帰国したら梅ヶ丘にまた行ってみようか知らん。

          岡田純良のPlay List for Elvis Presley 
            1. Wearin' That Loved On Look
            2. Hound Dog
            3. I'll Hold You in My Heart
            4. A Big Hunk O' Love
            5. Burning Love
            6. Blue Suede Shoes
            7. Suspicious Minds
            8. Good Rockin' Tonight
            9. I Need Your Love Tonight
            10. Don't Be Cruel
            11. Heartbreak Hotel
            12. Jailhouse Rock
            13. Milk Cow Blues
            14. Any Day Now
            15. (Now and Then There's) A Fool Such as I
            16. After Loving You
            17. One Night of Sin
            18. In the Ghetto
            19. Gentle on My Mind
            20. Hard Headed Woman
            21. (Let Me Be Your) Teddy Bear
            22. All Shook Up
            23. Mystery Train
            24. Return to Sender
            25. That's All Right
            26. Blue Moon of Kentucky
            27. Don't Be Cruel
            28. I Want You, I Need You, I Love You
            29. Maybellene [#][Live]
            30. Crawfish


追記
上記30は「King Creole」冒頭で使われたんだけど、こちらがジョニー・サンダースにかかるとまたまた感じが違って。そういう連環もRock 'n' Rollは面白いわねえ。Chuck Berryの追悼文は書き終われない。日々事件が起きていてさ。ま、締め切り次第ってことだ。
そうそう、Chuck Berryの「Big Boys」に参加していたNathaniel Rateliffが組んだThe Night Sweatsってのは、とてもいいバンドだわねえ。ああいうの、演りたいもんだねえ。
| 8音楽 | 08:49 | comments(1) | trackbacks(0)
あれから四半世紀経って……
3月23日
あれから四半世紀経って……
 28歳の秋。
 ロンドンを歩き回り、彼らのアジトのDenmark Streetを訪ねた。この時点で自伝を書いて番地まで出ていたのはGlen Matlockだけだった。だからGlen Matlockの生家近くでパチリと撮ったのがこの1枚。
 Sex Pistolsが1978年に解散してからまだ14年しか経っていない。だけど300年位経っていたような気がした訳だ。時代はアナログで、こんな写真をネットに出すなんてのは、誰も想像つかない時代だよ。
 しかも日本は平成でいえば4年。バブルはまだ弾け切っていない頃だった。学生は調子良く遊んでいてさ、入社式をデズニーランドで開くバカな会社もあったっけ。
 だから当時のニッポンは、メンズでは厚い肩パッドの入ったダブルのイタリアン・スーツが大流行しててさ。全く日本人には似合わねえのにアホクサと思っていた。
 バカばっかりでどうしようもねえなあと悪態を吐きながらあちこちの古着屋でデッドストックを捜し歩いていた。60年代半ば位までのスーツがまだアメリカには残っていて、そんな残存していた吊るしの新品で長く古い倉庫辺りにストックされていたスーツを買い続けていた頃。
 襟が細くて肩パッドが薄い。それでもヨーロピアンのようなウエストを締めたボディー・コンシャスなタイプではなくて、もっとふわっとしたアメリカンのシルエットが好きだった。
 革パンなんて履いて歩いてても、ハードな時代だったから、指を立てられたりしなかったな。それで調子に乗って精力的に歩き回ってて、Camden Townでは「The Sunday Times」の記者に声を掛けられてシャシンを撮られた。
 だから「The Sunday Times」の過去の合本には、俺の全身写真も載っているかも知れないよ。だけど当時は、結局は帰国した後に出たはずだから、俺自身は観ていないんだよな。大体、ボツになっちまったかも知れないし。
 そういえば、トップで合わせているのは、化繊の混じった混紡の麻のジャケットで、淡い緑色の渋い古着だった。肩が流れているのは当時は物凄く時代から外れていたわけで、俺なりに突っ張っていたわけよ。
 こうして解説しなければ通じないほど時間は経った。だけど、半世紀は、長いようであっという間だったな。随分耄碌したけれど、内面は成長せず、何も変わってないわね。

     グレン生家前の街角で(92.9)(掲載).jpg
| 8音楽 | 16:08 | comments(0) | trackbacks(0)
鬼の目にも涙――Chuck Berryが泣いた。
3月23日
鬼の目にも涙――Chuck Berryが泣いた。
 この数日、Chuck Berryを聞いていたところ。今朝イチバンで新作の「Big Boys」を聞いて衝撃を受けた。
 彼はバラードだとか大人のムーディーな曲をやった時代もあるけれど、あまりに初期から中期の代表曲が多く、しかもそのどれもが広く知られ過ぎている。
 代表曲はやらずにはステージを下りられないからやることになるわけだ。北島三郎(1936年-)が、39年間、コマ劇で特別公演をやっていたようなものを世界中、行く先々でずっとやってきた。偉大なるマンネリズムなのだ。
 代表曲を並べ替え、自分のPlay Listを作って最近事務所の行きと帰りに愉しんでいる。
 「Chuck Berry岡田劇場特別公演」
 である。オホホホホホホホ。
 まず、53歳の俺の場合、最初に来るのは13、14、15、16ではないのだ。Pub Rockも、暫く聴いていない。ちょっとこの辺りはシーズンオフになっている。
 今や、最初に来るのが1と2だ。素晴らしい才能ですなあ。後ろのコーラスなんて、Louis Jordan直伝のコメディーだけど、マジ、カッコいい。
 おかしいんだけど、クールなんだよね。彼の若い時の身上はこれだったんだろうねえ。黒人というだけで、言うなれば悪役。ヒール。悪かったんだから、詰まる所、色悪ですな。
 長身で細身でハンサムで、若い頃は白人女からモテモテで、行く先々で問題を起こした。Sam Cookeとは別の意味でモテモテ男だった。
 ボリス・ヴィアンの「墓にツバをかけろ」の主人公を思わせる。Chuckの女房は黒人で、彼らは結婚して70年くらい経つけど、それが何か?

Chuck Berry (1)

 それと3ね。これもかっこいいわねえ。Liveでは、5も無茶苦茶にカッコいいロック・ブギーだからね。3はRod Stewartもそうだけど、8なんてMic Jaggerは嬉し泣きだよ。
 ホントにカッコいいのは4もそうだけどね。これはマジ、カッコいいってのか、重要な曲なんっすよ。Rock and Roll史上で画期をなすほどの。
 そいでもって6はどうよ。女性歌手も大好きなこの曲。可愛い男の子って感じで歌うと、それはそれで年増女の心意気が出るから粋なんだよな。
 17はJohn Lennonが歌ったBeatlesのヴァージョンが知られるようになったけれども、ホントのホントは歌詞が違うんだよ、原曲はね。もっと卑猥だったわけだ。
 こうして考えてくると、彼の偉大さにビリビリと震えがくる。99年夏には70代前半のChuck Berryを観られたことは、今にすればホントに良かった。
 Fender Dual Showmanから弾き出されるホンモノのファズサウンドを俺は体験できた。ホントにカッコいいのはこの人だったのか――Keith Richardsはそのコピー。Bruce Springsteenが証言している。

Chuck Berry (5)

 虫の居所の悪い時のChuck Berryを俺は目撃したのだ。黒人だって、怒れば怖いんだ。彼は60年以上、社会の偏見と闘い続けてきた。
 ずっとこれまでの60年間、ギター1本でブギーをやって来た。悪ガキのまんまの目だ。抜け目が無く、いたずらで、何か企みを秘めていそうな目だ。
 1999年に観た70歳の彼はES-335を弾きながら足を開いたり閉じたりで、Duck Walkよりも、そういうクネクネとした芸の方が面白かったな。まるで、「Scooby-Doo, Where are you!」のShaggyみたいなアクションだった。
 そのRock and Rollの鬼、Chuck Berryは、先年Life Time AchievementでAwardを地元のSaint Louis市から貰った時、カミさんと一緒に授賞式に出て泣いたってんだね。泣いた赤鬼だ。
 Chuck Berryのツッパリを思い出すと、俺も泣けたよ。人類史に銘すべき偉人の1人さ。今日、「Big Boys」を聞いて俺はまたまた泣けたなぁ。世界中のバンドマンが追悼のトリビュート演っている。嬉しいことさ。

 
         岡田純良のPlay List for Chuck Berry  
          1. Brown Eyed-Handsome Man
          2. Back in the USA
          3. Sweet Rock & Roller
          4. Nadine
          5. Reelin' and Rockin'
          6. Almost Grown
          7. I Want to be Your Driver
          8. Little Queenie
          9. Carol
          10. Let It Rock
          12. Maybellene
          13. Johnny B. Good
          14. Roll Over Beethoven
          15. Around and Around
          16. I'm Talking about You
          17. Rock and Roll Music
          18. Bye Bye Johnny
          19. Too Much Monkey Business
          20. School Days


追記
当方は無事です。色々お問い合わせ有り難う。
| 8音楽 | 08:04 | comments(0) | trackbacks(0)
Elvis PresleyのPlay List製作中。
3月19日
Elvis PresleyのPlay List製作中。
 Chuck Berry訃報届く。絶句。新作のために原稿を書き終えたところだったのに。
 そして黒と並び立つ白、Elvis PresleyのPlay Listをゆっくり作っているところだった。
 先週作成したのはこんな感じだけど、まだまだ変わりそうだな。最初期のDJフォンタナとスコッティー・ムーアのコンビと演るのをとても好きだったのに、すれ違いで演れなかったわけ。
 時代かも知れないけれど、誰かもっといいマネジメントがいればねえ。悪徳業者が群がって田舎の好青年を潰してしまったというのが実態でしょうなあ。
 俺の家の音源の中には、日本盤のアナログ初版をデジタルに落としたのがあるんよ。これはまた別稿に。

          岡田純良のPlay List for Elvis Presley 
            1. Wearin' That Loved On Look
            2. Hound Dog
            3. Jailhouse Rock
            4. A Big Hunk O' Love
            5. Crawfish
            6. Blue Suede Shoes
            7. Suspicious Minds
            8. (Now and Then There's) A Fool Such as I
            9. I Need Your Love Tonight
            10. Don't Be Cruel


Elvis Presley (1).jpg
| 8音楽 | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0)
倫敦鰯地獄巡り。
3月15日
倫敦鰯地獄巡り。
 こちらが倫敦の鰯地獄巡りで辿り付いた一皿だ。ポルトガルの飯屋を探して昨年は倫敦中を歩き回ってみたのに、大した収穫は得られなかった。
 その後、スペインの飯屋に夢中になって、一時はそれこそ倫敦中のスペイン屋をたちまち制覇するかくらいの勢いだったわいな。それほどスペインの飯屋の勢いはあるわけ。
 
Galicia Restaurant 20170311 (1).JPG

 それで、先日はスペイン飯屋に入ったら、鰯の塩焼きがあるわけだな。灯台下暗し。ポルトガル屋まで出て行って見つけられなかったものが、お隣のスペイン屋にあったわけだ。
 そいで喜んで「Grilled Sardin」ちゃんを頼んだよ。それと、何時だったかベンキョーしたピンチョスのパエリア。そいつを2つと言ったら、
 「ダブルね」
 と来たもんだ。
 分かってるね、セニョールは。
 そいでさ、待っても待っても出て来ない。パエリアはこうして出てきたのに、焼いた鰯は出て来ないんだよ。
 「まだ?」
 「酒、なくなっちゃうよ、セニョール」
 「今、やってるから」
 そいで出てきたのが5尾乗った皿だったんだけど、これはね、ものすごく旨かった。塩の具合が抜群で、骨身の辺りなんかは薄っすらと赤いわけだ。
 つまり、調理場で塩を振って暫く置いておいたんだよ。そいで炭火の遠赤で焼いたわけなんだね。ポルトガルよりスペインの方が上手だ。
 「塩を振って置いておいたからだね」
 “小倉の料理番長”が言った。どうも最近涙もろくてイカンけど、調理場の心意気にちょっと泣けた。

Galicia Restaurant 20170311 (3).JPG


追記
これから出立。
| 8音楽 | 14:34 | comments(0) | trackbacks(0)
今日のLondon――Gaz MayallとMick Jones。
3月12日
今日のLondon――Gaz MayallとMick Jones。
 実際には3月11日(土)のことだった。用事があって、市内某所周辺をウロウロした揚句、昼飯を喰いに某所まで行くところだった。
 「ここはCooky臭いね。臭いが漂ってる」
 「あすこのカフェに入ってったんだな」
 「そうだっけ」
 「そうだっけて、アンタ、Cookyが、アンタとすれ違うのに道を譲ってたじゃんか」
 「全然気付かなかったよ」
 別にキョロキョロする必要は無いけれど、顔を観れば一瞬で気付くから、あれがSex PistolsのPaul Cook御大だと分かってすれ違いざまに声を掛けたことがあった。
 今年に入って1度入った某店に入ると、先回と同じように、外まで人が溢れて呑んでいる。俺たちはランチを喰らう積もりでカウンター脇に立つと、
 (うっ)
 そののWide Brimmed Fedoraの帽子で、男はGaz Mayall(1960年-)であり、2人のトレードマークの毛皮のコートを着ていたことから、連れはかみさんだと知れた。

         Gaz Mayall & His Wife in Tokyo

 おっさん、今年は57歳になるから、そろそろ老人の雰囲気が漂い始めている。俺もアンタとは変わらないのだから分かっちゃいるけど、お互い歳を喰ったなあ――チラチラと観察しながら想う。Joe StrummerのBlue Plaqueの除幕式以来のお姿拝観。
 珍しく“我が偉大なる女房”はGaz Mayallに気付いた。トレードマークのWide Brimmed Fedoraを被っていたからか知らんが、彼女は、大抵、streetお歩く男には気付かない人だ。
 行き付けの店なんだろう。午後2時半に入ると、盛大にカウンターで呑んでいる。そして4時前に出る時にもさらに友達が加わって盛大に呑んでいた。アンタと俺は、行き付けの店が同じなのか、Gaz Mayallよ。ま、喰いもんだけは悪い趣味じゃねえな。
 (オホホホホホホホ)
 ブラブラと店を出る。辺りは古着と骨董と雑貨品の屋台だらけ。 
 それにしても今日はもう誰かにすれ違うこともあるまいさと想いつつ、何となく前方を眺めながら歩いていると、市内全域でも最大級の週末のマーケットが出る某所のど真ん中に差し掛かった辺りで、また“我が偉大なる女房”は先にズンズン歩速を上げ始めた。

       Joe Strummer Blue Plaque

 2人で並んでは歩けないほどの混雑なのだが、そういう時は、“出やすい宵闇”で、Punkの亡霊が出ることが多い。大体、俺の場合、そういう星回りになってんだよななんて考えていたら、
 (うっ!)
 “我が偉大なる女房”がガンガン歩いて来たので、痩せた老人が身体をかわして“我が偉大なる女房”の進む空間を造って呉れた。
 (あれっ?)
 そう、その老人の顔。
 (ヤヤヤ!)
 Mick Jones(1955年-)その人である。しかしすっかり身なり風体は老人のそれである。

        Tony James and Mick Jones in 2007

 (うーん)
 金縛りのようになって声が出なかった。声を掛けるにもあまりの雑踏だから、掛けると目立ってしまうだろうから掛け難い。
 (あああ)
 遠くを怪訝そうな表情で見つめながら老人の背中は再び雑踏に消えて行く。ウールの濃紺のコートを羽織って無帽であり、すっかりロンドンの21世紀の老人世界に馴染んで雑踏では全く目立たない。
 上に上げた写真は10年前で、さらに10年後の現在は62歳。髪は白くなり、すっかり老人になったが、間違い無い、あれはMick Jonesであった。雑踏ですれ違っても相変わらず、“小倉の料理番長”は大物で、全く気付かなかった。
 2016年12月のJoe Strummerのプレートの除幕式には、Gaz Mayall一人がやってきたが、あるいは近くに住んでいるご近所の誼で、Mick Jonesから代理出席を頼まれたのか知らん。Cookyにしても、Mickyにしても、番長が先に気付いてくれれば立ち話くらいはできなくもなかったが、気合負けだ。
 Londonのコミュニティーは小さい。しかし、あんな場所ですれ違うなんて、変なところで感心するようだけれど、Punk Rockってのは、Street Musicなんだなと想った。


追記
本日は少しゆっくりするかとも思う次第。来週がまたまた忙しくなる見込みなのでかなり疲れそうだ。話が重く大きくなれば憔悴するのも早いから。それにしても、巨悪と闘う準備をしようとする矢先に、また未来の見通せない人たちが気勢を上げて面倒なことにならなければいいと思う。歴史的に見て、未来の見通せない人たちにお任せすると、必ず、天変地異が起きてきた。二度あることは三度あるのだ。
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