岡田純良帝國小倉日記

Life is going on...(6)
8月26日
Life is going on...(6)
 この辺りはシマシマ地帯だ。男も女も老いも若きもヨコシマの服を普段着にしている。元々古くは海賊たちの母港になり、荒くれの船乗りたちが男ぶりを競い、幅を利かせた土地で、「SAINT JAMES」は土地の名だが、今では世界的なブランドになった。パリの「Petit Bateau」もボーダーのシャツを作っているが、本家本元はNormandy地方。
 この辺りの洋品店には、このボーダー・シャツ以外にも、船員服を普段着にしたような前開きやプルオーバーのパーカーなんぞがある。
 (うーん、なんだ、あの服は)
 映画では観たことがあるが、実物を初めて見るような古めかしいデザインのものだ。

20170816 (プルオーバーのパーカー 掲載).jpg

 Lino Venturaなんかが着ていそうなヤツで、この地方はまだ荒らされていないのだと知ると、盛大に財布の紐を緩めることにした。今回、ごっそり、一生分を買い付けた。素朴でごついデザインで、俺が死ぬまでは着られそうな服だ。ParisからTGVで2時間。しかし日本のバイヤー連中がまだ買い付けに来ていない。
 Mont-Saint-Michelにはうようよ日本人が来て、辛抱強く何時間も待ってオムレツを喰っているのに、どうして一歩だけでも足をのばさないのだろう。勿体無い。

          Lino Ventura.jpg

 俺はMont-Saint-Michel至近のAubergeで、この辺りの名物で、「Agneau de pré-salé」 (潮味の効いた塩沼の仔羊肉)と呼ばれる仔羊尽くしのプレートを頼んでみた。こいつをカンカン照りの陽光の下で赤ワインでグイグイ押し込んだ。
 ここからさらに西に向かってMorlaixまで飛ばせばBritanyに入る。ここで不思議な邂逅が待っていた。小さな街のB&Bのフランス人オーナーは俺の名古屋在住の身内の古い知り合いだったのだ。彼は名古屋で暮らした後、俺と同じ時期にSan Franciscoで暮らしていたこともある。
 「ここも連合軍に爆撃でやられました」
 行ってみて分かるのだが、ここも河口域が深い入り江になっている。高架橋が市街を横断する険峻な港湾都市で、この鉄道高架橋が狙われた。この深い入り江から、鉄路は遠く軍港のBrestまで伸びて枢軸国の補給路になっていた。橋は、見上げると連合軍の爆撃で抉れた跡がくっきりと残っていた。

    20170815 (高架橋の爆撃跡 掲載).jpg

 ここから南に降りていくと、フランス全土にGangを輩出した土地に入る。Napoli、Sicilia、Sardiniaと回り、今回はじっくりとBritanyの男たちの生態を観た。
 「あいつはブルターニュ男だ」
 それだけで1950年代、フランス各地の暗黒街では小柄でも性根の座ったタフな男という暗喩があった。
 ブルターニュの男も女も昔と変わらず、やっぱりボーダー・シャツを普段着にしている。例えばTanguy Viel(タンギー・ヴィエル)(1973年-)はフランスを代表する現役小説家の1人だが、彼もボーダー・シャツを常用するBrest生まれのブルターニュ男でもある。

Tanguy Viel (2).jpg

 この作家もBritany男の伝統を受け継いで、古い暗黒映画を見過ぎて育った。作品は往年のフランス暗黒街映画の世界まんまの由。読んでみたいが、まだ手に取ったことはない。Napoli、Sicilia、Sardiniaの男たちと同じで、ブルターニュ男もこちらが敬意を払えば敬意を持って接してくれる。難しいことはない。


追記
過去3回しかいったことのない某店。某国の大統領時代、オバマ某が店に寄ったとかいうことでどえらく世間の評価が上がったけれど、店の中身は変わらないというのがいいわけだ。今日、入ったら、英語客の集まる席に押しやられ、出てきたギャルソンはもう俺とは随分の顔見知りになっていた。良く人の気持ちも分かっていて、とってもいいヤツなんだよなあ。やり直すとしたら、やっぱり俺はフランス語学科だなあ。白井浩司センセイ、お願いスルブプレ〜。

追記の追記
さっき昼飯を喰いに行ったら俺には英語のメニューが出て来たのに、遅れてきた連れには、いきなり隠し持っていた日本語のメニューを出すんだよ。客を如何にギャルソンが自分で判断しているかってことだけれど。
そいで、ここのギャルソン、俺の買ったのと同じブルターニュの船員のプルオーバーの色違いを着てるんだよねえ。エカイユも同じで。うーん、やっぱり、フランスのマリン系の服は男らしくて色っぽいねえ。気付かなかったけれど面白い。色んな点でフランスとはもっと一緒にできるところがありそうなんだけどなあ。浮世絵好きで、和食好き。昨日のランチも日本でいう定食の皿みたいなのが出てきて、お子様ランチのご飯の山みたいなのがあるの。これも、多分、日本の影響なんじゃないかなぁ。日本を好きな人、多いんだよねえ。もっと日本人が愛し返さないとアカン。
久々に“ビームスの岡田さん”としてはバイヤーズガイドを出したくなっちゃうニャぁ。
| 5今週の余糞 | 06:27 | comments(0) | trackbacks(0)
Life is going on...(5)
8月25日
Life is going on...(5)
 西の先端にあるBritany。古来、この土地は大西洋側に突き出していることもあり、冬には荒れた天候が多く、海の幸には恵まれていても、Parisからの交通の不便な土地でもあった。
 行ってみて驚いたのは日本と似た立派な松の並木道のあることだった。朝鮮半島でも同じことを感じるが、日本と似た枝ぶりの松があると外国と思えなくなる。海岸沿いを走りながら思い出したのは大船渡から気仙沼。さらに松島辺りの海辺の風景だった。

20170817 (松と入り江).jpg

 70年代の末から80年代にかけ、前後4回(79年秋、80年秋、82年初夏、84年秋)、フランスにばかり渡ったのが池波正太郎だ。長者番付の常連は、元々兜町の証券会社の小僧から出発したわけだが、使うところが違う。何も残らない旅に張り込んだのは粋なものだ。
 湘南のヨットハーバーに大型船を係留したり、高級住宅街に邸宅を構えたりしても、なーに、そんなもの、日本では次の世代には残らない。大きかった邸宅も、今は跡形も無く消え、マンションに建て代わっている往年の大芸術家の家は幾つもある。
 正ちゃんの家は、くじ引きで当たった裏通りの狭い敷地に家を建て直して使っていた。そうと知らなければ、絶対に分からない。そういう人だから、使う時はパッと使った。往復のファーストクラスの航空券を除いて2週間の旅行で400万円、3週間で700万円。日本から同行した佐藤隆介にキャッシュで渡した。そういう点も元は劇作家であるから、芝居がかっていてトッポイわね。
 「取っておきの“種本”とでもいうべきものがあった。(中略)一回目の旅で、たまたま泊まった一軒が[Relaise et Chateaux](P仙注:Relais & Châteaux)のメンバーだった」
 佐藤さんが「あの日、鬼平先生は何を食べたか」[NHK出版生活人新書]を出してくれたお陰で、我々は彼らが宿を選ぶよすがとしたものが何であったのか知ることができる。
 「厳密な資格審査があり、メンバーになるのはきわめて難しいらしい。日本にも二、三の会員がいるが、その一つが伊豆・修善寺の『能舞台がある宿』として有名な『あさば』と聞けば、ルレ・エ・シャトーの格式も察しがつくだろう」

      20170817 (Japon Tour掲載).jpg

 この会員の宿では、必ず世界中の会員の旅館と料理屋を紹介した冊子が置かれている。池波正太郎の旅した時代から40年近くが経ち、今では、アジアで日本が突出して会員が多く、札幌、金沢、京都、霧島まで、メンバーの宿と料理屋を回る旅のプランが巻頭で紹介されるなど、ここでも日本が大フィーチャーされている。
 今回の旅では、一夜、このメンバーになっている古城の宿にも泊まり、俺は白身魚のMerlanのベシャメルソース添えを堪能した。無論、大名旅行はできない身分だが、こういう古城は中々奥ゆかしい。喰う気満々で行ったからシャンパンで乾杯したらワインをバンバン頼んだ。

  20170816 (魚のソテー).jpg

 翌朝はオムレツに土地の旨いトマトとたまねぎを入れてくれと頼んだら、少年給仕が捧げ持って来たのはプレーンなオムレツにトマトとたまねぎを添えてあるものだった。フワフワでまことに旨い。こいつも手間をかけてかき混ぜたのだ。厨房の誠意に泣ける。
フランス料理が好きなら漁獲高最大の当地を巡らなければなるまいぜ。市場を歩けば丁寧な扱いと商品の豊富さに圧倒されること請け合い。漁師たちの矜持が嬉しい。



追記
それがその…先様は覚えているのに当方側の身内の方は覚えていないってのが面白いわねえ。まぁ、そういう記憶の峻別は例えば20年も経てばままあることではあるけれども申し訳ないような気がしますわね。俺自身にも同じような経験があって、先様は懐かしそうにしてくれるのに、こちらは全く記憶が欠落していることが何度かあった。

追記の追記
本日は大陸某所。その文化の爛熟した某所にて、Brittanyの話で盛り上がった。隠居して暮らすならあっちだよね、という話になって。Sardiniaの話でも盛り上がったわねえ。吉田健一の「ロンドンの味」を持参していて、Elliot Paulの探偵小説を持ち上げているのが引っかかった。日本に戻ったら読まなければ。吉田の健坊については俺には前からある仮説があって、近い内にその仮説を検証しに行こうと思っているのだ。Elliot Paulも夏目漱石も悩まされた冬の大陸の日照時間で神経衰弱にかかった恐れは十分にあるだろう。そして彼の志望していた方向性も面白いわけだわ。

| 5今週の余糞 | 14:29 | comments(0) | trackbacks(0)
Life is going on...(4)
8月24日
Life is going on...(4)
 Normandyを走り抜けたのはD-Dayとその後の攻防が俺にとっては旅のキモだった。
複数の国家の紛争を歴史家がどれほど壮大なドラマに描いたところで、突き詰めれば白人の間の人種的な偏見と憎悪とが激突した最悪の現場であったことは否定できまい。
 ナチス・ドイツのゲルマン優位主義が欧州を塗り潰した暁には、アングロサクソンも、ラテンも、第二層に押し下げられる。この恐怖が、例えば、作戦開始前には150万人のアメリカ兵を英国内に詰め掛けさせることにもなった。
 彼らこそ、このような民族・人種差別を、本国で、アフリカで、インドで、アジアの各地で、数百年に渡って続けてきた張本人たちだった。

20180814 (英仏戦争の古い要塞跡).jpg

 ドイツはその歴史上で遠地に植民地を持たない新興国家だったわけだが、西欧列強の各国が他の有色人種に対してやったことと同じことを自分たちに対してやろうとすると感じた時に、多大な犠牲を払ってまでこれを叩き潰そうとした。
 1960年代には、我が身内はNew Yorkの学生寮で、同室のIrish-Americanから差別された。しかし彼らも警官や消防士が多く、Italian-Americanと共に明らかにアングロ、ゲルマン系から差別を受ける側にあったそうだ。
 その後、日系アメリカ人は肩を寄せ合って暮らしたのは戦後間も無くまでで、その内、社会の中に溶け込んで目立たないようになった。人種の坩堝と言われたアメリカ社会で、少数移民が居場所を作り、溶け込もうとする上で、まことに賢い選択をしたものだ。

20180814 (英国方面を望む).jpg

 実際、歴代大統領で最も人気のあるJFKさえ、被差別のカソリック・アイルランド系家庭で育ち、大統領になった。JFKが押し進めようとした差別撤廃は60年代を通じて公民権運動として展開したが、運動の拡がりの中で多数の人の血が流れることになった。
 60年代を通じてRock 'n' Rollは自由主義社会の中で大きな力を持った。しかし音楽が社会を揺り動かす原動力になったのではないと想う。ヴェトナム戦争の反対運動と人種差別の撤廃を叫ぶ人たちと呼応した。社会の流れとポップスが合ったということだろう。
 無論、今は過去の教訓を踏まえて、そんな人種差別をあげつらう時代ではなくなってきているわけだが、それでもアメリカ合衆国で白人至上主義者が再び声を上げる状況が再来している。
 見るがいい。ヒットチャートに入る音楽は、男も女もセックスばかり歌い、ちっとも社会を動かす力を持っていない。社会を動かそうなんて考えて音楽をやる人もいない。
 面白いのが、近頃、和田アキコの「タイガー&ドラゴン」。「どしゃぶりの雨の中で」と絡み、ドス黒い昭和のジュークボックス演歌が脳内にしつこく鳴り響く。

「美空ひばり、ジャズを歌う」ジャケット。

 それでも、先日、行き付けの某Pubでかけたのは、The Only Onesの「Another Girl, Another Planet」だった。
 「アタシ、この曲、好き」
 店の女の子が俺に笑いかけた。色々なサウンドが俺の中で仲良く共存している。
 Paris郊外の藤田嗣治(1886-1968年)の終の棲家には、画家のレコード・プレイヤーが残されていて、美空ひばりのレコードも残っているそうだ。若い頃、シャンソン歌手のMistinguett(1873-1956年)と仲の良かった人も、歳を重ねてひばりも聴くようになったのだろう。
 ともあれ、D-Day Beachの訪問は、今後も様々な場面で考えるためのいいきっかけになりそうに想う。


追記
先日、某所で一杯やっていた時に、ポルトガルの男が俺のことを指差し、スペイン人とコロンビア人に話し掛けた。
「コイツラの軍隊は本当はものすごく強いんだけど、今まで、じっと黙ってきたんだよ」
そういう風に考えている人は実際にとても多い。センサーやCCD、カメラなどのハイテク技術は指折りのモノだから、さぞや軍事技術も高いものを持っているのだろうと考えているわけだ。
俺は黙っていたけれど、お隣の国の自慢の空母の実力は如何ほどあるのかということくらいは知っているわけだな。如何ほどって言ってるんで、イカモノって言ってんじゃないよ。オホホホホホホホ。
| 5今週の余糞 | 06:25 | comments(0) | trackbacks(0)
Life is going on...(3)
8月23日
Life is going on...(3)
 6月6日のNormandy上陸作戦の報はその日の内にParisにもたらされる。それでも米軍を中心とする連合軍がOmaha Beachを確保したのは4日後の10日。
 「Operation Neptune」は当初6日中に近郊の都市、CaenやSaint-Lôを確保する予定であった。しかしドイツ軍の反攻は激しく、CaenもSaint-Lôも中々落ちない。
 この時、Romeの支局を畳んでParisにドイツ軍と共に撤退していたのが朝日新聞の衣奈多喜男(1910-88年)。この上陸作戦を取材するため紳士協定を破り、単身朝日1社だけドイツ軍と交渉して抜け駆けに成功する。
 彼がドイツ軍用Mercedes Benz Openで将校と共にParisを脱出したのが6月29日。
Saint-Lôに赴いたのは作戦開始から1ヵ月後の7月7日。深夜にCaenで徹夜の爆撃を受け、ドイツ軍人は泣き崩れ、新聞記者は将校を叱咤して撤退する。

Jean-Baptiste Corot, La Vire à Saint-Lô.jpg

 この夜、連合軍の投入した爆撃機は800機を越え、総計4千トンの爆弾が投下された。Caenも壊滅的な打撃を受けたが、Saint-Lôは、さらに17日に連合軍の猛攻に遭った。終戦後も廃墟から立ち直るまでに何と20年ほどかかっている。
 この大爆撃で連合軍はドイツ軍を撃破、1ヵ月半で25個師団40万のドイツ軍は全滅、18個師団が大損害を受ける。
 この戦災の象徴となったのが街の城塞中央にある大聖堂で、爆撃の前には2つあったタワーの左半分が吹き飛び、三角の尖んがり屋根は瓦礫になり、喪った左側のタワーは再建もせず右半分のタワーも平たい塔のまま残してある。
 これも実際に見なければ分からない。“原爆ドームのようなもの”だ。Samuel Beckett(1906-89年)はこの惨状を知って、Saint-Lôを「Capital of the Ruins」と呼んだ。

20170812 (掲載3).jpg

 このSaint-Lôの廃墟の下に埋まった酒蔵からシャンパンを探そうとするのがThomas Pynchon(1937年-)の最高傑作、「Gravity's Rainbow (重力の虹)」の主人公でアメリカ軍中尉のTyrone Slothropである。
 アメリカ軍の中尉がLondonでD-Dayの待命中、女とイッパツやる度に大陸からLondonめがけてV2が飛んでくるという結構に到底入り込めない世界が目の前にあった。街にある建造物は教会と役所を除けば悉く戦後の建物である。
 このままドイツ軍の展開を許せば、ゲルマン民族最上位の世界が到来してしまう――欧米の主要国のリーダーたちの恐怖感は日本人に想像を絶するものがある。
 (アンタたちがアジアやアフリカでやっていたことじゃないか)
 俺は突っ込みを入れたいところだが、廃墟の前では沈黙するしかなかった。

    Tyrone Slothrop.jpg

 Robert Capa、Samuel Beckett、Thomas Pynchon(Tyrone Slothrop)と並べてみると、20世紀を代表する欧米の著名文化人。1944年のこの地区の戦闘は白人の歴史にとって極めて重要なものだったという感じが彼らにはあるわけだろう。
 後年、衣奈多喜男さんは1964年の東京オリンピックに合わせてフランス政府と掛け合い、今も原則は門外不出の「La Vénus de Milo」を、たった一度だけ「日本へお出掛け」させる交渉に成功している。衣奈さんも、また痛快な大和男児だった。


追記
昨晩はNapolis方面で密談成立。何時まで経っても自分の首を洗うオケが見付からんわ。ジンジンしちゃうわいねえ。

追記の追記
朝日でもこの事実は伏せられておるわけだ。ミロのビーナスのオヂサン扱いだけでねえ。頼り無いわいねえ。人類史に残る最悪の戦闘地域まで我が同胞の新聞記者が詰めておったわけだよ。大したモンだ。知性の拠って立つところはテ事実しかないわけだからねえ。諸兄姐、朝日では触れたくないことでも、これは忘れてはいけん立派なことよ。
| 5今週の余糞 | 14:21 | comments(0) | trackbacks(0)
Life is going on...(2)
8月22日
Life is going on...(2)
 今夏は図らずも戦没者の慰霊の旅になった。
 まずは欧州戦線の天王山、NormandyのD-Day Beachに。
 その夏、「LIFE」と特約を結んでいたRobert Capa(1913-54年)が米軍Landing ShipからLanding Craftに乗り移り突撃したあの最悪のBloody Omaha Beachである。

20170812 (掲載1).jpg

 1944年6月5日に行われるはずだった作戦「Operation Neptune」は、激しい暴風雨で1日延期された。とりわけOmaha Beachは米軍第1歩兵師団が充てられたが、対するドイツ軍は歴戦の第352歩兵師団が真上から見下ろしていた。
 行ってみて分かるのだが、北鎌倉から鎌倉に降りていくように丘が海岸近くまで迫り、丁度、Omaha Beach全域を見はるかす位置にドイツ軍が陣取っていたのである。

20170812 (掲載4).jpg

 俺の行ったこの日も雨混じりの強風が吹き、D-Dayを思わせる曇天であった。
 6月6日の一連の写真は、後に「Slightly Out Of Focus」と名付けられ、Robert Capaの著作中に掲載された。実際に行って見ると、第1歩兵師団の米兵たちはまるで演習の時の試射のように機銃掃射を浴びたことが理解できる。

20170812 (掲載2).jpg

 Capaはその恐怖の中に突っ込んで行ったのだから、タイトルは思いっ切り強がって付けただけの話だ。この日だけでOmaha Beachには4千の米兵の死体が折り重なった。参加した2人に1人が死んだ計算になる。他の上陸作戦と比べようの無い惨状だった。
 だが――これだけの戦闘が軍人の犠牲者だけで終わるはずがない。


| 5今週の余糞 | 07:39 | comments(0) | trackbacks(0)
Life is going on...(1)
Life is going on...(1)
 拠点撤収まで時間も残されていないので暫く休もうと考えていたのだけれど、各方面から問い合わせが多数あり、落ち着くまで少し更新の間隔を間引いてシャシンを上げていくことにします。
 こちらは先々週遊んだフランス北西某地の港での1枚。この日、俺はチキンのブイヤベースという奇矯な触れ込みの店の名物を喰った。
 コイツが美食の旅の始まりで、まぁ、あらゆるタイプのレストラン、旅籠、ホテル、B&Bで、魚を、牡蠣を、蟹を、貝を、手長海老を、海老を、喰って喰って喰いまくった。美味かったぜ。
 一つだけ気になるのは、せっかく落ち着いたと見えたEU大陸側の今後のことだ。
 マクロンはそろそろヤバイ。俺の嫌いなU2のBonoBonoを呼んで話を聞いたそうだ。(コンサートをやったってのは俺の勘違い)
 まるで、日本の何時ぞやの民主党政権みたいで、国民世論のホンネさえ読めていない。ズッコケだな。前政権への失望が大きかっただけに、この落差に失望し、そして怒りに変わるだろう。
 このシャシン、ホテル最上階から男が俺を観ているのだ。ウッフッフ。そんなことに気付かないでシャッターを切るもんかい。
 というわけで、ミナシャン、暫く日本で秋が本格化する頃まで、その程度のカンジでお付き合い下されたし。

20170812 (掲載).jpg
| 5今週の余糞 | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0)
ワイン2本、チーズ多数――Milanに消えたか島のブツ。
7月30日
ワイン2本、チーズ多数――Milanに消えたか島のブツ。
 ワインは2本、チーズは多数買い込んで砂だらけの汚れた服の間に突っ込んで出てきたのだが、某所の空港では既にネットでチェックインを済ませた俺たちが荷物だけ預けるカウンターに向ったが、そこでも手際が悪い。隣の通常のチェックイン・カウンターはうねるような長蛇の列。

      20170721 Sardinia  (Luggage).jpg

 「小さな方には4本」 
 「こちらの大きな方には2本ワインがあるの」
 “小倉の料理番長”はポンポンと預け荷物にワインがあると言った。
 (うう)
 受付の兄ちゃんの顔色が変わった。
 「どうしろというんだ、コイツ」
 イタリア語で隣のカウンターの愛想の良いチャンネーに話しかける。
 「オカピート、オカピート」
 「分かってる、分かってる、自分たちの責任で預けるんだから頼むよ」
 と慌てて付け加えて何とか預って貰う。

20170729 Sardinia (Short Conn).jpg

 そうでなくとも閉鎖的な島の場合、内圧が強いから、若い兄ちゃんは、ことの他、折れ易い。優しく声を掛ければまだいいのだが、いきなり(その積もりは無くとも)要求口調だと受け取ると、頑なになって殻に閉じこもるのだ。
 (うーん)
 今回は、島の人間の最上のいいところと下らない悪いところを両方見たので、色々考えるところが多かったのに、最後の最期で“小倉の料理番長”が交渉口調で言ってしまってやばい予感はあった。相手を見ずに加減が無い。年を取るとこうなるのもいいことか悪いことか。
 そのあおりで兄ちゃんは「コワレモノ」も「Short Connection」のオレンジのタグを付け忘れ、45分のトランジットで人間様は何とか乗換えができたのに90リッターの大型トランクは今はまだMilanの某空港を彷徨っているらしい。
 小さな方は乗換えができたのに、大きな方は荷物のコンテナの底にでも突っ込まれていて間に合わなかったのだ。潰れた会社だが、こうして一事が万事で手際が悪いから潰れるのも仕方が無い。
 さて、出てくるかどうか――

| 5今週の余糞 | 16:59 | comments(0) | trackbacks(0)
今日の1台――Shelby 427 Cobra (1965)
6月19日
今日の1台――Shelby 427 Cobra(1965)
 こういうクルマがご近所の路上に駐車してある。気に入らないねえ。これだけで腹が立つねえ。
 近頃では、サザビーズでオークションに出た時には、3百万ドルの値段が付いたそうだ。15年程前に調べた時には、確か5万ドル位だった。中○(正答は2つ)の金持ちのお楽しみで、市場価格が釣りあがっている。
 だけど、もし大切にする気があるならちゃんとガレージの中に駐車しておくもんだろう。金があるとか無いとかいうことよりも、大切にする気持ちがあるなら――という意味だ。
 大切にする気が無いなら、こんな車を持たなければいいじゃないかと想ってしまう。やっぱりどこか釈然としない気分になってしまうわけだ。

Shelby 427 Cobra (1965) (掲載).jpg

 そこにあの大火事が起きた。今や、犠牲者の数は70人。100名を超える可能性もあるということだが、現場の遺体は本人かどうか確認はできないものが大半だろうと言われている。
 下記に掲げたのは俺の家の場所を図示して、Gelnfell Towerとの位置関係を示したもの。
 BBCの掲載した図だけど、こういう収入の格差みたいなの、ことさらに強調したってな。昔の偏差値とか大学入試の難関度合いを示すものみたいなもので、あんまり生産的な方向に行くとも思えないけどね。
 BBCはBBCでメディア・マフィアだから、高収入でアンパイだったりするわけで、イヤミだという感じもしないでもないわけだわね。
 Westminster地区がこの西側にあって、東側にはHammersmith & Fulham Councilというわけだ。丁度、雑多な社会層と人種が入り混じった感じになるのかな。
 ともかく、久方ぶりに格差問題が表出したという感じ。この件は長く続きそうな気配濃厚大学。

Kensington & Chelsea BBC Map.jpg

追記
Finsbury Parkで惨劇。いやはや何とも。こちらは昨日のGrengfell Towerの佇まい。完璧に炭化して、全ての陽光を
吸い込んで佇立していますわな。30度超えの勢いが2日も続いていて、冷房が無いからキツイ。今日も続きそう。

    Grengfell Tower 201700618 (1).JPG
| 5今週の余糞 | 15:18 | comments(0) | trackbacks(0)
Ace with 59......
4月27日
Ace with 59......
 The Neatbeatsの「59 Cafe」(https://www.the59club.co.uk/)はこのフライヤーにもある老舗のロッカー御用達のカフェから取ったものだろう。このフライヤーは「Ace Cafe」で手に入れた方だけど、彼らは一緒に協力し合っているんだなぁ。
 Bromly Contingentの世界の人たちがナチの軍服のフェチだったのは、イギリスの場合にはこの辺りのロッカーズの影響は潜在的にも大きかったと想うわねえ。
 もう随分この世界にはご無沙汰しているけれど、どうもヤバイなぁ。バイクとギターはモノとして美しいからな。物欲を押さえつけるにも無理があるわねえ。困ったものだ。 

      Ace Cafe (jointly with 59 Cafe).JPG
| 5今週の余糞 | 14:32 | comments(0) | trackbacks(0)
サファイア王子になっちゃった。
3月15日
サファイア王子になっちゃった。
 日本航空から国際便。開けてみると、予想通り。マイレージ・バンクからの封書。
 「あなたはサファイアのメンバーです」
 とある。
 一昨年からのデーヤモンド大臣から2段階降格。ドヒューンということで、小池知事、アナタの大好きなサファイア王子に私もなってしまったことよ。オホホホホホホホ。

          小池知事 in サファイア王子
| 5今週の余糞 | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0)
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