岡田純良帝國小倉日記

愛情騙子@臺湾台南地方法院。
4月28日
愛情騙子@臺湾台南地方法院。
 またやってしむたんけ。ええ加減にせいや。オホホホホホホホホ。ドヌーン。

        愛情騙子@臺湾台南地方法院 (掲載).jpg
| 5今週の余糞 | 14:29 | comments(0) | trackbacks(0)
川崎シチーも様変わり――某所にて。
4月23日
川崎シチーも様変わり――某所にて。
 川崎駅前の東芝の川崎工場跡にできたラゾーナ。随分カワサキシチーの人々の暮らしを変えてくれたけれど、先日そのリニューアルした魚売り場を観てガックリ。「魚辰」だけになってしもうた。ナンや、この札は。

   魚辰の新システム。.jpg

 扱っている魚も一尾まるごともりもりカゴに盛っている商いではなくなって、チョボチョボのショボイ売り方に。
 平成のこの15年程は、もっとグイグイとカゴに盛って競い合うようにしていたのに、種類も少なくて、最初から、包丁が入って売っているブツが多い。
 つまるところ、カワサキシチーのピーポーの喰い方が問われておったのに、しっかり店からのチャレンジに応える客層が多くなかったということでもあるんやね。ちょっと情け無い気分。

   20190419 愛知産すずきのグリル (5).JPG
  こちらはヨコハマのそごう地下の魚売り場で調達した愛知産のすずき。デカイも
  デカイ、70センチ級。これだけ大きいと考えて喰わないといけんわね、何と2日に
  わたり刺身で喰い、その合間に昆布〆にして喰い、四日目はオーブンで焼いて5日
  かかって喰い尽くしたんやねん。アフリカのブッシュで暮らすライオンの気持よう
  分かりまっせ。こういうのが、とても楽しいです。
| 5今週の余糞 | 13:12 | comments(0) | trackbacks(0)
死にたくなればこれ喰えば――ゲップ製造装置。
4月19日
死にたくなればこれ喰えば――ゲップ製造装置。
 付き合いが多くて夜の宴会はお断りが続いているのだが、だと知ると、昼間の付き合いに転じる人がおるわけよ。これが。
 黒ゴマ入り坦々麺なんか昼間喰ったらロクなことにならんばい。

20190331 黒胡麻入り坦々麺 (1).jpg

 翌日はコリアン・ストリートに連れ込まれて昼間っから石焼ビビンバったいよ。こんなもんを喰っていたら絶対に逆流性食道炎になってしまうばい。

20190418 某所石焼ビビンバ (2).jpg
| 5今週の余糞 | 12:21 | comments(0) | trackbacks(0)
祖父形見の時計文字盤が剥落。
4月7日
祖父形見の時計文字盤が剥落。
 つい先日、令和の元号が発表された頃、時計の文字版が剥落していた。
 丁度4時と5時の間で文字盤の周縁部が直系4个曚蒜輙遒靴討い襪里傍ど佞い拭G輙遒靴進源盤のカケラはあっちにいったりこっちに来たり。このシャシンでは秒針の右下に来ているのが分かるだろうか。
 そうして、この懐中時計の竜頭が時々膠着してゼンマイを巻けない日が出てきたのである。帰宅すると作動して、ネジもその分、巻けるのが怪しい。
 そろそろ、いい加減、分解掃除の時期が来たということか。またまた遠路はるばる時計屋に持ち込み修理だわい。

   20190405 遂に限界か祖父純良形見の時計(RONA)文字盤一部剥落。.jpg

追記
投票終了。散髪終了。
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どこを見る?――訃報の翌朝。
3月30日
どこを見る?――訃報の翌朝。
 ショーケンの訃報が流れた翌朝は、セブンでコーヒーを淹れている間にパチリ。タブロイド紙の一面トップを制覇した。
 しかしNHK朝のニュースのトップまでショーケンの訃報だったことにはドタマに来たけど、
 「脳に来た、脳に来た、脳まで出たよ、オー脳、オー脳、オー脳」(by 松山猛)
 顔で笑って心で泣いて罵声を飲み込んだですよ。
 ショーケンというと総持寺への散歩とお遍路さんとが思い浮かぶ。

   20190329 ショーケン訃報の翌朝.jpg
| 5今週の余糞 | 15:08 | comments(0) | trackbacks(0)
小倉神殿の神々たち。
3月29日
小倉神殿の神々たち。
 最近また書籍の処分をやってさらに書籍を減らしたのに、本棚には黙って読まれるのを待っている書籍がまだまだ30冊ほど横になってじっと自己主張をしているのだった。開けると気が重くなるので直ぐに閉める。
 それで神殿付近のブツの処分に取り掛かった。俺は自分のやることに飽きたりまたまた面白くなったりの繰り返し。
 今はちょっと別のプロジェクトが頭の中をグルグルと回っている。それもあって、余計なことをやって、現実から逃避しているところがあるわけさ。

小倉神殿の神々たち。
| 5今週の余糞 | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0)
昭和の終わりの頃の東京か?
3月20日
昭和の終わり頃の東京か?
 とうとう到着しましたが、街の変わりように言葉も無い。こんなに発展させたのは誰。世界中の我利我利亡者共だぜ。
 オカピート?
 さっき小倉の陋屋指定映画、「ボヘミアン・ラプソディー」を観た。新宿にもオトコ漁りに来ていた話はオープンになっていたけど、映画では東京と日本がどれほど彼らの人気に火をつける役割を果たしたかは描かれていないのは、やや残念ではあった。
 70年代では78年くらいまでは聴いたのだけど、その後は自分自身の旅が始まったから、とんと聴いていなかった。だから歌詞がダブルトリプルの比喩に満ちて自分自身を投影していたことは知らなかった。
 「ボヘミアン・ファッキン・ラプソディー」
 大事な場面でフレディーが言ったのが面白かったね。
 それと、彼自身の才能があれおどバンドの中で大きかったこともね。等分のバンドだと想っていたから、ちょいと見方が変わったかな。
 オカピート?
 北京は相変わらずだ。俺は指紋を左右四本づつしか登録していないのに、入国審査では親指は見逃したぞ。ヌーンそれでいいのか?
 ってなことで、久しぶりの北京の入国審査のスタンプが押された。十数年ぶり。
 昭和39年の東京オリンピックと年月の立ち方を比べてみると、丁度、昭和51年か52年頃の東京になるわけなんだ。つまり、クィーン人気が定着し、その後、パンク・ロックが爆発し、嵐が東京で吹き荒れる前夜、凪の時台になる。
 それにしても、きれいになって、オーガナイズされてらあ。ゴミが目立たないなんて、全くらしくないぜ。明日はどっちだ?

| 5今週の余糞 | 01:17 | comments(0) | trackbacks(0)
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(番外壱)
3月17日
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(番外壱)
 P「それでさっきのミス○○のことなんだけどさ」
 J「P君、キミもしつこいね」
 P「オンナは『アタシが高卒だからモノ足りないんでしょ』っていうニュアンスを詳しく」
 J「そうだな、俺は女の金にしか興味が無かったことを見抜いていたんだろうな」
 A「だけど半世紀も経って惚れてたかも知らんとはどういうわけよ」
 J「俺にも分からん。だけど、俺には高学歴のオンナの方が話をしても面白いからな」

       レツゴー三匹.jpg

 P「結果的に開高健が高学歴のオンナばかり淫したのと似てるわね」
 J「そうか、俺は淫売買いみたいなのもしたけどな、カアちゃんに貰った小遣いでな」
 P「それ、あんまり、ギャグになってないよ、センセイ」
 J「吉行淳之介じゃなかったか、俺は」
 P「ヨシユキの女遍歴は標準以下だね。相手の学歴云々以前に自己の鍛錬が足りんわな」
 J「オマエも言うようになったじゃないか、P君よ」
 P「付き合っている女が浮ついていてミーハーなのばっかりよ。言うならお安いですわ」
 J「別れなかったカアちゃんもか」
 P「結果的に生身の男を取り合いさせるようなことをさ、ホントの男ならさせないよ」
 A「コイツ、昔から口だけは偉そうだったっすよ。小林秀雄みたいに」
 J「その口でオンナを口説いては泣いてたわけだな、P君よ」
 P「天にツバを吐いていたようなもんで、まぁ、その代償は払いましたぜ、人並み以上に」
 A「相手のオンナが高学歴であることは要件ではないでしょ、必ずしも」
 J「オレが学者だからかな」
 P「ミス○○にはさ、自分の影がセンセイの言動の内にクッキリと見えたわけだよな」
 A「そうか、お気の毒にな。傷つかなくともいいのに傷ついたわけだ」
 J「半世紀経って想い出すのはチンポが立たなくなったからか」
 P「そういうことじゃないな。惚れてたかもよ、センセイも」
 A「半世紀前の少年少女みたいな付き合いなのに」
 J「そうかも知れないなぁ。惚れてたのかなあという気持ちになることがあるんだよな」

        レツゴー三匹 じゅん (2).jpg

 P「センセイはジュリアン・ソレルじゃなくてさ、『アデンまで』の遠藤周作なんだよ」
 J「それいいな、それ!」
 P「『ああ、ジェルソミーナ!』だな」
 A「センセイ、ザンパノっすか」
 P「野蛮な中世の会津人だよ、知らなかったのか」
 J「ジュリアン・ソレルじゃないけど、『私の・棄てた女』くらいの気持ちになるな」
 A「傷つけなくとも良かったのに、という苦い後悔は誰にもあるでしょ、家族との間さえ」
 J「そうだな、死んだ父親とか母親を思い出しても遅い」
 P「死んだ子の年を数えることと同じで」
 J「オイ、俺は今日は帰っぞ、な、いいか、分かったか」
 レツゴー三匹のジュンちゃんみたいなクリクリ眼で流し目をするDは手元のカバンから抜き刷りを取り出し、AとPに手早く押し付けるとI.W.G.Pの向こう側に消えて行った。


追記
昨晩は夕方17時に小倉の家を出て、にわか雨に降られながら野毛の坂を登って日の出町の旧グッピーまで。トラメのステージ。エイプリルフールに野城さん、瀬戸さんと都内某所に集合することで一決。30年以上俺もやっとることが変わらんわ。元サザンの大森さん名調子。

追記の追記
某所にて松尾邦之助の奇書、「巴里物語」[論争社]初犯を調達した。遠州森の石松ことインテリヤクザの松尾センセイはオジキの時習館出身かと思っていたのだが親父の卒業した浜松北高の前身の旧制浜松中学の先輩だった。モンテカルロのコキュ事件も証言が載っていることだし、いよいよ俺の敗戦前の欧州戦線邦人事情研究も佳境に入ってきたぜ。戦争で百年くらいは損をして周回分遅れたという仮説はいよいよ正しい。我が一族でさえ戦争で分断されなければ、ユダヤのそれのように世界中に血縁が散っていたであろう。残念でならん。しかし、その記録を残しておくことも、また、一族のためには、良し。Edinburgh方面では大学進学準備の報。あの泣いていた男の子が秋には大学生になるとは。
| 5今週の余糞 | 07:06 | comments(0) | trackbacks(0)
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(下)
小倉日記’19(第十二弾)
3月16日
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(下)
 J「俺な、お前らだけにしか言わないけど、昔、ミス○○と付き合ってたことあんだよ」
 レッツゴー三匹のジュンちゃんみたいなクリクリ眼で流し目をするのは昔からの癖だ。
 高卒OLのミス○○と付き合っていた大学院生のJは彼女に結婚を迫られたのだそうだ。2人は上野駅で落ち合ってお茶を飲み、別れた。
 J「いいか、俺はな、その時、オンナの財布見てたんだよ。俺にはないものを持っててな」
 P「ネオリアリズムみたいだねぇ、カメラ・ワーク浮かんじゃうな」
 J「金に負けたくなかったのに」

1億人の昭和史(昭和43年〜46年) (1).JPG

 P「それで振ったんでしょ」
 J「オンナは言ったよ、『アタシが高卒だからモノ足りないんでしょ』ってな」
 A「何て応えたんですか」
 J「ナンでもいいんだよ、別れたんだからな」
 Jは最近になって、半世紀振りに夢にミス○○がしきりに出てくるのだと言った。
 J「財布を見てたなんてな、いいか、そういうこともあんだぞ!、分かったな」
 P「俺は水上勉の『飢餓海峡』だ」
 J「左幸子だ!」
 A「『幕末太陽傳』だ」
 P「いいねぇ。理屈を越える瞬間だね」
 A「むつの星、川島雄三!」
 J「庶民列伝だな。理屈じゃないよ、俺はどんな権力にも権力は全部反対だからな」
 P「おっかねえなぁ、センセイ」

1億人の昭和史(昭和43年〜46年) (8).JPG

 J「中世からずっと続いて来た何かが消えていくんだよ、消えたんだよ」
 P「農村的なもの?」
 J「もっと因習的でな、迷信的でな、言葉に出さないタブーのようなものだ」
 P「座敷牢とか姥捨山の世界だね」
 J「そうだな、あの頃まではあったものだな」
 P「68年は映画なら『俺たちに明日はない』と『卒業』ね」
 A「『イージーライダー』と『明日に向って撃て』が70年」
 P「間の69年に『真夜中のカーボーイ』があった」
 J「『都市の論理』だな」
 P「まだあの理屈、有効?」
 J「ナンでもいいんだよ、俺はAnarchistだからな。ミス○○に惚れてたかも知れんな」
 A「そうっすか!」
 P「俺もナンでもいいや!、Anarchistじゃないけど」

追記
昨日だか上げたシャシンはスカ線内の68年に起きた爆破事件のものだ。この明らかな無差別テロ殺人で死者が出て、犯人は死刑を言い渡されるわけだが、その死刑囚の生涯は加賀乙彦の「ある若き死刑囚の生涯」にまとめられている。
山形から上京したインテリの大工だった犯人は、同郷だった恋人にフラれた腹いせに、彼女が使っていたスカ線内に時限爆弾を仕掛けて、14名の死傷者を出す事件を起こしたのだった。根が真面目だからこんな事件が起きるのだが、事件の陰に女ありである。田舎から出てきた男は、同じ田舎から出てきた女に棄てられ、自暴自棄になった。今ではあまり注目されない辺りだが、都市化の流れの中で、日本人の価値観が変わっていく中で、それに抗うように、変化に追随できなかった社会層が起こした事件だろう。
加賀はキリスト者になって刑場で果てた死刑囚に寄りそう。68年は様々な事件が起きた訳だが、その新宿騒擾事件の現場には俺はさすがにおらんです。その時はまだ4歳さ。しかも雪深い敦賀の三島町に逼塞していたわけだからのう。

追記の追記
最近では2017年映画で今年の正月明けに日本でも公開された「Detroit」が記憶に残る。これは、68年のDetroit Riotが描かれる。あの映画では、まだDetroitのストリートでは白人警官による黒人への人種差別が公然と行われていたことがよく描かれている。ひるがえって68年の日本の農村部と都市部の落差などを描いた映画はまだ誰も撮っていない。
| 5今週の余糞 | 03:18 | comments(0) | trackbacks(0)
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(中)
3月15日
Anarchist今昔――I.W.G.P.篇(中)
 「よろずや松風」から目と花の先の「弁慶」にまろび歩いて行った紳士たち。
 P「センセイはAnarchistでしょ、石川淳に開高健が話した5月革命のパリの話が良くて」
 Pは開高健(1930-89年)が石川淳(1899-87年)に語った話を紹介した。
 「アナーキストの美少女は全身を皮服に固め、黒旗をふりかざし、若者たちの肩車にかつがれ、ほんとに毛をたて爪を剥きだしたヤマネコのように嚇怒し、いきいきとして“とことんやりな”(ジュスク・オ・ブー)、“労働者・学生・団結!”(エウーブリエ、レチユデイアン、リユニテ)と軒ごとのキャフェに向かって叫びかけつつ、一人の参加者も得られないまま、しかし、昂然と胸をそらし、顎をあげて、サン・ミシェル橋のほうへ、消えていった」

1億人の昭和史(昭和43年〜46年) (9).JPG

 D「美少女だったってのがいいじゃねえか」
 黒い上下のジャンプスーツと言えば「あの胸にもう一度」のMarianne Faithfull(1946年-)という話で盛り上がる紳士3人。
 J「パリっぽい感じが出てる話だな」
 A「Anarchistってのはどうしてムダなことをやるのかねえ」
 J「ムダだからいいんじゃねえか」
 P「建設的になっちまったら無政府主義にならねえよ。パンクがそうだったじゃねえか」
 A「あぁ、まぁ、そうだけど」
 J「パリ革命の68年な、あの年から何もかも変わったんだよ。日本でもな」
 A「そうですか」
 J「安保反対の確信も揺らいでな。すべからく無機質に変わっていくきっかけになった」
 P「つげ義春だ」
 J「そうだな、世の中に抗う象徴だったな。つげ義春はな。まぁ、そうだな。『モーレツ時代』になったんだよ。公害国会で」
 P「俺、68年と言えば、丁度、本田靖春版でまた金嬉老事件を振り返ってたんだよね」

1億人の昭和史(昭和43年〜46年) (10).JPG

 J「ナニ?、どうしたんだよ、古い事件だろ」
 P「最近、吉展ちゃん事件にしろ、あの寸又峡事件にせよ、本田靖春のルポからあの時の社会の価値観とか常識みたいなものがひしひし感じられるンでね」
 J「そうだな、昭和前半の東北の貧乏人と在日朝鮮人だからな」
 A「そんなに違うかな」
 P「今の常識は全然通用しない。社会の規範が違うからね」
 A「そうなんだ」
 P「同じ頃、小沢昭一が放浪芸を取材してて、芸の終焉に立ち会ったと絶望しているわけ」
 J「あの頃から、変わったんだよね、日本は」
 P「中世からの庶民の藝能が消えた、とまでね。同じ時期なんだよ」
 A「そうなんだ」
 P「センセイ、ワイン、もう一杯呑むでしょ」
 J「ああ、そうだな」

追記
3月14日は祖父の命日だった。春分の頃の墓参の季節の前で、毎年、色々と考え直すには好適な日なのだった。週末は雨の予報なので、今週末は行くかどうか。俺が熱心な仏教とだとか信心深いとか想う人が時々いるようだけれども、そんなことは決してない。プラグマティックで、宗教も信じているわけではないのだ。
昨夜は久し振りに八重洲某所に。リーマンの聖地のような場所で、俺の古い友達を連れて行った。菊正宗菰樽常温。「danchu」の熱心な読者の彼は大感激。1号徳利を5本。その後、おでんやの某所に行くと満員で入れず、近くのこれも秘密のナニに。鶴齢生酒を1合盃に4杯。謀議密談。そろそろ世界の景気も悪くなるところだが、もうひと踏ん張りの奮励努力を互いに宣誓。乾杯。痛飲。
| 5今週の余糞 | 06:01 | comments(0) | trackbacks(0)
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