岡田純良帝國小倉日記

ネクタイ締めてメシ喰って。
11月20日
ネクタイ締めてメシ喰って。
 30代半ば位までに買ったネクタイは200本ほどあったと想う。東京西部も、原宿、新宿、下北沢、国分寺辺りまで、行く先々の古着屋で調達した。
 20歳のPaul Weller(1958年-)が、「ボクはボータイをダンボールに3箱くらいは持っている」と自慢していたのに刺戟されたのだったなあ。
 その後、古着屋業界が変わって、高円寺や中野に出るようになってからも、まぁ、気付けば買った。
 京都、大阪、神戸でも買ったな。神社や寺の骨董市でも、境内に吊るしで並んでいる古着の間にあるネクタイは、ダメ元で隅から隅まで点検した。それくらい好きだった。

20181025 久々のネクタイ (1).JPG

 しかし世の中変わっていく。気付いた時には、俺の家に集めたコレクションの方が、そこらの古着屋で売っているものよりもずっといいものになっていた。
 一本一本の程度は勿論のこと、美しいデザインや色味、レアな趣味モノまで、店によっては店頭のディスプレーでマネキンの首に巻いてあるブツよりもずっといい。

20181118 残ったネクタイ (1).JPG

 つまり、裏を返せば、もうとっくにそんなコレクションを続ける時期は過ぎてしまったということになる。陶磁器などの書画骨董は何百年も人の手垢を経ているが、身に付けるものなどはそうはいかない。
 だからいいのだ。
 俺のもう一つの楽しみだったオートバイや自動車も同じことで、書画骨董と違って、動く道具だ。だから、それが走らなければ、あるいは、使う方も使えなければ意味が無い。
 あれから40年も経って、ネクタイは段々無用なブツになりつつある。ネクタイを締める意味は、フォーマルだとかカジュアルだとかいう機会より、カッコつけのためだけの道具になりつつある。

20181118 残ったネクタイ (2).JPG

 このネクタイ類も俺と一緒に消えていくのさ。しかし、それでいい。
 タイはタイ。東京から遠く離れた台北から南下する機上でも、久し振りに1960年代前半のネクタイを締め、しかも客とこんな鶏爆極細炒麺を並んで喰うことになろうなんてことは考えもしなかったことだ。アジなもんさ。

Kuala Lumpur 20181114 (鶏爆極細炒麺3).jpg

追記
東京地検特捜部、久々の大ヒットだね。プライベートジェット機内での任意同行劇の隠し録りテープは最高だつたぜ。庶民の味方、悪徳不良外人狩りってのは、俺としては、ポチ袋に何枚か入れて投げたいくらいの気分だぜ。最高だ!

しかしマル源が実刑食らったわね。

そんな話で昨夜は面白かったぞ。しかし、そういうことは、大きな声では言えんわねえ。何にせよどうせ我々は遠くに行くのだからなあ。ウハハハハハハ。
| 10随想 | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0)
昭和時代――堅気が休戦の仲介をした時代。
11月6日
昭和時代――堅気が休戦の仲介をした時代。
 言葉で幾らでも言えるけれど、もどかしいのは、若い人は古い時代を体験していないことで、過去のその雰囲気を共有することは難しい。
 過去は繰り返しもするけれど、必ずしも同じことをそのまま繰り返すこともない。あくまでも、相対的なもので、日本社会は似たようなサイクルに入ることがあるとしても、周辺国は以前の日本が同じ時期だった時とは全く違ったステージにあるはずで、相対的に同じ状況にあることはない。
 というわけで、温故知新は大切なのだが、それよりも重要なのは、幅の広い視野で自分をも客観視できることだ。そして柔軟な対応ができる余裕。それには情報戦に常に先んじていなければならない。そのベースに、長期的な戦略というものがあるべきだろう。 
 
山口組血風録 (1) 中井一夫元市長(前)、白神英雄(後左)、佐々木将城(後右).jpg

 前から85年の神戸ユニバーシアード大会の神話の話は書いてきたけれど、とうとう、その話を裏書する証拠写真が出てきた。
 85年にはユニバーシアード大会が予定されていたが、この年は、もう春から関西中で拳銃が火を吹いて、俺ですらバイトでたまたま寄った大阪で、飲みに行ったミナミの呑み屋で乾いたナニの音を聞いたもんね。
 この時、96歳になる中井一夫(1889-1991年)元市長(前)が、一和会の常任顧問で、後にサイパン島で射殺死体で発見される白神英雄(1923−87年)(後左)、一和会幹事長の佐々木将城(後右)らと山口組の休戦について乗り出して調停が成ったところで会見をやったのだった。
 俺は、丁度この会見をやっている夏に美能幸三(1926−2010年)に会いに行ったのだけれど、中井一夫という人物のエラサというものは、全然分からなかった。
 「ワシは田舎大名じゃ」
 そう言う幸三にビシれていただけのボンクラだったわけだ。

   中井一夫.jpg

 とはいえ、美能幸三さんは、元は山口四代目になるはずだった山本健一と兄弟分の盃を交わしているのだけれど。
 なに、そんなヤクザ者の話ではなく、中井一夫のエラさというものは、ずっと後になってから、色々なところで、この人に絡む逸話を知って分かったことだった。
 この時代辺りまでは、こういうジジイがひょっこり出てきて、山口だろうが一和だろうが、つべこべ言わさずに、休戦させて、さーっと引っ込む年寄りがいたわけだろう。気合だけですよ、こういう場面は。
 しかも、そのエラサを世間がちっとも分からない、そんなことを手弁当でやって、何時の間にか死んでしまった。なんちうカッコいいジジイだろう。
 堅気とヤクザの違いは、いきつくところ、本当はあんまり無い。どこまで本気でやるかということだから、堅気もヤクザを折伏するような人物がいたというのは、何と言うか、痛快だワイ。このおっちゃん、弁護士やんね。俺も、一時期、弁護士になるかいねえとちょっとだけ想った時期があったっけ。


 
 
 
| 10随想 | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0)
呉検定――「これもベンキョーして貰わんと」。
10月27日
呉検定――「これもベンキョーして貰わんと」。
 というわけで、呉の某所から我が家に運び込まれる書籍もある。

20181023 「極道ひとり旅」表紙。.JPG

 昭和40年代に出た懐かしいような本もあれば、はたまた前世紀の末に出た、新しいような、そうでもないような、焼き直しの本もあったりする。昭和時代に読んだ書籍があるのと、平成にブームが来て出たような書籍と、渾然一体となっておりまするわいね。
 「キミにはこれもベンキョーして貰わんと」
 幸三さんはそう言って、東映のVTRヲを俺に投げて寄越したっけ。昭和60年のことですたい。
  今の呉も随分様変わりで、素堅気の人もおれば、堅気の人もおれば、半々の人もおれば、博打好きのひともおる。人間色々でごわす。
 幸三おじさんも亡くなって時間が経ってきましたわい。ワシものう、あのモータープールにクルマを停めてから、コンナの女のスタンドバーで一杯引っ掛けて来るかいねえ。ヌホホホホホホ。

20181021 呉検定受験生書棚。.jpg

追記
Eddie & The Hot RodsからRamonesまで差し掛かってまいりました。第3コーナーを回っていよいよ直線に入ろうかというところでっせ。
| 10随想 | 15:31 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――電力と国益(下)。
10月27日
気になる本――電力と国益(下)。
 「電力と政治(上・下)」[上川龍之進著, 勁草書房]
 昨日に続いて東日本大震災の頃の話だ。
 民主党は日本中の原子炉を棺桶にしようとした。だから、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを代替エネルギーとして打ち出そうとしたが、民主党とそのブレーンは代替エネルギーに移行した際のソロバン勘定ができない。
 つまり、再生可能エネルギーの経済合理性が説明できない。何を担保にするのかという議案に必要な様々な保険もかけられない。理屈だけは立つが、政治は「経世済民」という最も根本的なことが実践できなければ勝てない。だから民主党は安倍政権で議論されたエネルギー法案を潰すことができなかったのだ。何時も自民党を悪者にするが、彼らに現実的な議論のできる実現性のある代替案が作成でき、それを合理的に説明できるなら、何も国会の議席数に頼らなくとも民意を味方に付けることができたはずだ。

「電力と政治 (下)」表紙。.jpg

 しかも自民党には民主党に欠けている実践的な力があった。法案を通すだけの手続きは真っ当に進めていたわけである。
 「戦後日本の原子力政策をその起源にまでさかのぼり、長い時間軸の中に原発事故と事故後の対応を位置づける。丁寧な註記を確認するまでもなく、著者が読み込んだ資料や先行研究は膨大な量に及ぶことは明らかで、『日本の原子力政策 全史』という副題にふさわしい力作である」
 「事故が起こった直後から『原子力ムラ』などの揶揄的表現とともに、原子力政策の閉鎖性はたびたび指摘されてきた。本書もそれを見出すという点では共通するが、丹念な論述により、単に電力業界や一部の専門家のみならず、政治家や官僚、労働組合、地方自治体を含む多くの人々や組織が、長い期間をかけて閉鎖性を生み出したことが示される」
 「マスメディアや一般市民も、当初は原子力の平和利用を好意的に受け入れ、その後は間欠的にしか関心を払わないことで、閉鎖性の形成と維持を間接的に手助けしてきた」
 「全篇を通して『暗躍』といった価値判断の強すぎる表現が散見されるのが惜しまれるが、原発再稼働など個別の政策判断への賛否を超えて読まれるべき著作である」
 「暗躍」とか「謀略」という言い方は、渦中の人物にとっては意外な評価だろう。電力網はヨーロッパのような陸続きの国々では過去から歴史的にも軍事と同等のライフラインで、敵対する国からの供給には安全保障という問題が出てくる。

「原発・正力・CIA」表紙。.jpg

 日本人にはビジネス戦略と呼ぶなら不当には感じられないかもしれない。しかし電力は、クーデターでは必ず占拠されるテレビ放送局と同じく、取り扱い一つで、国民を極めて危険な状況に陥らせることにもなりかねない重要な問題を孕んでいる。
 今年になって、遅まきながらだが「原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史」[有馬哲夫著, 新潮新書]を読んだ。併せて読むと面白いだろう。
 こちらは原子力とかCIAとかタイトルに付されているのだが、一種の正力松太郎(1885-1969年)伝記でもある。佐野眞一の伝記では、「巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀」(文春文庫)が有名だが、こちらもCIAとの虚虚実実のやり取りが描かれて面白い。
 原子力発電の平和利用に関して、どれほど日本国民が熱狂したか、その熱狂のためには、CIAがどれほど謀略に心を砕いたか、当時は正力の懐刀だった柴田秀利(1917-85年)が、どれほどCIAと駆け引きをやったか。「東京ディズニーランド」も、元はといえばCIAが裏で絡んでいたとか、「よみうりランド」とか「多摩テック」とか、昭和のガキの想い出と絡んで俺には懐かしい学校のように読めた。(『この一冊』京都大学教授・待鳥聡史評、日本経済新聞)


追記
さざなみのように聞こえる「The Roxy London WC2 (Jan-Apr 77)」。
「Strrawberry Fields Forever」はJohn Lennon流の「破れた繭」なんだとピンと来たわいねえ。
| 10随想 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0)
とうとう入手――David E. Kaplanに再会。
10月25日
とうとう入手――David E. Kaplanに再会。
 「ヤクザ」というタイトルはよろしくないねえ。
 David E. Kaplan(1955年-)は今でも面白い題材の調査報道を続けているアメリカ人ジャーナリストで、不偏不党の調査報道のプロだ。俺は好きだねえ。
 しかしヤクザと保守政治家の絡みに着目するような人物であるから、「アンダーワールド」系の作家たちの先鞭をつけた書き手であり、彼らを悔しがらせた作家でもあるだろう。

「ヤクザ」[David E. Kaplan著](第三書館)表紙。

 日本で言うと一時の本田靖春(1933-2004年)のようなタイプで、だが、本田とも違って、アメリカ人ジャーナリストの書きっぷりには、どこか冷めたものもあって、義理人情の世界とは少し違ったものも感じられる。
 日本では、インテリジェンスという考え方が一般的ではないから、スクープだとか、驚愕の事実だとか、そういう安っぽい話に誤解されてしまいがちだ。
 インテリジェンスの深い闇に蹲るサンショウウオのような存在から、声なき声が発せられた結果もあるわけだな。実際、陰の大物とか言われる人はいなくて、ヌエのような存在が入るものだと思いたい人たちの作った、都合のよいあらまほしき悪党のことだったりする。

追記
疲れて眠い。国際電話。ヌーン。寝そうだ。
| 10随想 | 19:27 | comments(0) | trackbacks(0)
アナタはFortune Cookieのお告げを信じるか。
小倉日記’18(第三十二弾)
10月23日(6月14日記す)
アナタはFortune Cookieのお告げを信じるか。
 星港は一晩だけ。「AURA」(http://www.aura.sg/)まで行って旨いものを喰った。
 前菜には「Parma Ham and Burrata Cheese with Ruccola(ブッラータとパルマ・ハムとチコリを取り合わせたサラダ)」で、コイツは抜群のキレ味だった。

AURA.のブッラータとパルマハムのサラダ

 さらに、パスタは「Spaghetti with Sardinian Bottarga, Peperoncino and Amalfi Lemon (サルディニヤのカラスミとアマルフィのレモンのスパゲッティ)」。これもピリリとキレのあるスパイスとレモンが巧くスパゲッティと絡んでいたので、カラスミの生臭さは消えて、こってりとした奥行きが出た一皿だった。
 メインには、「Grilled Iberico Pork Chop with Tomato Petals and Burnt Onion Cream (グリルしたイベリコ豚とむきトマトと焼き玉ねぎのソース和え)」。これは惜しかった一皿。あまりいいIberico Porkではなかったのではないか。トマトと豚に合えた玉ねぎソースは旨いのに、肉に旨みが無い。

AURAのサルディーニャのカラスミとレモンのスパゲッティ

 もしかすると火を通し過ぎて脂が抜けたのかも知れない。Iberico Porkはそうでなくとも融点が低いのだから、調理人は気を抜いてはいけない。せっかくの素材がパーになった。
 星港は4年ほど前に0泊3日したことがあったのだが、街には投宿もしなかったので、港の方まで足を伸ばしたのは15年以上も経っていたかも知れない。日本がこの20年間、パッとしなかったことと比べると、香港と同じように金融ですっかり変貌していた。
 香港も星港も金が動いている――それは紛れもない事実だった。
 香港は22時でも33℃あった。香港島が見えた時、飛行機の高度計と外気温の推移を見ることにした。3,500mの高度で10℃。1,500mだと20℃あったかな。500mで27℃という熱の滞留だった。日本でいうと、8月下旬から9月中旬の夏の夜の淀んだ夜の空気みたいなものだろうか。
 星港の今日の気温は33℃。
 香港は90年代に投入されたTOYOTAのCROWN Comfortが依然としてトップシェアだった。数年前にNISSANがシェア奪回を目指して投入した「NV200」の影は薄い。

     20180613 (Fortune Cookies).jpg

 星港でもTOYOTAが圧倒的で、CROWN ComfortかCity Cabが幅を利かせているのが不思議だ。それでも、ここ暫くの間でHYUNDAIのSONATA辺りも増えていると聞いた。この辺りは将来の基幹産業を占うには面白い現象だ。
 自動車は終わりだと囁かれている。TOYOTAもNISSANも縮小均衡を迫られるだろう。HONDAはJETに大きく舵を切ったが、SUBARUやMAZDAはどうなるのか。インドの半分のシェアを握るSUZUKIさえ先行きは見えない。
 香港も星港も金が動いている――星港の役人はグローバル金融機関の軍門に従ったのだ。20年前の星港では、政府が屋外広告を厳しく禁じたが、今の星港で林立する高層ビルには、最上階辺の高層階の外壁に金融機関が社名のロゴを出している。
 BTMUもSMBCも含まれてはいたが、殆どは欧米と香港の英国系の金融機関であった。香港の街角で入った一膳飯屋で貰ったFortune Cookieには「Refreshing Change is in your future」(あなたのこれからには爽やかな変化が起こるだろう)とあった。
 2016年、東京外国為替市場は香港と星港に外国為替の取引高で抜かれ、No.3の地位から脱落した。今回の2都市訪問は、それを肌身に感じる旅でもあった。
明日はどっちだ。


追記
何の気になしに書いたのだけれど、これを書いた2日後にオヤジが死去。なんということか知らんねぇ。巡り合わせはあるわいなあ。2018年は身内が3名亡くなっとるわけよ。俺的には時代・世代が変わった年ということになるわいね。村田の防衛戦はそれなりに理由があったということらしい。そうなると、大場政夫とか輪島功一とかいった人たちの闘い振りとはもう人間が違っているということかと思い至るわけでありんす。時代は変わっていくわいな。

追記の追記
1990年頃には株式の取扱高では東京、New York、大阪、London、という順番だったはずだわいねえ。日本人も勘違いしたわけよ。そいで今では風がソヨとも起こらないの。さて、某所から連絡あり、竹林の清談は別の場所にてということになりそうだで。今週も朝から晩までキツイっす。
| 10随想 | 06:14 | comments(0) | trackbacks(0)
Soul Brothers & Sisters(9)
10月22日
Soul Brothers & Sisters(9)
 ジャケットか中身かがカッコ良過ぎて手放せないアルバム・シリーズその9。
 British Invasionのバンドたちの中で最も好きなバンドは、The High Numbers時代のThe Whoと、Belfastからやってきたヤツラこと、THEMになるだろうねえ。
 しかし、この人たちも仲が悪くて、結局、Van Morrsionは蹴り出されたような形になって脱退し、バンドは解散ということになっているのだけれど、執念深い残ったメンバーたちは、THEMを地元に帰ってからも継続したわけだ。

Soul Brothers & Sisters (9) THEMs.JPG

 そのVan Morrison抜きのTHEMの音は、何と言うか、鬼気迫るものもある。Van Morrisonのしゃがれた声と似た声と節回しで、ははぁ、コイツらこの線を互いに狙って歌っていたのかと納得したりしたわけだ。
 Van MorrisonはBob Dylanなんかと似ていて、発達障害のようなところがあって、中々コミュニケーションが難しい人だそうだ。
 1978年にFriscoのジャパンタウンの「ミヤコホテル」で、Johnny Rottenがエレベーターに乗ろうとしたら、階上から降りてきたエレベーターから出てきたのがVan Morrisonだった。
 Van MorrisonはあのJohnny Rottenノ風体にも全く動じる様子も無く、すれ違ったとJohnnyが回想していた。まさにその典型的なリアクションなわけだけれど、そんなところも含めて、Van Morrisonが好きだな。

Soul Brothers & Sisters (10) Van Morrisons.JPG
| 10随想 | 15:02 | comments(0) | trackbacks(0)
星港で彼我のメディアや監督の気概について考える。
10月22日(6月13日記す)
星港で彼我のメディアや監督の気概について考える。
 12日の晩、NHK BS1で鳴り物入りで始まった「国際報道2018」に、南山大学の平岩俊司(1960年-)は出ていたのだが、外交評論家の岡本行雄(1945年-)がメインで状況を解説した。平岩俊司の師匠筋の元慶応大学教授の小此木政夫(1945年-)も、他の番組で顔を見かけた。
 21世紀になっても彼らみたいな見慣れた人しか出てこない。彼らが悪いわけではないが、日本では世代交代が進んでいないのだなあと想わされた。

Pentagon Papers (1).jpg

 元々、忙しい朝のニュース以外は、NHKの報道解説番組は旅の途中以外には普段はまず観ない。こういう場面で聞きたいことは日本の評論家の外野からの批評ではない。結局のところ最終的な国際政治の評価を決めるのは、日本の評論家ではない。世界の受け止め方次第で、つまるところ、一か国の受け止め方ではなく、各国の見方。国際世論である。
 NHKは本気になって改革しないと日本の視聴者からさえこの先は見棄てられるだろう。
 米朝首脳会談で少なくとも残念だったのは三つ。
 翌朝のNHKニュースでは、パンダのシャンシャンの誕生日が時間を割いて放映され、
 「おめでとう、シャンシャン!」
 声を掛ける客の姿が放映されていたこと。パンダに日本語で声を掛けてどうするんか。
 さらにIRカジノ法案の与野党攻防を巡って、血税を無駄にドブに捨てている野党の国会委員長の顔が大写しでインタビューが流され、
 「たった18時間しか議論していないのに」
 と言ったことも腹立たしかった。こういう国会に無用の人に俺の血税は払いたくない。

Pentagon Papers (2).jpg

 そしてもう一つは、
 「非核化は韓国と日本が協力してことに当たってくれればいい」
 そんなことしか言えない大統領を頂いたアメリカは国家的な危機にあることだろうか。
 米国のメディアは、水面下では現大統領とは敵対している。
 大統領府とメディアとの緊張関係では、20世紀にVietnam Warを巡る主要メディアの共同戦線が思い出される。
 Steven Spielberg(1946年-)の「The Post ペンタゴン・ペーパーズ / 最高機密文書」は、50年代〜70年代初頭までのVietnam Warに至る歴代の共和・民主双方の大統領の欺瞞を暴いたWashington Postの女性経営者と、その周辺の群像を描いた。

Pentagon Papers (3).jpg

 だが、それがどうしたというのか。
 こちらは、昨日のClint Eastwood(1930年)と違って、配点は辛い。歴史の教訓なんて、50代にもなって観たくもない。女性社主のMeryl Streep(1949年-)も、主筆のTom Hanks(1956年-)のような芸達者を揃え、予め結論の分かっている歴史的な事実をドラマに描くのではNHKの大河ドラマと同じようなものだ。

         浅沼稲次郎。.jpg
  野党の党首を気取るなら、右翼に暗殺されるくらいの国民的な人気があるべきだ。
  浅沼稲次郎ほどの人気があるなら、右翼も畏れて刺客を送るかも知れないのだが、
  情け無いことに、野党は議論をする相手にもならない。国力が衰微するばかりだ。

 本人は60年代末の女性の社会進出を、女性社主の苦悩を軸に描いた積りなのだろうか。しかし、父の会社を引き継いだ女性社主を通じて女性の社会進出を描いた積りだとしたら、Spielbergは10人並みの作家になり下がったなあと想った。
 同年の映画監督としては、Wim Wenders(1945年-)がいる。彼の辿った下降線とは違う。しかしSpielbergが駄作を重ねていることはWendersと重なる。映画界でも、一度名声が確立されると批判されない。映画を愛する者としては心穏やかではない。


追記
ラスベガスの村田の戦いはどうだったのだろうか。アウエイで仕組まれたものがあったのではないのだろうかとさえ思わせるほどの一方的な内容だった。ひ弱さよりも、どうしてこうまでして負けが込んでいったのかという無力感が観ている日本人の大勢を覆っていただろう。調査報道が待たれるねえ。コミッショナーの裏側に何かあるのではとも想うわねえ。最高権力者があれだから、今暫くは、あの土地は何でもありの「敵地」だと思った方がいいのか知らん。

追記の追記
中東関係で世界中が揺れているのだが、動揺が激しいのがアメリカ合衆国で、特に中間選挙に向けて急激にその勢力を増していた民主党系の痛手が大きいことになるだろうという見立てがある。何やら陰謀説めくのだが、十分にその考え方は妥当性はあり得る。また、金融系のファンドも動揺したりすると厄介で、金融市場の揺れ動く可能性もあるのだから困ってしまうわい。皇太子が絡んで世界が動揺したのは類例はあるわけだし。ドヌーンである。まず世界に先駆ける週明けの東京市場の前場がどういう展開になるかい。ヤフーの人事を見ても、これからはリスク管理だね、そういう密談になったわいなあ。米英が手を携えてトラブル・シューターの獲得に躍起になる時代が到来したわい。極東深く、この事態をどう評価するか、じっと推移を見守っておるところ。
| 10随想 | 06:08 | comments(0) | trackbacks(0)
老朋友からの小包落手。
10月21日
老朋友からの小包落手。
 某所の友からの小包が届けられた。嬉しいものだ。あれから何年か。13年くらいは経っているのではないか。
 俺たちはよく某料理店に集まって一杯やった。目立たないように個室に集まって。全員が違う経歴と思想信条であり、立場も違っていた。
 著者手製の包みは、相変わらず薄汚いダンボールで、テープも薄汚い緑色の荷造り用のものだった。
 市内の陋屋に、汚いスリッパで、穴の開いたセーターを着て逼塞している。古今の図書を土塁のように書斎にうず高く積み上げてあり、その中で猛然と書いている由。

某地から届いた著書(2).JPG

 我らの友情も永くなった。15年の年月が経っている。当時は維新の志士の話であったが、紐解いてみると、近頃は魯迅から中江丑吉、山口淑子(李香蘭)、山崎羊子、土井多賀子(たか子)らにフォーカスが当てられているようだ。
 岡田先生と題して、謹呈のサインがあるのだが、今や、偽のサインが出回るのか、落款が押してある。よくぞここまで無事でいたものだと遠い空の下からその身の寄る辺なさに感じる所があった。
 我々の間では、大アジア主義とか、玄洋社とか、頭山満とか、八紘一宇とか、内田洋平とか、黒龍会とか、そういう人と活動について大いに話が盛り上がったものだ。
 アジアのどこかに志士気取りの男たちがいて、松下村塾のセンセイを気取っていても、それをあながち笑うことはできないのだ。我々の歩んできた社会は、多数の人々の命の犠牲の上に成り立っている。
 もう随分永い間会っていないわけだが、何時か、どこかの空の下で会いたいものだと想う。
 
某地から届いた著書(掲載)


追記
某所でよい収穫あり。いい気分也。
| 10随想 | 18:20 | comments(0) | trackbacks(0)
香港で「OK, That’s a deal!」を考える。
10月21日(6月12日記す)
香港で「OK, That’s a deal!」を考える。
 今日の香港は朝から重い曇天。朝食を終えて出かける時には小雨模様。Victoria Peakは霞がかかり、六甲を下から見上げる神戸のような気分だった。
 昼前には本降りになり、夕飯時まで激しい雨が降り続いて、市内何れも大渋滞になった。二階建てバス、二階建て路面電車は香港の何時も変わらぬ出勤風景。初乗りが60円程度の地下鉄口から吐き出される人たちの塊は日本の出勤風景と重なる。
 1,300万人の暮らす超過密エリアだが、香港人は随分スマートになった。その代わりにと言っては何だが、昔の大衆的な香港は消えた。パジャマみたいなアッパッパーを着た香港太太は消え、庶民の湧き上がる生命力とか熱気のようなものはどんどん薄まっている。

上海炒麺。

 香港の庶民がスマートになった分、彼ら一人ひとりのエネルギー代謝は小さくなって、大人しくなり、身綺麗で小奇麗な都会人になってしまい、つまり、面白くなくなった。
 だが、彼らも、日本に続く高齢化社会の宿命を辿っているのではないか――とも想った。
 この日の昼はBank Streetの元中国銀行ビル13階にある「中国会」に行って「上海炒麺」を喰った。HSBC本店ビルの隣にある20世紀前半の建築物で、元々中国銀行の本店ビルだ。第2次大戦前のアールデコ様式を一部取り入れた美しい内装のビルで、「中国会」は会員制レストランである。
 夜は夜で雨中をものともせず、The Ritz Carltonの103階にある「天龍軒」まで突撃した。高級ワインに高級食材。メシは不味くないのだが、洗練されていて、異国まで来た気分が出ない。

20180612 (中国会・掲載別).JPG

 たらふく喰ってハイヤーで街角をぼんやり眺めながら帰る途上で、突如、気付いた。
 (うーん、逆方向か)
 高齢化への道を歩んでいるなら、老人たちの姿がもっとあってもいいのに、老人の姿が街から消えている。以前の活気あふれる頃の香港の街は、老人や老婆の闊歩する一大老人王国であった。しかし、今は、そういう我が物顔の老人が見えない。
 昔は煙草をキセルで吸う老婆やなんかが大手を振って歩いていたのだが、そういう姿が見られなくなってしまった。老人や老婆は社会から疎まれ、日当たりのよいストリートで所在なく一日を過ごすことが許されなくなってしまったのだろうか。この辺りはよくよく注意深く調べておくことが必要になりそうだ。
 ところが、である。
 「そりゃ、考え違いだよ。アンタが齢を取ったってことさ」
 俺に向かってそうしたり顔で言うオヂサンがいる。
 そう言われてみると、若い頃よりも俺より年長者らしい人はずっと街では少なくなった。当然だが、そういうものだろうか。
 (う〜ん)
 考え込んでしまう。もしそうなら、やーねえ、アナタって。オホホホホホホホ。

20180613 (22).JPG

 この日、米朝首脳会談が終わり、またまたDonald Trump(1946年-)が触れ込みと違って、米朝戦争の終結宣言も無く、EU各国首脳国から笑い者になった。ノーベル平和賞を鼻先にぶら下げられて本気になった末の珍会談という与太のオチは俺にはまだ見えてこない。
 「OK, That’s a deal!」
 商売人のTrumpは、階段を進める上で、これで決まりだ!、と叫ぶことはできたのか。ポーズだけだったように誰しもが感じたからアメリカには不調に終わったと考えただろう。
 いみじくも、翌朝の「Financial Times」の東アジア版は2面で次のように見出しを掲げた。
 「Kim judged clear winner even before ink dries on Trump’s deal」
 (トランプとの交渉合意で署名したインクが乾く前からキムの勝利は明らかだった)
 田舎の不動産屋のオヤジの語り口は、フランクでいいのだけれども、アメリカ合衆国の大統領となると話は別である。アメリカ人だけでなく、人類全体の不幸でもある。


追記
関東は昨日の夜は土砂降りになった。総雨量は大したことはなかったのだろうが、これまたゲリラ豪雨的な感じもあったわけだ。気付いたら寝ていて、情けなし。独居老人の日常はこんなものかと思うと、小泉今日子の結婚願望の話もうーんとも想うわけだわねえ。一気に秋で、空が今日は青い。関東に秋が来ましたぜ。その空気にはひんやりと冬が隠されている。本日は、黒メガネと帽子でもかぶって、レア音源、雑貨と洋服屋、書店巡りで歩き回ろう。
| 10随想 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0)
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