岡田純良帝國小倉日記

奄美の居酒屋の基本――モズク酢と牛肉と苦瓜の味噌炒め。
8月20日
奄美の居酒屋の基本――モズク酢と牛肉と苦瓜の味噌炒め。
 奄美某所で出てきたこの基本セット。奄美のかあちゃんの味は島味噌であります。このお店では何故だかキムチも出た。とはいえ、スーパーではフツーにキムチは売っている。
 「奄美と朝鮮お断り」
 敗戦後の神戸ではそんな貼紙を出していた店があったそうな。たまらんよ、俺は。
 小柄なおばあさんばっかりで、俺の純良祖父の妹のおばあちゃんを思い出した。小さい人でしたからね。

  奄美ツアー20180817 (53).jpg
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アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(賛)
8月20日
アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(賛)
 「American Valhalla」[Andreas Neumann / Joshua Homme監督, 2017]
 2015年1月の初対面を振り返って、Iggy Pop(1947年-)が語る。
 「俺は『自分でクルマをつかまえて家までいくからおかまいなく』と言ったんだ」
 「『迎えにいきます』と言ったんだけど、Iggyはトランクを提げて家の前で待っていた」
 空港に迎えに行くと言ったが、小柄な男は家の前にカバンを提げて待っていた。どこか。
 Los Angels市内かも知れないし、Josh Homme(1973年-)の根城のBurbankにあるPink Duck Studioかも知れない。LAXからBurbankまでは近いが、分からない。
 どちらでもいいが、この時の2人の出会いの場面は小説みたいな緊張感がある。
 「案内したい場所があるんだ」
 Joshは自宅にIggyを招き入れたのかどうか、2人の話だけでは前後関係は判然としない。どちらにしても、初対面の挨拶もそこそこに、2人は直ぐJoshの愛車、Chevrolet Camaro SS(1967年型)に乗って2時間のドライブに出る。

Josh Homme and his 1967 Camaro.jpg

 「アレがよかったんだ。エンジンの音がうるさくて車内の音楽さえ聞こえない」
 「街の喧騒が段々消えていって車は砂漠の中に入って行っただろ」
 2人の間に横たわっていた緊張が和らぐIce Breakingの時間になったのだろう。
 向かったのは、Palm Springsからはさらに30Mile(50km)ほど高速を真西へ走った国定公園、Joshua Tree Parkのど真ん中、Rancho de la Luna Studioであった。この時には、スタジオのオーナーでJoshの盟友のDave Catching(1961年-)が出迎えたことだろう。
 前後するが、映画の冒頭、Josh Homme(1973年-)はAndreas Neumannに向いて語る。
 「彼はStoogesだし」
 「俺達はQueensだし」
 「秘密のレコーディングったって、そりゃ失敗は絶対に許されない」
 そこでJoshはStoogesからソロ・アルバムまで作品を聴き通し、Iggy Pop(1947年-)がこれまで使っていなかった楽器、例えばスチール・ドラムまで準備して待っていた。

Dave Catching at Rancho de la Luna (by Kim Stringfellow).jpg

 言葉は悪いが、Iggy Popは若いミュージシャンの生き血を吸ってこれまで生きてきた。Josh Hommeはこれを受けて立った。周到に、よく知るミュージシャンを自前で選び、砂漠の中ですっかり準備を整えて待っていたのだ。
 敵地ではないが、他人の土地に乗り込んだIggy Popはどう出たか。
 「Joshと話し始めると、八つ位、アイツはいいアイディアを持ってた」
 「だけど他にも百も構想がある。聞き返したらアイツは喋り続けるだろうさ」
 ニヤッと笑った。
 「アイディアの宝庫のような男なんだ。それで、まぁ任せる気になったのさ」
 3週間の合宿生活が始まった。
 「朝、Iggyは太極拳かヨガみたいなことをやっていて、それで目覚めるんだ」
 制作に参加したミュージシャンは、同じ時間に起きて、同じ時間にメシを喰い、色々な話に打ち興じた。
 「メシを喰ってからスタジオまで砂漠の上を歩く」
 サク、サク、サク、サク。砂が音を立てる。
 「それが良かった」
 今、Rock 'n' Rollの世界では進化の度合いが進み過ぎていて、面白いことが起きている。リスナーにとっては、一般の購入者はダウンロードに移行し、CDは廃れつつある。また、欧米の音楽ファンの間ではアナログ盤が再び主流になっている。
 そしてミュージシャンの間も、アナログの機材を揃えたスタジオでマニュアル録音して、デジタル補正されていない、人間が出す微妙なリズムやキーを味わいとして出すことも好まれている。
 製作現場に選ばれたRancho de la Luna Studioは、ある意味で、その最右翼だろう。


追記
そうなんだよね、彼は夏に来日していたんだった。だけど我が家は取り込み中で、あんぐりと口を開けてポスターを眺めてやり過ごしてしまったわけ。Johnny Rottenもそうだけど、会って話ができないと、俺の気持ちが盛り上がって来ない。
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奄美大島名瀬油ソーメンランキング。
8月19日
奄美大島名瀬油ソーメンランキング。
 油ソーメンの食べ比べをして見える店のやる気。俺の独断と偏見で以下に。
 名瀬で一番の店は「○じ亭」。地元の少し荒っぽい目の客がカウンターを独占しとる。親方は店を紹介されることを嫌うかも知れんけんど、俺はまずここだと太鼓判を押すわね。

○じ亭の油ソーメン。

 素早いサービスとメニューと地酒の種類と丁寧な接客なら「む○○かな」。ここも「○じ亭」と同じく、名瀬の老舗を猛追中。

む○○かなの油ソーメン。

 その名は一番知られておるけれど日によってホールが滅茶荒れる。知名度に胡坐。差し引いての第3位が「○田丸」。刺身は一番。しかしもっと真剣にやらんと新手の精進しておる人たちに寝首かかれるで。

○っちゃんの油ソーメン。

 鶏飯で有名だからかどうか、ここ「○しん」も今や手を抜いとる。ここで気分を一新せんと新興勢力に押されていくわいね。

○しんの油ソーメン。

 こんな程度でええで――そんな雰囲気が蔓延してすでに凋落の始まったのが焼き鳥「○っちゃん」。職人とホールを総入れ替えすべし。武士の情けというよりも、ここでは選外ということで載せないことにするわい。心を入れ替えて精進すべし。
 俺の最もお気に入りになった「○じ亭」ではかた焼きソバも出す。これが腹一杯の上にさらに喰わなくてはならない状態だったので、ドギーバッグに入れて持ち帰った。
 翌日、屋久島上空辺りで喰ったのだが、ダシがバッチリ効いて美味いもんだったぜ。オヤジと女将の2人には特別に功労賞を出したいねえ。美味かったよ、有難う!

奄美ツアー20180817 (「○じ亭」のかた焼きソバ).jpg

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アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(弐)
8月19日
アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(弐)
 「American Valhalla」[Andreas Neumann / Joshua Homme監督, 2017]
 Joshの女房になったBrody Dalle(1979年-)がLos Angelsに家で同然で出てきた時は、性格の悪そうで、まるで野良猫のようなPunkだった。
 今でもPunkプロジェクトを走らせているが、Joshとの間に子をもうけ、子の小学校の卒業記念パーティーでは夫婦でCheap Trickの「Surrender」を演奏する。そのBrodyにIggy Pop(1947年-)の封書を放っておくなとJosh Homme(1973年-)は諌められる。
 年齢を考えてみると、Josh Hommeにも、Brody DalleにもIggy Popは親の世代になる。Iggy Popの全盛期に彼らが生まれたから、全盛の激しい頃を知らなかったとも言える。名声は偉大な老大家で、まだ見ぬ手ごわい相手からの共同制作の誘いである。
 「Surrender」を選ぶのにも夫婦間で激論が交わされ、一大事だったのではないかと思わず想像してしまうような若い2人。Brodyの素顔はきれいな人で、水泳ではオリンピック候補の選手だった。かあちゃんにするとこういう人は何事につけてオッカナイだろう。
 「こんなチャンスは2度とないんだから、しっかり!」
 ここでピンと思い出したのは、映画はJosh Hommeが共同監督に名を連ねていることだ。
 「3ヶ月寝かせておいたんだ」
 つまり、この3ヶ月間にJoshは準備もしたのだろう。例えばQueens of the Stone Age の先行きのスケジュールの調整をして時間を取らなくてはIggy Popの誘いは受けられない。

Brody Dalle with Courtney Love。.jpg

 そして新作を録音するなら、製作メンバーとして、Queens of the Stone AgeのドラムのMatt Helders(Arctic Monkeys)と、ギターのDean Fertita(Queens of the Stone Age)に声を掛けて先行きのスケジュールを確保して貰わなければならない。
 しかも音楽制作だけでなく、同時に映画を撮ることをも想い付いた。
 「このプロジェクト、巧くデキたらライブやって、ドキュメンタリーにしたらどうかな」
 「それ、いいわね。おやんなさいよ」
 夫婦のPillow Talkでそんな会話があったかもしれない。全体の絵はJoshが考えている。少なくともミックス・ダウン前にAndreas Neumannに電話して監督とインタビューを依頼して確約を取ったはずだ。そうでなければこのドキュメンタリーは成立しない。
 だから、Joshこそ3ヶ月間寝て暮らしたわけではなくて、オファーを受諾する前には、忙しく人に電話を掛け、アポを取り、動き回っていたはずだ。
 「どう返事するか、悩んだよ。Iggyとのレコーディングは秘密にしようと思ったし」
 こういうJoshの証言に騙されてはいけない。
 すでにこの時からドキュメンタリーは着想されていたと考えるべきだろう。
 Iggy Popは1970年代半ばにはDavid Bowie(1947-2016年)と共に薬物治療をかねてBerlinで暮らした時代がある。それがIggy Popの音楽史の中で一つのエポックになった。Iggy Popはそれから若いミュージシャンに声を掛けて新作を製作するようになった。
 JoshはMiamiのIggy PopをLos Angelsで迎えるべく、3ヶ月、準備にかけたはずだ。この人には総合的なプロデューサーの才がある。そんなことを考え考えしながらJoshのしたたかさをIggyがどう受けて立つのか――画面を観ている内に静かに胸が鳴り始めた。


追記
関東は聞いてはいたけれど、昨日空港から出た時も、今朝も涼しいのだったわい。昨日は帰宅して直ぐに洗濯して、TORAYAの随分古いラフィア帽も、額の当たる内側のテープを丁寧に洗ったりして過ごした。鏡を見たらポリネシアなくたびれかけた男が1人。ヌーン。
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奄美は島津食文化圏――旨かったモン。
8月18日
奄美は島津食文化圏――旨かったモン。
 奄美自体は島津藩政とは別の政治社会文化圏だとは感じるけれども、こと、食に関しては、必ずしも南海の島嶼の文化ばかりを色濃く受けついできただけではないと想うね。沖縄とは大きく違っていたのは食文化だ。
 当初の文化も食材の関係で混交している部分もあるけれど、まずは米食とうどん食の違いがあるだろうね。これは実に大きな違いだ。
 また、琉球はタイ米を使った泡盛文化圏だが、奄美は戦後の本土復帰時にはとうきびを使った焼酎が呑まれていたそうだが、禁じられていた砂糖を使った醸造が特例的に許可された。
 そんな歴史もあるから、奄美は泡盛と違った黒糖焼酎文化圏である。今の奄美ではとうきびから黒糖を精製しても税金の優遇制度がないので、奄美では殆ど黒糖は作られていない由。
 俺の喰ったので腰を抜かしたのは、イノシシ肉の塩焼き。レモンを振り掛けて塩と胡椒とをお好みでかけてオニオンスライスと喰った。これが黒糖焼酎とずばり合う。
 そして三元豚のばら肉のシードル煮。写真で見ての通り、東京の二倍半くらいの盛りで、こってりと旨い本格的なフレンチだった。そんな店、今の那覇にあるんかい。
 貧乏ったらしいバックパッカー向けの店や○○党支持者向けの味覚貧しいチェーン店ばかりでは島はお先真っ暗。おっとヒツレイ、つい本音らしきものがげっぷと一緒に口から出ちゃった。オホホホホホホホ。

奄美ツアー 20180816 (三元豚のバラ肉のシードル煮).jpg

 さらに、魚食のバリエーション。煮物、薫物、焼き物、そして、刺身。那覇はせいぜいグルクンの焼いたの位しかスーパーなんかでは売っていない。
 同じグルクンでも奄美まで来ると、赤うるめになって、白麹などをまぶして焼き魚にして喰ったりするのだった。
 牧志の公設市場にはたくさんの魚が売られていたけれど、いざ喰うとなると、焼く位が精々で、要するに、客には選びようがない。だから店も何も工夫はしていないのだった。
 それが、奄美では、大物から小物まで、どの魚でも「これら(キハダマグロ、ソデイカ、島タコ、カンパチ)は刺身が一番」とか「このお魚(えらぶち)は刺身でも癖があるから酢味噌で召し上がってください」とか、同じ舟盛りでも細かく指示がある。食い方に工夫がある。醤油は甘い南九州文化圏。
 「お口に合わない方にはこちら」
 それでいて苦手な向き用にキッコーマン醤油もちゃんと準備してあって心憎い。
 そして特産品のもずく酢は言うまでもないが、薄い甘酢でやるし、ちょっとした小皿も、イカ味噌、ゴーヤ味噌、魚味噌、と、細かく出てくる。 

20180815 (冬瓜と鶏肉のスープ).jpg

 面白かったのは油ソーメンで、店によって千差万別のバリエーションがある。ジャンクフードであっても、細かい何かしらの工夫が面白い。油だけの皿の店、あんかけ風の皿の店、何かしら基本などがあるわけで無し。それも店によって違う工夫があって面白かった。そーきそばみたいな妙なルールが無い。自由奔放だ。
 野菜でも、自生している野生の山菜のようなものを天ぷらにしたり、それも、塩で喰わせたり、ダシ汁を漬けさせたりと、客を飽きさせない工夫があるのだ。
 コンビニ戦争では奄美大島はファミマが進出したファミマ文化圏なのだが、個々のファミマでは近所の仕出し屋と提携して、独自の「ばくだんおにぎり」や「スパムにぎり(スパムサンドのおにぎり)」「カレーパン」などの惣菜を作り、近在同士で競っている。
 さらにスープ。冬瓜と鶏肉のスープは某民宿で頂いたが、鶏肉のダシがしっかりと出ていて旨い。これは例の奄美名物の鶏飯では、鶏のガラで煮出した鶏ガラスープだったのと違っていて、そういう細かい、ちょっとした工夫にはキラッと光る心遣いがあって、行く先々で涙が出た。
 名物のイカ墨のスープも、俺は、味噌か麹をベースにしたスープだと想うのだが、忘れられない味だった。日本でイカ墨を使ったスープは他に聞いたことはないが、これを南イタリアの連中に喰わせたら、
 「俺んところはもっとニンニクとトマトを入れてこってりさせるな」
 なあんて憎まれ口を叩きながら旨そうに喰うと想う。
 奄美は自民党が強い。これも大きな違いだろう。それと、物腰丁寧で、礼儀正しく、約束を律儀に守る。
 「時間を守りましょう」
 那覇市民憲章にうたわれている世界とは大違い。鹿児島県内だから、これほど沖縄県民と違っているのかねえ。
 俺の親戚はどちらにもいる。だが、嘆くのは沖縄の身内。選挙が来ると頭が痛いってこぼすわけさぁ。秋の沖縄県知事選、どうなるかね。沖縄の見識が問われているぜ。さて、はて。

奄美ツアー 20180816 (イカ墨のスープ).jpg
| 7喰う | 16:10 | comments(0) | trackbacks(0)
アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(壱)
8月18日
アメリカに死者の館はありや――「American Valhalla」(壱)
 「American Valhalla」[Andreas Neumann / Joshua Homme監督, 2017]
 5月の連休中に新宿の「シネマカリテ」に観に行った。
 全体の印象としては2人の個性的なミュージシャンを中心に、「Post Pop Depression」という作品を制作する共同作業の様子がドキュメントされている映画ということになる。
 2015年、Iggy Pop(1947年-)は人気バンドQueens of the Stone Ageを率いてツアー中のJoshua Homme(1973年-)にメールを出した。前後を考えると2014年の秋だったようだ。
 Iggy Popらしい。会ったこともない男にいきなりメールを出したのである。
 「電話もできたけど、電話じゃなくて、メールを出したのさ」
 「『金を出し合って秘密裏にレコーディングしないか』って誘われたんだ」
 監督にも名を連ねているJosh。唐突に届いたIggyのメールに対し、
 「メールをみた時には興奮したけど、返信するのには言葉を慎重に選んだよ」
 ツアー中だった。直ぐにスタジオに入れるわけでもない。先々の契約は残っているし、ブッキングされたイベントはバンドでこなさなければならない。Joshは真剣な顔で振り返る。
 「返信は『それはいいアイディアですね』だってさ。『受ける』とは書いてないんだ」
 Iggy Popは苦笑する。
 「それで考えた。俺は自己紹介のかわりにたくさんの情報を送ったんだ」

「American Valhalla」フライヤー。.jpg

 Miamiの住宅街にある小さな家で、ハンモックに横たわってドイツ人監督・Andreas Neumann(1967年-)のインタビューを受けるIggy Pop。
 (この家は?)
 Jim Jarmusch(1953年-)が2016年に撮影した「Gimme Danger」ではキッチンの脇のLaundry Roomみたいな場所で椅子に座って監督にインタビューを受けていた。
 こちらは屋外で、ハンモック。しかしIggy Popの家があの辺りなら今はGoogle Mapで家を特定できるから、その言葉に噓は無さそうだ。
 「低所得者向けの住宅街なんだ」
 本人はうそぶくがまんざら誇張でもない。MiamiのDown Townから少し北上するなら、小さな芝生の前庭付きだが、日本で呼ぶ2LDKほどの平屋の住宅がずっと拡がっている。あんな場所にあの“Crazy Iguana”が逼塞しているとは。
 「ともかくJoshにはデータじゃなくて、こんな分厚いファイルをFedexしたんだよ」
 西海岸で封筒を受け取ったJosh。Fedexの定型封書に収まったファイルを取り出すと、Iggyの言うほど“こんな分厚”くはなかった上に、タイプされた書類や手書きのメモをコピーした雑多なクリッピングのようにも見えた。
 「受け取って驚いたけどさ、俺、3ヶ月も資料を寝かせておいたんだよね」
 Iggy Popの真意を量りかねたのか、しかし、それは言うなれば大学の入学願書みたいな資料で、Iggyの音楽遍歴や、過去の作品制作時のエピソードが書き連ねてあったそうだ。Joshは老人から嘆願されているような気分にもなっただろう。
 渋る大男のダンナの背中を押したのが女房のBrody Dalle(1979年-)。Aussieのパンク・ロッカーである。
 「女房のBrodyが言うんだよ」
 「『アンタ、こんなに大切なものを受け取っておいて返事を出さないのはダメよ』って」
 Joshは真顔でそう語る。


追記
とうとう連休の日記がこちらに上がりましたか。Iggy Popは賢い奴だと想いますな、結局のところ。このIggy PopにLou Reed、David Bowie、さらにJohnny Thundersの4人が、1985年頃には俺の周りではよく酒の肴にされていたっけ。誰が最初に死ぬか、どの順番で死ぬか、よくそういう話になった。それは、畢竟、我が事のようでもあったからだ。
1人目は早かったけど、残りの人たちは、存外、長命だったわね。そしてIggy Popが今もその中で最長命を保っているのは驚き以外のナニモノでもない。その頃のネタはもう随分古い話のタネになってきた。こういう話題が今や歴史の一齣みたいなものなんだと実感するようになってきたよ。書いておかなければと近頃思うのは誰がどうしたとかいう話は誰か他の人にお任せしてもいいけれど、むしろこういう街の話題みたいないつの間にか誰も話題にしなくなってしまったことなんだわね。そういう下らない話題が当時のバンドマンに対するステレオタイプな見方に基づいていたわけだからさ。

追記の追記
昨日は名瀬某所で○○署主催の大宴会があった。大人数で立食のBBQができるのはここだけ。署の主催だからこの街の要人はあらかたそちらにいそいそと出かけてしまった。そいで起きたのが観光客の大移動。あぶれて街にどっと繰り出したからたまらない、俺たちの予約していた某有名店はひどい混雑で、料理も酒も出てこなかった。そいでお隣の○○亭に。地元客しか来ないいい店なんだが、頼み過ぎて、一晩寝たはずなのにまだ腹がきつい。ウハハハハハハ。島で過ごしている間に時は過ぎていて、EdinburgやMilanやBerlin方面から家に戻ったメールが届いてた。喰うもんに血道を上げていたら最後に胃腸に来たんだねえ。ヌーンである。自業自得である。
これから一風呂浴びて、ガラクタをパッキングして、バスに乗って、俺も小倉の陋屋に帰宅する。
| 8音楽 | 06:29 | comments(0) | trackbacks(0)
佛陀とマリアの化かし合い。
8月17日
佛陀とマリアの化かし合い。
 どちらさんも、ご機嫌よう。奄美大島も広うござんす。
 奄美のお国の瀬戸内町の清水(せいすい)というシマ(集落)に滞在して、巖島神社に参拝したとお考えなさいよ。
 祭神は「玉依姫」と言われているそうですが、ホントのところはよく分からないんでござんすよ。
 大体、アンタ、社殿の裏手に鍾乳石のイビガナシ(神隠しの伝説などから取られたとも言われる)が祀られているってんだから、誰も分かりゃあしませんよ、そこのダンナ。

奄美ツアー 20180816 (巖島神社境内).jpg

 しかしね、この瀬戸内の同じ清水シマ(集落)の西の隅の方には別の神社があるらしくって、これも、本土辺りとは随分と違って、瀬戸内だけでなし、南海諸島の土着のグンゲン(権現様)が祀られているので、よく分からない。
 困っちまうよね、お兄さん、そこのお姐さんも、よっく聞いて頂きたい。
 こんな土地で特攻隊がいたなんて、あんた、そんな話は俺は聞いたことがない――そう言うかい、あんた、そう。言うのかい。
 そいつはこまったねえ。

奄美ツアー 20180816 (巖島神社本殿内部).jpg

 瀬戸内町からさらに海上タクシーで加計呂麻島まで渡ってみたらどうでござんしょ。
 とりわけ加計呂麻のシマも随分あるけれども、西阿室まで足を延ばすとどうかしら。かようなマリア観音を祀ったチャーチがあるそうで。
 ねえ、ダンナ、このマリア観音という像も、ここまでやって来たのはありがたや。だけどそのあらすじはどうか。成り立ちは随分怪しいものなんだそうだよ、偉いセンセイに言わせると。
 さあ、ねえ、どう怪しいかなんて、大道で人に道を説く俺っちに聞いてもらっちぁ困る。ねえ、それは、その道のセンセイってもんが、ちゃーんといらっしゃるんだから。ねえ。
 あちらの南の方(華南地区)から持ち込まれたものなんだそうで、それ、その19世紀前半に、道教と仏教が混交するこの地区に布教に入った伴天連のキリスト教のセンセイ方が、さらにこれに混交しようとして、怪しの像を削って、さらには石膏で焼いて、持ち込まれたんだそうだってんだからおっかないよ。
 ソイツのデキのいい、形のいい、別嬪さんのピンのピン、そいつが島から島へ、ついには大陸に渡って商売をしておった加計呂麻の商人の手によって持ち込まれたという話があるそうだ。さあ、どうする、そこの兄さん。

奄美ツアー 20180815 (マリア観音).jpg

そのチャーチのある西阿室。そこで驚くねえ、あれは汽水だそうだが、海辺の村落を通る用水路で鰻の養殖をやってござるよ。
 そいでもって、その大切な大切な鰻ちゃんにはねえ、やれ、餌をやるなだとか、やれ、村の養殖用の鰻だから釣りをするなだとか、ねえ、これまたこと細かくうるさくあっちこっちに書きつけてありやあがるんだそうだ。
 さて、それで、アンタ、ものは相談だよ。
 そのチャーチのお隣の商店には、こうして、
 「鰻の餌(さ)あります」
 「ソーセージ100円」
 と出ていやあがるよ。何が何だか旅人には分からないんだよねえ。
 専売公社時代の古い米と煙草と塩の鑑札があるんだよ、ねえ、ダンナ、それ見てさ、一瞬、クラクラッと軽い眩暈起こしちまうよ、
 おっと、何だい、そこのダンナ。泡吹いちまって。昭和時代にワープしただって、ナニ、声が小せえよ、何だ、瞼の奥が暗いだって。そんなこと言ってたら、あんた、おっ死んじまうよ。おっかねえなぁ。
 ということで、どちらさんもお後がよろしいようで。

奄美ツアー 20180815 (鰻の餌さあります。ソーセージ100円).jpg
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気になる本――中央線の裏街道を往くと。
8月17日
気になる本――中央線の裏街道を往くと。
「新宿 ゴールデン街のひとびと」[佐々木美智子著, 七月堂]
 新宿には昔駅が2つあった。20世紀後半には合体して1つになったが、最近ではさらにホームが増設され、りんかい線、湘南新宿ラインが発着するようになった。「バスタ」が建設され、日本中へ長距離バスが発着するようになった。南北に異様に長い駅になった。20世紀の初頭に戻ったようなものか。
 こちらは楽しい本だ。
 「三○○人余りの顔写真と共に、それぞれの説明がある。見たことのある人、知らないおじさん、おばさん、有名人などが、ア行から並んでいるのは壮観だ。著者で写真を撮った佐々木美智子さんは現在も八四歳でゴールデン街の店に立っている。若い頃は、おでんの屋台をひき、しばらくしてからゴールデン街で店を持ち、その後ブラジルに渡って長いこと生活をしていた」

「ひしょう」飲み会のお知らせ(by 佐々木美智子).jpg

 「このようにファンキーな彼女だからこそ撮れた写真がたくさんあって、噂で聞いたことのある怖い人が素敵な表情をしていたりする。さらに、彼らに対しての説明も忌憚なく、写真の奥の人物像を知ることができ、まるで人間図鑑のような本である」
 1970年代には「むささび」を開いていたおみっちゃんこと美智子さん。2014年に新宿の「ひしょう」にサポートに戻るまではブラジルではなくて伊豆大島に住んでいた。書評を書く側も楽しそう。(作家・戌井昭人評、讀賣新聞)
「朝鮮大学校物語」[ヤン・ヨンヒ著, KADOKAWA]
 ヤン・ヨンヒ(梁英姫)さんは2011年に「愛しきソナ」を撮った映画監督で、同世代ということもあるし、北朝鮮に係累を持つ在日の視座で今の日本社会のベッタリした価値観に波紋を投げ続けるので、ずっと興味があった。
 その彼女がほぼ自伝とも言える80年代の朝鮮大学校の物語を書いた。
 「1983年の春、大阪育ちのミヨンは東京の朝鮮大学校に入学した。情報誌『ぴあ』を愛読し、舞台を見るのが好きだった彼女は、全寮制で日本語禁止、日曜の外出は原則午後8時までなどと規則ずくめの学生生活に戸惑う――」
 「自身は64年生まれ。父は朝鮮総連の活動家で、70年代初めに10代だった3人の兄は、帰国事業で北朝鮮に移住した。親の意向もあって進んだ大学校時代は、自分の行動が兄の生活に影響を与えないか不安になりながら、休日は演劇を見て心のバランスを取った。『4年でも大変です。逃げ場のない兄たちはどんな気持ちで暮らしているか考えていました。ビートルズやお好み焼き、吉本のお笑いが好きだったのに』」

「日本の内幕」[梶山季之著]表紙。.JPG
 今では社会が落ち着いてクレンジングされ過ぎてしまったので、特に地方出身者の
 比率の高い関東では、誰も彼も息苦しい表情で電車に乗っているのだよな。愚かな
 ものだけれど、そいつが真実。梶山季之(1930-75年)センセイのお仕事の一つとして
 本書も中々読み応えあります。梶山さんは半島育ちだから禁忌が無かったからだな。

 「北朝鮮を訪ねた際、兄は『おいしいもの、楽しいもの、気持ちいいことを全て味わってほしい』と言ったという」
 日本では、彼女は病の治療目的で来日した実の兄からスパイの勧誘を受け、断っている。それでかどうか、3ヶ月のビザの期限も待たずに兄は帰国している。不思議な話ではない。
 少年時代に俺の周囲に多数いた在日の友人と行き来が途切れてしまっている。特に親が総連側にいた友だちは大学校絡みの旅行企画に参加した。板門店から北朝鮮を遠望した写真を見せて貰ったことがある。
 「初めて行った場所だからねえ」
 ヤツは俺に戸惑いを隠さなかった。朝鮮大学校が武蔵美や津田塾にもほど近い武蔵野にあることもだから昔から知っていて、中央線の文化圏の中に俺の中では一括りになっている。
 彼女は同世代ということもあって、次にどうするか気になる。友だちだった彼らの今が知りたいという想いも混じっているのだろう。(『著者来店』・待田晋哉評、讀賣新聞)

追記
昨夜は1300賞超でG1ジョッキーの幸英明の叔父さんに某所からテルホまで送って貰った。幸英明は今や42歳だ。今後どうするんやろか。そんな話と、お勧めの居酒屋の話。さて、本日はAretha Franklin関係でこれまたヌーンである。
| 9本・記録集 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0)
Lady Soul、逝く。
8月17日
Lady Soul、逝く。
 素晴らしい才能がまたひとつ消えた。我が家では生存する偉人の中で未体験のリストの最右翼であり続けた人だった。
 今年の訃報はArethaとセットなら忘れようがないぜ。
 真の意味でのソウルの全盛期の歌手が、これで殆ど消えたことになるのだ。アメリカの有色人種にとって忘れられない偉人の1人でもある。

Aretha Franklin (1).jpg

 アメリカの3大ネットワークだけではなく、BBCの朝のニュースでもAretha Franklinの訃報はトップの扱いだった。美空ひばりの世界篇とでも言えばいいのかな。
 公民権運動、Dr. Martin Luther Kingの葬儀の話から、Obamaの大統領就任まで、彼女の動画は流れたのだが、一つあまり指摘されなかったのが、姉の話と男運の悪さ。
 飛行機が嫌いなのも、不摂生で太り過ぎ、循環器系等が悪かったこともあるのだが、基本的にはあまり日常の立居では賢い人ではなかった。
 だけど歌姫の場合、喉を潰していなければ、パーソナルの世界がどうであっても帳消しだ。喉を潰した女性歌手もいるけれど、それは本当に哀れだぜ。
 Aretha Franklin、心から追悼したいと想う。安らかに。

Aretha Frrnklin (2).jpg
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離島はビーチだけでなし、銭湯もたまには。
8月16日
離島はビーチだけでなし、銭湯もたまには。
 奄美第二のシマ古仁屋にはイギリスのすかしたゴルフ好きのセントアンドリュースみたいな聖地があって、ここは俺のような旅人には外せない場所なのだ。
 平成に入って有志諸兄の奮励で大改修成った高千穂神社に参拝し、汗みずくになるべし。そしてその汗を流す前に島一番の名物かりんとうを買って、そして、そろそろと潜れ、もうひとつの聖地・嶽乃湯ののれんを。

奄美ツアー 20180814 (嶽乃湯) (1).jpg

 高千穂神社は創建不詳とされているが、御維新の後、明治二年に創建したと考える方が妥当にも想う。この辺りは琉球貿易が盛んだったこともあって、宗教的には緩い政策が続いていたからだ。
 加計呂麻島のデイゴ並木をリリーと寅さんのナニだとばかり想うのはおめでたい限りだが、少し気の利いたやつはデイゴ並木を植えた理由は4〜5月に一斉に真っ赤な花をつけるデイゴが、琉球貿易の密貿易船の目印だったと知れば別の面も見えてくるだろうさ。

奄美ツアー 20180814 (古仁屋高千穂神社).jpg

 古仁屋では、有志諸兄のなけなしのへそくりからの奮発も立派だが、ヌーンと想わされたのは参道には徳田虎雄の石柱。徳洲会の寄進も大きなものがあったろう。
 徳田虎雄も離島でのビジネスモデルを作り上げたんだからなあ。地元の人々には頭が上がらんだろう。
 敗戦前には昭和天皇、高松宮、敗戦後にも天皇の行幸で高千穂の坂を皇室のお歴々が登られたと聞く。
 まぁ、俺のような出来損ないは、ゴルゴダの坂を登った誰かの気分で大汗をかいて、境内から加計呂麻を遥拝し、麓の嶽乃湯で、南国らしいぬるいお湯でさっぱりとする辺りが上出来というもんだぜ。
 嶽乃湯の女将さん、お二人のご老人、お世話になりました。お元気でお健やかに。

奄美ツアー 20180814 (嶽乃湯) (4).jpg


追記
名瀬に戻り某所に。三元豚ばら肉のシードル煮が旨かったでぇ。これから風呂に入ろうと思うのだが、すでに因幡の白ウサギ状態。痛いの痒いの。ヌーン。
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