岡田純良帝國小倉日記

風呂カイゼン法案通常国会通過。
7月23日
風呂カイゼン法案通常国会通過。
 小倉に届けて貰うように注文しておいたのが小さな風呂桶と高さが少しある四本足の風呂用の椅子。こういうものは売っていないので、カイゼン法案としてご提案申し上げ、当家の国会を通過しました。

      風呂改善提案 (1)

 昨日、2時間待ちのイミグレを通過して、疲れきって帰宅したのだけれど、このカイゼンが奏功して、汗はさっぱり流したし、ゆっくりできたので、今朝は寝覚めが良かったワイ。
 風呂桶を使うから石鹸を使って全身がしっかり洗える。洗った感も違うわいなリー。

      風呂改善提案 (2)
| 5今週の余糞 | 20:28 | comments(0) | trackbacks(0)
ジジイの買い物。
㋆20日
ジジイの買い物。
 吉祥寺のdisk unionで博多ロック本を購入。その後、某所と某所でボンズとパーカを購入した。久しぶりに帰国すると何が面白いかって、アメカジが新鮮に映るんだね。自分でそういう感覚が面白くなるんだね。 

ジジイのパーカ


 70年代から80年代はポパイ少年じゃなかったけど、今は、「うわ〜っ、アメカジだあ!」ってさ、ポパイ少年みたいな感覚になっちゃう。
 イギリスの社会の中で、アイツちょっと違うよね、という風に、やっぱり天邪鬼だから、要は、「浮きたい」わけだ。だからか、自然に、アメカジなテイストの服を着たくなったりするんだよ。面白いなあ。

      ジジイのボンズ。

 ともあれ、全てがオンゴーイング。そして我々ニッポンだって東洋の自由主義大国として、ゴーイング・コンサーンでやっていかなければならない。
 最後に残った自由主義陣営の盟主として、自由主義陣営の共産覇権主義や帝国侵略主義とも拮抗するタマを保有し続けなければならないわけさ。若者のために俺だって奮励します。
 この数日、某所と某所で密談の嵐。密談こそ我がエクスタシーだわな。仮説を立てて密談し、また、密談。楽しいけど色々言うやつがいるから困る。
 10年前に刺してきたヤツがいたが、俺の背中に連中のカッペな出刃が刺さって俺の動脈から血が吹いたんですが。それが何か? フツーのヤツなら卒倒即死。
 (今回やられたらどうするか)  
 簡単なことで――刺し違えてやる。プロも雇ってまっせ。ウハハハハハハ。
 
| 10随想 | 19:34 | comments(0) | trackbacks(0)
ニッポンの夏(3)。
7月19日
ニッポンの夏(3)。
 俺はadidas党で、これは、Judy Blameとも気が合うところ。3本線の潔いデザインは40年も前から好きだったねえ。彼もOxford Streetのadidasの旗艦店はしょっちゅう行くそうだ。
 (分かるにゃあ)
 ICAの彼の展示会も面白いから、興味のある人は行ったらいいね。
 イギリスでadidas countryを酷使し始めて半年が経ったけど、ガンガンいける。デザインでも、材質でも、そして縫製でも、ビクともしないねえ。
 そいで、つれないadidasさんのGerd Mullerに見切りをつけて、こちらのcountryに切り替え始めているところさ。
 だけど、キメは革靴だよ。俺は、Johnsotn Murphyとか、ちょっと外すけどよ、一応、場は弁えているさ。
 羽田からだとBoston位離れている遠隔地だけど、イギリスの場合には、ゲイ文化ってのが、ポイントだなあ。若い頃に、踏ん張ってあの二刀流まで修行をすれば大事な点をガッチリ掴めたのかも知れねえな。ちょっと、それだけが後悔っちゃ、後悔するところだ。
 (なに?)
 男が好きだったのかって?
 そうじゃねえだろう。男の世界ってのを理解する、教養ってのを、身に付けられたんじゃねえか、ってことだよ。生まれ育ちでも、権力や金を持っているかどうかなんて、実は問題では無いんだな。
 教養が人を繋ぎ、また、人を恐れさせる。そういう力をつけるのに、一助あっただろう、ってことだわな。まあ、炎のランナーでもいいけどね。オホホホホ。ごめんあそあせ。

Brand New Shoeses.JPG
| 10随想 | 06:44 | comments(0) | trackbacks(0)
ニッポンの夏(2)。
7月18日
ニッポンの夏(2)。
 我が家のある小倉は、ご案内の通りで碌すっぽ店が無いよ。一献、参ろう、と言いたくなるような店がまずあまり無いんだ。
 だけど、階段を3階まで上ったり、狭いエレベーターでビルのを上に行ったりするくらいの努力をすると、ちょっと旨い刺身だとか、煮付けを出す店は2軒くらいある。

      20160715 (掲載).jpg

 鯛のたいたんは旨かったよ。さっと煮と書いてあったけど、関西、とりわけ京都圏で言う、たいたん、だもんね。煮物ではなくて、ちょっと、煮たもの。カブとニンジンが入っていて、涙が出そうになった。
 「滋味って感じだねえ」
 京都に暮らしていたアクビが言うのだが、俺は、この大地で生まれた野菜で育ったのだと想うわけです。

20160715 (掲載別).jpg

 おとっつあんに、外国、とりわけアジア圏以外で暮らしていると、こういうモンが旨いと想うんですよと言うと、べそをかいたような表情になった。
| 10随想 | 15:20 | comments(0) | trackbacks(0)
日本の味――アナゴ白焼き。
㋆17日
日本の味――アナゴ白焼き。
 昨日喰った中野某所は、いい店だとは聞いていたんだが、本当にいい店だった。
 徹底的に和風の店内の装飾、客あしらい、そして、料理。こちらは、刺盛を頂いた後の最終コーナーで出てきた皿だ。最高でした。
 アクビを連れて行かなければいけんなあ。ちょっと見られないいい天井でした。素晴らしい店だったな。

アナゴ白焼き別
| 10随想 | 17:40 | comments(0) | trackbacks(0)
ニッポンの夏(1)。
7月17日
ニッポンの夏(1)。
 イマヘイが「ニッポン昆虫記」を撮ったのは1960年頃だったかな。ニッポンは昆虫だらけだけれど、イギリスは例のバラなどの害虫以外では、やれ、ゴキブリだの、蚊だの、夏場も含めて昆虫には悩まされないからね。
 ガーデニングでも、街路樹でも、伸ばし放題に伸ばしているのは、昆虫問題が無いという点が実は大きいのだわ。実感しますわねえ。
 下記はアクビの使っている照明器具。元々、ミラノ支局が四半世紀近く前に我が家に呉れたものだ。足が折れたり様々な暴君による被害を受けたけれど、都度都度、修理され、生き延びてきた。
 今ではアクビ娘のお気に入りになっていて、こうして夜の我が家の照明器具として立派に生きています。

      20160715@小倉.JPG
| 10随想 | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0)
メイはイギリス女のイメージを変えるか。
7月17日
メイはイギリス女のイメージを変えるか。
 以下に上げるのは12日の「The Times」だったかな。キツイ漫画を載せたもんだけれど、テレサ・メイは典型的な保守党の政治家で、ボリス・ジョンソンを外相に据え、詰め腹を切らせる一方、返す刀で女性を登用すると明言している。
 群がる敵をバッサバッさと切り刻んで、赤い絨毯を豹柄のパンプスを履いてダウニング街10番地に辿り着いたというわけだ。
 こういうキツイ風刺も40年前にはなかった。
 一方では、非常にファッションに気を遣う人だそうだ。靴を何十足も持っていて、良く見ると、ハイファッションのスーツ(らしい)を着こなしてあまり目立たない。保守党でも、これまでの女性政治家と違って、メイ登壇で少しはイギリスの女の評判も変わるかな。  

「The Times」20160712

 ファスナーでフロントを留めるジャケット。そして豹柄のバッグとパンプスを合わせる。普段の彼女の巧く特徴を捉えている図柄だ。つまり、画家にも俺と同じように見えているわけだから、彼女の政治家としてのファッションの戦略は“当たって”いるわけだ。
 メイ自身のブランド・イメージだわね。このジャケットは、ジャージー・コットン製に見えるんだけど。どこのブランドかな。イメージ戦略という意味では、日本人の男性秘書みたいだ。
 ジャケットも、スカートも、さらにはパンツも、同じ系統のものを何枚か持っていて、シーズンそれで着潰すみたいなことをするのかも知れないわなあ。それはそれで買い方が男っぽくもある。

Theresa May & Justine Greening

 彼女は47歳になるジャスティン・グリーニングを起用するはずだが、グリーニングは、今年の「プライド」パレードの日に自ら同性愛者であることを公言した。上の写真の手前側に写っているのがグリーニング。
 
“Today’s a good day to say I’m in a happy same-sex relationship, I campaigned for Stronger In but sometimes you’re better off out! #Pride2016,”

 政治家も政治家のジンセイを賭けて勝負をするから、まぁ、面白い。勝負をして敗れた人がジンセイの負け犬というのは敗戦以来のニホン位のもので、キャメロン前首相だって負け犬とは言われないだろう。
 今般、3週間で政権が変わって新首相が誕生したのも株価が投票前の水準に戻ったのも、キャメロン自身が投票の翌朝に敗戦を認め、間髪入れず辞任を表明したからだ。
 そうでなければ、イギリスの信用は地に落ち、世界中からアホと叩かれる時間が長引き、株価も例えば東京の1,200円安で終わるようなことは無かったといわれているわけだから。
 俺は、ジャスティン・グリーニングの勇気をたたえたい。同性愛者で、自分には将来が無いと感じている人たちがどれほど多いことか。人の上に立つリーダーなら、まず自分でリスクを取ることだからね。
 そういうオンナたちを従えるメイ。期待できるか。男はずるい人間がおおい。ずるいという意味は、安住して最後に決断の揺らぐ、甘いタイプが東西には多いということだね。そんな時、煮え湯を飲まされ、裏切られたと感じるのは、実は女たちかも知れないな。
 女でやる人はやるし、時によって前イギリスの女性政権時のように断固参戦辞さず、だ。
 日本の都知事選は冴えないよな。俺の地元の神奈川県だとか、ご本家のある鹿児島県の知事みたいにポピュリズムの嵐が吹き荒れているのか知らない。しかし、冴えないなあと感じさせられるのは、苦み走ったジンブツが出て来ないからだ。
 イギリスは暮らしてみると、苦い土地だと想うね。何もかも、過去には議論が尽されてきたような。あらゆるテーマで議論され、幾つかの結論が出ているような苦さだ。だから、アメリカよりもずっと新聞記事が面白い。
 そういう国とどう闘うの?
 日本の諸兄姐に言いたい。メイでもまだ還暦前で、新政権は40代から50代が中心だぜ。60歳以上はとっとと引退した方がいい。国際的な交渉なんか、同じ音楽や映画を観てきた同世代同士でやる方がいいんだ。
無論、年齢で線を引くのはフェアじゃない。同じ価値観を共有できる人たち同士の方が、違う利益の駆け引きをやるにはいい交渉が出来る。その面で、同世代には、同世代同士の共通する話ってのが必ずある。そういう意味なんだけどね。
ニッポンには、チャライことを言わない、苦み走った40代、50代のリーダーの登場を待望している。
| 10随想 | 05:45 | comments(0) | trackbacks(0)
「Pulling Mussels?」
7月16日
「Pulling Mussels?」
 昨日のOの話の続きだ。ヤツが電話で聞くわけよ。
 「お前、New YorkからCiscoに行って大丈夫だったのか?」
 俺がパンクを好きなことを知っているので、ヤツはレイドバックした西海岸に俺が移住することを反対していた。
 「そうかい、最高だったよ。いい経験をしたよ」
 カウンター・カルチャーの中心の街だったから、俺は色々なことを吸収した。偶然にもMayorの選挙があり、Tom Amianoの活躍は今でも俺の中に深く残っている。
 「そうか、それは良かった。だけど随分心配してたんだよ」
 Oはそう言って笑った。
 (同じことを言われたことがあるけれど)
 ああ、それがタケちゃんだったっけ。
 「西海岸なんか行って大丈夫ですか?」
 ヒッピー文化の巣窟にパンクが行くのはマズイんじゃないか――タケちゃんも心配してくれたのだった。いやいや、ご心配をおかけしたわねえ。そんなに許容範囲が狭いように見えたんだろうなあ。徳が無いですけえ。
 そのタケちゃんが好きだったのがSqueezeだった。
 Punkの暴風が一旦落ち着きを見せ始め、多用なバンドが出始める1978年になって登場したこのバンドはイギリスの中ではパワー・ポップの代表バンドみたいなところもあって、解散と再結成を繰り返し、今でも活動している。
 主要な創作メンバーのGlenn TilbrookとChris Diffordはデビュー当時から不変だった。相変わらずいい曲を書いている。
 78年のデビュー作の「Squeeze」は、ジャケットがバンドのキャラを伝えるものではなく、荒っぽいモンタージュ風のデザインで、これが、とてもよろしくなかった。「Take Me I’m Yours」のような優しい歌詞を書くバンドなのに、ハード・ゲイを彷彿とさせるような男の横たわっているジャケットってのはあり得ない。

Squeeze 2015.jpg

 これは、当時を知る俺としては、レコード会社の意見が強かったからなんだろうと想う。当時はパンクの潮流があまりに大きくなっていて、どんなバンドでも、ちょっとハードな感じを出さないと、新しい感じで受け止めて貰えない時期だった。そういうことが災いになった。Squeezeは、初期は常に実態とイメージにギャップがあった。
 ところが、1976年や77年にパンクをコキおろしていた人たちも、78年になると一斉にニューウェーブ・バンドを聴き出していた。だから、レコード会社もこれに乗っかった。78年はバンドに取って中途半端な時期だったんだろう。
 だから、79年の「Cool for Cats」はジャケットも落ち着いてポップだけどクラシックな50年代を想わせるものになり、「Goodbye Girl」、「Cool for Cats」、「Up the Junction」等、素晴らしい曲が収められている。しかし、チャートの動きは今ひとつ。Glenn Tilbrookの持っていたカントリーっぽい外見のイメージが、時代と合わなかったかも知れない。
 80年の「Argybargy」では「Pulling Mussels (from the shell)」。81年の「East Side Love」からは「Is That Love」も。「Tempted」もあったな。どれも素晴らしい名曲ばっかりだ。
 そうなのだ、なんてったって、俺は彼らの代表曲、とりわけ、シングルで切り出された作品が好きだった。で、これらを集めて、82年に出された「45's and Under」は、それでもイギリスでさえ3位までしか上昇しなかった。殆ど全て傑出した名曲ばかりなのに!
 Glastonburyに出た彼らをBBCで観た。昨年の夏には、ベースで女性のLucy Shawが加わり、また新しい雰囲気が出てきたのは喜ばしい。曲も書け、楽器も弾け、アレンジもできる人が2人コアにいると、バンドの自由度は上がる。
 Glenn Tilbrookがウクレレを使っているのも面白かった。彼らはまだ全然イケそうだ。古い曲も、きちんとアレンジをして、展開している。インタープレイになっているし、Glenn Tilbrookの声にも問題は無い。
 結成メンバーだったキーボードのJools Hollandはもう違う世界に行ってしまっている。しかし、Jools Hollandの音楽の嗜好は基本的にR&B。少しポップな形を取っているが、Glenn Tilbrookも同じラインだと俺は感じる。
 Glastonburyでは、Glenn TilbrookとChris Diffordは、かなりBlues色の強いGuitar Soloを弾いていて、なるほどと想わされた。
 俺がSqueezeの話をすると、皆さん、不思議な顔になるけれど、いい曲を書くバンドはSqueezeに留まらず好きだぜ。とまれ、例えば「Pulling Mussels」はエッチの英国での隠語だとか、彼らの歌詞にも隠された比喩がたくさんある。Glastonburyで歌詞を大合唱している客が、何だかとても可愛く見えた。
 

追記
帰宅した。エプロンのところから汗。アジアの重たい大気を久しぶりに感じて興奮している。銭湯に行ってから、アクビと一緒にヒラメ、マグロ、タコ、ハマチ、シャケ等の刺身、タイのさっと煮、小鮎の空揚げ、焼ききのこ盛り合わせ等を飛露喜の冷酒で。帰宅して俺は菊水。日本の夏だ。嬉しいねえ。
イギリスからは続報に継ぐ続報。どこかでタイミングを見なければいけないが、コイツは面白くなってきた。揺れる時代の真っ只中だ。よろしゅうござんす、こちらも腹を括って参ります。
| 8音楽 | 05:16 | comments(0) | trackbacks(0)
ニホンへ。
7月14日
ニホンへ。
 来週まで1週間ほどニホンへ戻る。
 3月に引越しを主目的で短期で戻ったことを入れれば4ヶ月振りだけど、ほぼ正月以来の半年以上のインターバルを置いてのニホンですら。
 先日、讃岐うどんを我が家で作りましたが、讃岐うどんは讃岐うどんでした。しかし軟水硬水の違いは大きくて、どんなものでも味が違う。
 俺は「石」は無いのだけれど、こちらに来る前に腹を切って「石」を切除してきた人がいる。レーザーではとても破壊できずに取りきれない大きさだったからだそうだ。

倫敦で啜る讃岐うどん 20160703 (1)
| 5今週の余糞 | 13:13 | comments(0) | trackbacks(0)
Rock and Rollの神、そしてBXX-Connection。
7月14日
Rock and Rollの神、そしてBXX-Connection。
 先日、酒を呑みながら四方山の話をしていた時のことだ。New York時代に遊んでいたOの名前が久しぶりに出た。
 「Oか!」
 IrishでMillan育ちの彼。もう20年も話をしていなかった。電話をすると、開口一番、
 「『Blue Note』事件、覚えてるぜ」
 と言った。ノッケから大笑いになった。
 1997年、New Yorkに住んでいた時、俺は西海岸に用事があり、帰途、Huston空港でギターケースを大きなカートに入れているJoe Louis Walkerに話し掛けたんだ。まだ、俺は30歳を過ぎたばかりだった。
 ヤツもLas Vegasの公演からNew Yorkへ行くところだったのだけれど、俺達は何かの都合で飛行機から降ろされていたのかも知れない。ともかくHustonの乗り継ぎ便で、East Bayに住んでいたJoe Louisと一緒になった。
 「日本にはBlues Carnivalで公演に行ったことあるぜ」
 これからNew Yorkの「Blue Note」で1週間の連続公演を打つという話だった。それでヤツから店に招待されたんだった。確か、1997年の11月末か。それなら俺は33歳か。

IkeTurner and HisKings.jpg

 Oに話すと、俺も行くという話しになった。
 「いいじゃない、それは!」
 その晩、俺達は観に行く前に、Guinessをしこたま呑んで、「Blue Note」に入った時はデキ上がっていたはずだ。
 「Manhattanで一番旨いGuinessが呑めるのはここだ!」
 Columbiaの学生時代に歩き回ったから、Villageは詳しかった。ヤツはストレートだが、Gay Bar情報にも詳しかった。
 その晩の「Blue Note」では、Joe LouisのGuestがIke Turnerで、俺は幸運なことに、生前のIkeのGuitar Playを目の前で見た。あのチョーキングも見たし、乱暴にGuitarを扱う姿も観た。
 (山口冨士夫みたいだ)
 そう想ったっけ。それで、シールド線の具合が悪くって、目の前だから、手を伸ばすと、Ikeの手が俺の手に一瞬触れたんだ。ビリビリ来たっけ。あの瞬間から、俺にはず〜っとRock and Rollの神が付いてんだ。

            「Taking Back My Name」表紙。.jpg

 その晩のことは奇跡続きだった。帰りがまた傑作だったんだ。Oが俺に代わってくれと言うから、俺は慣れない土地なのに帰りはOの車の運転席に座ったんだった。
 「ヤベエ!」
 Yonkersを過ぎた辺りで、制服警官が懐中電灯をグルグル回している。
 「マジかよ」
 俺達は絶体絶命だと想ったのに、あの呼気を計測するショボイ機械を2人が共にクリアしたんだった。未だに全く信じられない。だが、それは事実だ。
 ヤツは、今、大陸側の某国、BXXに住んでいる。15年ほど前に起こした会社が成功し、今は社長業も兼務しているそうだ。驚いたことに娘は天才的なシンガー。いやいや、あのオヤジにあんな声の娘がいるなんて。
 Rock and Rollの神はヤツにも付いていたのか。


追記
またまたお友達の内閣が出来そうな雰囲気だけれど、付き合う日本側の人間が年寄りでダメだな。もう40代と50代に基本は任せるというスタイルにしないとダメだ。言っておくけど、向こうさんも、そう、言ってます。同年代のノリみたいなものは、信頼関係ってのには、理屈抜きに重要な要素だからねえ。
Check
| 8音楽 | 06:23 | comments(0) | trackbacks(0)
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