岡田純良帝國小倉日記

備忘録――まとまりのないメモ(下)。
6月28日
備忘録――まとまりのないメモ(下)。
「Master」(2016年)
 昨年の韓国の話題作。
 韓国社会の病理がほの見えるという意味でイ・ビョンホンが2015年に出演した作品、「インサイダーズ」に似ている。しかし今回、イ・ビョンホンは大悪党を演じていて、その点が前回と大きく違う。白髪交じりのイ・ビョンホン、顔の感じがどんどんよくなってきた。
 これもまた、ありそうな大型の詐欺師の話だ。詐欺師というより、ここまで来ると、本人がふてぶてしく刑事に言い放ったように経済犯になるか。しかし、経済犯よりも、他国の政治家に巨額の詐欺を持ちかける辺りは、古の政商みたいだ。
 ネット取引を使ったマルチ商法の大型投資詐欺師を演じているのだが、脚本の設定は 面白かった。ネット銀行を使う国際的な資金洗浄に発展して、ボートで国外逃亡後は、 シンジケートの逃亡ルートで某大陸を通過して東南アジアに逃げ延び、Philippinesまで逃げ込み、そこの上院議員を大型の取り込み詐欺にかけるような案件を思い付く。
他国の政府の予算を喰ってしまえという壮大なもの。

Masterの撮影現場で。.jpg

 悪人の活躍の場も韓国内だけでは面白くない。悪人もすべからく国際的になる時代。日本国内のピッキングとか宝石泥棒はかなり半島のシンジケートも動いているそうだ。映画の興行について言えば韓国は映画市場が小さく、海外でそれ相当に受けなければ大型作品は最終的にはペイしないのだという。外に出て行くのは当たり前なわけだ。
「ASURA(アシュラ)」(2016年)
 こちらも韓国だけでなく、日本でも話題になった昨年の韓国映画。3月に日本で公開されたと聞いている。
 アメリカ軍の基地の街、カンナム市(架空)。軍の撤退後、広大な敷地が払い下げられ、再開発利権に目の色を変える悪党たち。しかし実際は現職市長パク・ソンベ(ファン・ジョンミン)はその上をいく悪党で、義弟で警官のハン・ドギョン(チョン・ウソン)を使って市長の汚職を告発しようとした証人を消す汚れ仕事をさせている。
 「ブーメラン家族」では兄を演じたユン・ジェムンが警察署の悪玉班長役で登場したと想ったらあっという間に死んでしまう。呆気なく殺されてしまい拍子抜けするのだが、この後、どんどん悪党が出てきて、誰が最も悪いヤツなのか、混乱してしまう。
 市長のファン・ジョンミンと市長追い落としを狙う検事役のクァク・ドウォンの間でチョン・ウソンはいいように使われる。チョン・ウソンは西島秀俊という説があるが、鼻の低い平たい顔のTom Cruiseにも喩えられるか。映画は諸説が出回っているが、とにかく市長役のファン・ジョンミンが全部を喰っている。
 最近の韓国映画は、返還後、香港映画が相対的に伸び悩んでいるのと違って、かなり演出のレベルが上がっている。例えば、とってつけたようなエキストラの臭い芝居は削られている。香港映画はくどいほど説明的なエキストラを使った演出が増えている。しかし、韓国の現実の社会はどうなのか。

황정민 Asra.jpg

 今リアルタイムで進む朴槿恵とその周辺に対する人民裁判みたいな光景を見ていると、全て映画で見たような既視感がある。「行こうコリア」とか「いつも青い党」等の新たに出てきた野党。そこに「共に民主党」が出てきた。
 こちらは60年以上の歴史のある旧社会党系団体だ。だから彼らもウラがあるだろう。必ずあるだろう。韓国映画を観ていると、社会の息苦しさが分かる。
 「地方大学の32期生だな」
 「一生クズで終わるレベル」
 「アイツは中央の学校を卒業していない」
 教育格差で差別的な発言が当たり前のように出てくる。
 政権が変われば人民裁判と糾弾の繰り返し。だから、映画は刑事が魅力的ではなくて、悪役が勝って映画全体を喰っている作品が面白い。
 イ・ビョンホン、ファン・ジョンミン――悪党を演じて様になる。俺のお気に入り。


追記
そろそろねるけえと言うわけでねえ。Londonの“我が偉大なる女房”からはCheep Trickの公演で「The in Crowd」と「Waiting for My Man」がカバーされたの報。元々イリノイ州辺のGarage Bandが主体の人たちだからなあ。Paul Cookyの周辺のメンバーも客席にいたそうだわいな。拡がるねえ。そういえばシスコのモトからもメールあり。
| 4映像 | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0)
備忘録――まとまりのないメモ(上)。
6月27日
備忘録――まとまりのないメモ(上)。
「仁義なき戦いの“真実” 美能幸三 遺した言葉」[鈴木義昭著, サイゾー]
 飛行機内では集中して読めるだろうと考えて携帯した。前にも記したように特に何か 感想を付け加えることはないのだが、本書は、2箇所、明らかな誤りがあった。
 1つ目は美能幸三の出身中学。旧制呉第二中。現在の宮原高校だが、本書は三原高校 としてある。これは誤り。
2つ目は安藤昇の出身中学。今の法政二高。本書には川崎高校とある。これも違うと想う。法政予科とあれば良かった。2つ共に旧制中学の校名であったのが面白い。

       「仁義なき戦い」(5).jpg

 著者は糖尿と闘病していた晩年に会っている。クマのような巨体の陽気な酔っ払いの時代をご存じなかっただろう。強い光と包容力のあった時代だ。還暦前の美能幸三はある種のやさぐれたムードがあった。渡世人の。今はそういう人間は殆ど見られなくなったが、昭和時代にはそういう人は街にいた。それが、昭和時代が遠ざかり、美能幸三が遠ざかっていく印象につながっていった。読後感はそんなところ。従軍体験に多くのページが割かれているが、美能幸三には 母親をはじめ、身内に恵まれていた印象がある。仏心に包まれていたわけだ。
 俺の身内には、“人斬り哲”こと佐々木哲彦が呉の繁華街のご近所で、生前の哲からよく声を掛けられた人間がいる。
 「物騒じゃけえ気いつけて帰れや」
 アンタの方が物騒やないけ――これも宴席のネタ。
 しかし美能幸三も含め、ヤクザを戦争のせいにしてはカタギで筋を通して生きた人は浮かばれない。オジサンは現実を見ないで古い博徒に憧れ過ぎたのだ。
 ヤクザはヤクザだった。しかし自分が盃を受けた山村辰夫に幻滅して引退声明を出し、カタギになった。俺は、その潔さがとても好きだった。彼はヤクザ社会の中で生きるにはナイーヴ過ぎた。Lino Venturaの演じた“おやじのギュ”のように。「仁義なき戦い」は獄中で母に書いた「母恋の手記」というところ。だから人に訴えたと俺は想う。
 昔、藤沼伸一(1959年-)(https://ameblo.jp/ginsuzujapan/)さんたちは親と封切で観たとか聞いたことがある。親と観るかね。それどころか、あの人、まだ観ているそうだ。それも分かるわねえ。昭和の不良少年には憧れの世界だった。しかし、もう、それも遠くなった。

CV of Giuseppe Genco Russo and Calogero Don Calò Vizzini.JPG

「破門ふたりのヤクビョーガミ」(2017年)
 これは、黒川博行の「疫病神シリーズ」の映画化。正月の第2弾映画として製作された そうだ。黒川博行はこの「破門」で第151回直木賞を受賞している。
 監督は小林聖太郎。大阪のヤクザ・桑原を佐々木蔵之介が演じ、父親が極道だったが、 父親の死後、1人で建設現場の揉め事の仲介(Brokering)をしている二宮役に横山裕。 これもBuddyモノ、相棒モノの典型の映画だ。
 配役が面白かった。ヤクザの親分役を月亭可朝。敵対する組織の副会長役で宇崎竜童。さらに二宮の母親役でキムラ緑子が演じていた。宇崎さんは70歳を超えて、綽々として若い。顔が違う。いい脚本で撮るなら今じゃないか。現代に池波の正ちゃんもし健在ならば、宇崎さんを若い鬼平の指南役に指名しそうだな。
 原作の意図は知らないのだが、古いヤクザも今の仲介業者でも、元々社会の必要悪という感じがよく出ている。誰もやりたがらない面倒な仲介をする人間が必要だった。 今もそれは変わらないはず。古手のヤクザが社会で生きていれば、「オレオレ詐欺」も ここまで社会問題となることはなかったのではないか。
 これまた面白いのは、R&B / Soulの使い方。桑原がカラオケ屋で熱唱するのが Manhattansの「There's No Me Without You」。映画の見所になっているそうだから、ファンで未見の方はお楽しみに。
 俺の接したヤクザは、この手の古い映画とか、古い歌を、異様に愛した人が多いのだ。知れば知るほどストレートだから可愛い。Sicilyはそれが生きている社会だった。
 (俺はそんな桑原をバカにしているんだ)
 原作でも、二宮は、桑原の窮地で自問自答するのがいいわけだよ。黒川博行の「疫病神シリーズ」人気のコアな秘密は“ヤクザへの共感”にあるのではないか知らん。

追記
日野啓三のベトナムの取材話は良いなあ。全部引用したいところが何行もあるぞ。深夜特急以前、そしてマレー蘭印紀行の後に、こういう具体的な取材ノートが書かれていたわけねえ。今の○○総局・駐在記者は全員読んで「反省」して「新規まき直し」して呉れると俺の仕事も楽になるんだけれどねえ。オホホホホホ。
| 9本・記録集 | 06:14 | comments(0) | trackbacks(0)
最近のお気に入り――アサリと豚三枚肉とのソテー。
6月26日
最近のお気に入り――アサリと豚三枚肉とのソテー。
 引っ越してほぼ1ヶ月。この間、大事件が続いて、街の様子も一変した。暮らし振りも変わって、日々調達する酒や野菜の内容も少しずつ変わっている。
 これまではワンストップ・ショッピングになっていたのだが、昔の商店街の買い物ではないが、少しずつ専門店に顔を出して試行錯誤を繰り返しているところ。

アサリと豚三枚肉のソテー (4).jpg


 例えば、素材でいくと、以前ならアサリだとか豚の三枚肉だとかいうものは、調達し難い環境だったのだが、今は少し歩けばこういう素材は調達ができる。
 先週末には牛や豚の(しゃぶしゃぶほどでない)薄切り肉も調達できる場所を見つけたので、これから肉ウドンやらできるようになるのが嬉しい。
 こちらは先月辺りから急に傾斜中のBalzac御用達のVouvrayの白ワイン。料理に合わせるにはこのMedium Dryはグーだわねえ。こういうチョイスが中々楽しくなってきたねえ。深まってきたということだ。
 これから某所経由でParis。旅は続くのだった。

     Domaine Vieux Vavret Medium Dry.jpg
| 7喰う | 14:03 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――また変わるアメリカ社会。
6月26日
気になる本――また変わるアメリカ社会。
 「あなたの人生の意味」[David Brooks著・夏目大訳, 早川書房]
 本書といきなり離れるが、近頃のアメリカ映画も少しずつ地殻変動しているようだ。 「20th Century Woman」という映画がどこかの新聞の映画評で取り上げられていて、今月から日本でも公開中だ。本作は前から気になっていた。
 設定は1979年のSanta Barbara。15歳の高校生はPunk Rockに夢中になっている。主人公は下宿業を営む母親なのだが、母親がAnnette Bening(1958年-)が演じていて、これがはまり役とのこと。Los AngelsのPunk Clubに通う高校生役は俺の知らない若い役者だが、これもまたいい味を出しているそうだ。
 監督のMike Mills(1966年-)はBarklyの生まれ。自分の育った家庭と母親を描いた。母親は“シングル・マザー”であり、Punk Rockに夢中になっている思春期の息子と距離が上手く取れずに悩んでいる。周辺の人にサポートを頼む、そういう女性だ。
 監督はこの脚本も書いているのだが、1979年辺りが、アメリカの社会が変わっていくきっかけになった時代とも見ているようだ。批評家は2016年の傑作と大絶賛。
 2010年の「Beginners」で描かれるのは自分の父親で、自分という子供を産ませながら、妻の死後、若い男と再婚したという複雑な父を描いた。

Mike Millsの撮影風景。.jpg

 映画評によると、中流家庭の崩壊と没落という見立てだそうだけれど、19世紀の封建的な社会の崩壊という面では歴史的にはそうだったかも知れない。
 またこの「20th Century Woman」と第89回のAcademy Awards作品賞の座を争って射止めた「Moonlight」。Barry Jenkins(1979年-)が監督した本作は、Florida 州Miami Beachの黒人・ゲイ・貧困家庭という三重苦に悩む少年の成長の物語。
 Barry Jenkins自身が同じMiami至近のLiberty Cityで生まれ育ち、映画の主人公と近い生育環境で、父親を12歳で失い、実母ではない別の女性によって育てられた。
 映画は引いた目線と小型のカメラを使った接近したカメラ・ワークで、物語の進行は淡々としていながら観客を飽きさせない。主人公の息苦しさが何時の間にか観客にも伝染して、それは生きる苦しみとして共有されていく。
 そして――映画の奇跡として特筆すべきなのは音楽だろう。全篇に流れる音楽もいい。だが、R&B / Soul Fanの俺としては、抑制された、しかし重要な場面で使われる古い1曲の使い方に痺れてしまった。Barbara Lewis(1943年-)の「Hello Stranger」。もう半世紀も前のヒット曲。これは彼女が作詞作曲し、Fender Rhodesを鳴らしている。Howlin’ Wilf & The Vee-Jaysを組んでいた頃のHames Hunter(1962年-)もカヴァーしていた。Jukeboxにそんな古い曲が入っている店は俺の知るところでは那覇は桜坂社交街にあった「悦ちゃん」くらいのものだ。「悦ちゃん」も昨年8月にママが亡くなり閉店した。R&B / Soul Fanは必見。

Mike MillsとAnnette Bening。.jpg

 さて、本書は、そういう一連の映画とも近い見立てのところもある。つい20世紀にあったのにアメリカ社会の美徳はどこに消えたのだろう?と実例を挙げて訴えかける。「1989年、大統領に就いたG.ブッシュ・シニアは、I(私)で語り始める演説原稿を選挙戦で却下し続けた。自己宣伝を厳しくいさめる美徳は、さてどこへ行ったのか。本書は理想のアメリカ人像を過去に探す試みでもある」
 我が家から10分の場所にあるSt Paul’s Schoolの校舎で決めたNormandy上陸作戦。「上陸作戦を成功させたドワイト・アイゼンハワーは、粗野で短期な将校から<中庸の完璧な見本>となる組織人へ変貌し、大統領に上り詰めた。母の生い立ちにまで克己心の源流を遡り、<単純素朴な自己像は、彼自身が努力して作った一種の芸術作品だった>と故人をたたえる」
 本書はNew York Timesの著名な寄稿者による著作。もしアイクが生きていたなら、New York Timesは軍人をそういう目線で取り上げるだろうか、とも想った。
 ともかく、“Trash White”の支持があったにせよ、金持ちの息子で“勝ち組”のTrump現象に対してどう表現者は抵抗するのか――近頃のアメリカ映画には、変わっていく予兆を感じさせられるものがある。(本社編集委員・尾崎真理子評、讀賣新聞)


追記
明日は大陸へ。まことに明日は早いので、これから休みます。大陸へ行って何があるんだろう。そう想うけれども、一方で、あの人たちに対抗しなければいけんということですわねえ。哀しくなってきますが、他に詮方無し、だ。
| 9本・記録集 | 06:12 | comments(0) | trackbacks(0)
これぞLondon。「土曜の夜と日曜の朝」――友よ行け。
6月25日
これぞLondon。「土曜の夜と日曜の朝」――友よ行け。
 東京から還暦過ぎの大先輩が来て、俺がホテルに迎えに行ったんだけど、結局、先輩は1人だけだったんだな。
 「どうします?」
 「そのスペイン系の店がいいなあ」
 そいで店に電話入れたら21時まで待ってくれたらテーブルが空くってわけだ。
 「ふざけてますよ、21時って」
 「うーん」
 先輩は考え込んでしまった。手元の時計はまだ17時。
 「んじゃ、生のオイスターとか喰いに行きませんか?」
 「当たると面倒だあ」
 「そんなの大丈夫でしょ」
 「前に一度当たったんだよ」
 渋る先輩を車に乗せて某所まで。店は鉄道の大きな地上線の線路脇にある。付近は殺伐とした工場とCouncil Schemeが交じり合ったような所だが、その一角だけは静かな穴場だ。
 「うん、なんか、ここいい感じだねえ」
 真っ黒なペンキを厚塗りした典型的なPubは元は鉄道乗降客のための食堂兼旅館だった。19世紀半ばから営業してきた古い食堂は、90年代半ばに経営者が変わって店の名前も変わった。
 「んじゃ牡蠣喰いましょう」
 「おっ、いいねえ」
 俺はラガー、先輩は黒ビールを注文する。
 巨大なSeafood Plattterが出てくる前に、まずはビールを1パイントで暖機運転だ。
 「Boogie!Woogie!」
 突然、静かな店にブリブリのBass Soundと太っといBeatが響き渡った。
 どっひゃー、the Stranglersの「Go Buddy Go」。1977年のシングル盤だ!!!!
 Counterの脇に小さなJuke Box。還暦近いような姿格好の背の高い男が立っている。ピッタリしたTシャツの胸にはRaven Ringerのマーク。


     Hugh Cornwell of the Stranglers in 1978.jpg
  1978年頃のHugh Cornwell(1949年-)御大。この頃、まだ20代。もう、ぶち壊れた
  感じがビリビリ来ますなあ。Kentish Townの地主の倅。バカになりきれなかった人。
  後年、Cricket愛を隠さないようになって、ようやくその価値観が理解されるように
  なったという感じがある。「脳膜剥離」な感じの人物だわねえ。


 容赦の無い強烈なSoundで曲はVocalを乗せて突き進んでいく。この曲は、普段の楽器を持ち替えて、メインのVocal LineはJean Jacques Burnelが歌っていて、強烈なBass Soundは、実は親指のスラッピングでHugh Cornwellが弾き出しているのだ。

 「少年少女はこぞって踊れ
 オールナイトで踊りまくれ、このクレイジーなサウンドで
 こいつはロンドンの最新ヒットだぜ
 喜べガキども

 言っとくぜ
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け
 
 俺はボブと一緒に楽しんでんだ
 スピードをキメて上機嫌
 ボブは踊らねえ
 しょぼい女をじっと見てら

 言っとくぜ
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け

 Yeah boogie now Dave...

 Elbow rooming his way around the floor (oh)
 You can see him he's sitting by the door (oh)
 All the chickies they wanna see him dance some more
 (One) Two! Three! Four!」

 Go Buddy Go Buddy Go Buddy Go Buddy, Go Go Go

 言っとくぜ
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け
 俺今何て言った
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け
 言っとくぜ
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け」

 概略はこんな曲で、1977年のロンドンの狂騒が感じられるキチガイじみた曲でもある。だが、シリトーの「土曜の夜と日曜の朝」みたいな狂った夜を歌った曲でもある。
 この曲は、英語表記した所でHugh CornwellにMain Vocalが渡り、転調してブレークする。
 「(One) Two! Three! Four!」
 シングルでは大音量にすると聞こえる声が、ライヴだとマイクの前で怒鳴る決めのカウントになっていて、当時はそれがライヴの興奮の頂点になった。
 彼らにとってはガキの踊れるチューンを一曲くらい入れておこうというくらいの考えだったんだろう――。
 この日――Pubのカウンターにはオヤジばっかり群れていて、女連れは外に出ていた。
 問題のブレークする箇所で、一瞬、店内が静かになった瞬間、
 「Two! Three! Four!」
 カウンターに張り付いていたオッサン達全員、口の中で呟いていたから――お互いに顔を見合わせた。
 「Cheers!」
 「Cheers!」
 「to the Stranglers!」
 「to the Stranglers!」
 こういう瞬間は、Londonにあって、最高の瞬間だと想った。それどころじゃないぜ、ジンセイの最高の瞬間の一つでもあったかも知れない。永く記憶に残るだろう。

 言っとくぜ
 友よ行け、友よ行け、友よ行け。行け、行け、行け、行け
| 8音楽 | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――人種と人質。
6月25日
気になる本――人種と人質。
「人種戦争という寓話」[廣部泉著, 名古屋大学出版会]
 (政治学者・京都大教授・奈良岡聰智評、讀賣新聞)
「人質の経済学 Merchants of Men」[Loretta Napoleoni著・村井章子訳, 文芸春秋]
 (経済学者・東京大教授・柳川範之評、讀賣新聞)
 ,19世紀後半から欧米諸国で沸き起こった「黄禍論」と、これと同時期に主に日本で唱えられた「アジア主義」はコインの裏表だったと指摘する書。アジア太平洋戦争とは人種戦争であったとする見立てもある。
 本書はアメリカの政策決定者は世論や政府の一部に存在していた「黄禍論」とは距離を置いていたとしているそうだ。
 「しかし著者は、満州事変以降の日本政府でアジア主義的志向が強くなった」
 今も昔もそうだが、とりわけ英米はプロテスタントの価値観が根強い。本音と建前をどのような場面でも使い分けをする。見なさい、大抵、料理屋の便所が汚いから。
 その点で、イタリアも、フランスも、ドイツも、便所は英米ほど汚いところは少ない。掃除をしているわけだ。これはあくまで一般論だけれど、英米ではリーダー層が自ら率先して掃除をする文化ではないから。何時も料理屋の便所で感じることだ。
 大陸では議論が白熱するともう少し本音の部分が出る。現在の難民問題でもそうだ。イギリスはフランスとの海底トンネル入り口に難民の入らないような柵をこしらえる。
 「近年世界では、人種主義的言説が蔓延している。それらが政治的に悪用された時に何が起こるか、さまざまな想像をかき立てられる」
 評者は本書からそういう想像をしてみる。

        Winston Churchill with Sub Machine Gun.jpg

 Winston Churchill(1874-1965年)の母親はフランス系アメリカ人で銀行家の娘だった。Huguenot教徒の流れで親ユダヤ派でもあったのは元々は難民で政治の師匠だった母譲りという説もある。この辺りにかなり深い真実が隠されているように感じられる。大英帝国が国葬で送った政治家の身体の半分はアメリカ人だった。
 △呂發少し突っ込んだ話。誘拐は金になるというそのものズバリの本で、著者は1955年生まれのItalian。有名なIS問題を中心と据える報道記者。IS問題について著作もあるし講演もする。
 「誘拐は衝動的に行われるのではなく、そこは極めて合理的なビジネスの世界。人を輸送する業者や仲介業者等、それぞれが合理的なビジネス感覚の下で活動している実態が、かなりのリアリティーをもって語られている」

「海は燃えている」から (6).JPG

 Albanian=Turkishの犯罪組織が関与しているとされている難民ビジネスなどでは、すでに5〜6千億円規模のマーケットが出来上がっているとされているが、本書でも、その辺りはしっかり関連性を解いているのが嬉しい。
 「中東で発生した大量の難民がヨーロッパを目指す際、誘拐組織や密輸組織が、密入国斡旋や移動の斡旋に手を広げていくのは容易なことだった、といわれると考え込んでしまう」
 さすがの評者でもそうか。
 「通常では得られないような情報が詰まっている。不透明性・不確実性を増している国際情勢の変化を理解するうえでは、表に見えている状況だけでなく、このような情報をできるだけ把握することが重要と考えさせられる」
 ISだけでなく、Somalian Piratesなどはどうだろう。
 「俺たちはGoldman Sachsの下働きさ」
 Andy Borowitzのレポート(http://www.newyorker.com/humor/borowitz-report)ではそう皮肉った。

「海は燃えている」から (4).JPG

 Eleven indicted Somali pirates dropped a bombshell in a U.S. court today, revealing that their entire piracy operation is a subsidiary of banking giant Goldman Sachs.
 There was an audible gasp in court when the leader of the pirates announced, "We are doing God's work. We work for Lloyd Blankfein."

 もう2010年のことになるのだが、その後、金融機関が彼を訴えたという話は出ない。まあ、国を率いるくらいのトッポイ気構えがあるなら、本音などは言わずに隠すのが世の道理で、本音ばかり言っていた敗戦前の日本の政治家と軍人は、つまるところ、愚か者だったということだ。それにしても△呂匹Δ笋辰得験茲靴討い襪里世蹐Δ。よほどのAgentでなければ彼女を守りきれないだろうに。


追記
さきほど、某所から帰着。別稿で上げますが、最高に面白かった。名古屋方面、乞うご期待。
| 9本・記録集 | 06:37 | comments(0) | trackbacks(0)
弁當ラーメン――近頃の欧州ラーメン事情。
6月24日
弁當ラーメン――近頃の欧州ラーメン事情。
 4年前にはドイツがラーメンの中心だったのに、今ではパリがラーメンの中心になった。ことラーメンに関しては、ドイツは置いてけぼりを喰った。5年前は大西洋の向こう側のニューヨークだった。考え合わせると、興味深い一連の流れ。金の流れの順番が面白いもんだ。
 日本の繊細なラーメンは、こちらの人間には分からないから、分かり易いプレゼンテーションとパフォーマンスが
店の人気を左右する――と言われていたんだけどねえ。
 来週日本に戻って来いとか、東京に来ないかとか――色々なメールが飛んでくるけれど、さて、どうなんだろう。新聞諸兄姐がもっとベンキョーしていい報道してくれればこんなに体力を浪費しなくてもいいはずなんだけれどな。

弁當ラーメン豚骨そば
| 7喰う | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――これは楽しく、そして懐かしい話。
6月24日
気になる本――これは楽しく、そして懐かしい話。
「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」[延江浩著, 講談社]
 これは面白い話だと膝を打った。久々の大ヒット。ユーミンが頭山満に連なるとは!
 松任谷正隆の父親の功三郎(東京銀行横浜支店長)に、腹違いの弟に農林省で審議官となった健太郎がおり、この人が頭山満の孫・尋子と結婚した。
 尋子は外苑で会員制のバー、「易俗化」(エキゾチカ)を始めた。三島由紀夫や三輪明宏、石原慎太郎・裕次郎兄弟、力道山などまで出入りした。この頃の日本は、今と違って社会はセレブリティーの存在を許したので、かなりハイブローな展開があっただろう。今では考えられないような組み合わせで彼らは互いにつながっていた

三島由紀夫コンタクト.jpg

 八王子の呉服屋の娘の荒井由美は、立教大学の付属中学に通っていた中学生の頃からGSの追っかけで都心の各所に出没していた。松任家正隆との出会いも、その流れの延長だ。慶応大学生としてキーボードを弾き、ミュージシャンとしての収入があった正隆は荒井由美の才能に驚いてプロデュースをする方向に転換した。
 ということは、荒井由美はかつての日本のセレブリティーの世界を知る最終世代とも言えるかも知れない。今は写真週刊誌等のスクープなどでも分かる通り、この世界は存在が許されなくなってしまったが、前は考えられないような組み合わせの人たちが交流を持っていたりした。

      荒井由美 (1).jpg

 そもそも右翼の巨魁の娘と農水省のキャリア官僚は、今なら結婚しないという感じはあるだろう。組み合わせからして夢がある。今では、官僚も、あれこれ些事万端まで気を付けないとどこから刺されるか分からない。息の詰まる小粒な時代になった。
 本書の中で、頭山家と松任谷家のご老人の証言が無類に面白いわけだが、悲惨だなと想わされたのは頭山秀三(1907-52年)。交通事故死したとされてきたが、遺体は電車と衝突して飛ばされ、踏切の上の電柱に“吊り下げられているようにも見えた”という。
 この秀三こそ、バーの常連客であった三島由紀夫の遺作、「豊穣の海」第2部「奔馬」の飯沼勲のモデルとされた人物だ。小説では18歳の国学院生という設定になっている。若い頃、秀三は東京農大の学生時代から世に聞こえた国士だった。実際、24歳で右翼団体の天行會を結成し、五・一五事件に加わり、武器を調達した上、実行部隊に供給した嫌疑で実刑を受け、収監された。
 姪の尋子は、敗戦後の東京で死んだ秀三の死因を疑っていた。何しろ、この「事故」は敗戦後7年経ち、4月末に講和条約が発効して日本が国際社会にようやく復帰した1952年7月末のことだった。

   「奔馬」(1).jpg

 「叔父さんは殺されたんじゃないかと思うのよ」
 「踏切の電柱に引っかかっていただなんて、そんなに高いところに飛ぶものかしら」
 多分講和条約発効で一区切りが付いたと判断した秀三は、有志と語らって街頭演説を始めたばかりだった。
 先に述べたように秀三は右翼団体を組織して、五・一五事件の準備に加わって実刑を受けたことがある。

    「奔馬」(2).jpg

 小説の中では、飯沼勲は父・茂之によって自分の計画に加わっていた「昭和神風連の乱」の計画を警察に密告される。秀三が勲ならば、五・一五事件を密告するのは頭山満という関係になる。頭山家にとっては微妙なものがあるだろう。
 この辺り、書き手の三島由紀夫はマダムの尋子との間でどんな話をしていたのだろう。彼女を通して秀三とは行き来があったのか。あるいは面識がなくとも、父親と違って、息子の秀三の猪突猛進の性格は聞いていたという感じがする。頭山満は碁を打った。小説家で頭山家に出入りする者もあった。
 秀三は京浜急行蒲田駅前で行われた「反共演説会」の帰り道で電車と衝突死したということになっている。城南地区の労働運動は激しかったから、当時は、蒲田の駅前なら共産党員が掃いて捨てるほどうようよしていたはずだ。

荒井由美 (2).jpg

 「反共演説会」と銘打っても、罵声・怒号の中で、決死の面持ちでやっていたくらいのところで、電柱に引っかかっていたのではなく見せしめに遺体を吊るしたのが真実という気がする。尋子の疑ったように、恐らく、殺されたのだろう。
 しかし、殺される側の方が、古今東西、まず人物は殺す方よりも大きい。
 「尋子、意趣返しは頭山の誉れではないぞ。いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ。命を使う時は無駄なく使え。使い道は二つ。一つは民草のために、一つは天子さまのために」
 孫の尋子は祖父の満からそう言い聞かせられて育てられたとある。
 本書タイトルの「ノーサイド」は、ユーミンの同名曲に掛け合わせて使われている。2013年に次回の東京オリンピックのために取り壊される国立霞ヶ丘競技場で、試合の終了後にこの曲を歌ったのがユーミンだったというわけだ。
 「頭山は松任谷を支えている。植物にたとえれば頭山は根、花開かせるのは松任谷。それが頭山家の総意である」
 発刊直前に「頭山家と松任谷家」とあったタイトル案の順を入れ替えて欲しいと頭山家から申し出があった。久しぶりのいい話で嬉しい。(『ユーミンと大物右翼「頭山家」の知られざる血脈と交流』、週刊現代/『著者来店』・岩城択、讀賣新聞)


追記
日本も政局になっちゃうのかねえ。さっきまで各方面に探りをいれていたんだけど、皆さん、どうもそうだってね。事務次官が現役の総理に噛み付いたのは日本の開闢以来、史上初でしょう。その意味は色々に取れるけれど、多分、官邸は次官を舐めていたんだろうね。驕り昂ぶりがあったということなんだろう。しかしそうなればワシも店仕舞いということか知らんねえ。オホホホホホホホホ。

追記の追記
小林麻央さんの訃報で、残された夫の顔はグッといい顔になった。奥様のことは大変に立派で気の毒ではあるけれど残された父は、いい仕事を残す準備ができたなあと想う。近藤啓太郎の「微笑」を想い出す俺は古い昭和の男だわね。これから海老蔵はいい仕事をすることでしょうなぁ。それで全部帳消し。カツシンのことを考えていたんだけどね、海老蔵もここでグッと芸人の格を上げて欲しいぜ。期待してらあ。
| 9本・記録集 | 06:17 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――つわものどもの夢の跡。
6月23日
気になる本――つわものどもの夢の跡。
「特攻隊映画の系譜学」[中村秀之著, 岩波書店]
 先日、東京湾上空を零戦が飛ぶらしいというニュースが流れ、夫婦の間でひとしきり見たいものだという話になった。中島飛行機製のOHV14気筒の音を聞きたかった。実際にはエンジンは使えず、Pratt & Whitney製のエンジンに乗せ換えてあるそうだ。
 夫婦は共に海軍軍人の子孫なので、艦艇にも航空機にも思い入れはある。軍人の家の笑い話としては、高齢の義理の祖母は、ある時、俺が病院に見舞いに行った時、
 「ほれ、横須賀の、横須賀の」
 と身内に言ったそうだ。カワサキと言おうとしたら、ヨコスカと出た。祖母も、また幼い時に職業軍人の父について横須賀海軍工廠の官舎で暮らしていた時があったから、つい「横須賀」という地名が口をついて出た。

ゼロ戦、突入の瞬間。.jpg

 「日本映画には特攻隊を回顧した作品が少なからずあるが、そこには自ずから映画としてある一定の見せ方、語り方の形式が出来上がっている。その型に従うことで、亡くなった特攻隊員たちに対する追悼の儀礼をしたような気持ちになれる。それが良いことか、困ったことかという判断と評価の問題がその先に残る」
 「実はこの書評を書いている私は、特攻隊が途方もなく多く出撃させられたあおの戦争の末期には、日本海軍の少年飛行兵として訓練を受けていた」
 「例えば実話をもとに自殺した妻のあとを追った特攻隊員を描いた『純愛』という映画について書かれている部分がある」
 「当時、観客にも批評家にも嘲笑されたという。実は私は見ていないし、カテゴリーに含めるべきでないとの見方もありうるというから、この本で取り上げられないと本当に忘れられてしまっただろう」
 「少なくともその作品は、特攻隊の映画の型を破ろうとしたのだ。特攻作戦自体が、忠義のために死ね、という型の志向の産物だったのだから」
 書評の論評を超えて評者自身を語っている。(映画評論家・佐藤忠男評、日本経済新聞)

Serious of Zero Fighter.jpg

「北海タイムス物語」[増田俊也著, 新潮社]
 「主人公の野々村巡洋はバブル真っただ中の90年、北海タイムスに入社した。全国紙の入社試験に落ち、働きながら大手紙や通信社の採用試験を受け直すつもりだった。なのに配属先は希望の取材現場ではなく、紙面のレイアウトを担当する整理部。さらに失敗ばかりで怒鳴られ続ける日々に打ちのめされる」
 「自身は2年で転職したが、その時の悔恨なども小説に織り込んだ」
 「(北海タイムス廃刊の)ニュースには心が痛んだ。大学で柔道に打ち込み、入社時に何も知らなかった私をかわいがってくれた年配の社員も多かった」
 著者はこの新聞社を忘れずにいたいと想っている。確かに、本州で「北海タイムス」を記憶している人はあまりいないだろう。俺は身内でこの新聞社の記者をしていた男があった。とはいってもその記者時代とは60年以上も昔のこと。東京の文化部の記者だったから映画全盛期の当時は試写会のチケットが回ってきた。野球のユニフォーム姿で大学に通っていた父親はジャンパーを羽織ったままで有楽町の映画館に試写会によく立ち寄ったそうだ。(『あとがきのあと』日本経済新聞)

追記
各紙に増田さんは現われていたのだったなぁ。
当地は社会全体が揺れている。ソウトウ波高し。色々手を打っているけれども頑として動かない。鼻っ柱強いだけに辛いところだろうが、ここでこれでは先が知れるぜ。孤立して、何かいいことはあると想えない。先様のことだが、こういう事態の時には我が身に引き比べてベンキョーになりますな。
| 9本・記録集 | 06:23 | comments(0) | trackbacks(0)
気になる本――イギリス女、京女。
倫敦日記’17(第二十三弾)
6月22日
気になる本――イギリス女、京女。
「人はこうして『食べる』を学ぶ(First Bite)」[Bee Wilson著・堤理華訳, 原書房]
 原題は「First Bite」だが副題が付いている。そちらが「How We Learn to Eat」。邦題は 副題の方から取ったということになる。
 著者は有名なColumnist An Wilson(1950年-)がこれまたShakespeare研究者として知られるKatherine Duncan-Jones(1941年-)との間の第2子として1974年にOxfordに生まれた。料理記者となる前は雑誌のFood Writerから身を立てた女流。これまで寄稿した雑誌は主要な空港のラウンジに置いてある高級誌が多く、イギリス人だが、ヨーロッパ大陸でもファンの多い人だ。
 書評が概観してくれるので引きたい。
 「意外なことに、研究者たちの間で『食習慣は学習の結果』という基本部分は共有しているという。食に間する遺伝子は存在するが、遺伝よりも環境が食習慣を作るのに影響するとのことだ。例えば、特定の苦味の感じやすさには遺伝子が関わっているが、この遺伝子によって子供も大人も好き嫌いに差が出るわけではない」
 「一つには『単純触媒効果』が関係する。よく知っていることが好意のきっかけになる効果だ。食べる経験が多いほど、その食物を好きになる傾向がある。つまり、学習の結果のほうが、遺伝子よりも食習慣に影響しやすい」

著名な父(An Wilson)と娘(Bee Wilson)、近影。.jpg
  将来を嘱望されていたが、21歳で教師と一線を超えてオトッツアンになったのが
  著者のオヤジ殿。67歳と43歳の父娘。年齢の感じがビミョーなのはそういう背景。

 イギリスで暮らしていると、イギリスで育った人たちが、英仏海峡から揚がる対岸と全く同じ食材をどうして生かさないのか哀しくなる場面が本当に多いわけだ。つまり社会が彼ら彼女らの味覚を育ても殺しもするということになる。
 著者は若い頃に雑誌に学校給食についての連載をしていた時期があり、ここで給食が子供に与える様々な影響について考察した。このような体験が食生活について考えるバックボーンになったのだろうか。最強の教育システムの一つである英国とアメリカ合衆国で高等教育を終えているが、この2カ国の給食の水準はG20でも最低・最下層。かいばか?と思わせられるものが今でも出されている。因みに明治期に網走刑務所で囚人に出していた監獄食さえ、ずっと両国の平均的な学校給食よりもましなものだ。これ、本当の話。(サイエンスライター・内田麻理評、日本経済新聞)
「京女の嘘」[井上章一著, PHP研究所]
 井上センセイの前作ベストセラー、「京都ぎらい」は20刷26万部だと3月30日付け讀賣新聞書評欄にあった。そうすると、重版するとしても1刷1万部というところ。20刷というその回数が出版社(朝日新書)の厳しい経営姿勢を感じさせる。
 「東京出身の同僚が、職場でミスをした京都の女性から『かんにんね』と謝られたことを自慢げに話す場面を目撃し、『女性の京都弁には、他の地域の男性を浮き立たせる上げ底効果がある』と気がついたそうだ」
 我が家は父親が東京から西で育ったため、北関東では、日常会話の中で、謙譲・尊敬・丁寧語があまり使われないことが印象的だったと口癖のように言っていた。関西ではへりくだりは人間関係のベースにある。関東の人間にとって、敬語がちりばめられた会話は新鮮で、「かんにんね」でシビれてしまう男もあるわけだ。
 そもそも井上さんは一筋縄ではいかない洛外男。洛中男へ抱く複雑な感情は京都外の人間にとってそう簡単に分かるものではない。相手が女となればなおさらだろうなぁ。京女がイギリスの給食を食べることがあったらどんな顔をするだろうな。その表情を井上先生はどう見るだろうか。評者は京都総局で渋い記事をモノしていたと想ったら、大阪文化部に転じていた。(大阪文化部・木須井麻子評、讀賣新聞)
| 9本・記録集 | 15:40 | comments(0) | trackbacks(0)
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