岡田純良帝國小倉日記

「Punk. London」――2016年もそろそろ終幕に。
12月8日
「Punk. London」――2016年もそろそろ終幕に。
 2016年、「ニイタカヤマノボレ」の日。「ニイタカヤマ」は台湾最高峰。我々の71年前までの同胞でありまする。
 さて。
 本日(12月7日)の除幕式は当地時間の12時45分から始まって、関係者が挨拶し、1時1分に除幕して拍手で解散というシンプルなものだった。
 予想では近くに住むMick Jonesくらいは来るかなと想ったのに、来やしない。歯抜けのPaul SImmononも来るかとも想ったけれど、来なかった。
 関係者は総勢で50名ほどだったろうか。不動産屋、Joe Strummer基金関係者、昔を知る音楽関係者まで。

The Ceremony for Joe Strummers Plaque 20161207 (掲載)

 何人か入れ代わり立ち代り人が立ったが、マイクを使わないのでよく聞き取れない。ま、挨拶の話はまた別途か。
 途中からドイツ人から大声で罵声を浴びそうなフェイクではなさそうな毛皮のコートを着た男が現われた。多分、アヤツはGaz Mayallだ。随分、間近で見なかった。その間に歳を取ったなぁ。お互い様か。

      The Ceremony for Joe Strummers Plaque 20161207 (Gaz Mayall)

 これは2002年の死後、まだ年月が経っていないため、正式な「Blue Plaque」の対象とはならない「ナンチャッテ」だ。それでも正式ではない「Blue Plaque」だが、不動産屋もこれを掲げることをOKしたし、関係者の熱意が実ってめでたしめでたしとなった。これで今年2016年も大団円ということなんだろう。
 日本人としては、どうもクリスマスでは感じが出ないのだが、年の瀬は仕様がない。とはいうものの、クリスマス前にもう一発、自分への今年の褒美に、とあるジイチャンのステージを入れようと想っているんだが。さて。

Joe Strummer Plaque Poster
| 10随想 | 16:28 | comments(0) | trackbacks(0)
続々・今週の気になる本――開戦記念日に。
12月8日
続々・今週の気になる本――開戦記念日に。
 75年前の本日未明(ハワイ時間は12月7日)、大日本帝國陸海軍はハワイ準州オアフ島眞珠湾のアメリカ合衆国軍港を攻撃し、太平洋戦争が始まった。遠い昔のようで、実は、今日でも変わらず続いているところと、すっかり忘れて、消え去ってしまったことと、実は両方あるように感じる。
「帝国日本の交通網」[若林宣著, 青弓社]
 本年2月の書評に取り上げられた本書。副題は「つながらなかった大東亜共栄圏」とある。そこで思い浮かぶのは大正年代の日本全図。カワサキシチーの小倉の鄙の我が家には、大正年代末頃100年ほど前の日本全図がある。そこには東北以南の本州各ブロック地区、四国、九州の次に、北海道より先に鉄道網と道路網の整備された台湾、朝鮮半島が掲載されている。そしてブロック間の航路が詳細に書き込まれていることも忘れられない。
 しかし、本書では、その交通網がリンクしていなかったことを批判的に振り返っている。
 「例えば、日本と中国、シンガポール、ビルマ(現ミャンマー)などを結ぶ『大東亜縦貫鉄道構想』では線路や車両の規格をあまり考慮していなかった」
 「満州(現中国東北部)支配にとって重要な役割を果たした大連港は南満州鉄道が世界商品たる満州産大豆の輸出拠点に充てた。植民地経営を担った満鉄の面目躍如だ。ただ、こうした成功例は数えるほどだ」

     「秘島図鑑」表紙。.jpg

 大連港が積み出したのは大豆だけではない。各種の薬物原料となる物資の流通のハブで、吉田茂のような若手官僚も、北京や上海ではなく、例えば、北京に近い天津の領事館に勤務していたのはそういう港湾都市の位置付けの時代的な違いだ。(日本経済新聞)
「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」[岩瀬昇著, 文春新書]
 それでも太平洋戦争の直接的なトリガーは石油資源問題だが、我々の先達の政府役人を指差して嗤いたくなってしまうような、泣くに泣けない笑い話に失敗の本質がある。
 海軍さんには、石油を大喰いする大戦艦の建造を大声で叫び、国家予算を取ることは、とりもなおさずますます大量の石油資源を確保しなければならないという危機感が裏にあった。だが、それで採ったのが南下政策で、中東にまで利権を確保しようと焦った。一方の陸軍さんは歩兵が基本。だから、石油資源の確保に関心が薄い。そして、石油は日本が支配権を握っていた旧満州地区に満々と眠っていたというわけだ。本書は物産で世界中で永年エネルギー分野に携わってきたヴェテラン(http://ameblo.jp/nobbypapa/)の著した一書。傾聴に値する。(『文庫新書』讀賣新聞)
 ´△鮃腓錣擦動焚次
 両軍首脳に国益を決定的に左右する資源の確保についての共通の理解があれば、つまるところ、両軍の調整だけで済み、戦争そのものが回避できたのかも知れないわけだ。
 (たわけ者!)
 諸兄姐も言いたいか。俺もそう言いたいぜ。呵呵。だがね、大艦船は魔物でもあるのさ。地図を見ても大連は天然の良港であることは瞭然。日本の開発した港湾は、今では軍の艦船建造施設がすっかり整備された。10年前、大連船舶重工集団の「乾ドック」で艤装中の「辽宁」(当時『瓦良格』)を遠望した。恐ろしい威容に驚き打電したが、誰からも何も返信は無かった。「辽宁」はウクライナから購入した艦船だったわけだが、今日では同じ造船所でゼロから大艦船を建造中だと聞く。

戦時米国側の大日本帝国地図別(1944年).jpg

 あんな張子は恐るに足らず――当時は、エンジニアほどそういう調子で、観もせず何を言うかと腹が煮えくり返った。あんな巨艦を持ったら港に飾るだけで収まるはずがない。あれから10年。あの巨艦を持ったことがきっかけで「砲艦外交」に乗り出した某国は、○○諸島や○○諸島で、つまり南アジアから極東アジアまで政治不安を引き起こした。 巨艦は軍隊の麻薬だ。軍人は乗り出したくて仕方が無い。理由は後から着いて来る――我々の辿った破滅への海路を、今では彼らが突き進んでいる。
 だが今も日本人は現場を見ない。相手の心理を相手の立場で推察しない。決定権を持つ要路の者の視野が狭く、東京は何をどう押さえるかという本質の議論を常に先送りする。
 鉄道なら「新幹線」。小鼻を膨らませて自慢している間に全て盗み取られただけでない。広軌や狭軌等の軌道だけでなく、信号等の詳細な国際規格は、ヨーロッパ側で議論され、日本の発言権は押さえ込まれている。ってのか、除外されて、カヤの外に置かれている。全体の最適化を考えない局所独善性は1世紀前に始まって、今日なお続いているというわけなんだな。残念ながら。
「秘島図鑑」[清水浩史著, 河出書房新社]
 ,僕蹐瓩憧僂燭い里こちら。何やら雰囲気は随分違う。
 「本書は日本全国7000の島々から厳選した33の秘島を収録」
 「奇を衒うわけでもなく普通の写真なのに、何故か琴線に引っ掛かるのだ。5つ星が最高という秘島度の格付けもきちんとなされている」
 ,任眈匆陲靴寝罎家の大正年代の旧制中学生が使っていた「帝國日本全図」には台湾と朝鮮半島は北海道よりも先に本州、四国、九州と全く色分けされずに掲載されていた。本書では今では普通に行けない島が秘島ということになっているようだ。先の地図帖と較べてみれば、100年前には人が住んでいた島々には、今は渡る航路さえ消えたことがよく分かることだろう。(『本・よみうり堂』出口治明評、讀賣新聞)


追記
色々考えるところ多いのですが、ここでは多くを触れずにおきます。諸兄姐。
こちらは密談したけんね、これから、休みます。どちらさんも、シクヨロで。
| 9本・記録集 | 07:38 | comments(0) | trackbacks(0)
「逃げろ、ヒッピー共」――師走に散髪終了。
12月7日
「逃げろ、ヒッピー共」――師走に散髪終了。
 本日、London某所にて、散髪終了。前から目をつけていた店だった。だけど忙しくて行く暇が無い。そんなことで2ヶ月近くも伸ばし放題にしていて、担当の「ゆ」さんには申し訳なかったかな。反省しました。
 行く前は、やっぱり、俺には美容室とかスタイリストの世界は縁が無いのかなぁ――と、思いきや。
 そこは流石にLondonだわね。「ゆ」君のセンスも良くて、俺の言ってることが伝わって、店を出る頃には、俺は、すっかりオヤジ・アタマになってんだ。昭和時代のジイサンみたいなアタマだよ。だけど、そうしたかったんだよ。
 そしてさらにもっと思わぬ収穫で、大いに得るところもあり。
 俺の知らない間に――どうやら、欧米のリョーフの世界は、ここ数年で勢力図の書き換わりそうな勢いでポマード軍団がはびこって世界中に浸透しつつあるんだそうだ。知っておったけえ?

SCHOREM (4)

 俺がガキの頃にはポマードと言えば柳屋とか丹頂だけしかなかった。その後はパンクだから整髪材は不要だった。それが、90年代以降には新しくジェルが出てきたけれど、やっぱりポマードのような細かい整髪力は無いんだよね。とりわけ、クシでしっかり整髪する、古典的な男の世界ってのは、ダメだったわねえ。


 「逃げろ、ヒッピー共」

 「もたもたしてると、切っちまうぞ!」


 コンセプトもさ、「Rock 'n' Roll」と古典的な「整髪」ってのは、いい取り合わせだなと俺は想うけど。
  
     SCHOREM (3)

 俺の祖父の純良の晩年は全部白くなって、髪型は、1970年頃だからポマードで固めていたんだろうと想っていた。元々海軍は坊主だったから、坊主アタマだったんだろうけれど、若い頃には一度伸ばしている。
 まだ30歳前後でイギリスに来る前に上海辺りで撮った写真では髪を伸ばしてきっちりと整髪していたわけなんだ。だから、彼の髪型はイギリスの後、敗戦後は亡くなるまで変わらず、きっちりとポマードで固めていたんだろうな。

 (純良はRock 'n' Rollだったのか?)

 う〜ん、これなら、暫くの間は、ポマードで遊べるなあ。
 暫くは「ゆ」君にLondonで遊んでもらおう。
| 6旅・行動の記録 | 16:26 | comments(0) | trackbacks(0)
続・今週の気になる本――山賊と地政学。
12月7日
続・今週の気になる本――山賊と地政学。
「源流の記憶 『黒部の山賊』と開拓時代」[伊藤正一著, 山と渓谷社]
 「終戦後、山も町と同様に荒れ果てていた。北アルプスの山小屋でも窓ガラスや布団が盗み取られ、強盗殺人事件も起きた」
 著者の伊藤正一(1923−2016年)もまた、陸軍航空技術研究所の飛行機エンジン設計職を失った。それで「三俣蓮華小屋」を買い取ることになったのだが、小屋には山賊が住んでいた。遠山富士弥、遠山林平、鬼窪善一郎、倉繁勝太郎。「山賊」は所有者に宿賃を請求し、著者はそれを払った。
 結局、それまでの悪行に目を瞑る代わりに山小屋の運営を手伝わせることにした。
 本書は「定本 黒部の山賊 アルプスの怪 」[山と渓谷社]の写真解説版かな。
 山賊に対してこれまでの悪事は不問に付す代わりに小屋の運営を手伝わせることにする。 
 これは山窩の話ではないそうだ。黒部で「源流」というと、特定地域を指す言葉だそうで、クマ、ニホンカモシカ、雷鳥が生息していて、日本では最も山が深いとされている辺り。
 山賊たちは地上の一般人とは違う価値観を持っており、飛ぶように山を歩き、イワナを釣る。遭難した死者が挨拶に来たり、河童が現れたりする。ずっと「三俣蓮華小屋」では人気の書籍で、数年前復刊されたもの。(『本よみうり堂』松井彰彦評、讀賣新聞)

「源流の記憶」表紙。

「パタゴニアの野兎 上・下」[Claude Lanzmann著 / 中原毅志訳, 人文書院]
 9時間半4部作「SHOAH」(1985年)の監督として知られるClaude Lanzmann(1925年-)。Sartre創刊の思想雑誌の編集長でもあり、どちらかというと、本質は思想家だろう。
 Simone de BeauvoirとJean-Paul Sartreは契約結婚で知られたがそもそもこの2人は異性関係は無茶苦茶区で、異性どころか、Beauvoirには教え子との同性関係もあった。
 そういう彼女が44歳の頃、17歳年下の著者と同棲した時期がある。しかし、Sartreは自分の雑誌「Les Temps Modernes」の編集を著者に任せる。また著者の妹はSartreとは恋愛関係にあったが、自殺した。如何にも、この辺りは50年代のおフランスの思索に生きたインテリたちの話らしい。
 2001年からフランスの高等中学校では、著者の最高傑作とされる「SHOAH」を3時間に短縮した映画を「歴史」の必修とした。その意味では、彼も、20世紀のフランス思想界に大きな足跡を残したことになる。
 この人はフランスに移住したユダヤ人家庭に生まれた。Jose Giovanni(1923-2004年)と同世代で、同じように対独のレジスタンスに参加している。しかし、Jose Giovanniは戦後の社会に馴染めず、ギャングの群れに身を投じ、22歳で死刑判決を受けて、11年という長い時間を監獄で過ごしている。
 僅かに2歳年少のClaude Lanzmannは父親の所属したレジスタンス組織を潰すことを自分が所属する組織から強いられる経験をしている。映画の撮影では隠し撮りもやるし、パスポートを偽造して各国を旅した。
 「その毛の生えたような心臓と倫理観、サバイバルのスキルは、きっとレジスタンス時代に培われたのであろう」
 同業のドキュメンタリー作家の評者は著者の手練手管をそう読む。真偽は分からない。
 Jose Giovanniは、最晩年、特赦を受け出獄するまでの父とのあれこれを「父よ」に描き、 存命中に分かり合えなかった父に最大級の謝辞を送り、公開間も無く世を去った。
 Claude LanzmannとJose Giovanniは、世代も生い立ちも似ているのに、真逆の何か大きな違いを感じる。(ドキュメンタリー映画監督・想田和弘評、日本経済新聞)

Jose Giovanni (2).jpg

「21世紀地政学入門」[船橋洋一著, 文春新書]
 本書評で、取り上げられた新書はかように解説される。
 「本書は当代随一のジャーナリストによる、月刊誌への連載記事をまとめたものである」
 朝日新聞を退職した後でコラムニストとなった著者。その後、朝日には主筆として再び迎えられた。しかし改革解放期に北京に駐在した朝日新聞記者という過去は、消し難い。,任呂覆い、東南アジア各国に「山賊」や「私兵」がゴロゴロいることを、著者はご存知あるだろうか。民主党のブレインで、現在も民進党のブレインと聞く。極東の地政学を語るのに不適な人物による地政学解説書。書評で取り上げること自体、かなりリスクがあるのだが、持ち上げている評者はスゴイ。「文藝春秋」連載の「新世界地政学」(2011年7月号〜)で今年の2月号までの中でセレクトして編集したもの。「文藝春秋」大丈夫か?(国際政治学者・同志社大学長・村田晃嗣評、讀賣新聞)


追記
本日は散髪も終了し、久々にスッキリしました。ありがとう、こんなオッサンに付き合ってくれた「ゆ」君、感謝。
明日のお昼には、Joe StrummerのBlue Plaque除幕式に出席します。いよいよ暮れも迫ってきましたなぁ。
今日はナポリからシチリア方面の「街の歩き方」について、微に入り細に入り、アクション付きで教えて頂きました。ジプシー・ガールズはナポリにはあまりおらず、ロンドンと同じく、ゴマの灰が多いらしいですぜ。そんなこんなできっとまた、ナポリターンで、俺の友達ができそうな気がしてるんだけどな。明日以降は、ちょっと、伏字が多くはなりますな。
| 9本・記録集 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0)
Joe Strummer Blue Plaque to be Unveiled!
12月6日
Joe Strummer Blue Plaque to be Unveiled!
 諸兄姐、数日前に張り出された「Public Announcement」。明日の当地時間の昼過ぎに下記の住所で彼の業績と足跡を紹介するBlue Plaqueの除幕式が行われることになった。

 33 Daventry St, Marylebone, London

Joe Strummer.jpg

 Mick JonesとかPaul Simmononも来るか知らん。とりあえず、諸兄姐、これでいよいよ「Punk. London」も大団円か。
| 10随想 | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0)
ヤルタ密約――「露の四島占拠根拠なし」。
12月6日
ヤルタ密約――「露の四島占拠根拠なし」。
 最近の産経新聞ロンドン支局の動きが急で、なおかつ、殊勲賞級のものでいいねえ。オホホホホホホホ。

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【ロンドン=岡部伸】
ロシアがソ連時代から北方領土領有を主張する最有力根拠としてきた「ヤルタ密約」(ヤルタ協定のうち極東密約)の有効性について、ルーズベルト米大統領が権限を越えて署名し米議会で批准されていないことを引き合いに、英政府が大戦終了後の1946年2月に疑念を示していたことが英国立公文書館所蔵の英外交電報で明らかになった。(略)
電報は、米英ソ3カ国が同11日にヤルタ密約を公表する2日前の9日、英外務省から全世界の在外英公館54カ所に「緊急かつ極秘」に一斉に送られた。
電報の冒頭には「ソ連のスターリン首相、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相が45年2月11日にクリミア会議(ヤルタ会談)でソ連の対日参戦条件について極秘に合意した密約内容の文書が含まれる」と記され、米英ソ3政府が合意から1年後にあたる46年2月11日に、それぞれの議会で合意文書を発表するとしていた。

  Yalta Conference 1945

「ソ連の樺太、千島列島の占拠は日本が敗戦するという文脈の中で取り扱われるべきだ」とした上で、「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。
ソ連はヤルタ密約を根拠に当時有効だった日ソ中立条約を破棄し、満州(中国東北部)や北方四島に侵攻し占領。後継国家のロシアも北方領土の領有権を主張してきた。
一方、米国では53年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が年頭教書演説で、「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言して問題が表面化。56年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効」との国務省声明を発表し、ソ連の領土占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にした。
一方、当事国の一つである英国は立場を明らかにしてこなかったが、チャーチル首相が41年8月、ルーズベルト大統領と領土不拡大の原則をうたう大西洋憲章に署名している。今回の電報を通じ、密約が大西洋憲章に反するとの英政府の46年当時からの認識が示された形だ。
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○連は強盗もどきだからどんな密約でも自分に利すれば何でもOKするわね。ルーズベルトという人は、とにかく日本を脅威に感じ、日本人を憎んでいたから。キッシンジャーでもそうだったけれども、アメリカ人は指導者でも、時としてこういう感情に任せたことをやってしまう。その点、イギリス政府は、あくまでマグナカルタの昔から、明文化された法律で全体をバーッと押さえにかかる。正統性を重要視する。これが強さだ。
記事から読み取れるのは、イギリスは密約に関わったが、極東の密約はアメリカのルーズベルトの越権行為であり、英国はこれを国際法に反するという立場を取っている。つまり極言すれば、ソ連=ロシアの北方領土領有というこれまでの主張については根拠が無いというスタンスだ。
これと同様に、獄中では、日本が交戦したのは対中華民国政府であって、現在の獄中○産党政府とは国際法に基づく見方をするなら、交戦相手ではないから、本来、彼らの主張する侵略問題等は、言える立場ではないはずとイギリス政府では見ている。
獄中○産党政府が日本政府の過去の侵略問題について云々した時、Financial Timesは、「彼らは歴史的に侵略されたと言える立場ではないが」という但し書きを付けている。何しろ紫禁城の宝は台北にある。歴史的な正統性は大陸ではなく台湾にある。ビックリしたが、これも事実。
国際法に照らして正統性を語る場合もそうだし、時間と経緯に基づく歴史に照らして正統性を語る場合もそうだが、正統性の主張できないものは、行き着くところ、不正とされる。正義ではない。これは、押さえておくべき、考えておくべき、大切な点だろう。
イギリス政府から、密約に根拠無しとの情報が、どうしてこのタイミングで出てきたのか、ついでに、それも考えておくべき大切な点だろう。誰と組むのか、誰とは組むべきではないのか。仲間をどう作って、どうやったら直接的な激突を回避できるのかという仮説を立てることは、アタマのいい体操だもの。
イギリスではじっと日本の動きを観ている人がいるのでしょう。とてもいいアシストですが、日本政府はこれに意を強くするか知らん。
樺太で生まれ育った我が伯母は、17歳になる年までかの地しか知らなかった。今はあの土地に帰りたいというのだ。切ないね、そんな話を聞くことは。


追記
これからまたまた午後は出撃して2ヶ月ぶりの散髪。昨日までは零下のような気温だったけれど、今日は、幸いにして昼間の気温は戻る予報。ミラノ系とまたまたロンドン会議。イタリアの安寧は保たれるのか。見せタモーレ。
| 10随想 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0)
今週の気になる本――懐かしい「猫」の名前。
12月6日
今週の気になる本――懐かしい「猫」の名前。
 数日、ボロクソにイギリスのことを書いたわけだけれど、こと「国益」という話になると、真逆になる。大英帝国という国は、「栄光の大英帝国」という錦の御旗を貴族階級はじめ労働者階級にまで植え付けるまるで麻薬のようなブランド至上主義社会なのだよなあ。服飾でDress Downが無いのは「Show Your Flag」だからである。つまり、お前の属性をその着ている服で示せ、ということなのだ。
 Sex Pistolsを見るがいい。1996年の再結成でもそうだった。「Show Your Flag」ということなら、彼らは、Englandの旗を掲げた。「God Save the Queen」は「England’s Dreaming」でもあるが、Johnny Rottenを含めて、「UK’s Glory」のワナに真っ逆さまに墜ちたとも言える。それくらい、労働者の帰属意識も強く、Sex PistolsのコンサートはまるでNational Frontの集会みたいな感じでもあったわけさ、一面で。
 話はまた飛ぶわけだけれど、こちらは、そんな「国益」に絡むが、アメリカ合衆国の話だ。
「秘録CIAの対テロ戦争」[Michael Morell著 / 月沢李歌子訳, 朝日新聞出版]
 本書の著者のMichael Joseph Morellは米国政府に長く勤務した、インテリジェンスの大物中の大物。今は民間でアナリストという肩書きでロビイストをやっている。
 「2013年まで30年以上にわたり、米中央情報局(CIA)で情報活動にたずさわった要人によるノンフィクションだ。外からは決してうかがい知ることができない、米国の対テロ戦争の内幕を描いている」
 「ブッシュ前政権で大統領に毎日、最高機密の情報をブリーフする役割をになった。その後、オバマ政権下でCIAのナンバーツーである長官代行に上りつめている」
 911から4日後。国務省は大統領にアフガニスタン政府に対してビンラディンと側近の引渡しを進言し、退席すると、大統領はこう言い捨てた。
 「『外交なぞクソくらえ。戦争だ』」

Michael Joseph Morell.jpg

 俺の知人の回想では、たまに教室に姿を現すと、「何か困ったことがあったら何時でも俺に言ってくれよ」と話し掛けてくる「気のいい男」だったそうだが、ま、これが本音よ。(日本経済新聞)
「現代アメリカ選挙の変貌」[渡辺政人著, 名古屋大学出版会]
 今回のアメリカ大統領選でもお約束で笑い話に出たわけだが、東海岸の保守的なBoston Tea Partyの活発な活動に対抗して、あんたらが締め付けるなら西海岸は出て行くよ、という「Republic of California」構想は新しい話ではない。
 Californiaは地区によっては別だけれど、白人はすでにマイノリティーというエリアが多数ある。Los Angelsなどはアジア系移民とMexicoからのヒスパニック系移民がその過半を占めている。彼らの支持を得られなければ何も動かない。大暴動だって過去には何度も起きてきた。
 著者はその事実を肌身に感じた経験のある人で、ヒラリー・クリントンが上院議員選に出た時に選挙事務所にスタッフとして加わっていた。テレビ東京では記者の経験がある。その著者ならではの視点で、米のメディアの選挙報道は候補者の取材であり、有権者の声は拾えていないと批判している由。合点だぜ。2000年の大統領選挙ではワシントンの大使館が完全に票読みを誤っていたことが懐かしく思い出される。(日本経済新聞)

Norm Chomsky.jpg

「我々はどのような生き物なのか」[Norm Chomsky著, 岩波書店]
 昭和の終わり。日々その名を聞いた時期がある。存命であったか、Chomsky(1928年-)。
 「チョムスキーは、言語学・政治思想の2つの分野で60年以上にわたって超人的な活動を続け、現存人物でもっとも被引用数が多いと言われる研究者である」
 「現代のネオリベラリズムでは、市場は一部の富裕層に独占され、政府はそれを保護するために存在する。(アダム・)スミスが当初『卑しい格言』とした所有的個人主義に堕してしまっている。これをどう打破するかが人類の未来を決めると氏は考える」
 それならまず査察されなければならないのは本国ではなく、RC Successionではないか。俺は反射的にそう想うけれど。だってこの両国では、富裕層のために警察も法律も存在しているんだものさ。そういう相対性を著者は語らない。常に俺はそこに違和感を抱く。
 「氏の考えの一部には私が受け入れることの出来ない部分もある。例えば言語はコミュニケーションのために進化したのではない、という言明だ」
 俺もその辺りは合点だ。Chomskyという人は理想主義的で、常に理想を語る。共和党だとかネオコンみたいな社会層とは対極にある。御名答だぜ。諸兄姐の御推察の通りさ。ノーベル平和賞を受賞したBarack Obamaの8年間の合衆国はChomskyの理想の実現のために足掻いたようなものさ。その結果が今の状況を生み出している。
 本書は2014年に上智大学で行われた両分野の講演と2人の弟子(福井直樹・辻子美保子)による対話・解説付き。俺はこの方たちが飼っていた猫の名前でChomskyという名を刷り込まれたのではなかったかな。記憶違いかも知れないが懐かしく当時を思い出した。(生物心理学者・東京大教授・岡ノ谷一夫評、讀賣新聞)


追記
いやあ眠い眠い。もう、ダレダレに眠いですら。どうして眠いのかといえば、多分、少し風邪気味で体調不良かな。
そいで、明日は散髪予定ですら。2ヶ月伸び放題に伸びたワイねえ。明日から我が家にはイタリアンな風が吹く予定。
「アモーレ」、「おお、見せタモーレ、させタモーレ」。眠さが俺をしてバカを言わせておるわけや。許せ、諸兄姐よ。
Lenziの後継について、今後の日伊と英の同盟につき諸件打ち合わせ懇親の予定也。
蛇足なれど、本日付の「the Guardian」のTim RothのInterviewが面白かった。
| 9本・記録集 | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0)
Chelsea Burger Londonに佇む影。
12月5日
Chelsea Burger Londonに佇む影。
 一昨日、Chelsea Bridgeに、40年以上前、70年代前半頃までのSteve Jonesセンセイの足跡を訪ねた男がいる。
 Steveの若い頃からあったこのプレハブ小屋は、そのまた昔は、バンに載せた屋台だったそうだが、何年か前にこの店は、多分、プレハブごと中東の買主に売却されたらしい。味は変わったのかどうか。
 プレハブの小屋の外側はベタベタと広告が書かれていて、俺は昔を知らないから味も変わったのかどうかは分からない。但し、ハラル対応の看板が出ていたから、ハラルで禁じられているブツはNGとなっているはずだ。
 ここまで、Brexitの闇は押し寄せているという見方も出来るだろう。古き良きLondonerは、老いも若きもこぞってこの土地に休みになると押し寄せる時期があったが、一度、完璧に荒廃して、今は海外の成金で蘇生したわけさ。
 元々は荒っぽい土地だったはずなのに、今ではすっかり更地に最新鋭のマンション兼商業施設が建設されており、中東の大金持ちがこぞって再投資する高級不動産が並ぶ再開発エリアに変わっていた。Themes北側から見ると壮観。
 
Chelsea Burger London 20161203 (掲載)

 ここで話は飛ぶが、少年Steve Jonesのために捧げられたような佳曲がある。
 意外や意外なところで、SqueezeのChris Diffordが2008年に製作したソロ作品、「The Last Temptation of Chris」に収録された「Battersea Boys」がそれ。
 これは素晴らしい作品だ。素晴らしいメロディーで、そして、歌詞があまりにもSteve Jonesの軌跡と重なってくるために、まぁ、ヤラれてしまうわけだ。Youtubeでも見られるはずだから、是非。

          Battersea Boys(Difford/Martyn)

     Our parents would treat us with carrots and sticks
     Just two alcoholics up to their old tricks
     Mum played piano and loved Gracie Fields
     She would have been famous but we dragged at her heels

     Our dad was a big man unshaven and strong
     He loved to hear Gracie as she sang her song
     The pub on a Sunday was where she would sing
     And we’d play outside ’til the last bell would ring

     My brother was gifted he had a great voice
     Not like the other young Battersea Boys

     He knew every opera and sang in the street
     And with Sally’s Army he’d play tambourine
     My dad couldn’t take it he called him a ppf
     For singing Puccini so misunderstood

     When he was just fourteen my brother was sent
     To the Salvation Army to live with his friends
     My mum hit the bottle as her son left home
     She stood in our kitchen and cried all alone

     My brother was gifted he had a great voice
     Not like the other young Battersea Boys

     He studied his music and we kept inn touch
     We still have that old stream of brotherly love
     He sings for his supper, still wants to be
     A voice on the big stage with his own CD

     Our parents are long gone cold in the ground
     I served time in prison but they weren't around
     I love my sweet brother his voice makes me cry
     We sing for forgiveness as time passes us by

     My brother was gifted he had a great voice
     Not like the other young Battersea Boys
     My brother was gifted he had a great voice
     Not like the other young Battersea Boys


追記
Italiaは予想通りの展開となったが、さて、コイツは我々も状況視察のヒヤリングに行かなければならないところ。来年以降を占うために、さらにクリスマスの酒の肴の盛り付けを複雑怪奇にしなければならないからだ。
しかし選挙が不満の捌け口というのは、昔からある浮動票だけれど、その浮動票で、選挙直前にシングルイシューを出した素人が当選するような動きってのは、「後出しじゃんけん」とか、「テロリズム」に、感覚的に近いものがある。
国民投票の結果について辞意含みにしてしまった首相側も愚かだった。問うている内容よりも、首相を好きか嫌いという点に突き詰めてしまったからだ。UKの結果も、結果的には同じでも、Italiaは国民投票で現政権の主張が否決をされた場合、国家首脳が退陣する、という「流れ」を作ってしまった。これもまた、困ったもの。
このような動きのある一方で、P訪問による日○首脳会談での○方領土返還交渉の進展については、産経・ロンドンの岡部支局長が飛ばしてますな。これは極めて面白い内容だが、別途。
| 8音楽 | 16:11 | comments(0) | trackbacks(0)
死語「ロンパリ」は生きている――2都市の紳士素描ありんくりん(下)。
12月5日
死語「ロンパリ」は生きている――2都市の紳士素描ありんくりん(下)。
 昨日からの続き。London=Parisの2大都市の男たちの街場のファッションは、暗喩に大きな落差があり、俺にとっての古のニュアンス通り、両者は共に「ロンパリ」だ。
 別な言い方をしよう。
 Londonなら老若男女がお仕着せみたいに着ているBarbourのような上着から見える「ロンパリ」もある。バカの一つ覚えでこれの違うタイプを5着も持っている。この5年間でこんなに増えてしまった。「Bedale」(素材違い2種)、「Beaufort」(素材違い2種)、「Fulmar」(1種)。古着2着、新品で買ったものが3着。

          Steve McQueen on Barbour.jpg

 ちなみに、俺のBarbourは、何れも、日本で流行したスリムで着丈の詰まったモダンなカットではなく、長いクラシックなヤツですな。下にジャケットを着ると着膨れしそうな、時代遅れのモサモサっとしたの。
 もう、絶対、買わないと決めていたのに6月頃に1着買い足した。アハハハハハハハ。我ながら、アホ。そういうバカ男だからこそ気付く街場の暗喩もあるのさ。
 Parisの老若の野郎共が着ているのは革ジャンが多い。Barbourの店はSaint-Germain-des-Présにあるが、パリジャンがBarbourを着ているのは見なかった。Sacré-Cœurへの胸突き八丁の階段を喘ぎながら登った時、前を行くフランスの上背のある父親が着ているのに気付いた。Barbour姿のフランス人を見たのはただそれ1回きりだった。
 フランス人が着ている革ジャンは大抵、袷は無く、シングルだ。ダブルは殆ど見ない。ほぼ黒一色で、ハードな感じの革ジャン姿も多い。それは、多分、昨日の話の流れだが、一種のDress Downなんだろう。
 ところがLondonはDress Downなんて無い。中流階級は外から見えない裏地で真紅や紫など色に凝る。もしくは、髑髏やヌードのプリント柄の部屋着を選ぶのが沢山いる。

Biker at Ace Cafe, London (3).jpg

 Dress Codeでは、Londonで体験したとっておきの街場の話を一つ――今年の5月頃のとても寒い日のこと。30年近く前から履いているCuir’s(http://www.altillo.co.jp/)の重い革パンツを履いてLondonの街に飛び出した。Lewisみたいな厚手の黒い牛革のパンツだ。
 ところが、直ぐに駅のホームで、普段と違う目線を何と無しに感じる。
 (どうも様子が変だな)
 地下鉄に乗ると、男たちの目線がさらに違う。色っぽい目じゃないぜ。敢えてこちらを見ず、目線は外しているのにこちらの様子をチラチラと気にしている。言うなら、昭和のニッポンみたい。不良の中高生を遠巻きにするカタギの学生みたいな感じか。あの感じがアリアリと肌身に伝わってくる。
 (何か落ちつかねえなあ)
 East Putneyの「Soul Brother Records」(http://www.soulbrother.com/)に立ち寄った帰り、狭い舗道を歩いている時だった。向こうからCafé Racerが猛スピードで走ってきて、10mほど手前で俺に向かって左手の中指を立て、ヘルメットの中で何かを大声で叫んだ。行き過ぎるバイクを振り向くと、ヤツの背中は丸く、ビビリまくっているのが分かる。

Biker at Ace Cafe, London (1).jpg

 多分どこかで俺を見て、先走ってバイクを俺に対向するようにして走ってきたのだろう。そこまでして中指を立てたくなる、そんなイヤミな格好か、俺?
 (はぁ。そういうことか)
 街場で革パンを履いていることが、無差別に喧嘩を売って歩く暗喩になってんのか――Londonってそんな街かよ。革パンを履いているだけで憎まれなくちゃならねえのかよ。
 (マジかよ)
 その日は、Hammersmithの辺りで遊んで、夕方にはSwiss Cottageまで戻ってきた。1970年代前半まで続いたHippy MovementではBack Packerの聖地だった「Ye Olde Swiss Cottage」(Pub)。そこで一杯やるのを楽しみにしていたのだ。
 ところが、ここでも革のパンツは完全に引かれた。街場の暗黙のDress Codeの洗礼か。地下鉄の車内と違ってあからさまに遠巻きにしてるのに、誰も俺に何か言おうとはしない。気分悪いな――パイント2杯で上がりだ、チキショー。そして――店を出る時に気付いた。
 「Riderの皆さんや消防士の皆さんは、そのままの姿でのご来店はご遠慮下さい」
 そんな注意書きが書いてある。Dress Codeがあるならあると何で俺に言わねんだろ。
 (悪名高いBikerが荒らしたのかね)
 振り返ると、店内にいた従業員も客も、全員が一斉に下を向いた。
 Hippy Movementの前にあった1950年代から60年代前半のBiker / Rocker Culture。London版のHell’s Angelで知られる通り、この店でもトラブルが起きたのかも知れない。革パンはLondonの街場ではBiker / RockerのUniformで、「喧嘩上等」の暗喩なのだろう。通りやブロックによっては、いきなり殴られても文句は言えないのかも知れない。
 この内圧の高さ、息苦しさがイギリスの暮らし難さだ。暮らしている内に分かることで、Parisでは顔を布で覆っていない限り、革パンツくらいで因縁を付ける人もいないだろう。日本だって同じこと。イギリスの社会ってのは、ちょいと哀しいところがある。 


追記
Austriaは極右の勝利の線は消えたそうだな。もしヤツが当選したら、俺は、ちょいと行き難くなるから、気になっていたところだ。困ったことだけれど、Italiaはどうなるかな。心配だぜ、マジな話で。

追記の追記
北Londonでは、丁度、Glen Matclockの家の近くに有名な「Ace Cafe」がある。ここは1950年代のBikers(Greasers)には聖地だった。Gene Vincentは彼らの最高のアイドルだった。この風俗は徐々に南下して、Themes南岸の安全無害だったBattersea Park方面にも現われて、BatterseaのChelsea Bridgeは、彼らによって制圧された時期があった。

Ace Cafe Style in London 1950s

若い男の子と若い女の子がいれば春期発動、直ぐに物事が進む。Steve Jonesが生まれたのは、そんな戦後アメリカの新しい風俗が流入してきた嵐のような時期に重なってくる。
腰を据えて子供を育てるか、無軌道に親に押し付けて消えるか――その20年後にLondonに嵐のように起こったのが、その棄てられた子供たちを中心とするSex Pistpls / Punkだった。
| 10随想 | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0)
Message from Renzi!
12月4日
Message from Renzi!
 Milan方面から入手した本日投開票の国民投票向けのLenziからのチラシだ。掌を合わせ、必死に銀行再建を訴えるLenziだが、これは、我々日本人にも共有できる「年内期限」⇒「借金弁済」⇒「坊主奔走」の師走風景でもあるわけだ。
 正論だろう。だが、俺などは、Cameronで既視感ありありで、もっと言えば、別の国でもヤラれている。今回も俺は2度あることは3度あるとも想うわけだ。3度目の正直とは想えない。

      Italian Referendum Message from Renzi (4)

 インターネットでジャスミン革命が起きたと言われているけれど、これら一連の動きは、世界的に誰でもネットにアクセスできるようになった結果だという学者もがかなり出てきている。

      Italian Referendum Message from Renzi (2)

 誰でも、好きな情報にアクセスできるが、結果的に、自分に好ましいしか集めず、好きなことしか聴かず、嫌いなことは我慢せず、という方向に回っていく。
 つまり、人々が現実の困難な事態への耐性が低くなっていき、現実否定への投票行動に直接結びついていくということなんだろう。
 師走にイヤなニュースは聞きたくない訳だが、12月4日にはもう一つ、Austriaでも大統領選の投開票がある。ここでも極右政党出身のHoferの当選が焦点になっている。Otto von Habsburgが泉下で泣いている。
 こんなに簡単に瓦解するのなら、代議員制って何なんだろうな。
 山○太○とよろしくやっているそこの小○一○は、国会に議席を得たのが1969年。議員在職半世紀になろうとする人間が自己否定するようなことをやっているからね。ニッポンでも。漁夫の利を得るのは、何度でも言いたいが、RC Successionだからね、諸兄姐。

    「RC Succession Greatful Days」
| 10随想 | 17:17 | comments(0) | trackbacks(0)
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